第2話 本文
「つかさぁ。お前、魔法少女とどこまでイッた?」
ここは悪の組織の地下基地。
男子トイレの鏡の前で、肩まである銀糸の髪を手で梳きながら同僚の
まぁ、だから男子トイレにいるんだけど。ちなみに、性格はたとえ女子でも一回ぶん殴りてーようなヤツだ。
俺はその隣で、黒の軍帽を目深にかぶり直した。
「別に。なんとも。悲しいくらいなんにもねぇよ」
異国の将校を思わせる黒の軍服と軍帽は、俺たち悪の組織のトレードマーク。
都立魔地狩学園に所属し、俺たち悪の組織と敵対している魔法少女と対峙する際の正装みたいなもんだ。
この世界には、かつて異星人ハピネスより齎された人外の叡智『マジカル』というものがあり、人々の負の感情より発生する謎の怪物・
俺達は、それを阻害する悪の組織の一員だ。
「あ~。じゃあ、
きしし、と性悪な笑みをもらす泉に、淡々と返す。
「そういうお前はどーなんだよ? 相方の魔法少女、カオティック・アイリスガーデンとはうまくいってんの?」
「…………」
「ほらぁ。人のこと言えねー」
吐き捨てるように返すと、泉はがばっと顔をあげて逆ギレる。
「あのなぁ! 僕はお前らみたいなぽっと出のボーイミーツガールとはわけが違うの! 生まれたときからずーっと一緒の幼馴染なわけ! それで『今日から同じ部屋で暮らしてばっちり絆を深めてくださいね♪』とかいわれても困るわけ!」
「俺もまったく同じ状況で困ってんよ」
なにせ、マジカル学園でパートナーしてた魔法少女が闇堕ちしちまって、その相方だったマスコット(亀)の俺も、一緒に闇堕ちちゃったもんだから、揃って悪の組織に攫われてこのザマ。
今ではくそせっっまいワンルームで魔法少女と共同生活させられて、作戦会議で総帥に開口一番『昨夜はお楽しみでしたね♡』とか言われる始末。
なんもねぇから。ほんと、お楽しみとかなんもねぇからな?
むしろあってくれよぉぉ……
「ったく、青少年を男女同室で生活させるとかありえないんだけど! なんなの、あの総帥!?」
「悪の組織の総帥、【笛吹き男のハーメルン】な。一応上司だぞ」
「せめて部屋にベッドふたつはマストでしょ!? なんで一個なの!?」
「それには激しく同意。でも総帥の意向だ。『これぞ、魔法少女とマスコットのパワァの源――絆を深めるイチャラブ同棲生活訓練! さぁさぁ思う存分、ラブを育んじゃってください!』だと」
「「ふざけてんのか!?!?」」
思わず声を揃えると、男子トイレの入り口側から澄んだ美少女の声が響く。
「ねぇ、まだなの? そろそろ出撃の時間なんだけど……」
俺の相方の闇堕ち魔法少女、カオティック・スノードロップ(本名、
雪のような白い肌に、煌めく白銀の髪。ピンクサファイアを思わせる瞳はまさに可憐な魔法少女――くそっ。今日も可愛いな!
