邂逅
2頭の約束
ヒマだ……
――と、思った俺、人間たちにはクロテンと呼ばれている俺は、牧草地を見渡す。
この緑の絨毯を見てると、ムショ~に――
(――走りてぇ~!)
――という、本能を刺激されちまう。
だが、俺は怪我の治療のために、ココに"来てる"んだし、ムチャをする訳には行かねぇよな。
あの、中山ってトコロで、脚を痛めてから――どんぐらい経ったんだろうな?
ココに来た時は、まだ少し寒くて――雪もチラホラと残ってたけど、今はとっくに雪も無くなって、ちょっと汗ばむ日もあるぐらいだが、今日みたくお日様が見えるのは久しぶりだ。
雨の日が多くて、最近は外に出れない日ばっかりだった。
牧場のヤツらは――
「"北海道には梅雨が無い"、なぁ~んてのは、トンだガセネタだよなっ!」
――なんてグチをこぼしてたな。
あ~あっ!、外に出れても、やっぱり退屈だぜ……もう、強い痛みはねぇんだから、ちょっとぐらいは走らせてくれると、少しは気が紛れるんだがな。
『人間を乗せて走るのは、しんどくてイヤだ!』
――っていう
何より、あのチカチカ光る(※恐らく、ゴール板の写真判定のフラッシュ)看板の前を、一番先に駆け抜ける時の充実感っ!
それを、邪魔しようとするヤツらを抜かした時の高揚感と言ったら、もう――あ~!、早く、あの競馬場ってトコロに行きてぇ~っ!
そういえば……翔平のヤツ、元気にしてっかなぁ?
由幸センセは――また難しい顔、してんのかなぁ?
翼ちゃんは――えへへ、乗せると背中の上が柔らかくて、寝藁の上みたいで、気持ち良いんだよなぁ♪
俺は思わず、その感触を思い出し、だらしない顔を見せてしまった。
おっと!、俺は何を考えてるんだ?!
ほら!、隣の牧草地の
俺は、その視線を誤魔化そうと、首を下げて草を食む。
やっぱり――ここの牧草は不味い。
隣のお姉さんも、そのまた隣のヤツも――よく、文句言わないモンだ。
翔平が、こんなの持って来たら、俺はグチャグチャに噛んでから、アイツの顔にぶっかけちゃうぜ、きっと。
『クロダテンユウ~!、どうだい調子は?』
――と、俺の担当らしい、
相変わらず――派手なジャンパーを着て。
俺は、このジャンパーが嫌いだ。
子供の頃のあの日――いつも牧草地に出してくれた、桑名のおっちゃんとかが居なくなって……急に、コレを着たヤツらが牧場にやって来た。
俺は、何となく解かった――牧場が"買われた"って。
"買われた"の意味は、よく解からないけど――とにかく、コイツらの言う事を聞かなきゃならなくなったって事は解かってた。
馬房の屋根の色を替えたり、こうして不味い牧草に替えたり――ヤツらは、好き勝手に俺の"故郷"を壊しやがった。
だから俺は、ココに帰って来たとは言わない――ただ、ココに来たと言うのさ、俺の故郷は――もう、無いからな。
アイツらがした事で、一番ムカついたのは――母さんを、どこかに連れてった事だ。
アイツらが来てからしばらくして、馬運車に乗る母さんの姿を観た。
母さんと、ずっと一緒に居れないのは解かってたんだ。
桑名のおっちゃんにも言われてたし、母さんにも教わってて、隣の牧草地によく居た、アーノルドおじさん(※クロダアーノルドという種牡馬)からも――
『それが、
――って、言い聞かされてたからな。
その、アーノルドおじさんがこれも言ってた――
『産まれ故郷に帰って来て、そこに居られるのが――競争馬の理想の余生だ。
そうなれるために、みんな頑張ってレースに勝とうとするんだよ」
――って。
母さんは、その幸せを奪われたんだよ――アイツらに。
今も、他所の牧場で無事に暮らしてて、俺の弟や妹が居たりもしれるのかもしれない――だけど、ソコは、決して母さんの"故郷"じゃあないんだから。
その内、アーノルドおじさんもどこかに連れて行かれて――よく一緒に遊んでたヤツらも、段々と減って行き……替わりに、何だかいけ好かない、アイツらが連れてきた連中が増えた。
しばらくして、場長さん(※石原の事)が来て――
「迎えに来たよ」
――って、言ってくれた時は嬉しかったよなぁ~!、ここから出るために乗った、馬運車の乗り心地は最高だったよ!
でも、一つだけ残念な事が有った――いつも、俺の牧草地の前に停まる、黄色い車に乗った人間、アノ人に会えなくなる事が。
ほとんど毎日、お日様がてっぺんに上がる頃、俺に手を振って行った人間。
あの黄色い車を観てると――何故か面白くてさ、俺もガキだったよな、やっぱ。
『よ~し、クロダテンユウ、ちょっともう一頭、他の馬を入れるから、仲良くするんだぞ~っ!』
太田は、俺にそう言って、手を振っている。
すると、アイツは確か――
『よ~し、アカツキ。
仲良くしろよ~、放牧地の整備、終わるまでだから』
入って来たのは――真っ白い、芦毛の牡馬。
「やあ、ごめんね、お邪魔するよ」
――と、その芦毛男は、お上品にそう俺に声を掛けてきた。
「あれぇ……?、キミは、確か――」
芦毛男は、俺の顔をまじまじと観て、失礼にも俺のニオイを嗅ぎ――
「――同じ、トレセンだよね?
