◎2話本文

 ◎一番可愛く書いたところ

 ・第一章 『スリーパーシャークの見る夢は』冒頭


 口の中から伸びる数百本ある白い触手、その十本でコンコンコンと岩盤に朝のリズムを刻む。今日は触腕も入れて十二本で派手に起こしちゃおっかな。歯が変化した触手だから先っぽ硬いの。コレいい音するんだよね。

 自慢の青黒い鮫肌は今日もリッチに黒光り中。コツコツしてるとさ、お腹に付いてるコバンザメのシロコバンが尾ビレでペッチペッチペチペチペチって鮫肌叩いてノッてくるんだよね。

 朝だよ、起きて。無事に夜を越えられて偉いね、ホント生きてるだけで偉いんだよ。


「おっはー。今日も上は大荒れ、深海快適、気分上々、キミはどう?」

んっんーハッピー!」


「イイネ! じゃあ今日も朝ごはんイッちゃいましょーか。今日はねー、とれたてワカメサラダ大盛りにプランクトンドレッシング! 名前の分かんない巻き貝の塩蒸し! 新シャケのイクラはどうしよっかなー? 炒めてみよっか?」

んっんーやったー!」


「はーい、というワケで食材のみんなゴメンね? これから食べるよー。美味しくするから僕達の血肉になってね。命バンザーイ」

んんんーんばんざーい


 シロコバンはまだ声帯が進化途中だから音で喋るのは難しい。種族が違うから電気信号も通じない。それでも「ん」だけで一生懸命に思いを伝えてくる。ホントに可愛いヤツよのうってなるわ。

 あ、直接浴びたら煮えちゃうから気を付けてよ、その熱水噴出孔ねっすいふんしゅつこう。結構ヤバいけど穴が小さいからちょうどイイんだよね。んで、まあココにニンゲンの遺跡から拾ったナベに巻き貝と香り付けの海藻入れて近付けんのよ、こうやってね。近過ぎたり時間かかると身が固くなるからサッとでいいよ、ああもうね、こんぐらいでオッケ、フタしとこうね。


「フフーフフフフーン」

「んんーんんんんーん」

 

「フフフフフーン」

「んんんんんーん」


 可愛いヤツよのう。もうさ、なんでもいいから早く喋れるようになってよ。いっぱい聞きたい事もあるし、まあ単純にヒマだからお喋りしたいんだよ。コバンザメ達ぐらいだからさ、僕を怖がらないで一緒にいてくれるの。

 サテサテお次はフライパンの出番っすよ、イクラを炒めるっすよ、取っておいた新シャケの切り身も入れますよっと。んでコレは塩分濃度マックスの所で瓶に詰めた味付け用海水、これがまた旨いんだ。あ、こないだからソコに付いてるイソギンチャクも入れちゃおっか。触手って便利ね、テキトーにいて、よし、こんなもんかな。


「ゴメンねイソギンチャク君、でもこれって自家菜園ってヤツじゃん? ソコにくっついた瞬間にキミの運命が決まっちゃってたんだよ。イソギンチャクってコリコリで美味しくなるからねー。命は大切に頂くよー」

んんんんんーたいせつにー


「お、熱を加えると紫になるタイプ! 新しいね!」

んんんんんあたらしい!」


「紫コリコリにサーモンピンクの切り身、赤いイクラをまといし塩炒めよ! 美味しくなあれ!」

んんんなあれ!」


 とりあえず味をしみこませたいからフタをして、うん、その間にプランクトンドレッシングを作っておこうか。こないだ襲ってきたバラムツ君ね、返り討ちにしたアノコから油を採取っておいたんだ。ホントは卵巣狙いだったんだけど残念ながらオスだったから普通にしぼっちゃったよね、ギュッて。

 遺跡から持って帰ってきたガラスの瓶を三個並べるとニヤニヤしちゃう。バラムツ油、超濃い海水、新シャケの血。新シャケってホント便利、イクラ取って切り身作って血も結構入ってるなんてお得だわ。分けておいて良かったよ。

