背負うモノ
執念
「"たっだいまぁ~"、買ってきたよ~っ!」
そう言いながら、優斗の部屋に入って来たのは、白いダッフルコートを着た奈津美である。
優斗は――
(その言い方は、誰かが聞いたら、誤解を招く表現だろうよ……)
――と、思いながらも『おぅ、いつも悪いな』と言って、奈津美を部屋に招き入れた。
時は、いよいよ、有馬記念当日。
優斗は今回も、クロテンの『がんばれ馬券』の購入を奈津美に頼み、2人はここで、テレビ観戦を決め込んでいた。
『――アカツキの連覇か?、それとも――?!』
――という"あおり"が聞こえ、テレビからは、いつもより30分早く始まった、競馬中継が流されている。
その"あおりVTR"が終わり、画面がスタジオに切り替わると――
『――さて、有馬記念の前に一つ、2歳GⅡ、ホープフルステークスの発走時刻が迫っています。
現在の一番人気は、阪神の新馬戦を圧勝したオージブレス――現在、4番人気のゴールドウルヴには、翼ちゃんも乗ってますよ!』
――という司会の紹介と共に、ホープフルステークスの実況中継が始まった。
「ほっ――間に合ったね、場外の券売機、もの凄く並んでて、馬券は買えたけど……中継に間に合わないかと思ったよ」
奈津美は胸を撫で下ろし、財布に仕舞いこんでいた馬券を取り出して画面を見入っている。
「ホープフルも、買ってきたのか?」
「うん!、有馬がメインだから、イタズラ程度にね」
「――って、コトはもちろん?」
「そ――翼ちゃんのゴールドウルヴ1着固定で、相手には人気のオージブレスとエトランゼに絞ってみました~っ!」
奈津美は、ヒラヒラと振りながら、馬券を優斗に見せた。
「あっ、ユウくんに頼まれた分、渡してなかったね、はいっ!」
そう、思い出した様に言った奈津美は、財布から優斗のがんばれ馬券を取り出し、優斗に手渡す。
「ああ、ありがとよ」
優斗は、"クロダテンユウ"と記された馬券を見ながら――
「ナツ、お前もすっかり競馬狂だな。
クリスマスは休まないで、有馬の日に休暇取るって」
――と、ちょっと呆れた様な言い方で、奈津美を茶化した。
「クリスマスは、休暇したい人が多いから、逆にありがたがられるんだよ?、休み替わってくれる、私みたいなモテないアラサー女子はね。
今年は、有馬がクリスマスと被らなくて良かった~!、ユウくんにも頼まれると思ってたし、堂々と休暇取れるから!」
奈津美は、その茶化しをあっさりと跳ね除けた。
「へいへい、おかげで馬券を買って来て貰えたから、感謝してますよ」
「あっ!、もう始まるよ、ホープフルステークス――頑張れっ!、翼ちゃん!」
――場面は替わって、中山競馬場、芝2000mのスタートゲート前。
ゴールドウルヴ鞍上の翼は、スタート直前の輪乗りの中に加わっていた。
ドックン、ドックン――ッ!
2度目の重賞騎乗となる翼は、福島記念の時と同じ――いや、あの時、以上に緊張していた。
(にっ……2回目だから、少しは慣れてるって、思いたいけどぉ――このグランプリの大観衆のプレッシャーは、福島記念とは大違いだよ……)
今日は、流石に騎乗馬と談笑する余裕は無く、翼は吐きそうな思いをこらえ、ゲートの方に目をやった時、丁度ファンファーレが始まった。
――ウォァオァオアァオアォア~~~~~~~!
大歓声を背中に受けた翼は、ビクッと音叉の様に背中を振るわせる。
(――ええ~いっ!、落ち着くのよ!、翼!)
自分で自分を言い聞かせる様に、翼は首を振るって――
(先生も、主戦の舘山さんも、調教と同じ気持ちで乗れって、言ってくれたんだから!、大丈夫!、大丈夫よ!)
――そうやって緊張を落ち着かせている内に、あれよあれよとウルヴと翼がゲートに収まった。
『――さあ!、来年のクラシックの主役へ!、名乗りを挙げるのはどの馬か!?
第…回!、ホープフルステークス!、スタート――」
――の前に、このレースの主な出走馬をご紹介し忘れていたので、しばしお付き合いして頂こう。
まず、1番人気に推されているのは、舘山友二騎乗のオージブレス。
デビュー前から――
『来年のダービー、最有力候補!』
――と、騒がれている高い素質を秘めた、ゴッドブレス産駒の牡馬で、3週前の新馬戦では、その評判に違わぬ能力の高さを示し、5馬身差の圧勝で初勝利を挙げていた。
次に、2番人気に推されたのが、2戦2勝のフランス産馬、エトランゼ。
10月の京都の新馬戦、11月の500万下特別、紫菊賞を連勝――そして、今回手綱を取る事になったのが、短期の騎手免許で参戦中のイタリア人騎手、マルコ・ジョバンニ。
ドバイWCや凱旋門賞はもちろん、世界の名だたる大レースを沢山制している、世界レベルの超一流ジョッキーだ。
彼は、欧州競馬が春までのオフに入るこの時期に毎年参戦し、そのセンス溢れる騎乗技術で、勝ち星や賞金を荒稼ぎして帰る、日本の騎手たちにとっては目の上のタンコブのような"
無敗という馬自身の実績と、超一流ジョッキーの手腕が期待された人気である。
3番人気に推されたのが、"日本の天才"、関昴が御す、札幌2歳ステークス勝ち馬のシマノクルーザー。
函館の新馬戦、札幌のオープン特別であるコスモス賞も制していて、獲得賞金額では最上位という実績馬。
先週の朝日杯への出走プランもあったが、来年を見据えて2000mの距離を経験させたいとコチラに回り、関を鞍上に配する戦略にも成功し、陣営の意気は上がっている。
4番人気に挙がったのが、麻生翼騎乗のゴールドウルヴ。
2勝目こそは上げていないが、シマノクルーザーにクビ差迫った末脚はまだまだ魅力的――なのと、鞍上の"別の意味の"魅力もあり、この人気となった。
そして、もう1頭――いや、"もう一人"と書くべきかもしれない……それは、三輪竜太も騎乗しているからだ。
騎乗馬は、6番人気のハードカバー。
当歳(※=0歳)セールで、1億7000万円で購買された良血馬で、新潟の新馬戦を快勝後、オープンの芙蓉ステークスでも連勝――だが、一番人気に推された前走の京都2歳ステークスでは、8着に惨敗し評価は急落している。
竜太の起用は、当初騎乗を依頼するつもりだった、ジョバンニをエトランゼに奪われ、ならばと最優秀新人賞はほぼ確定(※ちなみにここまで竜太46勝、翼は12勝で次点)し、この後の有馬でも、ついにGⅠ初騎乗を果たす予定の、竜太に白羽の矢が立ったのである。
(――今度こそ!、今日こそっ!、重賞獲る!)
竜太の重賞騎乗は、今回で節目の10度目となるが、竜太は未だに勝利を上げられずにいた。
『三輪は、腕こそ立つが、土壇場の勝負強さはまだ、持ち合わせていない』
そんな批評が、競馬記者たちの間でも躍っていた。
(一年で一番、世間が競馬を注目する、有馬の日に重賞獲って――もう『"ツバサ"世代』なんて、言わせなくしてやるんだっ!!!)
ハードカバーの背に乗る竜太は、ただならぬ気迫でこのレースに挑んでいた。
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