第13話 みなと祭り二日目

「人がたくさんね」


「そりゃあまぁ、市のお祭りですからね」


 みなと祭りのメイン会場は、駅前ステージと海岸通り。

 海岸通りを踊り抜けて、最後に駅前ステージでラストの踊りを披露して終了。海岸通りではだいたい10回ぐらい繰り返し踊り、ラストの駅前ステージで一回。何が言いたいのかと言うと、踊る側は結構体力を使うのだ。

 そんな踊りが行われている裏では、普通に露店が開かれている。その露店がメインになっているのが商店街の通り。

 希はええじゃんの踊りの撮影は裕美に任せて、商店街の通りの方を栞と歩いていた。


「そこの脇道から、ええじゃんのスタート位置に出られますよ」


「どうせみるなら、ステージのがいいわ」


「わかりました。それじゃあこのまま、商店街通りを歩きましょうか」


「えぇ、よろしくね」


 栞と並び歩き屋台を見て回る。

 屋台を見る栞の目はどこか輝いていた。


「もしかして屋台を見るの、初めてですか?」


「そうね。必要な時にしか、外出しなかったから」


「へぇ、ってことは基本、ずっと絵を描いていたとですか?」


 栞は希の言葉に頷き、だってと言葉を続けた。


「お祭りは好きな人と行くものでしょ? だから行ったことないわ」


「え……っと、家族と行っても一人でも、良いと思いますけど」


「小学生くらいまでなら、家族で行くのも悪くないと思うわ。一人で行くくらいなら、イラストを描いてるわ」


「そうですか。……ちなみになぜ、お祭りは好きな人と行くもの、とお考えに?」


「? マンガだとそうじゃない」


 栞は小首を傾げる。

 確かにマンガだと、好きな人や恋人と祭り行くと言う描写はあってもおかしくない。 しかし一人で行ったり、友達と行くなども、別におかしくはないだろう。その事を栞に主張しようかと、希は思ったがやめる。たぶん栞には些細な問題であり、それを指摘するのは無粋ことだと思い直した。なので、栞に同意を示すことにする。


「確かに、そうかもしれませんね」


「でしょ?」


「はい。ま、取り敢えず、楽しみましょうか。何か気になる屋台とかありますか? たこ焼きにりんご飴、たい焼き、焼きそば、人形焼き、お好み焼き、たい焼き、フライドポテト、唐揚げなどいろいろとありますよ」


「たい焼きが二度もでなかった?」


「気のせいじゃないですか?」


「そう? ……なら、たい焼きが食べたいわ」


「じゃあ行きましょうか」


 たい焼き屋の屋台を見つけ、店主に声をかける。


「すみません」


「いらっしゃい」


 値段は一匹120円で、味があんことカスタードがある。五匹買うと500円になるようだ。


「あんこ3個、カスタード2個でお願いします」


「はいよ! 500円ね!」


「ありがとうございます」


 500円を手渡し、お礼を言ってたい焼きを受けとる。たい焼き屋の屋台を離れて袋を開ける。


「たくさん買ったわね」


「これくらい余裕ですよ。さ、どっち食べます?」


 中が見える様にして手に取るように促す。


「じゃあ、あんこを一つ貰うわね」


「どうぞ」


 栞はあんこのたい焼きが入った袋から一個手に取り、一口食べる。希はカスタードのたい焼きを一個取り出し食べた。


「美味しいわね」


「食べ歩きにも、ちょうど良いですからね」


「それは?」


「見ての通り、カスタード味ですよ」


「すきあり!」


 栞に中の具が見えるよう差し出すと、栞は希のたい焼きをかじる。


「なっ!」


「ふふっ、こっちも美味しいわ」


「そんなことしなくても、もう一個ありますが……」


「ノンノン。希のだから意味があるのよ」


 何食わぬ顔で、自身の残りのたい焼きを食べる栞。


「まったく、なんですかそれ」


 希も残りを食べてしまう。


「どう? 間接キスした感想は」


「っ!? ちょ、何言うんですか」


「けど、ホントのことだよ」


 栞の言葉に驚き動揺するが、希はすぐに平静を装う。


「そうですね。けど、それだけです」


「むぅ……手強い」


「いったい何を基準に言ってるんですか……」


 希はあんこのたい焼きを一個取り出し、かじりながら栞に訊ねる。


「ライトノベル好きな希なら、このシチュエーションは刺さるはず」


「あいにく、そこまでチョロくないですよ」


 とは言うが内心ドキリとしたのは嘘ではない。栞の狙い、ライトノベルの再現はそこまで悪くなかった。特に間接キスを意識させるところとか。

 けれど、食べ物のシェア自体は日常生活でよくあること。栞の歓迎会でやった鍋みたいに。なので結果として、恋を意識していない希には効果は薄かった。


「さて、と。残りは後で食べるとして……他にも見て回りますか、お嬢さま」


「えぇ行きましょう」


 祭りの様子を撮影しながら二人で歩く。

 しばらく歩いていて気付く。よく見ると栞の表情がうつらうつらしている様に見える。そう言えば、栞は徹夜明けと言っていた事を思い出す。


「お嬢さま、座れるところで少し休みましょうか」


「うん……そうする」


 栞の手を取り、空いているベンチを探して二人で座る。行き交う人をぼんやりと眺めながら、栞が話し出した。


「お祭りって、イラストの参考になるわね」


「今まで描いたことなかったんですか?」


「あるわよ。ただ今までは、ネットに上がっている写真とかを参考に、イメージで描いてたわ」


「なるほど。そりゃあ、実際に体験しているのと、そうでないのでは、結構違いが出そうですね」


「参考になる程度よ。結局のところ私は、イラストを描くのが好きなの。だから、描いて結果を示すしかないの」


「へぇ、そう言うものですか。……そう言えばお嬢さまは、どういう系統のイラストが好きなんですか?」


「一番好きなのは、やっぱり可愛い女の子ね。描いていて楽しいわ」


「それはモデルがいたりするんですか?」


「普段のイラストにはいないわよ。お仕事の時は、依頼書があるから、それを基にかな。それ以上は、秘密よ」


 栞は口元に指を当てシーっと言う。希もそれ以上は聞くつもりはなかった。

 希がこの後どうしようかと考え始めたところで、栞が寄りかかってくる。耳を澄ませると寝息が聞こえてきた。

 希は栞が起きるまで待っていようと、自身の膝を枕に栞を寝かせると、ポケットの中に入れていたライトノベルを取り出し読み始める。



 どのくらい時間が過ぎただろう。膝枕で寝ていた栞が目を覚ます。


「ん~」


「お目覚めですか、お嬢さま?」


 希は読んでいた本を閉じ、栞に声をかける。

 栞は目を擦りながらゆっくりと上体を起こしていく。


「希……私、寝てたの?」


「そうですね。まぁ徹夜明けですし、眠くなるのも当然かと」


「そうね」


「素材も撮れてますし、帰りましょうか」


「ん……そうする」


 こうしてみなと祭り2日目を終えるのであった。

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