第6話

「う、うわあああああああああ!!」


 小隊員達は、雲の子を散らす勢いで一斉に逃げ出した。一人、また一人と、ブレスで焼かれ、水晶体に刺し貫かれ、水晶体を纏った剣尾に刺され、斬られ、そして叩きつけられて潰れたトマトのようになった。


 一人の隊員が咄嗟に、“ブレス・シールド”を展開した。龍の防御シールドを模した個人携行用のそれは、シールドとは名ばかりの性能で、爆風や瓦礫と言った人類文明の産物であれば防ぐことはできるが、龍のエネルギー由来の攻撃はシャボン玉の様に貫通する。目下、この装備は高速飛行時に風よけとして使われるのが精一杯であり、防御に使うことはできない。


「いやだああああ!」


 そして、シールドに立てこもった隊員の胴体を、剣尾が刺し貫いた。


 そして、イオの小隊は残り一人になっていた。


 魔龍は最後の一人を追い、胴を掴んだ。


「やめてくれっ!」


 その隊員は当然、命乞いをする。


 魔龍はまじまじと顔を覗き込むと、その隊員の頭上でイオの死体を掴み、握りつぶした。


「な!?」


 同時に隊員を握る力も強め、恐怖による絶叫を促した。そしてイオの死体から滴る血肉を、その隊員の顔に押し付けた。


「止め……何を……」


“ごくん”


 と、彼は確かにイオの血を口に含み、飲み込んだ。何かが脈打って、血に染まる魔龍の腕の向こう、白亜の胴に吐しゃ物で絵を描く。


「う、おおおおええええええ!!」


 胃の内容物を全て吐き出した黒髪の青年は、涙目になっていた。早く殺してくれと、そう願っていた。


 魔龍はイオの亡骸を噛み砕き、飲み込んだ。


「!」

「どりゃあああ!」


 魔龍が咄嗟に、再度左腕に水晶体の刀を生成し、構えた。その構えに向かって超高速で飛行する炎の矢が衝突した。


「そこまでよっ!」


 矢の正体は赤い髪の少女、もとい女性だった。


 スレイ・グラディア。最前線部隊の隊長である。防衛ラインの龍を処理して、駆け付けたのだ。


 魔龍はジークを手放し、スレイを弾き飛ばして自身の水晶体へ向けてブレスを吐く。


「!」


 身構えるスレイを包むようにして、ブレスのシャワーが襲い掛かる。


「へぇ……!」


 スレイは兵器“ファンタズマ”を有する騎士である。それは魔龍の固有能力を活かした状態で生成された兵器で、彼女の持つ刀型のファンタズマ“炎龍”もまた、魔龍を素材にして作られている。


 その“炎龍”から炎のようなブレスエネルギーを大量に放出して、ブレスシャワーの密度が最も薄い部分へ向けて突撃した。


 爆発が生じ、そこからスレイが飛び出して刀を構える。だが既に、白き魔龍は姿を消していた。


「……鮮やかな引き際、ね」


 スレイは血に染まる青年を見て、問う。


「ねぇ、イオって子を知らない? 新人で、確か金髪で……主席卒業の」

「いや隊長、先に保護っしょ。血だらけっすよコイツ」


 筋骨隆々の大男が飛んできて、青年を抱きかかえた。


「カクライ、その出血じゃもう、助からないでしょ」


 カクライと呼ばれた大男は、青年の身体をまさぐった。


「こりゃ……コイツの血じゃあないっすね」

「じゃあ……」

「イオのです」


 青年は力なく答えた。


「!?」

「イオ、ウルフラムの血です……」


 スレイはすました様子で重ねて問う。


「貴方、名前は?」

「……俺はジーク。ジーク・フリードリヒです」

「そう……他の隊員は……」


 スレイは眼下の街の騒ぎや、ビルの壁面にこびりついた“隊員だったもの”を見て、察した。


「って、こら、起きるっすよ!」


 ジークの意識は、そこで途切れた。

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