そんな白雪は「あ。今日の分の
菫野さんはくるくると、淡い藤紫の髪を弄ってぽやんとした声を出した。
「あ。総帥。おはよーございまぁす」
ぺこり、とお辞儀した拍子に、目のやり場に困るくらいのたわわなおっぱいが揺れる。ついでに、ミニ丈の黒ワンピースもキワドくちらり。
「おはようございます、菫野さん。今日も胸元にぽっかりと空いたハート型の穴と谷間が素敵ですよ♪ やっぱり闇堕ち衣装は露出してなんぼ。こうでなくては。――で。女の子よりも支度の遅い男子諸君はいったい何をしているのです?」
男子トイレにひょこっと顔を出したのは、長い黒髪をさらりとこぼす、世にも端正な顔立ちをした軍服姿の男性だ。歳は三十ギリ手前。
この顔のせいで、テレビの女性コメンテーターがやたら甘い解説しかしないとかいう噂の美貌。
元・学生カリスマモデルの泉もそうだが、悪の組織のメンバーはなぜか揃って顔面偏差値がくそ高い。誘拐も、総帥の趣味――顔
ちなみに俺は、中の上……いや、中? ってところかな。
俺のマジカル、もとい特殊能力は【甲羅】だから。
要は盾。貴重な前衛として目をつけられたっぽい。平たく言えばタンク枠。戦闘時は先陣切って身体張るのが仕事だ。
今更ながらに、なんだか悲しくなってきた。
「で? 男ふたりでどんな内緒話を? 恋のお悩みなら私も混ぜて――」
こいつ。冷やかす気満々じゃねーか。
くそ大人め。
にこにこと胡散臭い笑みを浮かべる総帥の質問を、俺たちは揃ってスルーし、挨拶をする。
「総帥、おはようございまーっす」
「はよざまーす。ってかさぁ、朝っぱらから人の魔法少女にセクハラ発言とか。上司とか以前に人としてどういう神経してんのぉ?」
「おや、泉くん。ご立腹?」
「ったりまえだろぉ!? 紫もなにか言い返せよ! ナチュラルにセクハラされてんぞ! セクハラ!」
「さっきの……セクハラ? だったの?」
廊下でぽやーっとしている菫野さんは、露出度と胸のデカさ、戦闘時のイカレっぷりはハンパないけど、普段はちょっとぼんやり……おっとりさんだ。
いつもながらの天然っぷりに、諦めたようなため息を吐く泉。
まぁ、こんな感じで十七年近く「好き」が伝わらないでいるんだから、そりゃあ闇堕ちしたくもなるわな。
「あ~もう、労基に訴える~」
「ご自由にどうぞ。労基はすでに掌握していますので♪ それよか万世橋くん、泉くん。そろそろ出撃を。今日は道玄坂で美味しいカフェとレストラン、大型家電量販店を制圧してください。ウチの天才科学者ドクトルが、『脳にスイーツ! おまけにモバイルバッテリーも足りない!!』って騒ぎ立ててまして」
「しょっぼ。つかモバイルバッテリーとか何に使うのさ?」
「新発明の演算回してる間にソシャゲのリセマラしたいんですって」
「はぁ〜? そのために僕ら出撃すんのぉ? バカみたい! コンセント足りる範囲でなんとかしてよぉ!」
「でも、俺らが出撃すれば学校の闇堕ちてない魔法少女らも来るんだろ? 俺らを退治しに。新しい人造悲骸獣くんを試すいい機会じゃねーか」
「うーん、そのとおり! 万世橋くんも、考え方がイイ感じに悪の組織に染まってきましたねぇ! バカに見せかけて案外冷静? 将来は参謀ポジですかねぇ」
「すっげぇ失礼。でもまぁ確かに……テストの点は、よくないっすけど……」
白雪に教えてもらってなかったら、学校でのテストも赤点だったしなぁ。
とかなんとか言ってる間に、泉は廊下の照明がイイ感じな場所でスマホを手に、自撮り撮影会を始める。
「何してんだよ、ナルシスト」
声をかけると、泉はうんざりしたようなため息を吐いた。
「わかってないなぁ~。ほんっと、わかってないよ万世橋」
見せられたスマホには、tiktkeとインスタ、及びtwittaなどの各種SNSにアップされた、顎ピースでキメ顔の泉が映っている。
『本日出撃~! 会いたい魔法少女は道玄坂おいで♪ #渋谷 #道玄坂 #悪の組織 #泉式部 #モデル #出撃 #魔法少女』
とかなんとか。
「釣り……じゃないか。犯行声明ってやつ? ほら、魔法少女おびき寄せんだろ? 紫もちょっと端っこに入ってよ~。匂わせしよう、匂わせ」
「なに、式部? 写真撮るの?」
「お待たせ、万世橋!」
はぁはぁと、息を切らしたハイレグレオタの黒バニーちゃんこと白雪が、俺に声をかける。
そうして、愛らしいウサ耳をぴょこんと揺らして……
「悪の組織、出撃よ!」
そんなわけで。
俺達、闇堕ち魔法少女二名とそのマスコット二名……二体?は。
正義の魔法少女たちの待ち構える道玄坂に出撃したのだった。
◇
今からおよそ十余年前に日本に飛来した、マジカルを人に授ける力をもつ謎の異星体、ハピネス。
魔法少女というのは、そいつらと癒着した国営の魔法少女育成機関、都立魔地狩学園に通う女生徒たちのことを示す。
中高一貫のその学校には、ハピネスから授けられる不思議な力や可愛い衣装、人助けの精神に憧れて、多くの少年少女が通う。
そして俺たちは、その在校生にして離反者ってわけだ。
離反している理由や悪の組織の目的は内緒だが、今、この渋谷の道玄坂で相対している四人の魔法少女たち、ミリス、エレナ、セイカ、マホは、俺たちよりも一個下の高校一年生。後輩にあたる。
元後輩とはいえ、学年が一個でも離れればぶっちゃけ顔なんてイマイチ覚えてない。俺は四人と部活も委員会も被ってなかったし、ほぼ初対面と言っても過言じゃないだろう。
パッと見の印象は、そうだなぁ。
ミリス(幼女)、エレナ(割とギャルい)、セイカ(黒髪清楚巨乳)、マホ(真面目で大人しそうな後衛)って感じだろうか。
「覚悟しなさい、悪の組織!」
(うおっ。いきなり!?)