 ブランクトン取ってこよう。どうかな、っと……うん、色が可愛いから育ててたワツナギソウにいっぱい集まってる。動物プランクトンが多いね、イキが良くて美味しそう。これぐらいで足りるかな。

 ドレッシングは分量が大切。濃くし過ぎないように液体はレードルで計って入れて、銀色のボウルでチャカチャカ混ぜる。ワイヤーみたいなのがピヨンと一本飛び出たこの器具もそろそろ換え時かも。拾った時は『泡立て器』って書いてあったっけ。まだアソコにあるといいな。


「あ、イイ感じ」

んんんんー楽しみー


「だ、け、ど」

ん、ん、んだ、け、ど?」


「コレを入れてみよっかなって思うんだけど。コレね、こないだ見付けたヤツ」

「んん?」


「なんかね、砂地に生えてたの。引っこ抜いてみたらイイ匂いするしさ、食べてみたらエラにツーンって抜ける辛味カラミが最高に刺激的だったんよね。もしかしたらコレ新しい海藻だよ、見たこと無いし図鑑にも載ってないの。イケてるでしょ?」

んんんんイケてる!」


「よし! キミの分にはチョビっとね、美味しいと思ってくれたら追加してあげる」

んーんわーい!」


 ササッと準備した朝ご飯。テーブル代わりの平らな岩に敷くのは、キレイに枯れた赤い海藻を集めて二人で編んだチェックの布。並べた白い貝殻の皿に山盛りの料理は今日も美味しく出来たみたい。僕から離れて尾ビレでフォークを握るシロコバンを見てるだけで分かるよ、キミは本当に美味しそうに食べてくれるから嬉しい。ツーンと来ちゃう新しい海藻も口に合ったみたいだ。

 こういう姿を見ちゃうとアレよね、もっと何かしてあげたくなっちゃうよね。


「今日は沿岸まで上がろうかと思うんだけど一緒に行く?」

んん行く!」


「よっしゃ、じゃあ食べたら行こう。あ、ついでだから久しぶりにデコの所にも寄ろうか」

んんうんんんンンンンんんあのオジサン好き!」


「あの辺まで行くならリュックで行こうかな。瓶と袋も沢山持って行こう」

んーんはーい!」


 普通のコバンザメは僕の食べ残しとかを狙ってくっ付いてる。シロコバンも最初はそうだった。今までのコバンザメと一緒、確実に僕の方が長生きだから成長、繁殖、見送るその日まで背中とかお腹に付いてる同居人だと思ってた。でもそれだけじゃ、なんていうか、もったいないぐらい可愛いと思ったんだ。

 稚魚のうちから振り落とされないように一生懸命に吸い付いてて、話しかけたらペチペチ返事をしてくれて、何より見てて飽きない。お腹から離れて僕の周りでチョコチョコ泳ぐのも、危ない時はキッチリ言う事を聞いてキリッとしてるのも、なんかもう全部可愛いよ。

 二人で食卓を片付けて、そうだ、デコに会いに行くならクラゲぐらいお土産に持って行ってあげよう。どうせまた食事そっちのけで研究三昧なんだろうし、多分アイツは自分がカメだって事も忘れてそう。まったく手のかかる友達だけどさ、お互い長生きだから同じ悲しさを知っちゃってるんだよね。

 ニッコニコのシロコバンが自分の小さなリュックを背負って僕のお腹にくっついた。うん、きっと明日も可愛い、生きてるだけで偉いよ。行こっか。


  【つづく】



 ◎一番ニコニコしながら書いたところ

 ・第五章 『Eyes ♥️ you』冒頭


「ママー、あの魚メガネかけてるー」

「ホントだー、頭が透明だよ、スッケスケ!」

「クラゲのヘルメットみたーい」

「わー」

「ヒレを指しちゃいけません、みんな一生懸命に生きてるのよ? ああいう陽気なメガネをかけないとやってられない魚だっているの」


「ふーん」

「へえー」

「すごーい」

「わー」

「行きますよ、ほらジロジロ見ないの」


 沢山の小さな声と優しい声、簡単に移動出来るみたいだから魚類の親子かな? メガネかけた頭が透明な魚って僕の事だよね……メガネじゃないんだけど、やっぱりコレそう見える? だとしても前が見えないメガネなんだけどな。

