黒い雪

何も無い真っ白な世界――そんな世界に、大きな体育館の様な建物がある。



その建物の中に吊るされた、鳥かごの様なモノの中に優斗はいた。


(……どこだ?、ここは)


不思議そうに辺りを見回すと、周りには何人ものがいて、優斗を見ている。



――だが、それらは明らかに人間ではない……



姿形は人間に酷似しているが、顔などは完全に異形の類だ。


しかし、優斗はまったくと言って良いほど、恐怖や嫌悪は感じない……理由は解らないのだが。



『鳥かご』の下にある『体育館』の床には、ルーレットの様な円形のオブジェが置かれいて、ゆっくりと回っている。



辺りを見終わった優斗が異形たちに目を向けると、異形たちが優斗を凝視しながら何かを話し合っている……会話なのは確かなのだが、まったく聞いた事が無い言語だった。



それがしばらく続くと、どうやら結論に達したらしく、異形たちは優斗の方に向き直る。



これまた理解不能な言語で何かを告げると、鳥かごが床に落ち、オブジェの上を回り始めた。


その回転が止まると、今度は床が開き、優斗の身体は下へと落ちた、ボトッと大量の黒いモノが積もった所に。


だが、人形か何かに成ったかの様に身動きが取れない……


(そうだ!、そういえば俺は家で具合悪くなって……)


ここまで来てようやく、優斗は自分が倒れて救急車で運ばれた事を思い出した。



(それが何でこんなトコにいるんだ?、訳がわからん……)


その『黒い雪山』の様な所には、次から次へと上から黒い雪?、が落ちてきている。



(……もしかして、これって死んだってコトかな?、そう考えれば、さっきの変な所も説明が着く)


優斗は、何故か冷静に自分の状況を分析しだした。



(そっかぁ……こういうモノなんだな)


妙に、全てを受け入れた体の優斗は目を瞑る。


(短かくて、サイテーな人生だったんだろうな。


だから、同情してこんな静かな消え方にしてくれたのかもね)


優斗の身体の上には次々と黒い雪が積もり、身体を覆い始める。



積もって、積もって……積もって――優斗の身体全てが、黒い雪の下に埋まった。



(さ~て、これからどうなるのかね?、眠る時の様に何にも気付かず……ってパターンかな?)



何故か、優斗は自分の死を楽しんでいる。



無理もない……彼の人生は、お世辞にも幸せではなかったし、誇れる様な事もまったくしていない。


ただ生まれて、ただ死ぬ――自分は、そんなちっぽけな人間だと彼はそれを悟っていた。



黒い雪が相当積った頃、その表層からガサガサと音がする。


(おっ?、何か始まるのか?)


――と、様子を伺っていると、その音はだんだんと近くなっている。



ガサッ!、ボトッ……


(……掘ってる、のかぁ?)


誰かが黒い雪を堀り進んで来ている…それがしばらく続くと、小さな小さなスコップが優斗の身体の上に達した。


(なっ……何だコレ?」


優斗の親指ぐらいのスコップがくすぐる様に優斗の身体を撫でる。



「あったあった!、ここだここ!」


スコップの持ち手の方から誰かの声がする……今度は、聞き取れるハッキリとした日本語だ。



その知らせが合図だった様に、黒い雪を掘る音がどんどん増えていき、その音は優斗の上に集中した。


ついには轟音を放つ重機の様な音まで混じり始め、黒い雪はあっという間に取り払われた。


「出た出た!、見つけた!、見つけた!」


その歓声を挙げたモノたちの姿は――確かに見た目は人間だが、サイズはいわゆる



つまり優斗をしたのは小さな小さな小人たちだった!



(……なんだよ!?、このファンタジー的な展開は?!)


