individuality

ーーー屋台定番の焼きそばとたこ焼き、更にはポテトフライやイカ焼きなんかもある。

他にもりんご飴、かき氷、わたあめが、色とりどりの甘味の楽園を作り出していた。


「全部食べよーよ」


「モカ、太るよ」


「明日からまたレッスン頑張るんだし、大丈夫だいじょうぶ!」


さっきの射的の恨みからか、さやかはジト目のまま、モカとは目を合わせずにぼんやりと屋台を眺めている。

対照的に、モカは宝石みたいに目を輝かせ、視線を泳がせていた。


かく言うあたしも夏祭りにちゃんと参加するのは小学生以来なので、こうした屋台の食べ物がちょっと楽しみだったりする。


「唯香はなにか食べたいもの決まった?」


あたしが屋台の前をそぞろ歩いていると、モカが覗き込むように話しかけてきた。


「ええと、そうだなー、ポテトでも食べよっかな」


あたしがポテトフライの屋台に見ながら、鞄から財布を取り出そうとすると、その手をモカがビシッと止める。


「モカ、財布出せないんだけど」


「ふふんっ!その必要はあーりませーん♪」


モカが外国人が話す日本語のような口調で喋りながら、何故かドヤ顔をしている。

すると、あたしを抑止している手とは逆の手で、自分のポシェットをガサゴソと探って、薄桃色の折り財布を取り出す。


「わたしが奢ってあげるよ!」


「えっ、いいの?」


「いいよ〜♪」

「でも、その代わり条件があります!」


モカは人差し指を立てて、何かを企む笑みであたしを見ている。

なんだか嫌な予感がする…


「どんな条件…?」


あたしは恐る恐るモカに聞く。


「えーとね、唯香は、わたしが買ったものをあーんしてもらって食べるの!」


「やだよ、恥ずいし…」


「えー!即答!?」


アブソリュートで活動が始まってから、あたしはこの2人と過ごしていく中で、あらゆることに対して角が立つ言い方をしなくなったと思う。

なんというか、自分でも丸くなったという自覚がある。


だけど、こればっかりは別の話。

あたしは、今までクールなキャラでやってきたつもりなので、いくらチームの仲間とはいえど、いくらチーム最年少とはいえど、ここでモカの条件を飲んでしまったら負けな気がした。


