同期

「――何やってんだ?、謙三、翔平」


撮影を観ていた二人に、誰かが声を掛けて来た。



「――えっ?、館山たてやまさん?」



声を掛けて来たのは館山友二ゆうじ――翼と同じく、北海道シリーズに参戦しているジョッキーだ。


館山は、常に年間最多勝リーディングランキングに名を連ねているトップジョッキーである――関には及ばないものの、GⅠでの勝利も多い。



「げっ――会いたくないヤツに会っちまったぜ」


佐山は、明らかに聞こえる音量で、そうつぶやいた。


「聞こえてるぞぉ~?、謙三。


な~んで、俺と会いたくないんだよ!」


館山は、顔をしかめて佐山に詰め寄る。


「全休潰して、しんじんのおもりしてんのを、"同期"に見られたくはねぇだろうよ」


――と、佐山は小さな声でつぶやいた。



佐山と館山、実はこの二人、競馬学校時代から同期の間柄である。


だが――翔平と翼の様なの間柄ではない。



そう――佐山は、元ジョッキーだ。


22年間の現役生活で通算272勝、重賞勝利は――無い。


言い方は悪いが、であったと言っても、間違いではない。


細々と乗ってはいたが、そんな自分の成績に限界を感じ――丁度、調教師試験に合格して、開業を検討していた海野が、助手を勤めてくれる人材を探していたため、佐山は海野の開業に合わせる形で引退している。



