僕はジゴクを行き来する

富屋まーる

第1話 新たな一週間

 嫌だ。行きたくない。頼む、平穏な生活を送らせてくれ。

そんな念とも言える切実な願いも空しく、強い眠気がやってくる…。

体中の力は抜けていき、意識が遠のいていく……。


 せめて……、平和なところへ……。



 あの強い眠気から覚めようとしたとき、視覚情報よりも先に刺激の強い臭いが流れ込んできて俺の体を無理やり叩き起こした。

何年も使われていない廃工場のような油と錆とホコリの匂いを何十倍にも濃縮したような臭いが喉を刺す。

 急いで瞼を開けると、そこはまたもや見知らぬ牢屋の中だった。

どうやら今回もハズレを引いたらしい。というよりも当たりなどあるのだろうか?それすらも分からない。

 石造りの壁を金属板で補修したような壁は冷たく、その感覚から、自分が薄い麻のような素材の服を着させられていることを知った。

 まるで弥生時代の服だ、などと悠長に考えていると、自分がいる部屋、もとい牢の壁にくっついていた円筒状のランプが赤く明滅しだした。

どうやら、今度の世界は文明があるらしいことだけ把握できた……。

 そして、ランプが光って十秒も経たぬうち、今いる牢の遠くの方からガシャガシャと金属が床にぶつかる音が近づいてくるのが分かる。あれは俺が起きたのを知らせるランプだったのだろう。この世界の人間が徐々に近づいてくる。今度は言葉が通じるのだろうか?


 いや、残念ながらそれは人ですらなかった。


 ロボットというには貧相だが、機械と呼ぶにはあまりに人間らしいが俺の目の前に立ちふさがった。

 中世ヨーロッパの鎧兜のような頭には赤く光る目のようなものがついていて俺を睨むようにギラギラと光っていた。


 また、地獄の一週間がここから始まる――――。




「小森くん、お疲れさまー。上がっていいよー」

店長が遠くから呼びかける優しげな声に、俺は商品を補充する手を止めた。

「ユウトー、上がれよー。あとやっとくから」

「はーい!」

 返事をした俺はバックルームに移動した。

「先輩、お疲れ様です、お先です」

「おつかれーっす」

 さっさと着替えた俺は挨拶もそこそこに店を後にした。

 

 夢を追いかけて上京したのが六年前。

 俺、小森勇斗こもりゆうとは割のいい夜勤の仕事で食いつなぐいわゆるダメな部類の人間だ。あれだけ注いでいた情熱も今はどこへ行ってしまったのか見当もつかない。

 そんな俺に異変が起こったのが三か月前だ。

なぜか一週間だけ俺はこの世界からいなくなる。眠るのと同時にこの地球ではない、どこか似たような、いや、似ても似つかない惑星に瞬間移動してしまう。

 よく小説で見るような転生っていうのが出来れば少しは違ったのかもしれないがそううまくは行かない。

年齢も能力もいたって普通で、なんなら言葉すらまともに交わせないどころか毎度、場所は違えども奴隷か捕虜のような立場として目を覚ます。

 なぜこんなことが起こるのか、俺は最初、夢か幻でも見ているのかと思った。

 ところが、向こうの世界で一週間を過ごすと、同じく一週間経った状態の現実世界の自分の家に戻るのだ。

 もうひとつ現実に起きたと信じるに足る証拠がある。それは、向こうの世界で受けた身体的ダメージを引き継ぐことだ。これはもう信じざるを得なかった。


 なぜこんなことが起こるのか、そしてなぜ俺が選ばれたのか、未だに分からないことだらけだ。無事にこっちに帰れる保証すらない。

誰にも打ち明けられない途方もない大きさの悩みに、家への帰り道をとぼとぼと歩く。


 今は8月1日の朝7時。家に帰って数時間もすれば四回目の移動が始まる。

次にこっちに戻ってこれるのは8月8日の昼頃だろう。

 誰か……助けてくれよ……。

 呟いた声に、返ってくるのはセミの声だけだった。

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