 僕の眼球に張り付いてるのは星形の生命体、二体ふたり。会話の内容からして最近宇宙から来たらしい。


「……かな?」

「……とか?」


 あ、なんか喋ってる。

 グイッと右目と左目が下へ引っ張られる感覚に、大人しく下へ舵を切る。この生命体達がくっ付いてから何回かは反抗して逆に泳いだけど、岩にぶつかったり鋭い海流に巻き込まれたりして死にかけた。だったらこうしてやると勝手に止まってみたら、何か大きな口が開いた気配がして死んだと思った。あの時はもう仕方なくて上下左右にグイグイ動く目の向きに従って逃げたんだ。

 だからもう黙って泳ぐしかない。僕のヒレは絶対に目に届かないから叩き落とす事も出来ないし。今日も泳ぎ続けて何時間経ってるのかな、ここはどこだろう? まいったなあ……もう疲れたよ。目に張り付いてるこの生命体は僕の声が聞こえないのか退いてくれる気配はないし、むしろ僕を泳がせて楽しく遊んでるっぽい。たまに『ライド』とか笑い声まで聞こえるんだもん。

 あ、また喋ってる。


「我に食われろ、虫けら共よ」

「なんでやねん」

「……あの」


「偉そうにすればエサが勝手に吸い込まれて来るみたいで気分よくない?」

「ウケる」

「……あの、ちょっと良いですか?」


「この辺のプランクトンは不味いな」

「ああ分かる、なんか渋いよね」

「……あの」


「もう少しデカくなって魚でも食うか」

「そうだね、その方が食事が楽しいかも」

「……」


 やっぱり無視された。挨拶しても謝っても離れてとお願いしても、もうずっと無視されてる。ホントまいったなあ、なんで僕なんだろ? 他にもっと大きくて強そうな魚はいっぱいいるのに、カッコいいエビとかカニだっているのに、なんでよりによって僕なの? 嫌だなあ、寄生虫に付かれる方がマシだよ、こんなの。


「なんかデッカいの浮いてるな」

「なにあれー? プランクトンかな? いやデカ過ぎでしょ、3メートルぐらい?」

「え?」


「いや5メートルはある」

「うっそー、そんなデカい? 近付いてみよっか?」

「……あ、あの」


「いや、こんな雑魚ザコ迂闊うかつに近寄ったら食われそうだぞ。ほらマグロが飲まれてる」

「うわ触手ヤバ?! あれ何本?! 長っ?! コワ?!」

「……すごく見たいです僕も」


「派手な光でウロコの反射と錯覚させてるのか、やるな。大きな魚を呼んで食われる前に食ってやがる。ヤベえヤツだ」

「五色をチカチカさせてる、すごい発光器だねー」

「……」


 なんだろう? 新しいプランクトン? 僕も見たいな、ていうか何メートルもあるプランクトンなんてもうプランクトンじゃないと思うんだけど……気になる。本当にもう誰でもいいから何とかしてくれないかな、この二体。

 群れの中にいれば皆でああだこうだと検証できたのに。僕は自分でも賢いと思ってたし、なんとなくされて次のリーダー候補だった。皆どうしてるんだろ。あの子は彼氏と仲良くしてるかな? アイツの頭の透明な窓はすぐ曇るからヒレであおいでやらないと腐っちゃう……ああ帰りたい。


