花、開く冬
『第…回!、ホープフルステークス――スタートしました!
各馬横一線!、見事なスタートであります……さて、まずは何が出てくるか――』
――という実況が響いても、コレと言って逃げようとする馬は見当たらず――
『――押し出される形で、シマノクルーザーが出て参りました!』
(――ありゃ、出ちゃったよ……逃げたくは、なかったんだけどなぁ)
鞍上の関は頬を引きつらせ、手綱を引いたまま、シマノクルーザーが先頭に立った。
(――でも、北海道での
竜太のハードカバーは、シマノクルーザーから3馬身ほど後ろのインコース。
その更に1馬身後方の外目、馬群の前の方に着けたのが、ジョバンニのエトランゼ。
馬群後方の最中に入れたのが、翼のゴールドウルヴだ。
(――よ~しっ!、リラックスだよぉ~、ウルヴ。
最初はみんなに、着いて行けば良いんだよぉ~)
そのウルヴの動きを観察するかのように、更に後方から目を光らせているのが、舘山とオージブレスである。
(昴のヤツ――思惑外れたな。
あの気性じゃ――きっと、逃げるとアイツ、"かかる"ぜ……警戒すべきはマルコだな、この状況じゃ)
冷静に状況を分析した舘山は、シマノクルーザーを思いきって軽視し、ゆったりと構えたエトランゼをマークする作戦を選んだ。
(――上がりが速いエトランゼが、こんなに側に居ちゃあ、仮に上手く抜け出しても差される!
映像を観た限りじゃ、前走は"キレ"の無さを突かれて負けてる――俺が自分で動こう!)
スローペースになり、切れ味勝負になる事を嫌った竜太は、少しハードカバーの手綱を緩ませ、シマノクルーザーに接近させ、馬群から少しだけ抜け出す形で、ハードカバーは単独の2番手に着けた。
その、後ろから迫るプレッシャーを感じたシマノクルーザーは、関の思惑に反し、自らスピードを上げ、文字通りに"逃げ"始めた。
(おいおい――全然指示してないぞぉ~?!、やばい!、こりや"かかる"な)
関が顔をしかめて手綱を引くが、シマノクルーザーは応じてくれない!
先導するシマノクルーザーと関がスピードを上げた事で、馬群全体のペースも上がった。
しかし、後方に控えた翼は――
(!、関さん……動いた?!
でも――この仔のためには、まだ早いよね)
――と、全体の流れを無視し、そのままのペースを維持させた。
その更に後ろに着いた、オージブレスの舘山は――
(――やっぱ翼は、ペースを掴むのがうめぇな。
竜太と言い……俺たちも、うかうかしてられねぇな、こんな若手が居るんじゃ)
――自分と同様にオーバーペースの気配を感じた翼の選択に気付き、口元を綻ばせていた。
そして――丁度、残り1000mのハロン棒を過ぎた。
『――前半1000mを今、通過!、タイムは――』
そんな実況が競馬場に流れた時、関は――
(――1分、切ってるよなぁ……こりゃ。
この時期の2歳馬には、キツいだろうな)
オーバーペースを悟った関は、自分の股下から、追走している後方の状況を見渡す。
(――突っついて来たのは、竜太か……ナマイキな事してくれるじゃないの!
マルコは――つーか、馬の方が初めて経験する流れで戸惑ってるなぁ、俺と同じく圏外だな、こりゃ。
そうなると――)
関は、さらに後方に着けている、ゴールドウルヴとオージブレスに目をやる。
(勝つのはタテさん――かな?、翼ちゃんも、冷静に乗れてるから、良いトコ狙える手応えに見えるし、早く追いかけて来た割に、ハードカバーは良い息遣いだから、竜太もコレ、残れるだろう)
そう関がこの後の展開を冷静に推測していた内に――
『――4コーナーを回って、先頭はまだシマノクルーザー!、このまま逃げ切るかぁ?!』
レースが佳境を迎えた事を示す、お決まりのフレーズが聞こえ、いよいよ先頭からシンガリまでの差が一気に縮まるっ!
(さて――後は、俺たちの動き次第さねぇ、行くぞ!、クルーザー!)
まだ手応えを残しているシマノクルーザーが加速し、差を広げようとするが、ハードカバーはピッタリと彼のお尻に張り付く様に追走し、外からはエトランゼも被せてきた。
(関さん、手応えアヤしいな――なら、直線で内が空くはず!)
竜太は、そのまま追走を決め込み、ジョバンニはそのまま仕掛けて、抜け出してしまおうとムチを入れる!
『さあ!、ここから来年へと繋がる直線!
先頭はシマノクルーザー!、外からはエトランゼ!』
その2頭が僅かに先頭を争う形で直線に向うが、その2頭の脚色は既に鈍って見え、後方から迫る馬たちの方が勢いを感じる!
『あっ~と!、外からっ!、1番人気のオージブレスが伸びてきたぁ~!』
来年への期待もこもった声色と共に、オージブレスが追い込み――
『!、さらに外から並んで来たのは――ゴールドウルヴ!?、麻生翼のゴールドウルヴ!!』
"意外にも"と言った口調の実況と一緒に、翼とウルヴも迫って来た!
先頭の2頭とハードカバー、そして、追い込んで来た2頭はほぼ同時に、中山名物の最後の急坂に入る!
