圧倒

『――今年最初のGⅠは、芝の3冠馬の参戦で異種格闘技戦の様相!


究極エリートが常識を覆すか?、それとも、砂の猛者たちが意地を見せつけるか?!』



実況アナウンサーの煽りが終わり、東京競馬場は静寂に包まれる



――ガッシャン!



『――スタートしました!』


ゲートが開き、選ばれし16頭が走り出した。



『おっと!、4番ファイヤーロードはちょっと出遅れた……さて、まず先頭に立ったのは、大方の予想通りシマノシルバーが先手を――』



まず、先頭に躍り出たのは短距離のダート重賞を3勝している快速馬、シマノシルバー。


アカツキとは逆の意味で距離の壁を指摘されてはいるが、前哨戦の根岸ステークスで逃げ切り勝ちを決めた事で、4番人気に推されている有力馬の一頭である。



『続いては……あっ~とっ?!』


隊列の様子を実況しようとしたアナウンサーが驚きの声を挙げ、観衆からは大きなどよめきが起こった。



『出た、出た、出た~!、アカツキが2番手に上がった!


芝では常に後方待機のアカツキが、今日は積極的に動いている~!』



そのアナウンスと観衆のどよめきを、最終レースのパドックでスイメイを引きながら聴いていた翔平も、思わず顔を上げ、本場場の方向を見上げた。


『その後ろには2番人気のヘラクレスアーム、次いでゴーゴーダカール、東海ステークスを勝って来たクラノパワードはこの位置――』



ヘラクレスアームは12月にあるもう一つのダートGⅠ、チャンピオンスカップを制した現役最強馬。


ゴーゴーダカールは統一GⅠ(※地方競馬との交流戦のGⅠ)東京大賞典と川崎記念を連勝して、ここに挑んでいる。


クラノパワードは……憶えている方もいるかもしれないが、クロテンが勝ったAJCCの"裏"で行なわれていた、このレースの前哨戦、東海ステークスを勝って来た実力馬である。



有力馬が皆、アカツキをマークしている展開――そんな中、周りを見回した関は、アカツキの鞍上で笑みを浮かべていた。



(相変わらず、すげぇ乗り味だなぁ……羽毛にでも乗ってるみたいだ)


関はふと、スタンドの方へ目をやる。


(やっぱりコイツはモノが違う、それを難癖付けて2倍台って……っ!


評論家さんたちもお客さんも、見る目無いモンだよなぁ……よ~しっ!、目にモノを見せてやるっ!)


関は手綱を握る力を少し緩め、"ちょっと加速"の指示をアカツキに伝える。


それを反応良く理解したアカツキは、シマノシルバーの直ぐ横に付けた。



『アカツキがさらに仕掛けた~!、良いのかアカツキ!?、そこで良いのか関昴?!』



アナウンサーが動揺気味に叫ぶ中、マークしていた"ダート3強"もそれに呼応し、2頭を追いかける。



レースは、アカツキとシマノシルバーが先頭で並んだまま、4コーナーを回った。



『さあ!、最後の直戦!、先頭は僅かにシマノシルバー!、並んでアカツキ!』



関はさらに手綱を緩めて、アカツキに更なる加速を命じる。



『残り400m!、ここでアカツキが先頭!、後ろからはヘラクレスアーム!、大外からはクラノパワードが迫る!』



完全にバテてしまったシマノシルバーは、内からズルズルと後退している……


(必殺!、『クロテン走法』ってね!、イメージ悪くしてゴメンな、アカツキ。


でも――)


関は、腰に差していたムチを抜いた。


(――お前なら、、の一言で片付けられるよ!)


関がアカツキに左ムチを一発入れると、追ってくるヘラクレスアームとクラノパワードの2頭を置き去りにする勢いで加速した!



『アカツキ先頭!、アカツキ先頭!、外からはクラノパワードが2番手に上がるがぁ……差は一向に縮まらない!』



アカツキとクラノパワードのはほぼ同じ――その状態で差は、楽に2馬身はある。



勝負は――既に決していた。



『アカツキだ!、アカツキだ!、アカツキ先頭!、ゴール版の向こうにはっ!、世界からの――』



アカツキはレース前の涼しい顔つきのまま、1着でゴールした。



『――世界からのっ!、手招きが見えるぅ~~~っ!!!』



ワァァァァッ!



――という歓声が轟き、関はそれに応えようと左手を挙げ、人差し指を掲げて観客にアピールした。



『関昴が掲げたのは人差し指1本!、それを愛馬の額に向けた~!』



すると、珍しくアカツキは興奮し、冬の曇り空に向けて何かを叫ぶ様に嘶く。



『これがアカツキ!、アカツキだっ!!、待っていろ世界!、これがっ!、日本の『白き至宝』!、アカツキだぁ~っ!!!!!』



ウイニングランも、検量も終えた関が、テレビ中継の勝利ジョッキーインタビューに応えた。



『――勝ちました、アカツキに騎乗した関昴騎手です、おめでとうございます』


『ありがとうございます』


『まずは、レースの感想をお願いします』


『――いや~っ!、"どうだっ!"、っていう勝ちっぷりでしたねぇ~!、最高です!』


『今回は初のダート戦――それらを不安視される声もありましたが、それについては?』


『私も先生も、全然気にしてませんでしたから』


『思わぬ先行策でした、そちらはいかがです?』


『う~ん……久しぶりのマイル戦でしたしね。


"今日は違うぞ!"、"ゆっくりじゃダメだぞ!"――という馬へのサインですよ、意識したのはそれぐらいでしたね』


『陣営は、海外遠征を明言されてますが……これで、行くのはWC《ワールドカップ》――でしょうか?』


「それはぁ……オーナーや、先生が決める事ですから、何とも言えませんしぃ……私が乗せて貰えるかも、解かりませんが……個人的な印象としては、どっちでも通用するとは思いますよ』



『おおおおっ……』と、周りを囲む記者たちからどよめきが起きた。



『最後に、応援していた、ファンに一言!』


『私のヤラシイ騎乗のせいで、アカツキを嫌わないでください、応援ありがとうございました!』


最後にクスッと来るブラックユーモアを交えて、関のインタビューは終わった。





最終レースが終わり、トレセンへと戻るため、翔平は後片付けに追われていた。



翔平が担当したクロダスイメイは、10頭中9着に惨敗……石原がアテにしていた、翔平の強運は不発に終わった。


「終わりました~」


スイメイを馬運車に乗せ、翔平は海野に作業の完了を報告しに行った。


「解かったよ、翔平くん、ご苦労様」


「じゃあ俺、同乗あるんで行きます」


「ああ、頼んだよ」


馬運車が停車している方へ駆けて行こうとしていた翔平は、途中でふと立ち止まった。


「――先生」


「ん~?」


海野は書類に目を通しながら、少し上の空に翔平の話に返事をした。


「俺みたいな――"乗れず"の新米が言えた話じゃないんですけど……」


翔平は海野に背を向けたまま、話を続ける.。


「――俺もいつか、アカツキみたいな――人の心を振るわせる馬を、育てて、扱ってみたいです!」


翔平の思わぬ発言に、海野は書類から目を離した。



そして、書類を小脇に抱え、翔平の後ろ姿を見た海野は――


「……そうだね」


――と、それだけを言い、その活き活きとした後ろ姿を見送った。


翔平は言いたかった言葉を言い切った、妙な満足感に浸りながら、馬運車の助手席に乗り込んだ。

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