confidence


『全国目指して一緒に頑張ろうね!』

『あなたも全国目指してるの?私も!』

『唯香、公園で自主練してるんだ、私も一緒にやっていい?』


ーーーーーー


『東雲さんっていいよね、元々運動神経いいし』

『もう誰も唯香には敵わないよ』

『朝練?いいよ、もうそんなことやっても唯香には勝てないし』


……どうして?

どうしてみんなあたしの前から居なくなっちゃったの?


いつもそうやって勝手に期待して、勝手に裏切られたって思って、もう誰にも期待しないって決めていたのに。


「ねえ、モカ。さやか。2人もあたしの前から居なくなっちゃうの?」


あたしは、誰も居ない夜空に向かって小さく呟いた。



ーーー



遠くから聞こえてくる祭囃子。

だけど、この場所は静寂に包まれていて、鈴虫の声だけが聞こえる。


8月の夜は蒸し暑くて、それなのに何処か寂しい。

そんな夏空の下で、泣きたいわけでもないのにあたしは目を伏せていた。


「捕まえた」

「こんなところで何してるのかなー?」


途端に背中に温もりを感じた。

それは、優しくて温かい声と共に。


この声はあたしがよく知る声、いつもステージ上で左隣から聞こえてくる美しい声。


「…モカ」


「ここには何も屋台は出ていないようだね」

「もう夏祭りは飽きてしまったのかな?」


あたしがうずくまっていた右隣に座って居たのは、いつもステージ上の右隣で輝いている艶やかな横顔。


「…さやか」


「もう、なかなか帰ってこないから心配したんだよ〜」


「ごめん」


「…なんかあった?」


モカがあたしに問いかける。

そのモカの声色は、我が子に寄り添う母親のようで、あたしの胸につっかえていたものは自然と言葉になった。


「独りになると不安で…あたし、アブソリュートが始まってから自分が弱くなったんじゃないかって思って」

「でも、そう思ってあたしがまた独りで突っ走ったら、ダンス部のときみたいに2人が離れていっちゃうんじゃないかって…」


「そっか…」

「ずっと悩んでたんだよね、気づいてあげられなくてごめんね…」


あたしを抱きしめるモカの腕にぎゅっと力がこもった。

3人だけの世界、静かに時間だけが過ぎていく。


「唯香、ちょっと昔話をしても良いかな?」


少し間が空いて、隣にいたさやかが口を開いた。

あたしは何も言わずこくりと頷いた。


「これはとある少女の話」

「少女には、小さい頃から何をするときも一緒にいた、親友と呼ぶに相応しい女の子がいた」

「少女は引っ込み思案だった。はじめてできた友だちが、その女の子ってくらいにね」

「だから少女は、彼女が親友になるなんて思っていなかっただろう」

「2人を繋いだのは音楽だった。少女が音楽室でピアノを弾いていると、きまって現れる女の子がいた」

「その女の子の歌声は街1番と言ってもいいほどで、誰もが羨む存在だった」

「それから2人はほとんど毎日、放課後に音楽室で歌を歌った。2人だけの時間、永遠みたいな時間の中で」

「こんな時間が永遠に続けばいい。嫌なことも全部忘れられるくらい、ずっと……」

「それから、少女は親友のことを想って歌を書いたんだ」

「いつまでも親友と一緒に音を奏でるために、ずっと一緒にいるために…」


「だけど、2人が高校生になる頃、少女は親友と離れ離れになった」

「その理由や理屈はどうでもよくて、離れ離れになったという事実だけが、少女たちにとっての全てだったんだ」

「だけど、少女は諦めきれなくて、そのあとも1人で歌い続けた。歌を作り続けた。そうすることで親友との時間が戻ってくるような気がしていたから」


「想いは届いた。いや、少女が勝手にそう解釈しただけなのかもしれない」

「雨の日、2人が幼い頃からずっと歌い続けていたあの音楽室で」

「少女はその場所で再び親友と歌うことができたんだ。もう一度同じ場所で音を奏でることができた」

「再開したときに、親友はこう言ったんだ『離れてた間、ずっと寂しかったよ』って」


「そう言った彼女の手には、雨でくしゃくしゃになったコンクール最優秀賞の賞状があった」

「2人は離れていた間、お互いのことを想って音楽を続けていたんだ」

「それが知らぬ間に大きな力になっていた」


「だから少女は思ったんだ」

「『離れていても私たちは音楽で繋がっている。いつも一緒だ。』ってね」


さやかの手には、3つだけスーパーボールが入った袋がぶら下がっていた。


「たくさん取れた中で、私が欲しいものだけ貰ってきたんだ」


紫・オレンジ・青が1つずつ。

それは、アブソリュートのメンバーそれぞれのイメージカラー。


「今の私に、アブソリュートがいつまでも一緒でいられることを証明することはできない」

「だけど…お互いに想いあっているからこそ、独りでいるときには寂しくなる」

「そして、人は信頼している仲間がいるからこそ、その孤独に打ち勝つことができる」

「それだけで、私にとっては十分すぎるほどの理由になると思うんだ」

「それじゃあダメかな?」


そう言って、さやかははにかんだ。


確かに、それは不完全で何の取り留めも無い話。

だけど、あたしもそれで良い気がした。


「ううん、あたしもそれで良いと思うよ」

「ねえ、さやか」

「その少女は、今も親友と歌い続けられてるのかな?」


「さあ、どうかな」

「今頃2人は…」

「年下なのにセンターで、強がりなのに寂しがり屋。そんな女の子に手を焼いているかもしれないね」


「ふふっ、そっか!そうかもね!」


こうやってあたし達3人の想いは強くなっていくのだろうか。

今この瞬間、さやかの言っていた少女のように、あたしはモカとさやかのことを想っているのかもしれない。

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