第2話 機械の国ともう一人のドレイ
痛い……。なんだ今の焼けるような電気をまとった棒は……。
目の前に立つ案山子のような機械人間を睨みつけるが、もちろん相手はそれを気にする素振りはない。
こちらの世界で目が覚めてから三日が経った。
もはや毎度の事と言っていいのがこの拷問だ。言葉や素性の確認と情報の引き出しに三日ほど費やし、欲しい情報が出ないとなると強硬手段に打って出るのがこちらの世界の常とう手段らしい。
三回も同じような目に合う事で少しずつ分かってくることがあった。一つは、俺のような人間は珍しいのか、どうしても生かしておきたいということ。もう一つは、どうしても知りたい情報があるということだ。俺のようなしょうのない人間から何が知りたいのか不明だが、その情報を持っている可能性があるから生かされているようでもあった。
今回のこの機械人間が住む世界では、様々な言語が載ったリストを見せられた。分かるものがあれば答えろという事なのだろうが、その紙には日本語はおろか英語も存在しなかった。他にもこの世界の事が書かれた図鑑や地図なども見せられたがどれもこれも知らないものばかりだし、何が知りたいのかも読み取れない以上、何を答えればいいのかも分かるはずがない。
「殴られても分からないものは分からないんだよ!お前ら賢いんだろ?俺の話してる言語を解読しろよ!」
やっとの思いでそれだけ言い放ったが、バチっとなった音と共に俺の意識はどこかへ飛んでしまっていた。
次に目を覚ましたのは、いつもの牢の中だった。さっきより寒いと感じたのは案山子野郎に水をかけられたかららしい。ただでさえ地下で寒いというのに……。
小さくうずくまりながらガタガタ震えていると、近くからすすり泣くような声がしているのが耳に入った。他にも捕らえられている奴がいるのか。
「誰かいるのか……?大丈夫か?なにかされたのか?」
俺の声に気づいたのか泣き声がやんだ。
「………の?」
声の主は幼い少女のようにも聞こえる。あれ、ちょっと待て?今何て言った?
その小さな声を聴き逃さないように部屋の鉄格子に顔を近づけた。
「あなた、言葉が分かるの?」
この世界で初めて、知っている言葉が返ってきた。
弱弱しい声だが俺にとっては救われたような気分だった。
「もちろん分かるよ……。俺は日本人だからね。ユウトって言うんだ。君も日本人?」
まさか俺と同じような目に合っていた人がいたなんて……。
「うん。私はエリ」
「教えてくれてありがとう。エリちゃんだね。いくつかな?」
「2年生」
そんなに幼い子がこんな場所に……。さぞ辛かっただろう……。
「よく今まで頑張ったね。あのね、お兄さんに教えてほしいんだけど、君はこの場所に来て何日くらい経つかな?」
「わかんない……」
「じゃあ、前にもこういう場所に来たことはあるかな?」
「わかんないよ……」
その声は今にも泣きだしそうだ。そりゃ考えたくもないよな。
気が引けるが、今後のためにも情報はほしい。
「ごめんね。でも、すごく大事な事なんだ。分かることだけでいいから教えてくれないかな?」
彼女からの返事は返ってこないが、俺は慎重に続けた。
「あのね、俺はこういうところに何度も来てて、いつも日本で寝たらこっちで目が覚めるんだ?エリちゃんはそんなことない?」
「最近、怖い夢はよく見るよ」
「怖い夢?」
「魚みたいな顔の人が怒ってる夢…。」
魚みたいな顔か……それもこの世界の種族なのか……。
もしかしたらエリちゃんは短時間だけこの世界に来ているのだろうか?だから夢だと勘違いしているとか……。
「起きたらちゃんと家にいる?お父さんとかお母さんは心配してたりしない?」
少し間があって、先ほどよりも弱弱しい言葉が返ってくる。
「きっと私が悪い子だからなんだ。だからお父さんも出ていっちゃったんだ。」
「……え?」
「私が悪い子だから、こんな嫌なことばっかり……」
「そんなことないよ!落ち着いてエリちゃん。大丈夫。ちゃんと帰れるから、ね?」
もちろんそんな保証はない。でも、こんな理不尽を自分のせいだなんて、そんなはずはない、そう思いたい…。
「今、お兄さんはこの場所の情報を集めてて、元の家に帰れるように頑張ってるんだ。秘密が分かったらきっとエリちゃんも帰れるようになる!だから、自分を責めちゃダメだよ。いいね?」
そこまで一息で言って気づいた。またもや金属の足音が近づいているのを。
しかも、今回の目当ては俺じゃないらしかった。
「いや、やめて!」
「エリちゃん!?やめろ!この木偶人形!エリちゃんじゃなくて俺を連れて行け!」
「いや、いや!」
エリちゃんの声と共に機械の足音は遠ざかっていく。
「くそーっ!何かしたら只じゃおかないからなーーーっ!」
自分の声だけが地下の空間に反響していた。
俺は無力だった。
その後、エリちゃんが牢に戻らぬまま七日目を迎えてしまった。
彼女はちゃんと元の世界に帰れたろうか?そうだと願うほかない。
やつら機械人間も暴力で情報を得るのが難しいと感じたのか、ここ数日は対話にのみ徹していた。もちろん、俺が協力的だからというのもあると思うが。
そして今日も、いつもの椅子以外何もない部屋に通された俺は驚かされることになった。
「オマエ、コノセカイノヤツカ?」
なんと機械人間はこの数日間で日本語を解析して見せたのだ。辛うじて聞き取れるようなノイズの混ざった音だが、コミュニケーションを取れるだけでもまだマシだ。
「違う!地球という星から来た!この前も言っただろ!」
「ジャア、ドウヤッテキタ?」
「それが分かれば苦労しないんだよ!」
「ジャア、ヒカリノクニハシッテルカ?」
「なに?光の国?なんだそれ?」
「オレラガズットソノバショ、サガシテル」
なんでそれを異世界人の俺が知ってると思うんだよ。
「コノセカイデソウ、イワレテキタ」
「何を言われてきたんだ?」
「ナニモナイバショ、キュウニウマレルヒト」
急に生まれる人?それが地球人のことなのか?
「ヒカリノクニカラ、キタ。カエルミチシッテル」
こいつら、地球を探してるのか?この世界に突如現れる人、つまり地球人を。
一体、何のために?
「知らない!自分で帰れるなら、わざわざこんなところに来るわけないだろ!」
そこまで言ったとき、別の機械人間が部屋に飛び込んできた。何か高速で情報を交換しあっているように見える。慌てているのか?
しかも、今飛び込んできた奴と共に俺を尋問していた案山子野郎まで走って部屋を出て行ってしまった。
もしかして、これは逃げるチャンスでは?
そう思い、膝に力を入れて立ち上がろうとした時だった。急に例の眠気が襲って来たのだ。足は力を失いたちまちに椅子から崩れ落ちてしまった。
「まだ7日目なのに、なんで……」
こうしてなすすべなく俺の四回目の地獄は幕を閉じることになった。
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