「なんだアレは? 間欠泉か?」

「避けよう……え、違うかも」


「砂を巻き上げてるのか?」

「もしかしたらだけど砂の中に何かが居て」


「うん?」

「獲物を熱して食べてるんじゃない?」

「……な、ナニそれ……?!」


「なんだそれ?」

「忘れちゃった? 僕達の地元に攻めて来た生命体を焼いて食べたコトあったじゃん」

「……ナニそれ?!」


「ああアレか『焼く』、火を使ってるのか」

「うん、水中だから火というかソレに近いぐらいの熱を加えて美味しい食事中、みたいな? それであんな風に揺れてるんじゃないかな?」

「……あの! 僕も見たいんですけど?! スゴくないですかソレ?! 『焼く』っていうんですか?! ナニしてるんですか?! どうなって……あっ?!」


「何にせよ危ねえヤツが居るって事だな。離れるぞ」

「うん、こんな体じゃオカズにもならないけど警戒は大事だよね」

「……ああ……」


「向こう行ってみるか? あの、なんかやたらと赤い海域。あそこまで色が変わってるなら何かあるだろ、面白そうだ」

「なんか怖くない?」

「……見たかった……」


「おやおやおや、怖いだと?」

「いやいやいや、行こうか」

「えええ?!」


 うわ、ものすごく行きたくない……。


  【つづく】



 ◎一番ニヤニヤしながら書いたところ

・第二章 『宇宙なんて知らない』真ん中あたり


「移動する?」

「どうする?」


「もう移動してるね」

「尾びれ」


「群れ次第」

「群れ次第で本当にそれは」


「なんて?」

「衝動が、前の尾びれを食べたり尾びれどころかケツの穴かっぽじって、その、あれ、一魚ひとりで、一魚ひとりだと?! 一魚ひとり?! 何故?! ダメ?! ダメだって誰が言ったんだよコノヤロー?!」


「群れ次第」

「群れ次第」


「今日も波は荒れてる」

「煮干し」


「なんて?」

「胸に刻み込まれし呪文のような」


「お出汁だし

「なんて?」


「脊髄に刻み込まれし呪縛のような」

「ここの化学物質うまー」


「うまー」

「うまうまー」


 会話するハダカイワシが二匹ふたり、周りにも沢山いるけどでもこの二匹ふたりが面白いから決めた。パクパクしてる口とエラをすりぬけて『絶対食べられないゲーム』は続いてる。声に合わせて食道の奥にタッチ、また声に合わせて口の外へ。たまに引っ掛かっちゃう、少し大きくなったのかも。ゾクゾクするね。DNAねじれちゃいそうじゃない? 植物プランクトンが縮んで伸びた気配がする。ゲノム並んじゃいそう? 僕達の秘密のゲーム、さっき思い付いたからまだ誰も知ら

 何をどうすれば近付けるのか。声をかける事もままならぬ、この激しい時のうねりと海のうねりと私の感情のう

 君はそろそろ飽きちゃったのかな? もしかしてハダカイワシの群れが起こす水流に巻き込まれそうになってるんじゃないの? あんな風に切りもみされたら目が回って可哀想だよ。次に側に寄れたら掴まえよう。同属同種には興味が無いんだ、ボクの側に漂う君が、君に、植物プランクトンに興味があるんだ。きっととても綺麗な体だと思うよ。丸い曲線だよね、真ん丸だよね、とてもとても綺麗だと思うよ。いや見える、見えるよ、見えているかのようだ。自分に無い物を求めるのはしぜ


