幸せ

一方――優斗の部屋では、テレビからその一報は流された。



『――点ったのは"8"!!!!、"8"です!、勝ったのは、クロダテンユウ~っ!』



「!!!!、よっしゃぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」


「~~~~~!!!!!!、やっ!、やっあぁぁぁぁぁぁぁぁったぁぁぁぁぁっ!!!!!!」


優斗と奈津美は、抱き合ってしまい、クロテンの勝利を一緒に喜んだ。



「うわ!、うわぁぁぁぁぁっ~~~~~!、凄い!、凄いよ!、アカツキに勝ったんだよぉぉぉ~!、クロダテンユウが!」


奈津美は大興奮して、歓喜に沸く海野厩舎の面々が映る、テレビ画面を震えながら指差す。


「私たち――私たちは、あの馬に触ったのよぉっ?!、うわぁぁぁぁっ~!」


奈津美は、半ば狂乱状態で、もう何がなんだか解からなくなっていた。



「ああっ!、本当に、本当に凄いよ――テンユウは!」


優斗は今観た、クロテンが起こした奇跡の様な番狂わせに感動して、大粒の涙を流す。


「生きて――懸命にでも、生きてさえいれば……こういう、凄い出来事を、観る事が出来るんだなぁ」


優斗は、一言そう呟いて、流れた涙を拭う。



『――残念ですが、ここで放送時間もわずか!、配当はホームページやテレフォンサービスでご確認ください!


ついに、アカツキに土!、有馬記念を制したのはクロダテンユウでした!、それでは――』



テレビの競馬中継が終わり、喧騒が余韻へと替わり始め――


「――ナツ」


――優斗は、目の前に居る奈津美に話し掛けた。



「俺は――きっと、彼氏らしい事は、何一つも出来ないぞ?」



それは、先程の告白への返事だった。



「働けないから、プレゼントなんて出来ないし、デートだって、"一緒に楽しむ"なんて次元でもなくて……それでも、俺を好きで居られるのか?」



奈津美の返事は――



「――解かってるよ、それでも好きだから……ああして、告白したんだよ?


それに、前にも言ったけど、顔だとか、身長だとか、収入だとか、プレゼントだとか、デートの内容だとか、そういうトコロばっかりだけで、男性あいてを値踏みしていると思うのは、テレビとか雑誌の観過ぎだよ?」


――優しくそう言って、優斗の不自由な右手を強く握った。



その感触を、鈍く感じ取った優斗は――


「――それだけじゃない、今の俺は、キスも、ハグも、こうして……相手任せになっちゃうだろ?


お互い、もう"イイ歳"だから隠さないが、俺はきっと――こんな身体だから、セックスだって、もう……無理だ。


だから、もし、さっき言ってくれた様に、結婚したとしたら、子供だって……」



――下世話な内容ではあっても、いざとなれば、決して回避出来ない……そんな、人間の本能的な部分の"障害"にまで切り込む。



「俺は――、キミを"幸せ"には……出来ない。


それに、傷付けたとしたら、改めて謝るけど――ナツは、単に今の俺の姿に、援ける事が出来なかった、お父さんの面影を見ているだけなんじゃないのか?」


優斗は、何かに包む事も無く、思うがままに、奈津美の告白に感じたコトを吐露し、それが、如何に多難な決意が必要なコトなのかを説く。



奈津美は……ふっと、大きく一息を吐き――


「それは――私も、沢山思った来たコトだよ。


お父さんの面影を見た、単なる自己満足じゃないのか――いや、そもそも、この感情自体が、ただの"偽善"なんじゃないのかってのもね。


――でも、その度に、少女の頃の私が問いかけてくるのよ――


『ユウくんへの気持ちから、そうやってまた逃げるの?、今度は――大人の事情を理由にするの?


私も、ユウくんが学校に来なくなったコトや、進学で離れ離れになったコトを理由にしたけど、その理由が、こうして自由に遭える様になって、通用しなくなったから――そうやって、次の理由を探しているの?』


――って」


――ファンタジーめいた妄想を思い返し、照れながら苦笑いする。



「私は、大人の私は……それに、反論出来なかった。


だから――だからね?、もう、そういうコトは考えないコトにしたの。


この気持ちが、たとえ自己満足でも、たとえ偽善でも……それらも私の、正直な気持ちなんだって」



そして、奈津美は改めて、優斗の身体を軽く抱き締め、側に見える彼の瞳をジッと見詰める。



「私は、こうして居られるだけで、幸せ――だよ?


お金も、プレゼントも、デートも……エッチ、だって無くても、私はきっと、充分幸せになれると思う。


だって今、こうして気持ちを伝えられただけで――こ~~~~~んなにっ!、幸せな気持ちなんだから!」


奈津美はそう言って、満面の笑みで、今度は強く抱き締めた。



「ナツ――」


優斗も、その笑みに釣られた様に、顔を綻ばせ――


「――解かった、もう、マイナスな事は言わないよ。


よろしく……よろしくお願いします」


――奈津美の身を、弱々しい右手で抱き寄せた。



それを返事と感じ取った奈津美は、少しだけ顔を離して――


「うんっ!、よろしくね♪」


――と、力強く、楽しげに答えた後――


「……"充分"とは言ったけど、出来そうなコトは――ちゃんとね♡」


――そう言って、優斗の唇に濃厚なキスをし始めた。







――ク・ロ・ダ!、ク・ロ・ダ!、ク・ロ・ダッ!




