第3話 役割を果たした先

だいぶ歩いてきたのでそろそろどこか休憩できそうなところを探そうとしたときだった。

「泥棒よー!誰かその男を捕まえて!」

その叫び声と共にこちらに向かって走ってくる男がいた。僕は咄嗟に足を引っ掛け、その男を転ばせて押さえつけた。

「ありがとうございます。助かりました。お礼をしたいのでうちでお茶でも飲んでいかれませんか?」

ちょうど休憩しようとしていたところだったので僕も先輩も異論はなく、厚意に甘えることにした。店に案内してもらい、奥の座席に座らせてもらう。

「お前すげぇな。さすが俺が見込んだだけある。」

「偶然だよ。たまたま上手く行っただけでそんなにすごいことでは無いと思う。」

「いえ、本当に助かりました。あの男にはいつも困らされていて、今日あなたのおかげでやっと捕まえることができたのです。」

お茶を持ってきた女将が話に入ってくる。女将によると男は希少な物を狙う泥棒で逃げ足が早く、他の店もその被害に悩まされていたのだという。

「そんな男を捕まえていただいたのですから、あなたはこの辺りの店全てを助けて下さったことになるのです。どうかこの剣を持っていってください。これは古くからうちに伝わる宝剣ですが、私たちが持っているよりもあなたに使っていただいた方が剣も喜ぶでしょう。」

「そんな大切なもの、受け取れません。たまたま僕が目の前にいたというだけです。」

「まぁ!なんて謙虚な方なんでしょう!なおさらこの宝剣を受け取っていただかねばなりません。うちには言い伝えとして、『店を救う慈悲深き者現れしとき、この宝剣を託すべし。』

とあるのです。あなたがその者に違いありません!」

僕と女将はしばらく押し問答を繰り広げていたが先に僕が折れることとなり、結局宝剣をもらうことになった。

「そうそう、この宝剣はかの魔王すら打ち倒す力を秘めていると言われています。きっとあなたを助けてくれるでしょう。」

その後女将は食事まで用意してくれた。僕らは女将に感謝を伝え、再び散策することにした。

「なぁ、さっきもらった宝剣、俺にも触らしてくれねぇか?」

「いいよ。どうぞ。」

僕は先輩に剣を渡した。思ったより軽いんだなと言いながら剣を見つめている。すると先輩の瞳が赤色に変わっていった。でも先輩はそんなことには気づいてもいないようで先ほどと変わらずじっと剣を見ている。

「先輩・・・?あの、瞳が赤くなってるけど、その、大丈夫なの?」

「ん?あー、大丈夫だよ。これはな、俺が俺の役割を果たしたときに現れる証みたいなもんだと思ってもらえればいい。俺だけでなくお前や他の同胞も同じようになる。そういえばさっきお前が泥棒を捕まえた時も剣をもらった時もお前の瞳は赤くなっていたぞ。」

「え!?そうだったんだ。知らなかった。でも女将さんは何も言ってこなかったよね?」

「あぁ。こんな風に瞳が赤くなることに気づけるのは同胞だけだからな。他の奴らにはいつもどおりの姿に見えるんだよ。」

さっきまでの出来事は僕が果たすべき役割だったのか。先輩が本能には逆らえない、なるようになると言っていたのはこういうことか。偶然起きたことだと思っていたがそれらは必然だったということなのだろう。相変わらず記憶が戻らないことは心配だが、思っているよりも何とかなりそうで安心した。

「はい。ありがとな。」

「先輩の役割って何なの?」

「俺の役割か。俺は物を、特に世界に一つしかないとか滅多に手に入らないとかそういった貴重な物を見ることだ。貴重な物が目の前にあるとそれを見たくてたまらなくなる。これが本能に逆らえないってことだろうな。お前の剣だって、もしもお前が俺に貸すのを拒んでいたら殴ってでも手に取ろうとしただろうよ。素直に渡して正解だったな。」

笑顔で恐ろしいことを言っている。断らなくて良かった。

「ただ見たいだけなの?見ると何かが変わるとか?」

「お前、勘がいいな。そうだよ。俺が見ることで何かが起きる。具体的にどんなことが起きるのかはすぐにわかるだろうよ。」

そのまま通りを歩いていると不意に辺りが騒がしくなってきた。

「なぁ、聞いたか?女将の話。物を取りに倉庫に行ったら、あの店に代々伝わる宝剣とやらが大量に置いてあったらしい。慌てた女将は急いで鑑定士を呼んできて鑑定してもらったんだけど、全て本物の宝剣だと言われたんだとよ。鑑定士も信じられなくて何度も観たけど、偽物だと判断できる証拠がなかったらしい。」

「嘘だろ!?一体何があったんだよ。」

「それが誰も分からないって。女将が行く三十分前に倉庫に行った仲居は自分が行ったときにはなかったと言っているらしい。」

周りを歩く人々がさっきお世話になった女将の話をしている。僕はその話を聞いて確認せずにはいられなかった。

「先輩。もしかして先輩が起こしたことって・・・。」

「あはは!そうだよ!俺が物を手に取って見るとその物が増えるんだ。知り合いに教えてもらったんだけど、無限増殖というらしい。何度やっても飽きねぇな。面白すぎるだろ。」

先輩にもっと詳しく話を聞きたいと思ったが、まるで別人のようなその雰囲気に気圧されて聞くことができなかった。僕たちはとりあえずその場から離れることにする。先輩はずっと人々の反応を楽しんで上機嫌だったが、時間が経つと落ち着いてきた。