「上昇」

「下降」


「狙われてないか?」

「初めて見る」


「最近は初めて見るヤツばっかだなあ、ハッハッハ!」

「ここの硫化水素うまー」


「ワイルドに」

「そうでありんすか」


「どうした?」

「しとやかに」


「アイツ食われたな、多分兄弟か姉妹のアイツ」

「こういう時は真ん中がガツッとガツッとホラまたガツッとられるモンでござる」


「ハダカサカナ」

「サカナハダカ」


「デカいアイツに名前を付けよう」

「付けてやろうか、食べられる前に」


「ザックバラン! ザックリバラントクウ!」

「名付け親を食う魚は魚に有らずのポポーポポポポ」


「ポポーポポポポ」

「ポポポポポー」


「ポポポポポーポーポーポーポーポ」

「なんの歌だろうね」


「なんか知ってる」

「なんか知ってる」


「レクイエム」

「ムエイクレ」


 会話するハダカイワシが二匹ふたり、周りにも沢山いたけどかなり食べられた。でもこの二匹ふたりは生き延びたね。パクパクしてる口に入っては出て、出ては入って僕達の『絶対食べられないゲーム』もギリギリになってきた。声に合わせて奥歯にタッチ、また声に合わせて口の外へ。一瞬ヒヤッとしたのは君が喉の奥に引っ掛かった時。少し大きくなってて助かったね、上手に鞭毛べんもうを動かせてたよ、上手に脱出できてた。もうそろそろ止めようか。他の遊びに誘ったら来てくれるかな。ドキドキする。DNA並び替えちゃう? 植物プランクトンがクルンと一回転した気配がする。ゲノム出ちゃいそうじゃない? 僕達の秘密のゲーム、またいつかやろう。だから側に行ってもいいかな? だってそんなに流されちゃったら感じ取れなくなっ


「この辺はエサが多い」

「そうだな」


「この辺はどの辺だ」

「そんなに悪くない海だ」


「鉄の味付けが良い風味を」

「追われている時にエサの話を」


「今の危なかった」

「かすったな、歯」


「エサの話」

「岩場がある」


「群れを離れる訳には」

「離れたら生き残る」


「群れに留まるのも危うい」

「離れたら死ぬかも」


「お覚悟」

「フォーリンラブ」


「ヘイ!」

「ヘイ!」


「やってしまった」

「あははは」


 会話するハダカイワシが二匹ふたり、群れから離れて食べられてる仲間を見捨てたね。でもこの二匹ふたりは生きている。もしかしたら仲間が見捨てられたのかも知れないね。少し距離を取ろう、パクパクしてる口はプランクトンを探しているんだよ。もう近寄らない方が良いと思うよ。ハダカイワシを食べているのは何かな? とても大きく動いているから、とても大きいだろうね。あの雰囲気は新しいクジラかな? 彼もしくは彼女は小魚ばかり狙っているから、新しいサメならもっと大きな小魚を狙うだろうしね。大きな生き物は羨ましい、すぐに適応してすぐに生きてすぐに死ねないなんて本当に羨ましいよ。そうだ、もし良ければ、都合が良ければだよ? 向こうから珊瑚の匂いがするからアッチの方へ流れてみない? ああハダカイワシのように喋れたら良いのに。君を誘って鉄分を吸って赤黒くなってるらしい珊瑚の隙間でノンビリ出来たら楽しいだろうな。あそこは流れが穏やかなんだよ、とても穏やかなんだ。ナワトビとか、タコアゲとか、今は思いつかないけど他にも沢山の優しい遊びが出来るんだ、穏やかなんだ。君のように穏やかなんだ。胸が苦しいよ、この気持ちは何だろうね。DNAを並び替えたら喋れるのかな? 君がポヤンと弾んだ気配がしたよ。返事をしてくれたのかな、僕の思いが届いたのかな。まさかね。ゲノ


「群れがもうあんなに遠くへ、まだ食べられてる、群れ群れだ」

「大変だ」


「追い掛け?」

「ない」


「後悔し?」

「ない」


「本当に?」

「はい」


「珊瑚だ、珊瑚?」

「15」


「ここで一族繁栄を、ここで群れから離れたハダカイワシが繁殖すれば群れから離れるハダカイワシが生まれそれが普通になりハダカイワシは群れんハダカイワシにハダカイワシの」