――と、優斗はツッコミたかったのだが、いかんせん声を出せない。



(これが死んだ……って事なのかね?、あの世ってのは、なんとも言い難い所だなぁ)


そう思った優斗は、とにかく自分ではどうしようもないので、もう成り行きに全てを任せる事にした。



「オーライ!、オーライ!」


そんな中、小人たちの運送作業が始まった。



両手両足をロープで括られた優斗の身体は、クレーンの様な重機?(※小人用サイズ)に吊り上げられ、ヘリコプター?の様なモノのコンテナ?に入れられた。


そして、発掘作業に従事していた小人たちも続々と乗り込み…


「みんな乗ったぞー!、出してくれ!」


――小人たちのリーダーらしき者が合図して、ヘリ?が飛び立つ。



ここからはもう、?マークはいらないだろう……これは完全にヘリだ。



小人たちは「やれやれ……」という、一仕事を終えた顔で休憩している。


(あの世もこの世も、大して変わらないモンなんだなぁ)


――と、優斗が関心していると…


「狭いけどもうすぐ着くからさ、ガマンしてくれよ?」


――と、さっきの小人のリーダー?が優斗に声を掛けてきた。


声を出せない優斗が小さく頷く(※小人たちからすれば大きいが)と、リーダーはニコッと笑顔を見せた。





ヘリが着陸し、コンテナから優斗を乗せた台車?を出し、そのまま滑走路?を走らせて、キングサイズのベッドぐらいのガレージ?に入っていく。


台車がガレージに着くと、小人たちはちょこまかと動き始め、台車から優斗の身体を吊るし上げ、巨大な(※小人にとっては)テーブル?の様なモノの上に移す。


その作業を終えた小人たちに…


「みんな、ご苦労さん!、またよろしくな!」


――と、リーダーが言い、小人たちは解散していった。


ガレージに残された優斗が、これからの展開を心配していると、次に現れたのは目にゴーグルを着けた白髪の老小人だった。



老小人が舐め回す様に、ジロジロと優斗の身体を丁寧に観て回っていると…


「――さん、どうだい?」


着替えをしてガレージに戻ってきたリーダーが、温かい飲み物が入ったカップを老小人に差し出して何かを尋ねている。



リーダーが老小人の名前を呼んだ様だったが、それは聞き取れなかった。



「う~ん、そうじゃのう……」


老小人は難問を解く様な顔で顎に手を置き…


「あちこちにガタが来とるが……まっ、なんとかなるじゃろ」


――と、老小人は自分の見解を述べた。


「よし!、太鼓判だ!」


それを聞いたリーダーが嬉しそうに喜び、カップの飲み物を飲み干す。


「けっ!、――は、ホント物好きだよな!、ま~たばっか拾ってきて!」


リーダーと老小人の会話に割って入る様に、もう一人の小人がガレージにやって来た。


――またしても、小人の名前は聞き取れない。



「そう言うなよ、これが俺たちの役目なワケだし」


――と、リーダーが諭すようにその小人に言っている中…


(なるほど、ここは『死人のリサイクル工場』みたいなモノ……か?


ゴミの様な死人を集めて転生させる、意外にエコだな、あの世って)


優斗は、妙に納得していた。


(どこかでも生まれ変われれば御の字……だな、俺のちっぽけな人生だと)


そう考えていると、だんだん意識が遠退き、小人たちの会話も聞こえなくなってしまった……







――ピッ、ピッ……ピッピッ……




自分の周りから聞こえる電子音に起こされ、優斗は目を覚ました。


だが、ここは先ほどのガレージではない……寝かされている所は明らかにベッドで、周りに配置されているのは、ドラマか何かで見覚えのある先進的な医療機器、電子音もこれから出ている音だ。



(ここは……?)


付近を見渡すと、自分と同じ様な境遇にいる人間が何人もいる。


辺りの様子をうかがっていると、紺色のユニホーム?を着た男がワゴンを押しながら近づいてくる。


サイズは優斗とほぼ同じ、見た目は人間に間違いない。



優斗は思い切って――


こぼわここは?」


――と、尋ねた。



(声が出る!、きちんと発音は出来ないけど!)