存外喧嘩っ早い性格なのか、白雪に向かって放たれたマホの炎熱球の攻撃を、緑色をした俺の甲羅――盾が防ぐ。
俺は水の魔法少女たる白雪のマスコットの亀だけど、亀に変身しなくてもある程度の能力行使は可能だ。
亀の姿のときと比べると威力は落ちるけど、機動性を考えると人間の姿の方が便利だったりする。
決して、変身の呪文を叫ぶのが恥ずかしいから人前で亀になるのを避けてるわけじゃないぜ?
「ぼさっとしてんな! 大丈夫か、白雪!?」
「あ、ありがとう……万世橋……」
今日はいつにも増して浮かない表情の白雪。どうやら、駆けつけた魔法少女の中に知り合いがいたらしい。
「白雪先輩っ、なんでさっきからほんのり顔赤いんですか!? そんなヤツのどこがいい……というか、もうやめてくださいこんなこと!」
「マホちゃん……」
「生徒会の先輩で、いつも優しい白雪先輩が、どうして悪の組織になんて!?」
「きゃははははっ! よそ見ぃ!!」
胸の締め付けられるような会話をぶった斬るように、菫野さん……アイリスガーデンが割り込んできた。
黒のワンピースを纏い、コウモリである泉の特殊能力、【影】で強化された大鎌を振り回すその姿は、さながら死神のよう。
大鎌の斬撃をすんでのところで躱しながら、見かけは小学生かってくらい一際幼い容姿をしたミリスが叫ぶ。
「きゃわわっ!? 腕なくなったかとおもったぁ!?」
「あれぇ〜? 惜しいなぁ〜」
ぽりぽりと頬をかくアイリスガーデンは、戦闘になると性格がハイになる闇の魔法少女だ。今日も鎌の切れ味はバツグン。目がキマってる。
「危なっ! 可愛っ……じゃなくて、こわっ! 胸揺れすぎっ!? てか紫先輩超強くない!? 飛ぶ斬撃とかどうやって避けろっつー……ミリス、危ないっ。避けて!」
「エレナちゃんナイスフォロ〜! ね〜、どうやったら紫先輩みたいにそんな大きいおっぱいになれるんですかぁっ!? ミリス、毎日牛乳飲んでるのに全然で……てゆーか、ミリスも泉先輩と付き合いたいぃっ!」
「?? 私は、式部と付き合ってないよ?」
「うそぉっ!? あんな匂わせしておいて!?」
そう言って、ミリスは菫野さんと泉の間で「信じられない」といったように視線を行き来させた。
(ああ、やっぱり。菫野さん的にはそうなんだ……)
泉は、ただの仲良い幼馴染なのか……
そのやり取りに、泉は硬直したまま動かない。
顔にかいてあんぞ。
『泉の心に、1000ダメージ!』って。
「ミリス、やめときなさいあんなクズ! 女の敵、泉式部……いくら顔がいいからって、今日という今日は許さないんだからぁ!」
前衛で必死こいてる俺の盾をぶち破らんとする底知れぬ怒気に、俺は思わず後ろの泉を振り返った。
「えっ。セイカちゃんマジギレなんだけど。お前なんか恨みでも買ったの?」
問いかけに、泉は。
「一回ヤッた」
「はぁ!?」
「そこそこ可愛いし黒髪巨乳だからイケるかなって思ったんだけど、『やっぱ違う』ってなって。一回こっきり」
(なんだこいつ……しれっと言いやがって……!)