「あ、クラゲ、水クラゲ」


「触手注意! 口腕こうわん注意! 水クラゲ注意!」

「もうそれやらなくても」


「そうだった」

「触手! 口腕! 水クラゲ!」


「もうそれやらなくても」

「そうだった」


「食べられる前に?」

「食べられる」


「食べてみる前に?」

「食べてみる」


 会話するハダカイワシが二匹ふたり、水クラゲを食べ始めたみたいだ。いつもイワシは食べられる側なんだよ、いやそれぐらい君も知ってるかな。凄い瞬間を二人で、いや周りに仲間のプランクトンは沢山いるけどね、でも僕は君を感じてるし君も僕を感じていてくれてるよね、だから二人きりみたいな物だよ、二人きりと同じだよ、二人きりだよ、二人で凄い瞬間に立ち合ってるんだよ、凄いね。僕達も、もし良ければだけどね? 僕達も新しい事をしてみたいな。君と二人なら新種とか作れちゃったり、作っちゃう? あ、いや冗談だよ、ごめんね離れないで、今の言い方は気持ち悪かったね。そうだ、うん、移動しよう、僕の仲間も君の仲間も増えてきたから紛れないように、うん。紛れても見付けるけどね。ああもしかして、君は君の意思じゃなく流されてしまっているのかな? もしそうなら大変だ、君が僕から離れたくなくても離れてしまうじゃないか、なんか変だと思っていたんだ、たまに君がフワッと消えてしまいそうになるから僕は消えながら君をちゃんと追い掛けているけどね、だって仲間には君のように優美に可憐に生きている者は居ないからね、本当に天使のようだよ。今すぐにでも僕で包んであげたい、ここにおいでと呼びたいのにね。君はきっと賢いからDNA配列も自由に出来るんじゃないのかな? 僕を刻み付けたいよ僕も、いやこれも少し気持ち悪いかなごめんね、いきなり配列の話なんかしたら、ああ何度もしてしまったのかごめんね。それは君の返事なのかな? 君が揺れる気配を感じるよ。さっきのアレは僕の意思であって違ったんだ僕じゃない確実に吸収多分分解絶対きっとね、嫌いにならないでほ


「ここで繁殖しよう」

「あらいいわね」


「メスだったのか」

「オスよ」


「オスだったのか」

「雰囲気だけでも」


「珊瑚が引っかかった。珊瑚に引っかけた」

「引っかかってかかってかかかって」


禿げた」

「ウケるー」


「発光器は無事だ」

「そりゃ無事でしょうよー」


「なぜお前は一緒に来たのか、群れからはなれるなど死に急ぐにも程がある」

「意味わかんなーい」


「今日も荒れている」

「まんぷくー」


 会話するハダカイワシが二匹ふたり、ずっと話を聞いていたいけど本当に波が荒れてきた、君を捕まえておきたい、離れてしまうよ、それは君も避けたいんじゃないかな? ここではぐれてしまったらもう二度と会えないと思うだけで苦しい呼吸が乱れる呼吸が出来ない苦しくなるどうしたらいい? ああダメだね、落ち着こう。ああ無理だよ、今ハダカイワシの口に入ったのは僕の体の一部、僕の半身、僕の元ネタ、僕の家族だ、出て来ないだなんて、遊んでいるだけだと言ってくれ、エラから出て来てくれ嗚呼! ああ、ああ、聞こえるよ電気信号、ミトコンドリアを落としてしまった、代わりにちょっと食べるよ小さいのを少しだけなんて悲しい叫びなんだ食べる食べられる食べず食べ食べ食べ食べ君は食べるのか僕達を君より小さな僕達は沢山いるから君がもし嗚呼! ごめん、なんて酷い事を言ってしまったんだ。君は植物プランクトンだ、ああ僕は食べないよ食べないね。ずっと天気が悪いからちゃんと光合成の光合成が光合成してるか心配になるよ。何十億年と光合成を続けていたんだよね君はなんて凄いんだ素晴らしい努力だ根性だ強い意思だ大きくなってもう嗚呼もう僕の家族が食べられた、もう優しく分裂もしてくれない、僕の遺伝子は僕が継いでいくしか遺伝子の遺伝子が遺伝子とDNAと遺伝子に、君と継げたら、ああまたなんて気持ち悪い事を忘れてねえ忘れて、さあ、もし良ければこっちへ、一緒に珊瑚の間で揺れてくれないか? 心細い、不安なんだ。側へ、ああ来てくれるのか、なんて君はやさ


