第39話

ゴラの軍船は5隻。海流に乗ってすぐにボアーノに到着した。あえての、夜。

ゴラはボアーノの支配下に置かれていた状況でも、決して逆らうことをしてこなかったのだろう。それはきっと、この日の為だったのだ。

ゴラの軍船から兵士に紛れてホリン、ルーヴァ、ユーテル、ガントに加え、どうしても参加すると言ってきかなかったリーディスとアゼルが城下に。実にスムーズに移動ができた。

南に着岸した船着き場から、ホリンはリーディスとともも東門へと向かう。

さほど賢い方ではないが、今回ばかりは地図を頭に叩き込んだ。

ゴラ兵士の中に紛れて拝借していた彼らの制服を脱ぎ、闇夜に溶けるように身を隠す。懐中時計を見て、作戦開始の時刻を待った。

東門のホリン、リーディスとは反対に、西門に向かったのはユーテルとルーヴァ。

ガントとアゼルは船を降りてすぐ、そのままゴラ兵士の振りを続けて待機した。

なお、船内にはユフィールとザベルが待機していて、セレーヌ、エーディン、ルトーはゴラ国内で匿われている。

「巻き込んでしまってすまない」

時間を待つ間に、ボソリとリーディスが呟いた。

彼女の視線は大通りを行き交う兵士に向けられている。

ホリンもリーディスの顔を見ずに返した。

「いえ。最初に助けてもらったのはこちらですし」

できることがあるなら力になりたいし、関わるなと言われればそちらの方が傷つく。

気になるのは片腕の状態で大丈夫なのかということ。

それを尋ねれば、

「今回の策でいけば問題ない」

と答えた。

リーディスの役割はボアーノ兵士を城下から引き付けること。

それは反対側のルーヴァも同じである。

城下に住む住人に被害が及ばないようにするためだ。

東西の門の外は広い森。

西側には闘技場があるが、すでに使われていない。

森の外にはゴラ軍を配備。

同時に、ホリンとユーテルは地下道を通って城内に侵入し皇帝を捜索。

地下道にもボアーノ軍はいるが、数は多くないという。

リーディス、ルーヴァがボアーノ軍を城下から引き離し、手薄になったところで、ガント、アゼルは城の裏手にある牢獄へ向かう。ここにウォルカがいるのも確かな情報だ。

アゼルはまだ解毒が完了していない。動き回ればそれだけもとの毒が再び体に回るだろう。

交戦は避けつつ、ウォルカを船まで連れて来る必要があるのだ。

作戦開始まであと……



外の騒がしさにウォルカがうっすらと目を開ける。

どうやらまた気を失っていたらしい。

殴られた頬が痛み、口の中は血の味がした。

何故殴られたか、もう覚えていない。

覚えていないが、外がこんなにも騒がしいのは初めてのことだった。

牢の入り口で叫ぶ声がするが、会話の内容は把握できない。

まさか、兄たちが助けに来たのだろうか。

そう思って痛む体を起こすと同時に、暗い牢獄に明かりが入って来た。

「畜生!ここも随分手薄じゃねえかよ!どこに消えやがった!」

叫ぶ声はペグノバーニ。その後ろに大きなズイールが歩いていた。

兄でも、アゼルでもないその光景にウォルカは絶望する。

終わった、と。

外の喧騒からは手薄とは思えないが、何か戦いが始まったことは間違いないようだ。

だとすればそれは兄たちがやって来たということ。

このまま彼らに連れて行かれたら……

自分の不甲斐なさを呪う。

一人で生きられもしない体で、生きているべきではなかったのだ。

「ま、このお坊ちゃんさえいればなんとかなるか」

自害できる何かさえ持たないのが恨めしい。

敵を睨む気丈さも、もうウォルカから消えていた。

しかし、ペグノバーニに腕を掴まれた瞬間。

頭に生温かい何かが降ってきた。

それがペグノバーニの血であることも、何が起こったのかもわからずウォルカはただ茫然とする。

ペグノバーニに代わってズイールに腕を掴まれ、そのまま肩に担がれた。