調教コースでもよく会うし……一緒に、レースで走った事も有るよね?」
――と、俺に尋ねた。
「……ああ」
「ほら!、やっぱりそうだよね!、綺麗な毛色だなぁ……って、よく覚えてるもの」
芦毛男は、嬉しそうに足踏みをする…
「俺も……アンタの事、よ~く覚えてるぜ――」
忘れる……訳がねぇ。
調教コースでも、レースでも、俺の横を鼻歌混じりに抜けてって――ずっ~と先に、あの看板を過ぎて行った白いヤツ。
あの鼻歌が、妙にムカついて……全力で追いかけたんだけど、全然追いつけなかった。
人間に貰った名前は、確か――
「――アカツキ、だろ?」
「そうそうっ!、でも、ボクは、キミの名前を思い出せないや――ごめんね」
「いや、良いよ、違う厩舎だしな。
俺は、クロダテンユウ――厩舎の
「そっか――じゃあ、ボクもそう呼ばせてもらうよ、クロテン君」
こうして、愛想を合わしているが――俺は、このアカツキってヤツは大嫌いだ。
トレセンで顔を合わせてる分には何も思わなかったが、菊花賞――って言ったっけ?
あのレースで一緒になった時、コイツをパドックで引いてたのは――あのジャンパーを着たヤツらだった。
※白畑RC所属馬の担当厩務員は、何か問題(※海外ではドレスコードがある場合がある)が無い限り、公の場(※パドックやマスコミの取材)では、ユニホームとして勝負服を模したジャンバーを着るように統一されている。
それで解かった――コイツが、牧場を買ったヤツらの関係者だって。
あのムカツク鼻歌もあったが、それ以上にヤツらの馬には負けたくなかった――だから、頑張ったんだけど、コイツの強さは正にバケモノだった。
コイツは最後のコーナーで、トレセンで観かけた時と同じく、鼻歌混じりでスキップでもする様に俺の横を抜けて行って――その後を、追いかけても、追いかけても、追いかけても……差が縮まるどころか、開く一方だった。
レースが楽しくて、大好きな俺でも――あの時はさすがに疲れた。
まあ、コイツを必死で追いかけたせいでもあるけれど。
「――あの時は、いつもより多く走れて、楽しかったよね~♪」
――と、アカツキは楽しそうに菊花賞を回顧している。
こいつ――
でも――"楽しかった"って、言う気持ちは理解出来るな。
案外――コイツ、話が合うかも。
「ボクはしばらく、ココでお休みなんだぁ~♪、クロテン君もかい?」
「いや――俺は、怪我だ」
「怪我?!」
アカツキは驚いて、後退りした。
「――大丈夫?、痛い?」
そう言って、アカツキは俺の脚のニオイを嗅ぐ。
「ああ、まだちょっと――な」
「……ごめんね。
なんか、余計なコトを訊いて」
アカツキは――俺の目を見て涙を流す。
「おいおい、何もお前が悲しまなくても」
「だって――辛いでしょ?、走れないのって」
「まあ――な。
やっちまったモンは……仕方ないさ」
――それから、俺とアカツキは、色んな話をした。
一番盛り上がったのは、担当厩務員に対したグチ(笑)
アカツキは、バケモノみたいな馬で――ヤツらが連れて来た、いけ好かない連中みたいなのを想像してたけど、こうしてみれば、俺たちと大して変わらないんだなぁ――と、思った。
でも、違ったのは――
「レースは楽しいんだけどさ、寂しいんだよね……楽しくなると、みんな側に居なくなるからさ」
おいおい、それは嫌味か?
――とも思ったが、それも強過ぎるが故の悩みかと思って、俺は言うのをやめた。
『お~い、アカツキ。
放牧地の整備、終わったぞ~」
そう言いながら、松木がやって来た――せっかく、盛り上がってたのになぁ。
「お迎え――だね。
凄く楽しかったよ、レース以外で、こんなに楽しいのは初めてだね」
「ああ、俺もだ。
良い暇潰しだったぜ」
手綱を引かれたアカツキはふと、俺の方に振り向く。
「いつか、もう一度、君と一緒のレースを走りたいなぁ。
だから――怪我、しっかり治してね」
「ああ、約束するぜ。
でも、一緒のレースは――人間たち次第ではあるけどな」
「そうだね――でも、それを祈っているよ。
じゃあね、クロテン君」
「ああ――またな、アカツキ」
俺とアカツキは、そうやって別れ、それぞれの休養生活に戻った。
あ~あ、またヒマだぜ~……
翔平でも、様子観に来たりしねぇかな?
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