第9話 裕美の推測
「で? 希はどうしたの?」
「どうしたの……って、ご自由にで終わったけど?」
あの日から数日経った放課後の生徒会室。掲示物の制作は無事完成して、現在掲示している。
今何をしているのかと問われると、特に何にもしていない、と言うのが正しい。しいて言えば、生徒会長の裕美と駄弁っていた。あの日の後、ツムギ荘に戻ってからの出来事を裕美に話したところであった。
「なんでそれで終わっちゃうの!?」
「うぉ、びっくりした……何?」
裕美が急に大きな声を出し、希はそれに驚く。裕美の意図が読み取れず、希は首を傾げた。
「キミさぁ、告白されているんだよ? それなのに、返事をしてないんだよ。最低だね」
「けどさぁ、なんか実感ないんだよね。なんで俺なんかを好きなんだ?」
希は、人をラブの意味で好きになった経験がないので、恋愛と言うものをよく理解出来ていなかったのだ。正確に言うと、ラノベなどの物語で読む分には理解出来るが、自身の事となるとてんで分からずにいた。そもそも希は、あまり人付き合いがうまい人間ではない。なので好意を向けられても、どうすれば良いか分からなかった。
「くっ! このコミ障のネガティブおバカ!」
「コミ障は認めるが、ネガティブではないだろ」
「どうだかなあ……。まあ今はいいわ。それより、ちゃんと返事はしないとダメでしょ」
「いやいや、正確に言うと、ちゃんと答えはしたよ? 『ごめん、俺には恋はわからない』って」
「じゃあ栞ちゃんはなんて?」
「『大丈夫、私の事、好きにさせてみせるから』だって。だから、ご自由にで話が終わったんだよ」
「何その返し!? って言うか、その状態で仕えてるの!?」
「そうなるな」
「恥ずかしくないの?」
「そりゃあまぁ、それなりには。けど、会長の指示だし、世代交代するまでは、まっとうしないとねぇ」
「変なところで律儀……って、あれ? 栞ちゃんからのアプローチないの?」
「まったく。だからこちらも、対応変えずに、寮内ではお嬢さまって言って、接しているし」
好きにさせてみせるって、いったいどうするつもりなのだろうか? 希は自分の事ながら、どこか他人事ように感じていた。
「ふ~ん。なるほどねえ。なんにせよ、私からすれば、いい娯楽だね」
「俺はおもちゃ扱いかよ」
「どちらかと言えば劇場、舞台だね。希を取り巻く青春の行き着く先。キミの青春にラブコメは成立するのか、って感じかな」
「それは、ちゃんと物語になれば、少し面白そうだな」
「面白そうだな、って希自身の事だよ」
「あぁだから、楽しんだもん勝ち、だろ?」
「希がそれでいいなら、まあいっか。なんにせよ、私は最前列で楽しませてもらうよ」
「そう言えば、希の思い出の子、二人いたんだって?」
「ん? あぁ、写真見せて貰って、三人で写ってた」
「ふ~ん。それって私たちが出会った、小学生の頃より前の話でしょ?」
「……何が言いたい」
「いや、ね。希ってほんと、人の名前とか覚えて無いよね」
「印象はそこそこ覚えてるけど、顔と名前はなかなか一致せんな」
「ほぼ覚えてないじゃんそれ」
裕美は苦笑いながら言う。
人の名前を憶えられないのは、結構気にしてるのだが、まぁ事実なので希は甘んじて受け入れる。
「一応確認するけど、ゆかりって子、知ってる?」
「ん~、ゆかりねぇ。そりゃ何人かいるけど、君が聞きたいのは暁ゆかりってことでしょ? うちの学校で暁って名字は、栞と暁先生くらいだよ」
「だよなぁ」
「そもそもなんだけど、希は何が引っ掛かってるの?」
「それが分かれば、こんなモヤモヤしとらんのんよ。ただねぇ、何か違和感がある……」
「なら様子見するしかないでしょ?」
「そうなんだよなぁ」
「まぁ仮に、栞ちゃんが何かを隠しているとして、乙女の秘密にずけずけと、男が入ってくるもんではないよ」
「そこまでデリカシーが無いヤツではないぞ。まぁ、そのうち分かるか」
何にせよ現状、情報が少ない。なら普段通り生活を続け情報を集めるほかない。そうすればいずれ分かるような気がする。
「まあいいや。そろそろいい時間だし、寮に帰ろうか?」
窓の外を見ると日が暮れ始めていた。
「そうするか」
二人で机の上を片付け戸締まりをする。
生徒会室を出て裕美はポツリと小さな声で呟く。
「私はもう一人の子は、本姫ちゃんだと思うんだけどなぁ」
その裕美の言葉は、希の耳には届いてなかった。
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