「ポポーポポポポ」

「ポポーポポポポ」


「ポポポポポー」

「ポポポポポー」


「ポポポポポーポーポーポーポーポ」

「ポポーポポポポ」


「ポポーポポポポ」

「鎮魂歌」


アタシ、アナタの子供を生むわ」

「メスだったのか」


「オスよ」

「雰囲気は大事だよ、光とか音とか」


「今は時期じゃない」

「オスもメスも時期も無視も」


「それだ」

「なぜ群れから離れたのか」


「君を守るため」

「守りたくて、夏」


「そこ熱水噴出孔ねっすいふんしゅつこう

「煮え切らないわ」


 会話するあの二匹ふたりつがいになりそうだね。ああ僕はもう大丈夫だよ。嬉しいな、君が今までで一番近くまで来てくれてる。触れそうだね触っても、あ、いやいやごめん急過ぎるね忘れて? うん。そうだ、あの二匹ふたりからもう少し距離を取ろうか、常に何か食べているね、あまり近付くのは良くない。揺れるね揺れる、かなり荒れるね今日も大丈夫? 変な意味じゃなくこちらへ引き寄せておきたいよ。もう誰もいないから、僕が生まれた時から知ってるのはこの辺りの岩や珊瑚だけだから僕が生まれた時から僕を知ってた家族も同属もいなくなってしまったからもう君だけだから僕を知っているのは、もう吸収もしないしされない、されても僕は僕を保つよ、だから、だから、だから、今から、そっちに行く。


  【つづく】



 ◎一番ルンルンしながら書いているところ

 ・第六章 『シリンダー × シリンダー』


 水深200メートルの海底に横たわる白い筒。

 先っぽも根元も見えないぐらいに長い長い謎の筒。

 数メートルおきに節があり、内部はそこで区切られているらしい。節毎ふしごとに強く弱くともる明かりは影絵のように中で動く生物の姿をユラユラと映している。とうの昔に滅びた人類ならば、やれ『竹取物語だ』『かぐや姫がいるかも』『竹を切ったら中から元気な桃太郎』などと騒ぎそうなおもむきのある外観だ。

 近付くと何やらにぎやかで、それは喧騒けんそうではなくホッコリする賑やかさ、それは家族のざわめき。

 不意に筒がジワリと伸びた。果てしなく続く筒の、たった数ミリの動きがさざ波のように伝わっていく。この謎の筒は生物だ。巨大化、いな、伸びに伸びまくったチューブワームの体だ。


「ちょっと筒井さん聞いてよ! またウチのが浮気したの!」

「仕方ないだろ、目の前で精子ブッかけてって言われてんのに黙ってられるかよ?!」

「あらあら」


「こんの浮気者が?!」

「うっせえな?!」

「まあまあ」


「筒井さんは私の味方でしょ?!」

「てめえ大家さん巻き込むなよ!」

「やれやれ」


「ヤッちゃダメなのよ筒井さん!」

「ヤッてイイでしょ大家さん!」

「うーん、うふふ」


 筒井さんと呼ばれるチューブワームの適当な相槌あいづちあきれているのか毎度の事か。二人からせっつかれる雰囲気からして、どうやらどちらに味方をした事も無いらしい。そして体の中に住まわせているのだから、なるほど『大家さん』という立場になるのか。


「まあまずは二人とも落ち着いて。子供は幾らいても損は無いでしょ? 奥さんは自分の旦那さんが種族のための子孫繁栄に貢献して、もしかしたら世界で一番精子をバラまいた新シャケかも知れないって思えば誇りに感じない?」

「そりゃまあ……」


「旦那さんも世界で一番の子沢山になれてたら嬉しいでしょ? その中でも奥さんが一番側にいて一番卵を産んでくれてるんだから、ヨソで何があっても奥さんが最高じゃない?」

「まあ当然だよな、嫁が最高なんて」


「……え? 最高、私が?」

「あっ、いや、最高っていうか、愛してるっていうか、いやちげえよ、そうじゃなくて」

「うふふ」


 上手く納まったようだ。1キロメートルほど移動してみよう。モヤのような湯気のような陽炎かげろうの立つ一帯が気になっていた。

 そこは地熱もあるのか、水温も高く微生物も小魚も多い。


  【つづく】

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