見れば、ペグノバーニは首をかき切られていて即死の様子。

何故。

問いたくても恐怖で声が出ない。

牢獄の外に出ると遠くで聞こえる銃声と駆け足で行きかうボアーノ軍の兵士たち。

ジェルフの元へ連れて行かれると思ったウォルカだが、ズイールは立ち止まった。

そして。

「ウォルカ様!」

聞き慣れた声が聞こえた。声の方に目を向けると、アゼルとガントの姿。武器を構える二人。

緊張感が走るが、驚いたことに、ズイールはウォルカを優しく地に降ろすと背を向けて北の方へと消えて行った。

「……??」

何故かは皆目わからない。

分からないが、助けてくれたのだろうか。

頭が整理しきれないが、すぐウォルカの体はアゼルに背負われていた。

「ウォルカ様、このまま南の船まで走ります。」

「う、うん」

アゼルの温かい背中に、ウォルカは涙が出そうになる。

無事だった。

ひとまずは安心だが、まだここは敵陣と言える。

先をガントが走り、ウォルカに気づいたボアーノ兵士をなぎ倒して行った。




「ふん、城下から兵士が減っているか。そんなのは構わん構わん」

ジェルフは嬉々として城の中から城下の様子を見ていた。

城下の東西で始まった今回の騒ぎ、ユーテルに違いないと思えばこそ、心も踊った。

その姿を早く見たいものだが、地下通路を通ったのかまだ見えない。

「ゴブワード、例のものを放つ準備はできているな?」

「はい。大ホールの方にまずは一つ。」

「よし、見せてみろ」

ゴブワードの後に歩き、言われた通り大ホールに行けば大きな檻に入れられた…化け物。

人の形はしているが、大きな牙ととがった耳、血のように赤い眼はかつて生きていたとされる吸血鬼に酷似している。

「吸血鬼か。」

とジェルフが問えば、

「いえいえ、純粋な吸血鬼じゃあありませんよ。吸血鬼の特徴をある方法で人間に組み込んだだけの贋作です。変身能力はありませんしね。ただし、脚力、跳躍力は文献の通りに再現できましたかね」

かつてこの世界に存在したとされる魔力。

しかし今はもうそんなものはない。あるのは科学だ。

どういった研究内容を持ってすればこんな化け物を創れるのか、ジェルフにはわからないが、武器になってくれるのは助かる。

「すぐに外に出せ。」

「この化け物、こちらの言うことなぞほぼほぼ聞きませんが?」

「構わんよ。」

自軍にも被害はあるだろうが、敵も相当なパニックにはなるだろう。

それでいい。

兵器はもうひとつある。それは城内待機だ。

「では、安全な所へ避難して下さいませ」

ジェルフは無言で二階へ上がった。

それを見届けたゴブワードは城の大扉を開け放ち、吸血鬼の檻の鍵を開ける。

自由になった吸血鬼はもうスピードで城下町へと消えて行った。



解毒の治療を施されたとはいえ、やはり完治はしていなかった。というより、相当に厄介な毒だったせいか、ウォルカを背負って走る、それだけでみるみる内に毒がまわってしまう。

もう少しでユフィールのいる船に着くという所で、遂にアゼルの足が止まった。

「アゼル!大丈夫か!」

父が駆け寄り、

「アゼル···」

心配そうなウォルカの声。

アゼルは背負っていたウォルカを父に託す。

「先に行って下さい···必ず、追いますから」

荒い息づかいのアゼル、一人残すのは心配ではあるが、本来の目的の一つはウォルカの救出である。

ガントは一瞬迷ったものの、

「わかった。送り届けたらすぐにまた来る」

ガントはそう言って走り出した。

幸い、ボアーノの兵士はこの辺りにはいない。

15分、いや、10分程度あれば戻って来られる。

どうかそれまで無事でいてくれ、と願うばかりの父であったが、生憎と不穏な影がアゼルに迫っていた。

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