「うわ、サイテー! 俺がボコしてやりてぇ! このくそヤリチン!」
「そうよぉ! もうボコしちゃってよあんな奴ぅぅ……うわぁああん!」
「泣くなよ、めんどいなぁ。告ってきたのはそっちだろ? 『一度でいいから抱いて』って。僕は要望に応えただけだ、罪はない。むしろ感謝して欲しいくらい」
「泉くん、またなの? いい加減黒髪巨乳ばっかり手ぇ出すのやめなさいよ」
言いたいことはわかるぞ、白雪。
泉の場合、女子に手ェ出すのは菫野さんに構って……嫉妬して欲しいからで。どうせ抱くなら菫野さんと同じ黒髪の巨乳がいいってんだろ?
捻くれすぎだボケ。明らかに面影重ねてんじゃねーか。これじゃあセイカが救われねぇよ。
当の菫野さんは「キャハハ!」とか変身後特有のハイな状態で、マホとエレナ、ミリス相手に無双しちゃってるしさぁ……
「つかさぁ、一回ヤッたくらいでぴーちくパーチク騒ぐなって……」
バキッ。
俺は思わず泉を殴った。
盾を構えつつ、空いた右手でグーで殴った。
結構思いっきり。
仲間に不意打ちを食らった泉が体勢を大きく崩して地面に転がる。
「痛ったぁぁ!? なにすんだよ万世橋!!!!」
「ごめん、つい。なんか許せなくて」
そのやり取りに、なぜか頬を染めるセイカ。
なにこれ。泥沼。端的に言ってカオス。
道玄坂に集まった野次馬とかマスコミも増えてきたしさぁ……
泉は「うう、覚えときなよぉ……」とか頬をおさえて立ち上がり、野次馬が増えているのに気がつくとにこりと笑みを浮かべた。
「はいはい、それじゃーまぁ、紫がいい感じに後輩ちゃん達の相手してくれてる間に、僕らは目的果たそーね。新しい悲骸獣くんを試せないのは残念だけど、それはまた今度♪」
そう言って、泉は足元の【影】からおもむろに大鎌を顕現させて、犯行予告を受けてシャッターを下ろしていた家電量販店の入り口をずばん! と一閃した。
いっしょくたに割れた自動ドアの破片を踏みつけながら、店奥に避難していた店長に一枚の紙を突きつける。
この店を悪の組織に譲り渡すという、契約書だ。
「さぁ、店の中をぐっちゃぐちゃのボッコボコにされたくなければハンコを押して。ウチの天才科学者様……ドクトルがこの店を欲しがってんだよ。大丈夫、アンタも従業員も悪いようにはしないからさぁ」
うーん、悪役っぽい!
これ以上ない意地悪な笑み!
総帥が泉を採用……もとい仲間にしようと誘拐した理由がわかる気がする。
なんつーのかな、『悪役として映える』んだよ。
泉の問いかけに、電気屋の店長はおずおずと顔色を伺った。
「……信じていいんだな?」
「悪とはいっても一応組織ですから〜。資金力はそれなりに確保してるさ、こうやって。今後店は通常通り営業、売上の何割かを僕らがもらう。従業員に給与も支払う。キミらにとってはただ頭がすげ変わるだけだ。ちなみに拒否権はない」
「……わ、わかった」
店長は、思いのほかあっさりとその提案を受諾した。きっと俺らの犯行声明を受けて、本部から「万一の場合は従え」と指示を受けていたのだろう。
これまでに俺らが制圧してきた大企業の面々は、往々にしてそういう対応を取ってくるとこが多かった。
なにせ、俺たち魔法少女の行使するマジカルは、マジカルでしか防げないから。一般企業には対処できない。無論、自衛隊でもな。
だから、今の日本では。魔地狩学園……もとい、異星体ハピネスが、圧倒的な支配権を握っているのだ。
◇
「いやぁ〜、お疲れ様でしたぁ! 道玄坂襲撃事件、早速ニュースになってますよ。強奪した店舗や企業への給与と待遇が保証されていると発覚した件で、世間からの評判は上がってんだか下がってんだか。皆さん、手のひら返しまくりですねー」
無事に任務を終えて組織の地下基地へと帰還した俺たちに、総帥はにこにこと労いの言葉をかける。
「あ。ほんとだ。『悪の組織、その真の目的はブラック企業を対象とした世直しか!?』ですって。見て、万世橋も見切れ気味に載ってるよ」
「わっ。別に載らなくていーのに」
「毎日のようにワイドショーで特集も組まれてますし、大きな声では言えないけれど隠れファンクラブもあるんだとか。元カリスマ学生モデルの泉くんはもちろん、『ゆうむら(優兎×紫)、尊い!』だなんて百合豚まで沸いちゃって。各種サイトのアフィリエイトもうーまうま。ほんと、君たちを誘拐してからというもの組織の資金力はぐぐーんとあがって、いいことずくめです!」
まさか、そのための顔セレクト?