(――関さんっ!、もう手応え無いでしょ?!、コッチが脚、余しちまう!、避けてくださいよ!)
シマノクルーザーとエトランゼに包まれた形のハードカバーは、進路が狭くて思うように加速出来ずにいた。
もう、外から伸びる2頭が優勢なのは明らかだが――関も、ジョバンニも、一つでも上の着順へと譲らない!
(翼ちゃん――やっぱり来たか。
このレースでの俺の出番は、いよいよここまでかね?、でもなぁ、竜太――競馬ってのは、勝ち馬の能力や、騎手の腕"だけ"が、結果を左右するんじゃないんだぜ?
バテたヤツや、弱い馬でも――レースに出ている以上は、結果を動かせるんだ!)
関は、そう思いながらまだムチを振るい、シマノクルーザーを叱咤し続ける。
(くっ!、エトランゼの外だ!、外から抜け出すぞ!、ハードカバー!)
竜太は、ムチを右手に持ち替え、外に進路を向けてハードカバーの手綱をしごいた!
『先頭は――!、内からハードカバーに替わった!、三輪竜太とハードカバー!』
すっかりバテているシマノクルーザーとエトランゼを瞬時に追い抜いた、ハードカバーが先頭に立ち、1馬身差にも満たない差で、オージブレスとゴールドウルヴが迫る!
3頭が、坂の頂上に差し掛かった時、先に脱落したのは――
(――くっ!、ブレス!、もうちょっとなのに!!!)
――オージブレスの勢いが少し鈍り、勝負はハードカバーとゴールドウルヴ、竜太と翼に絞られた!
その雰囲気を察した、実況アナウンサーは――
『勝負は新人同士の叩き合い!!!!!、『西の怪童』か?!、『東の天使』かぁぁぁぁぁぁっ!?』
――2頭がほぼ同時にゴール版に通過した瞬間、そう絶叫して、この大興奮の状況を伝えた!
――ウァァァァァァァァァッ!!!!!
大観衆も、実況と同時に絶叫し、その瞬間に映し出された、巨大なターフビジョンの映像には――ウルヴがっ!、キッチリッ!、頭差でハードカバーを差し切り、翼が左手の鞭を客席に向けて掲げた映像だった!
『れっ――!!!!!!、歴史が動いたぁ~!、ゴールドウルヴが差し切った!』
実況アナウンサーは、声を震わせてそう叫んだ。
翼は、ウルヴの首筋に捕まり――
「ウルヴゥ~!、頑張ったねぇ!」
――そう労って、小さなウィニングランを始める。
『――確定ランプ、すんなり点りました!
年の最後に歴史が動いたっ!、麻生翼騎手っ!、中央競馬平地重賞競争史上初!、女性騎手による重賞制覇であります!
そして!、渾身の左ムチに応えて差し切ったゴールドウルヴ!、これで悠々とクラシックへ!』
「あ~~~~!!!!!、くっそぉ~!」
初の重賞勝利目前で、ウルヴと翼に差された竜太は、悔しさを隠さずにコース上で叫んだ。
そして、追いついて来た関に近付き――
「関さぁ~ん!、俺が後ろに居るのを解ってたのに、どうして前を空けてくれなかったんっスかぁ~?!
おかげで、仕掛けが遅れて――脚が無いのは、手応えで明らかだったんでしょう?」
「――まあなぁ~!、でも、新人のどっちかに勝たれるとなったら、俺は――断然にっ!、翼ちゃんを勝たせたいからね♪
だから、コースを譲らなかった♪」
「えっ!?」
関は、悪びれた様子は欠片も無くそう言ったので、竜太は口を開けて驚いた。
「ありゃあ、明らかに只のスタミナ切れだしねぇ~っ!、審議にもなってない様に、喚いてもムダだよ~ん!」
関は、冷たくそう釘を刺して、装鞍所に馬首を向けた。
「――たりめぇだ、リョータ」
次に、館山が、馬体を寄せてきた。
「だから言っただろ?、おめぇの態度は、敵を造るってな?」
「うっ……」
「まして――可愛い翼か、ナマイキなおめぇか、"怪童"か、"天使"かとなったら――解んだろ?」
「~~~~!!!!」
竜太は、言葉にならない悔しさを噛み締め、ハードカバーを装鞍所に向かわせた。
翼も、竜太のその様子を見て、自分も追従しようとウルヴに踵を変えさせようとすると――
――ツ・バ・サ!、ツ・バ・サ!
――と、異様な雰囲気に包まれた大観衆が『ツバサコール』を始めた。
「えっ!?、えっ???」
翼が、どうして良いか解らず、オロオロとしていると――
「――翼!、スタンド前に行ってこい!」
――と、馬上の館山がメインスタンドを指差し、そう進言した。
「はぁ?!、ウイニングランっスかぁっ?!、GⅡでぇ?!」
隣に居る竜太は、呆れた様な言い方で館山に食い下がったが、アッサリとそれは無視され、逆に館山に小突かれるというオマケが返って来た。
「タテさんの言う通りだよっ!、翼ちゃん!
「――はいっ!」
翼は、大きく頷いて、沸き立つスタンド前に向けてウルヴを促す。
治まらない"ツバサコール"の最中――スタンド前の真ん中に、翼はウルヴを立ち止まらせ、その鞍上で――
「――ありがとうございましたぁっ!」
――そう言って、深々と頭を下げ、大観衆に向けて大きく手を振った。
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