「しょぼぼーん…」


あたしに断られたのが余程ショックだったのか、モカは財布の口を開けたままその場にへたり込み、いかにも口に出して言うのにはおかしいセリフを口に出していた。


「しょぼぼーん…」


なんだか、そんなモカの姿を見ていると少しだけいたたまれない気持ちになる。


「わかったよ、1回だけでいいなら」


「ほんと!?やってくれるの?」


「いいよ」


「やったー!」

「それじゃ買ってくるねー!」


本当は、奢ってもらうのはあたしで、喜ぶべきはあたしのはずなのに、何故か奢る側のモカが嬉しそうに小走りでポテトの売っている屋台へ向かっていった。


「唯香、『1回だけでいいなら』は薬物中毒者の常套句だね」

「これは、もしかしなくても、モカにあーんされる中毒になるのでは…?」


「さやか、それはないから」


「モカ、唯香と一緒に居るときすごく楽しそうなんだよ」

「これまで2人で活動してきたけど、多分モカにとってはアブソリュートで活動している今が一番楽しいんだと思う」


「その言い方じゃ、さやかと2人でやってた頃はつまらなかったみたいで、素直に喜べないんだけど」


「そうじゃないよ、確かに今までのモカも楽しそうに歌っていた」

「でも、なんて言うんだろう…唯香と出会って、モカと私の中で『越えなければならない壁を知ることができた』っていうのかな」

「ただ楽しいだけの歌じゃなくて、もっと高いレベルを目指すことで知ることのできる歌を楽しめているんだと思うよ」


「あたしが『越えなければならない壁』?」


「そうだね。今までモカと私は、歌やダンスを楽しむことしか知らなかった」

「だけど、唯香はアイドルを始めて日が浅いのに、誰にも負けないようにずっと高みを目指して取り組んでいる」

「唯香のそういう姿に、私たちは日々感化されているんだよ」


さやかがあまりに真剣な眼差しで『あたしに感化されてる』なんて言うから、なんだかこそばゆい。


「高みかぁ…確かにそうやって張り詰めてやってるかもね」


「だから、必ずこのメンバーでアイドルとして絶対的な存在になりたい」

「とにかく、私はアブソリュートのメンバーであること、唯香とアイドル活動をできていることを誇りに思ってるよ」


「そっか、ありがと」

「…でも…」


「お待たせー!買ってきたよー!」

「おじさんがサービスしてくれて、もうポテト祭りだよ〜!」


あたしがさやかに言いかけた言葉を、モカの声が遮る。

モカは、紙コップに溢れんばかりに入った山盛りのポテトフライを3つ抱えて帰ってきた。


「じゃあ唯香〜、わたしが食べさせてあげるから、おいで♡」


「やっぱりやるのか…」


「だって〜そう言う約束だったでしょ?」

「はい、おいで♡」


「さて、そんな高みを目指し続ける唯香さんの可愛い姿を拝ませていただきましょうか」


さやかは神に祈るかのように手を合わせ期待の眼差し。


「さっきさやかが少しでもカッコいいと思ったあたしの感動を返してくれない?」


そうこうしているうちに、モカはポテトフライをケチャップにディップして準備万端だ。


「さあ、大人しくわたしの手から食べるんだよ〜」


今まで全く気になっていなかった周りの視線が、急に気になり出した。

ってか、あたし達めちゃくちゃ周りから見られてない?


まあ、そんなことはさておき。

この1回を終わらせてしまえば、あとのポテトはあたしが自由に食べれる。

それなら…!


「はむっ」


意を決して、モカの伸ばす手からポテトフライを一口。

あつあつでホクホク、油分と塩気が恥ずかしさを紛らわせてくれた。

よし、これでこの美味しいポテトフライはあたしのものだ。


「…!」


なにやらモカは声にならない様子で目を輝かせている。

その横でさやかも評論家の如く腕組みしながら、こくこくと頷いている。


「あ、ちょっと待って、唯香動かないでね」


「え?なに?」


モカは、自分のポシェットからハンカチを取り出すと、あたしの口を拭ってくれた。


「ケチャップ付いてたから」


「あ、そゆことか、ありがと」


「…!どういたしまして!」

「はぁ〜♡」


モカはご満悦の様子。


「ふむ…我がユニットメンバーながら、これは『尊い』というやつだね」


さやかも凄く楽しそうだ。

まあ、あたしが少しだけ恥ずかしい思いをして、2人が楽しめたのならそれはそれで良かった気がする。


「結局、さやかが言ってたみたいな中毒にあたしはならなかったわ」

「それじゃ、あとはあたしが貰うってことで」


モカが抱えていたポテトフライの紙コップを1つ持っていこうとすると、モカが避ける。


「なんで避けるのさ!」


「ごめん唯香、わたしが中毒になっちゃったかも」

「餌付けられてる唯香があんまり可愛いから…」


「ほらね」


「え?マジで?」


そうして差し出されるポテトフライを、あたしはモカの手から食べるしか選択肢が与えられず…


「『中毒は忽如(こつじょ)として現ずる』といったところか…」


「さやか、意味分かんないこと言ってないで早くモカを止めてー!」


「まだまだあるよ〜、いっぱい食べてね〜♡」


「モカ、私の分も唯香にあげてしまって構わないから」


「さやかもモカの味方かよ!」

「あー!もうどうにでもなれー!」


これは空っぽになるまで地獄のポテト祭りになりそうだ。





ーーーでも、あたしは…


" あたしは、モカとさやかに『楽しむこと』を教えてもらったんだよ "


言えなかったその言葉を、いつか2人に伝えられるといいな。





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