「あ、そうだ。さっき知り合いって言っただろう。そいつも俺らの同胞なんだが困った時はそいつを探し出して聞いてみるといいぞ。俺の知る限り一番の物知りだ。棚や自販機なんかの大きな物を動かすとその裏に暗闇があるんだが、そこに飛び込むと会える。場所はどこでも大丈夫だ。とにかく、物の裏にある暗闇からならあいつの元に行ける。俺もいつまでお前と一緒にいられるかは分からないからな。もしも一人で困ったことがあればそこに行くといい。ま、お前は初めてのようだから、今行っても決まりのせいで何も教えてはもらえないだろうがな。」

一言で同胞と言っても色んな人がいるんだな。困ったことがあれば訪ねてみることにしよう。そうこうしているうちに気がつくと僕たちは城下町の端まで来ていたようだった。目の前には立派な城壁があり、そして門の側には怪我をした沢山の兵士たちが集まっている。何があったのか聞いてみようということになった。

「お疲れ様です。傷は大丈夫ですか?何かあったんでしょうか。」

「あぁ、幸いみんな軽傷で済んでいるよ。魔王の影響で街の外の魔物が活性化しているんだ。早く勇者様に魔王を倒してもらわないとこの街も魔物に襲われてしまうかもしれない。」

「魔王はそんなに強大なんですか。勇者様じゃないと魔王を倒すことはできないのですか?」

「勇者様じゃないといけないということはないだろうが、魔王を倒せるほど強い人なんてそうそういないだろうな。」

「そうなんですね。ありがとうございました。お大事になさってください。」

僕らはその場を離れた。兵士の話を聞いて僕はなぜか使命感を感じていた。

「先輩、魔王を倒しに行きたい。なぜかは分からないけど、僕が倒さないといけない気がするんだ。それにこの剣をもらう時、魔王を倒す力を秘めているって言ってたし、出来ないことは無いと思う。」

「そうか。そう思うんなら俺にお前を止める権利はねぇよ。俺もついていこう。魔王を倒すことは俺には出来ないだろうが、自衛する力くらいはあるから、お前は俺のことは気にせず戦え。」

「ありがとう。」

先ほどの場所に戻って兵士に魔王の住処を聞いた。魔王は門の先にある魔物の森を抜けると見える城に住んでいるらしい。僕たちはすぐに街を出立して魔王城に向かった。実際に使ってみると宝剣に込められている力は強大で、道中の魔物は難なく撃退することができた。あっという間に魔王城まで辿り着いた僕たちは城に乗り込む。城にいた魔王の側近と思われる敵すらも宝剣の前では為す術もなく倒されていった。そうして僕たちは魔王の元に辿り着いた。

「お前らは何者だ。よくも儂の城を滅茶苦茶にしてくれたな。覚悟するがよい。」

「望む所だ。僕はお前を倒す!」

そうして魔王との戦闘が始まった。しかし戦いは呆気なく終わる。僕が振りかざした宝剣の一撃で魔王は倒れてしまったのだ。

「え?勝ったのか・・・?」

「勝ったみたいだな。魔王を倒した時、お前の瞳は赤くなっていた。瞳は役割を果たした時でないと赤くはならない。お前の役割の中に魔王を倒すというものがあって、それは確かに達成されたんだろうよ。おめでとう。」

「そうか。僕は役割を果たせたんだな。先輩がついて来てくれたおかげだよ。ここまで本当にありがとう。」

互いを称賛し合い、一息ついてから街に戻ろうとした時だった。

「お前ら、何者だ?まさか魔王を倒したのか?」

丈夫そうな鎧に身を包み、立派な剣を携えた青年が現れた。その背後には彼には及ばずともかなりの手練れだと見て取れる従者が四人いる。

「俺はストーン国で勇者と呼ばれる者だ。ここには魔王討伐のためにきた。しかし魔王はもう倒されているように見える。ずっとおかしいとは思っていたんだ。勇者に与えられると聞いた宝剣はもらえないばかりか、本当に宝剣と言われていたのか疑わしいほどに街中に溢れている。宝剣は諦めて代わりの装備を集めてから、いざ魔物の森に入ってみると魔物は一匹も出てこない。違和感を持ったまま城に入ってみると目的の魔王は倒されている。お前らは勇者の俺が果たすはずだった役割を奪ったんだ。一体何をした!どうしてくれるつもりなんだよ!」

勇者は物凄い剣幕で怒っている。そんな様子を見て、僕は・・・。

「はははっ!そういうことか!お前、面白すぎ!とんでもないもんを見ちまったじゃねぇか。お前について来て正解だったな。」

先輩は宝剣が増えた時のように上機嫌で僕の方を見ている。あの時はそんな先輩に圧倒されていたが今は違う。なぜなら、僕も同じ気持ちだったからだ。

「あはは!ごめんねぇ。本当なら君が達成するはずだったことを僕が成し遂げちゃった。その表情、たまらないよ!何が起きているのか分からず、憤慨することしかできない君を見てると笑いが止まらない!」

滑稽。愉快。それらの感情が僕の心を満たしていた。これが探し求めていたものだと本能的に理解した。僕はこの気持ちを味わうために行動して来たのだ。

「こ、こいつら、狂ってる!おい、もう城に戻るぞ。話にならない!」

そう言って勇者たちは逃げるように帰っていった。

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