佐山が、関の姿を、羨望の眼差しで見ていたのは、志し半ばで身を引く事となった、口惜しさからである。



「館山さん、この間は、ウルヴの新馬戦――お世話かけました」


翔平は、嬉しそうに会釈する。



函館開催の最終日――ゴールドウルヴは、その日の新馬戦でデビューを果たし、その時に騎乗を依頼したのが館山だった。



館山は、北海道シリーズに強い事で、競馬ファンの間では有名である。


毎年、開幕と同時に参戦し、ごっそりと勝ち星を上げる――それが、彼がリーディング上位に名を連ねるカラクリだ。


ファンの間では、北海道の産物に引っ掛けて――


『黙って、タテ(※館山の愛称)の単勝を買っとけば、カニ代には困らない』


――なんて格言がある程だ。



ゴールドウルヴは、そんな館山の"腕"と、血統に因る評判通り、あっさりと新馬戦を快勝している。



「お~!、翔平、その礼は検量室で聞いたぜぇ~、あんま畏まんなよ」


舘山は笑って、ポンポンと翔平の肩を叩いた。


「――で、二人でナニしてんだ?」


「ええ、俺たちは――」


――と、言いかけた翔平を制する様に、佐山が先に口を開く。


「俺と翔平は、翼のお守だよ……お前こそ、こんなトコに何の用だ?、今日は全休だぜ?」


「ん~?、俺は、色んなトコに営業あいさつまわりを――って、翼のお守?、そういや、ありゃあナニやってんだぁ?」


「『キャンター』さんの取材なんですが――」


「――ああ、広報の兄ちゃんがそんな事言ってたなぁ、翼に頼んでるって。


じゃあ――お守も仕事じゃねぇか、教授に頼まれた」


「ええ」


「――じゃあグチ、溢すなよ、謙三。


テキのオーダーに応えんのが、俺たちの仕事の根本だぜ?、"立場が替わっても"、な?」


館山は、そう言って、鋭い目線で佐山を凝視した。


「わっ!、解ってるよ!、お前に言われんでも!」


そんな佐山の答えを聞いた館山は、ニィっと破顔を見せて――


「――でもよぉ?」


――ジャンパーのポケットに入れていた、ガムを取り出して噛み始めた。


「俺たちは馬乗りだってのっ!、翼が珍しい女騎手だからって、ナニをさせてんだかよぉ」


――と、館山は顔をしかめて、撮影から眼を逸らす。



その様子を見て、翔平と佐山は顔を見合わせた。


「――なんだぁ?」


それを見た館山は、不思議そうに二人を見回す。


「友二――ソレ、俺もさっき言ったセリフ」


「――はぁ?」


二人は声を出して笑うが、館山は意味が解らず、さらに不思議そうに顔をしかめた。





「おっ――、お疲れ様でしたぁ~……」


翼は、慣れない撮影から開放され、グッタリとベンチに座った。



「よっ!、ご苦労だったな、翼」


「えっ?!、たっ!、館山さん?!、なんでココに?」


「営業終えて、飯でも食いに行こうと通ったら、男二人のグチグチうるさい会話が聞こえてよう――一緒に観てた」


「え~!、はっ、恥ずかしいなぁ」


「恥ずかしいって――お前、アレ、全国に売られるんだぞ?」


翔平が、ボソッとそう漏らすと――


「う~!、それを言わないでくださいぃ」


――と、翼は顔を覆って、この取材を受けた事を悔やんだ。



「――おっ、翼じゃねぇか」



――と、また誰か、この平日の競馬場で行われている不可思議な活動を見て、話しかけて来たかんけいしゃが現れた。



「ん~?、リョータじゃねぇか」


「あっ!、館山さん。


――メシに行くって言ってて、どうしたんです?」



現れたのは――ジョッキーの三輪竜太みわりょうただった。


「いやぁ――途中で、なんかやってんのが見えたからよぉ、道草食っちまってな」


「うっ、三輪くん……」


館山の返答に続いて、翼は明らかにイヤな顔をし、竜太と目線が合わない様に眼を背ける。



(――ん?)


誰とでも快活に話すイメージがある、翼のそんな反応に――翔平は違和感を覚えた。



翼の竜太に対する口調で、想像した方もいるかと思うが、竜太かれは翼の同期にあたる、今年の新人ジョッキーの一人だ。


ちなみに、翔平が竜太と会うのは、今日が初めてである。


彼の所属は――つまり彼は、阪神や京都などの関西の競馬場を主に乗っている。


そのため関東――東京や中山が主戦場の翔平たちとは、あまり顔を合わせる事は無いが、そこはやはり、馬も人も東西から集まる北海道シリーズ。


翼と竜太が顔を会わせたのも、競馬学校の卒業式以来――先週の調整ルームが初めてであった。



竜太は、ジロジロと、翼の頭の先から脚のつま先までを見回して――


「――翼ぁ?、なんだよ、その格好」


竜太は、翼の着ている服を指差し、ニヤニヤと笑いを堪える様な、イヤらしい笑顔を見せた。



翼は、何も不自然な格好をしているわけではない――ただ、普段とは、ちょっとイメージが違うだけだ。



今日の翼は、フリルが着いた花柄のワンピースに、小さなショルダーバックを提げ、頭には大きな水玉の帽子という、非常に可愛らしいスタイルだった。



「なっ、なによっ!、これは『キャンター』さんの取材で――」


ジャージで調製ルームを闊歩する、翼の普段の様子から解るかもしれないが、翼は――実に、ファッションには無頓着である。



好むのは、動き易いスポーティーな格好で、今日の取材も――


『私服で結構』


――と言われていたため、それっぽいスタイル(※一応、雑誌に載るからと、かなり吟味してコーディネートはした)だったが、カメラマンにアッサリとダメ出しを喰らい、撮影側が予備にスタンバイしていたモノを着る事になったのだ。



「――かぁ~!」


――と、大袈裟に頭を掻きながら竜太は――


「"客寄せパンダ"は、コレだから楽で良いよなぁ~!


そうやって、愛想だけ振り撒いときゃあ、人気も騎乗依頼も獲れるもんなぁ~?」



(?!、コイツ――っ!)



翔平の疑問は、一発で解決した――翼の涙の理由は、恐らく、この男のせいであろう……



「――それとも、もう引退後やめたあとの準備してんのかぁ?、芸能界に顔を売るためによ?」


「――っ!」


翼は眉間にシワを寄せるほどの怒りを覚えたが、ここは拳を握り締めてグッと我慢する。



(――っ!!!!、このっ!)


――だが、側で聞いていた翔平は、その同じく抱いた怒りを我慢出来ず、拳を振りかざす、腕を振りかぶったが――



――ガシッ!



――と、その腕を館山に掴まれた。



「!、館や――?!」


館山は、がっちりと翔平の腕を抑え、ニイっと不敵な笑みを見せた。



「――リョ~タ~!、その辺にしといた方が良いぜぇ?


将来――フリーになって、関東でも乗ろうと思うならな」


「えっ――?」


「翼は、関東の騎手連中の間でも、スゲェ人気だぜ?