場面が中山競馬場に戻ると、大観衆の"クロダコール"が響く中、ウィナーズサークルで有馬記念の表彰式が始まっていた。



馬主兼生産者代表(※血統登録時はまだ、クロダ牧場だったため)の石原、騎乗騎手の舘山、調教師の海野が表彰された後、担当厩務員である翔平の順番となり、メダルを首に掛けられた。


その様子を、翼は少し離れた場所で、これも少しだけ、複雑な表情でそれを眺めていた。



「――微妙だろ?、"自分も関わっていたのに"ってな」


横に居る佐山は、翼の今の感情を察し、そう声を掛けた。



「そう――ですね、自分も、さっき上がれた場所ですけど、GⅠともなれば雰囲気が全然違って」


「それを、上がったコトがない先輩オレへ、真っ先に言うかぁ?」


「えっ?!、そんなつもりじゃっ……」


翼は、慌ててフォローに回る。


「はは♪、でもなぁ翼――そうやって、悔しく思える内までだ、この競馬せかいで、戦って行けるのはな」


佐山は笑いながら、チラッと翼の方へ目線を移す。


「俺が、引退を決めた一番の理由は――調教つけた馬が重賞を獲っても、それに自分が乗れないのが、当然の様に思い始めているコトに気付いたからだからな。


お前は――俺の様になるなよ?」


佐山は表彰式を眺めながら、翼の未来に向けてそう忠告した。



表彰式が終わり、今度は各関係者へのインタビューが始まった。



これも馬主、騎手と、順々に進んで――翔平の番がやってきた。


『――次は、担当厩務員の高城翔平さんです!、おめでとうございます!』


『あっ!、ありがとうございますっ!』


普段は結構、飄々としている翔平も、この大観衆を前にしては流石に緊張気味だ。



1レース前のゴールドウルヴの表彰式には出れなかったコトを詫びたり、クロテンは普段、どういう馬なのか?、世話をする上の苦労は?、――など、在り来たりな問いに答えた後――



『――最後に、ファンの皆さんに、一言ありますでしょうか?』



これもまた、そんな在り来たりの質問に対し、翔平はこう答えた。



『そうですね――クロテ……じゃなくて、クロダテンユウは、本当に皆さんに愛されている馬だと感じています。


私たちも、その皆さんの思いに応えられる様に、精一杯に世話をして、レースに送り出せるように頑張っています。


クロダテンユウは――大怪我をして、私たちも多くの苦労をしました……でも、その苦難と戦えたのは、皆さんの思いを感じていたからだと思っています。


ですから、今日の勝利は――』


翔平は、壇上に立つ石原、舘山、海野らを見渡して――


『――私たちだけのモノではなく、皆さんと一緒に勝ち取ったモノだと思っています!


今日は……いえっ!、今までも、これからもっ!、クロダテンユウを愛してあげてください!、本当にありがとうございましたぁっ!』


――そう言って、深々と頭を下げ、清々しい表情でインタビューを終えた。



表彰式も恙無く終わると、翼や佐山、松村など、他の海野厩舎の面々、クロテンの活動に出資している、元クロダ牧場のスタッフなど、表彰式には出れなかった関係者が、口取り式の写真撮影に加わろうと、ゾロゾロとクロテンの周りに集まる。



「――では、撮りますよ~っ!」


――と、カメラマンが声を掛けると、鞍上の舘山が――


「――あっ!、ちょっとだけ待ってください!


翔平っ!、巾着遣せ!、巾着っ!、お前らの宝物をよっ!、掲げんのを忘れたら、おめぇの名スピーチが水の泡だぞぉ~!」


――手を懸命に振って、もはや群集に飲まれてしまった翔平を呼び出した。



「まっ!、待ってください!、俺――結構、遠いんですよっ!」


翔平は、背が高い事が災いして、一番端へと追いやられていた。



「翔平くん、私にパスしなさい!、謙さんへリレーして、一番近い翼さんに渡してもらいましょう!」


同じく、元&現役騎手の二人よりは背が高いため、端に追われたいた海野(※控えめな性格も災い)は、そう提案して手を振る。



翼が一番近い――つまり"センター"に居るという理由が、背だけが理由ではないのは言わずもがなである。



「じゃっ!、じゃあ先生、行きますよ――はいっ!」


翔平が、海野の方に巾着を投げると、さすがは運動学専攻――理に適った動きで、見事に海野はキャッチした。


「――よし!、はい!、謙さん!」


「……よし来た!、ほら!、翼!」


順調にリレーして、最後アンカーの翼に、無事巾着宝物が渡る。



「来たぁ!、じゃ、舘山さんに――それっ!」


――しかし、翼は少しだけコントロールに失敗、手前で巾着は失速して、落下し始める。


「――あっ!、マズイ!」


――と、翼が慌てていると、不意にクロテンは、首を空へと伸ばし、ヘディングする恰好で自分の頭で巾着を小突き、自分の背中――つまり、ソコに跨っている、舘山の胸元へと誘導した。



「わっ!、テンくん、ナイス!」


翼は驚いて、両手で口元を覆った。



「――よしっ!、カメラマンさん!、良いっスよぉ~!」



舘山は、ガッツポーズの代わりに、巾着を空に掲げ、その掲げた右腕を天に向けて突き上げた。

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