「臼井さん、起きたんですね、ちょっと待っててください」


――と言って、ワゴンからファイルを取り出した


「名前と生年月日を言ってください」


紺色のユニホームを着た男が、そう尋ねてきた。


「え~っと……」


――と、優斗は答えようするのだが、頭に浮かんだ名前と生年月日とは違う言葉や数字を口走ってしまう。


「あっ!、あれ?!、なうばこめ何だこれ?」


「あ~……まだダメですね、解りましたぁ」


――と、ファイルに何かを書き込んでから、様々なモノをチェックし「また来ますね」と言い残し、男はワゴンを押して去っていった。


(なんだよ!、尋ねた事に答えてないじゃないか!)


――とは思ったが、思うように言う事が思いつかずにうやむやになってしまった。



優斗はとりあえず、自分の状態から現状を推測してみた。



まず、周りの医療機器から解るのは、ここが病院だという事だ。、



つまり、自分はまだ生きている……!、先ほどの小人たちは夢だったのだろう。


そして、触れるモノの感覚……右半身からは何も感じない。


まるで、真っ二つに裂かれて無くなってしまった様に……



だが、目を向けると確かに五体全てが確認出来る、欠損したわけではない様だ。


試しに動かしてみようとするが、案の定、左側は動くが右側はピクリとも動かない。



そして、先ほどの自分の返答……これはもうしかない。


優斗は病院の低い天井を見上げ、静かに目を閉じた。




コツ、コツ、コツ……



それからしばらくすると、また足音が近づいてきた…


「優斗!」


やって来たのは智恵子と佐和子だった。


「優斗!、解るかい?!」


「ああ、ぐぅかる解る


「ああ……良かった」


智恵子と佐和子は手を取り合い、涙ぐんで抱き合った。



「……ルルは?」


「ルルちゃんの事も解るのかい?!、良かった!、本当に良かった!」


わかぶにぎまっれるぶぁろ解るに決まってるだろう?、じるんろげっとらんだかば自分のペットなんだから


「そうかいそうかい……うんうん、うん……」


ルルは智恵子が預かっている事や、晴部市立総合病院に運び込まれた事、あれから3日経過している事など、二言三言と会話を繰り返すうち、優斗の発音も少し聞き取れるレベルにまでなってきた。



(※読み易くするため、ここから優斗のセリフを通常に戻しますが、実際はきちんと発音が出来ていません。


その辺りを察して読んでいただければありがたいです)




「……結局、何だったの?、俺の病気って?」


優斗は疑問の核心を智恵子にぶつけた。


「センセイの説明、聞いているんでしょ?、見当は……着いてるけどさ」


「脳出血だよ、お前のお父さんと同じ」


「……やっぱ、そうか」



優斗が両親を亡くしている事は以前記したが、小学生の頃に亡くしたという父の死因が脳出血だった。


父親は優斗が2歳の時、脳出血を発症し、7年後に再発――それで命を落としていた。



「80%の原因は遺伝だろう……って言われたよ、先生からは」


――優斗は何も言わないまま、智恵子の話を聞いている。



「私はお前の父さんが倒れた時の事を知らないから、テレビとかで観た事がある脳梗塞と勘違いしたんだけど、お前のお父さんも40代だったから早いとは聞いてるけど、まさかと思ったよ」


佐和子が涙混じりに話しに加わる。


「あんたは父親の姿を見てたから、酒もタバコもやらないし、健康に気を使ってたと思ってたのに……」


佐和子は悔しそうにつぶやき、涙を拭った。


「――で、どの程度だって?、個人差があるって聞いてるけど?」


「運ばれたのが早い事が幸いして、治療の開始が早く出来たんだって。


それで手術は免れたのだけど、血管が切れたのは記憶や言葉を司る部分らしくてね……私たちやルルちゃんの事を憶えていたから安心したよ。


でも、リハビリ次第だけど間違いなく麻痺が残るってさ……」


「――だろうね」



優斗は、この病気を発症した事の意味はよ~く解っている……


幼い頃とはいえ、父の苦しみを目の前で見てきたからだ。



辛いリハビリに耐えたとしても、その身体がもう普通の生活には戻れない事を、優斗は知っている……


「……やっちまったね、終わったね、人生……うっ、うううう……っ!」


優斗は、天井を見上げたまま咽び泣いた。

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