見た目からのミーハー人気じゃあねぇ――俺たち、先輩連中に対する態度も、勝負レースに対する心構えも、翼の姿勢は、若手の鑑ってぇ評判なんだぜ?、ナマイキで鳴らした、俺の若手の頃とは正反対にな。


だから――そういう態度は、褒められたモンじゃねぇ……関東に敵を作りたくなきゃな」


「うっ……」


「昴が元締めの、ファンクラブが出来てるなんてハナシだし――栗野さんとか、千勝越えの御大ベテランたちなんか、もう、孫娘への眼差しだもんなぁ……それに、セクハラ発言した事を、海野センセに知られて、出禁を喰らったヤツは数知れず――」


館山は、あるコトないコトを取り混ぜて、竜太をビビらせた。



「――わっ!、解りましたよ!、止めます!、やめますぅ~っ!」


竜太は手を横に振って、話を打ち切った。



「ほれ、お前、今日は栗東に戻って、今週は新潟に通いだって、言ってただろ?、さっさと行かないと、飛行機乗り遅れるぞぉ~!」


館山は、蝿でも追い払うように、竜太を追い立てた。



「――解ってますよぉ、それじゃあ館山さん、失礼します」


竜太は承服しかねる顔付きで、3人の前から姿を消した。



「――随分、ひねくれたアンちゃん(※新人騎手を表す隠語)だなぁ」


佐山は、呆れる様に、あんぐりと口を空けてそう言った。



「――しかも、俺や謙さんには結局挨拶無し……なんなんだよ!、アイツはっ?!」


翔平は憤慨して、地団駄を踏む。



「俺も、偉ぶれた新人時代じゃなかったが――アイツも結構なモンだ。


関西で乗った時に会って、俺もちょっと呆れたぜ――腕は、かなり立つがな」



館山が言うとおり、竜太は新人の中では傑出した騎乗センスを見せている。



その証拠に、ここまでわずか3勝の翼に対して、竜太は既に20勝もの勝ち星を上げており、競馬マスコミの間でも――


『三輪の新人賞は堅い』


――と、たいそう評判になっている。



「――そりゃあ、偉ぶれないよなぁ~?


何せ、1年目にタバコを調整ルームに持ち込み、それを吸ってるのを見つかって、1年目をほぼ棒に振る、長期間の謹慎処分喰らった、だもんなぁ、お前は」


「!!!、謙三ぉ~!、それを、翼の前で言うかぁ~?」


館山は顔色を変えて、佐山を睨む。



新人時代いちねんめ――というコトは、当然の様に未成年である。


これは、空前の不祥事として大問題となり、館山は危うく、騎手を続けられなくなる寸前のトコロまで追い込まれていた。



「あっ、それ、研修でも、例として言われましたけど――館山さんなんですか?、あの事件って」


「……そうだ。


翼――他の同期しんじんにはナイショな?、立場、無くなるからよぉ」


館山は、手を掲げて翼に頼み込んだ。


「はっ、はい」



「――で、アイツは相当な目立ちたがり……だから、翼の人気に嫉妬してんのよ。


自分おれの方が沢山勝ってるし、腕も上だっ!』――ってな」


「なるほどな――友二おめぇと昴を足して、二で割った様なヤツか……騎手としては、大成するかもしれないが――友達なかまにはしたくない、サイアクなタイプだな」


佐山は顎をさすって、竜太の事をそう評した。



「謙三――俺に、ケンカ売ってたり、する?」


嫌味全開の佐山の評に、館山は顔を曇らせる。


「べっつに~?、ウチの馬を勝たせてくれた、一流ジョッキーに、嫌味なんて言いませんよぉ~!」


「――くぅ~!、何だかムカツクなぁ~!」


館山は地面を蹴って、その悔しさを表現した。



「さて――腹も減ったし、どうだ?、翔平、翼、昼飯、連れてってやる」


「えっ?!、良いんすか?」


「おう!、――謙三嫌味なおまけも、来るか?」


「ああ、行く。


ウチの大事な若手に、悪いコトでも教えられちゃあ、マズイからな」


「俺は一体、どう思われてんだよ」


館山は苦笑いして、翔平たちを引き連れ、競馬場から出て行った。

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