過去

(やっぱり、そう来たか……)


優斗は……中学時代、ほとんど登校していない――いわゆる『不登校』をしていたのだ。



(ナツ――いや、中学以前の同級生と会っちまったら、どうしてもこうなるわな……)


優斗は、入院生活でだいぶ伸びた髪を掻き毟った。



「……知りたいのか?」


奈津美は黙ったままコクリ…と小さく頷いた。


「あの頃は解からなかったけど――



――ってね。


私も……あったから」


奈津美は含みのある笑顔で、優斗の瞳を覗く。


その何とも言えない雰囲気に気圧され、優斗は――


「――解かった、話すよ」


――と、応えた。


ここからは、優斗の――述懐も含めて、彼の声に任せてみよう。







まったく行かなくなった中学の頃を思い出すだろうけど、俺が学校に行かなくなったのは、小4ぐらいからだったと思う――思い返せばね。



原因は……非行やいじめを想像するのが適当だろうが、大人になった今では良く解からない。


なんで、あんなに、行きたくなかったのか……



総括も含んで気がつくのは、最大のきっかけは、父さんの死――だったと思う。



それで、周りにあるモノ、全てが覆されてしまった気がするよ。



"人の死"というモノを、間近に感じたせい……なのかもな。


とにかく、周りの連中から滲み出る、緊張感の無い振る舞いや、教師たちの態度が、もの凄くイヤだった。



特にイヤだったのが――運動会や学芸会などの学校行事だったな。



『みんなで仲良く、一緒に頑張ってやり抜こう!』



――そんなキャッチフレーズが似合うのが、最もキライだった。



一般的には、楽しみにしてた人の方が多いんだろうけど、俺は逆だったね――黙って、淡々と、勉強してりゃあ、文句、無いんじゃないの?、そんなヒマをくれるなら、行きたくないんだから、寄せ集めんなよ!


――って、思ってたものだよ。



勉強がデキた訳じゃないけど、キライじゃあなかったしね。


色んな表現や、言葉を知った今なら解かる……これこそが『価値感の違い』ってヤツなんだろうな。



それが、明確に出てきたのが、中学に上がってから……いわゆる思春期を迎えた頃だった。



父親は、俺が子供の頃に重度の障害負って働けなくなったし、その父が死んだら死んだで、俺は母子家庭のの方――想像は簡単だろうけど、ウチはビンボーだ。


大人になった今もそうだから、の過去形は使わないよ。



中学ともなれば、制服や教材――果ては、部活動とかも本格化しだすから、費用とかが嵩んでくる。


食うのがやっとの家庭に、それは結構な負担だ――だから、俺は部活なんてやるつもりはなかった。


それに、たださえ行きたくもないガッコに、なんで長くいなきゃイケナイんだよ!、――という気持ちもあったしね。


でも、先生に不参加の意向を伝えたら――



『ダメだ、何処かに所属しなければ!』



――と、返してきた。



これで、さらに価値感の乖離が広がった。



「ああ――コイツらは、人の都合も完全無視かよ!」


――ってね。


俺は、うるさいから雑に選んで、卓球部に所属はしたけど一度も出なかったな。



そんな乖離は、友達との間にも広がり始めた。



下校時の寄り道や買い食い、週末は友達同士で外出――これらは、誰でも経験するモノ……ね。


俺は、そういう誘いはほとんど断っていたな……小遣いなんて、マトモには貰えないから、恥ずかしい思いするのは目に見えてるからね。



断っている内に、始まったのは"付き合いが悪いヤツ"という評判。



ほら?、中学は、別のガッコと統合して上がってたから、そっちの方のやつらは、俺の事情とかを殆ど知らない――だから『付き合い悪くて、部活じゃ幽霊のネクラなヤツ』っていう評価が一人歩きした。


だから、小学校の頃の友達もだんだん離れて行く……そんなヤツと付き合ってたら、自分の立ち位置も危うい。


この手のを、最近は『スクールカースト』とかって呼んで、ドラマとかにもしているそうだが、決して、最近になって始まった事ではないよな。



学校ってトコは――"平等"ってのを、大題目に説くが……当の子供たちの間では、まだ無自覚な時点から、既に差別化されてるものなんだよ。



でも、そんなのは無視して――


『普通は』


『みんなは』


――って言葉で、平準化しようとしてくる……大人も、子供もな。



まっ、俺の場合は――


『そんな連中と付き合うのは、こっちの方から願い下げ』


――とも思ったし、元々誰かとつるむのもキライだったから、淡々と勉強して、中学3年間をやり過ごそうと思ってた。



そんな矢先に、思わぬアクシデントに襲われたな。



登校中に転んで、足首の骨を骨折してしまい、2ヶ月の入院――まさに不運、それで、1年生の1学期を、ほぼ棒に振った。


それで、2学期からは心機一転!


――と思っていたら、夏休み中に一人でふらりと出かけた夏祭り、そこに居合わせた、顔も知らない、例の"別の小学校"だった、同級生たち3人にからまれて、カツアゲされそれそうになった。