俺らは一種のヒーローショー扱いか?
一方で総帥は、「お金がなくて、幹部のラブちゃんとドクトルと、三人で一個のカップラーメンとコンビニパンを分けあったあの日が懐かしくすら感じますぅ……」と。謎の感慨に浸っている。
「組織を立ち上げたあの頃は、ラブちゃんにお水(水商売)させたくなくて、私もドクトルも非力なのに日雇いの土方がんばったりして……」
(総帥は顔がいいんだから、普通にホストでもすればよかったんじゃ……? つか、まずはドクトルの天才的頭脳をもっと違うカタチで使えよ)
「ああ。最近では万世橋くんもね、裏サイトで『いっつも守ってくれる盾! 頼もしい!』だなんて言われてるんですよぉ。まぁ、ウチでは唯一前衛で身体張るワイルド系ですからねぇ」
「わ、ワイルドだなんて、そんな……へへへ。ただの脳筋っすよ……」
あっ。そんな、白雪まで俺の胸筋をガン見しないで。俺、ゴリマッチョじゃないよ。そこそこだよ、そこそこ。照れるじゃん、やめて。
「ちょ……白雪、見過ぎだから……」
「…………細マッチョ……ごくり」
「でもさぁ、やってることは一応略奪なわけじゃん? 世間の評判とか今更気にするか? サイテーなことはわかりきってんでしょ」
「泉くん、気になります? ご安心を。キミの今日の『一回ヤッた』発言は、きちんとオンエアされないように揉み消し……対処してますから。そういうのはね、我々大人の仕事です」
「気にしてんのはそこじゃないよ……」
呆れたような泉のため息を最後に、俺たちは今日の反省会を終えた。
出撃後に、ときたま総帥の声かけで行われる反省会。それが終われば悪の組織の仕事もひと段落だ。このあとは解散、各自自由時間となる。
ちなみにこの反省会で何かを得られた試しはない。今日もいつも通り、ダベっただけで終わってしまった。
学園から離反してからというもの、俺たちは姿を隠すようにして地下基地に住んでいるため、学校には通っていないし、しばらく家にも帰っていない。
悪の組織に身を投じてそろそろ一ヶ月。いくら総帥が情報操作諸々を駆使して「息子さんはわけあって我々に力を貸してくれている、身の安全は保証する」ということになっているとはいえ、さすがに家族は心配してるだろうな……
俺たちは、きっかけは誘拐だったかもしれないが、今では自分の意思で悪の組織に手を貸していた。
こうして出撃して魔法少女の気をひいて、学園の保持する戦力を把握。あるいは資金や物資を調達して、組織として力を蓄えていく。
目下のところはそういう感じで動いてる。
そもそものマジカル学園が設立された理由である、人々の負の感情から生まれるバケモノ、悲骸。それを密かに退治するのも、学園在校時と変わらない俺たちの仕事だ。
だって、急に離反したからって担当していた地区に悲骸が沸かなくなるわけじゃない。
稼働できる魔法少女の数には限りがあるし、俺らの担当だった秋葉原の平和を守るためにも、代わりの魔法少女が配置されるまでその辺はきちんとするつもりだ。
明日は出撃はナシ。
学園在校時のコンビ名が『秋葉原のウサギとカメ』である俺たちは、秋葉原にふたりでパトロールに向かうことになっている。
「とりあえず、部屋戻って休むか〜!」
ぐーん、と大きく伸びをして、白雪と共に地下三階の部屋を目指す。
白雪との共同生活を始めて一ヶ月。
あのくそ狭ワンルームにも慣れてきた。
床で寝る痛さにも。
一個しかないベッドは白雪に譲ってるから、俺はいつもラグの上。枕と毛布でなんとかしている。
一応ソファもあるんだけど、総帥のお節介すぎる計らいにより『ぎゅぎゅっと密着!カップル仕様』になっている為、横になると脚が出まくるんだよ……
まぁ、その辺はもう慣れたからいいんだけど、白雪の『着替えるから、目瞑ってて……』には、未だに慣れないな……
あの赤面顔と四六時中一緒にいて正気を保ってる俺はさぁ、もう甲羅だけじゃなくてメンタルだって鋼だよ。誰か褒めてくれ。
部屋に着いて、白雪がシャワーを浴びる音を耳にしながら、仕事終わりの微睡に身を任せる。
(俺、今日も盾してがんばったもんなぁ……)
あのマホちゃんの炎熱球は熱かったよ。かなり。
物理攻撃ならまだしも、熱までは完全に遮断できないのが俺の甲羅……盾の弱みだ。
マホちゃんが執拗に熱攻撃をしてきたあの感じ。ちょっとバレてるのかな?
