第9話

「さぁ、いい加減認めたら……」


 尋問官が拳を振り上げた時、取調室の扉が開いた。


「もういい。彼の身辺調査結果があがった。彼は限りなくシロだ」


 オールバックに髪を固めた三十代程の男が、荒ぶる尋問官に伝えて肩を叩く。つまり俺の供述の裏が取れたということだろう。


「それに、状況的に彼が前線に出る理由がない。昨日、彼には隊舎に残るという選択肢があった。スパイだとして、わざわざ前線に出る意味がない。もちろんクォーツが彼から何かを聞いて、それから逃げたというシチュエーションも成り立つが、彼の持つ情報レベルでは脅威にならない」


 この人は、俺が言いたいことを代わりに全て言ってくれるつもりなのだろうか。


「……ちっ!」


 尋問官は舌打ちをして、部屋を後にした。あの舌打ちが、スパイを特定できなかったことへの悔しさの表れではないであろうことは、俺の身体が理解していた。


「ひどい目にあったな」

「いいえ……」


 オールバックの男性は俺の拘束を解くと、ついてくるように指示をした。


「そこで待ってくれ」


 俺は通路の真ん中で待たされたが、静かに彼の後を追う。曲がり角で聞き耳を立てていた。


「ジークを連れてきました」

「よし、通せ」


 またこちらに戻る足音がしたので、俺は急いで元の状態に戻る。


「さぁ“ジークくん”、こちらへ」

「……はい」


 その一言で、今この場に居る俺の扱いや程度が、少しだけ理解できた気がした。


 案内されるまま、部屋に入る。先程の取調室とはうって変わって、テーブルとソファーがある普通の部屋だった。


「失礼します」


 手招きされるままソファーに腰かける。


「やぁはじめまして。私は防衛大臣のオオトモだ」


 ネクタイを緩めて、くたくたのシャツを着た中年の男が煙草を吸いながらそう名乗る。


「私は龍伐隊、総司令のビンセント・ナツキという」

「存じております」


 白髪交じりで、堀の深い顔の造形。所謂イケオジという奴だ。物腰は柔らかく、二人ともこちらに対し最低限の敬意を払っているように感じた。


「手短に済まそう」


 オオトモ大臣がそう言って、一枚の書類を取り出す。人事の書類に見えた。


「先ほど行われた会議で、君の除隊が正式に決定した」


 俺はどう返事をしても結果が変わらないことを察して、ただ頷いた。

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