そこは、やっぱりガキだったよな、あいつら。



人がいっぱい居る、会場近くの公園で、堂々とけしかけてきて――それを無視した俺を、殴ってきたんだ。


人の観てる前でそんな芸当やりゃあ、警察を呼ばれて補導されるのは当たり前。


夏祭りでの騒動だから、地元紙の3面記事で少年A、B、Cとして、紙面を賑わせていたよ。



――俺?、俺は絶対に手を出さなかったから、ただの被害者さ。


でも、結果3人にボコられて今度は鎖骨骨折でまた入院――"心機一転計画"は、水のアワさ。


これが、ガッコに行かなくなった決定打だったね……もう、これで完全にコワレタよ、心が。



ほぼ、学期丸々勉強が遅れて、どうにか復帰しても、ちんぷんかんぷんなのは明白。


中学ともなれば――それは、相当デカいハンデさ。


モチベーションの糧だった『淡々と勉強』を失い、いざ学校に行っても、いざこざがあったあの3人も、保護観察止まりだったから、復讐も怖かった。



だから、俺は完全に学校に行かなくなった。



母さんは嘆いたよ――


『どうして優斗は、学校行けないの!』


――ってね。



俺は、母さんの言葉で完全に気がついた――ああ、俺ってじゃないんだなって。



それから、先生たちのしつこい説得に負けて、いわゆる『保健室登校』をした……正確には、空き教室だったけど。



何人か、同じく不登校してた連中と一緒だったけど、ほとんどが自分と似た境遇。


ビンボーだから、相手にされなくなったヤツ、キモイって蔑まれたのが原因のヤツ……でも、そこはとは名ばかり、勉強を教えてもらえる訳でもなく、ただ時間を潰しただけだった。



思ったよ、ああ……黙って休ませてたら、ガッコの汚点だから、"閉じ込めて置きたいだけ"なんだなって。



そんな生活だから、俺は色んな本を読んだ……こっそり持ち込んだマンガや雑誌に始まり、図書室や、市立図書館から借りた本や、終いには――おっと!、これはやめておこう……が、密室で読もうとするモノを、想像するのは簡単だろう?


俺は……生々しくて、本は、嫌いだったがね。



色んな本を読んでみて、魅かれたのは、奇しくも教育論を記したモノや、自分の様な人の体験談――だが、それで解かったよ『日本の教育』ってのを。


集団から遅れたヤツは、邪魔だから容赦なく切り離す――それは、から仕方ないんだってね。



一緒だったヤツらは、徐々に通常の授業に戻って行ったけど、俺は、この登校スタイルを貫いた――卒業までね。



汚点には、汚点の"意地"があった――のかな?


ここに通えって言ったのは、あんたたちだろ?、――って。



本来なら、不良に転じるのがパターンだろうけど……あの類の発想や行動原理はキライだし、別に、犯罪は犯したくなかったしね。


どうせなら、そんな"セオリーとは違う困らせ方"をしてやろうと思ったんだろうな……どう対処して良いか、解からないだろ?、へっへっへっ……って。


その『名ばかり登校』を続けて、何とか卒業だけには到った訳だけど……結構、笑えるだろう?、俺みたいな『事実上小卒』なんていう変人も。


――でも、ホントにいるんだぜ、ここにな。






「――まっ、こんなトコロだ」


少し、話し疲れた様子で、優斗は息を吐いた。



「……私も、あの事件かな?、とは思ってたけど……それだけじゃなかったんだね」


全てを聞いた奈津美は、噛み締める様にそう言った


「驚かない……のか?


『育ちの良い優等生』


――の代名詞だったナツには、よく解からない話かと思ってたが」


「言ったでしょ?、私もって」


奈津美はまた、含みがありそうな笑顔を見せた。



「ナツは――たまに、俺の様子を見に来てたよな……家にも、空き教室にも」


「うん……でも、ユウくんに『来るな!』って怒られて……嫌われちゃったのかなって、思ってたけど……アレは、だったんだね……」


「……?」


が観たかったからだ!、って♪」


奈津美は、おどけて見せて、優斗の頬を指差した。


「はぁ!?、お前!」


「ふふっ……冗談、冗談!、解かってるよ、私の事を気遣って――でしょ?」


「まったく……で、俺も、定時制ってのがオマケに付くけど、何とか進学は出来て――」


「そう!、それがビックリだった!


『ユウくんは不良になっちゃったの?!』……って!」


「それが偏見、マジメにやってる人の方が多いんだぜ?」



話の途中、奈津美はチラッと優斗の後ろに掛かっている時計に目をやった。



「あっ、もう時間かぁ……懐かしい話をしてると、早いなぁ」


そう言って奈津美は、身を正して真っ直ぐ優斗の顔を見た。


「沢山、話させちゃって、ごめんね――疲れたでしょ?」


「ん……まあな」


「実は……私が聞きたかったのもあるけど、ユウくんをのが本来の目的なの」


「えっ?」


「晴部市立の方から――


『発音は、会話には申し分ないレベルに達してる』


――って、申し送りで読んだけど、自分の耳や目で確かめたかったんだ」


奈津美は机の上で、小さく腕組みをした。


「これなら口の体操とかより、とにかく沢山喋ってもらった方が良いかもね」


奈津美は、小さく机を叩いて――


「よし!、ユウくんはこれからほぼ毎日、私とここでト~ク!」


「はぁっ?、それがリハビリ~?!」


「そ♪、ビシビシ行くよ!」


――奈津美はニヤリとまた笑って見せ、椅子から立ち上がる。


「どっ、土日とかは……?」


「あっ、聞いた事無かった?、ここのリハビリは休み無し!、なにせだからね♪」


「まっ……マジで?」


「私が、休みの時は別の人が担当するけど、方針は私が指示するから――若い娘も居ますぜぇ~?、ダ・ン・ナ♪」


――奈津美は手招きをして、客引きの真似事をして見せる。


「そんなの別に望んでねぇ~!」


「ふふっ♪、じゃあ病室まで送るわ、ユウくん……改めて、よろしくね」


楽しそうな奈津美は、ゆっくりと優斗の車椅子を押して部屋を出た。


優斗は苦笑しながら、奈津美が押す車椅子に身を委ねる。


(でも、今の身体になって初めてかもな……こんなに笑ったのは)


優斗はクイっと上に首を曲げ、奈津美の顔を見る。


(やっぱプロだわ、コイツら)


優斗は妙に関心して、リハビリ棟の壁を見渡した。

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