いや、冷静に考えたらバレてるに決まってる。
だって俺たちは、マジカル学園の生徒だったんだから。成績表もとい、戦闘データとか残ってるに決まってるわな。
(白雪と特訓するか? 合体技? とにかくなんとかしなきゃ、かぁ……)
ぼんやりと仰向けになって天井を見上げていると、いつの間にか風呂からあがった白雪が俺の横に仁王立ちしていた。
頬は上気し、変身前のベージュの髪は僅かに毛先が濡れていてやけに色っぽい。
ったく、これだから同棲生活はたまんねぇ――
「ねぇ」
「えっ。なに?」
やばい。視線がエロかったか? 怒られる?
亀の姿に無理矢理変身させられてひっくり返されて、甲羅干しという名のお仕置きをされる……!
びくりと、反射的に身を起こす。
思考を巡らせるも、今日は魔法少女衣装の盗撮もしていないし、ラッキースケベもしていない。怒らせる要素なんて微塵もないはずだんだが……
何を思ったか白雪は、不意に両腕を広げた。
「……変身してよ」
(え?)
ほんのり頬を染め、恥ずかしそうに膝をもじもじさせる白雪。
俺は内心でガッツポーズした。
(あ。コレ。この流れ。今日はご褒美の日だ……!)
白雪が両腕を広げて「変身しろ」というとき。
それは、可愛いマスコット――亀の姿になって抱っこさせろという意味だ。
白雪は、クールなふりして実はぬいぐるみとか可愛いモノがめちゃくちゃ好きなんだよ。でもって、変身後の俺はウミガメのマスコット。
ハンドボールサイズのふかふかな謎の生き物だから、端的に言ってめちゃくちゃ可愛いんだなこれが。
俺は、普段であれば躊躇するようなこっぱずかしい呪文を「まじかる☆みらくる☆めるくりうす☆」と速攻で叫んで白雪の胸に飛び込んだ。
「わっ! ふふっ。勢いつけすぎ。くすぐったい……!」
小さな亀さん(こと俺)に甘えられて、白雪は口元を綻ばせる。
そうして、ぎゅ~っと。ぬいぐるみを抱き締めるように俺を抱き締めた。
(あぁ~! いつしても最高かよぉぉ……!)
大丈夫。今の俺は亀だから。
想定Dを超える白雪のまじかるおっぱいにダイブしたってセーフなんだぜ。
だって向こうから言ってきたし!
恋人でもないのに全身を谷間でサンドされて逮捕されないのって、マスコットくらいだぜ? あぁ~俺、人の姿捨ててよかったぁ……!
白雪はときおりこうやって、俺に癒しを求めてくる。
相方の魔法少女のそんな要望に応えるのも、マスコットのお仕事――あぁ~やわらけぇ~……!!
「万世橋、今日は庇ってくれてありがとう」
不意に頭上から声をかけられ、見上げる。
白雪は俺を抱き締めたまま、ふわりと目元を細めた。
ああ、そんな顔しないでくれ。
照れるよ、照れちまう……
「あぁ……いや。俺は亀だから、甲羅……もとい盾しか出せねぇし。身体張るくらいしかできねーから……」
「でも、ありがとう」
ふわ、と微笑む白雪がくそ可愛くて、どうしようもなくて。部屋にふたりきりだということを思い出す。俺は慌てて人型に戻り、毛布をかぶり直して床に転がった。
「お、おやすみっ!」
「ふふ、おやすみ。万世橋」
「ねぇ、明日パトロール終わったらさぁ。一緒にカフェ寄らない?」
「カフェ?」
「うん。万世橋と行きたいなと思ってたとこ、あるの」
「!」
そういって、白雪は自分の布団の中で口元を綻ばせた。
「楽しみだね」
あ――――
ああああ……
ヤバい。
――――好き。
①あなたの闇堕ちお手伝いします 南川 佐久 @saku-higashinimori
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