第38話
「勝手に治療なんてしてよかったんですか?ズイール様。」
「こいつは誰の所有物でもない。構わないだろう。」
「そうですね。まぁ、言うほど私は気にしていませんが。」
聞き慣れない声で、ウォルカは眼を覚ます。いつのまに意識を飛ばしたのかは覚えていなかった。
「それより、治療に変な真似はしていないだろうな、ゴブワード。」
「なにをするっていうんですか?医学の腕には自信を持って生きて来たつもりですが。第一、そこでずっと見てらしたでしょうに。」
「何もしていないなら、いいんだ。」
低い声と、やや高いしわがれた声。名前はズイールとゴブワード。声を出そうとしたが、出せない。頭はまだ少しぼんやりしているようだ。
「麻酔はいつごろ切れる?」
「さぁ。早ければもう十分ほどで。」
「そうか。終わったならもう行くぞ。」
「はいはい。」
麻酔…、だからこんなにも瞼が重いのかとウォルカは理解する。
足音が二人分、遠くなっていくのを聞いた。
(……温かい………。)
肌寒かったはずの地下牢。手には厚く柔らかい毛布の感触があった。
腕の痛みも引き、この毛布の温かさに任せるとウォルカはすぐに眠りに落ちる。
しかし目を覚ますと、またペグノバーニの責め苦は繰り返された。
まずは小舟を出して、ユフィールが単身でゴラの南海岸に向かう。
事前の情報に反し、そこにはボアーノの軍船が数隻停まっていた。
まずい。
判断を誤ったか。
と、引き返そうとした時にゴラの巡回船がユフィールに近づいてくる。
心臓が早鐘を打ち、懐の銃を探ってその動向を伺った。
「ユフィールさん!」
ユフィールの殺気は見知った顔を見て剥がれ落ちる。
巡回船に乗っている彼はコーガ忍隊の一人。ソロアという。
「良かったです、ここに来てくれて。ユーテル様たちもどうぞ着岸させてください」
「その前に、あのボアーノの軍船はなんだ?」
「ボアーノは皇帝に忠実な部下なんぞおりません。ゴラ国王により、あれも既に懐柔済みです」
「···なるほど」
知略王。確か幼い王子を人質に取られていたはず。
打倒ボアーノはクラーニだけの悲願ではないのかもしれない。
だとすればまずやることは。
「ソロア、ゴラ国王と謁見できるか?」
「もちろん。国王も今かとお待ちしておりました」
ゴラ国内でのボアーノに関する情報収集がソロアの役目であった。
「国王が?」
「はい。ボアーノが動き出した情報は懐柔したボアーノ軍からつい二日前に入りました。ユーテル様たちがボアーノに入るための手引きが必要なら協力したいというのが国王の意向です。手紙を出すより海上を探した方が早いと思い、こうして探していた次第です。」
「待て。いつの間に国王とそこまで近しくなった?」
「私がクラーニの人間であると、随分前からマークはされていたようです。ボアーノが動き出したことにより、国王から呼び出しの令を受け、今に至ります」
要するにその報告をする間はなかったのだとソロアは言う。
結果的にはゴラを選択して正解だったわけだ。
すぐさま、ソロアに先導されてユーテルたちもゴラ国内に入ることができた。
ユーテルたちの入国は素早く国王に伝達されたらしく、城の応接間に通された時はすでに国王の姿があった。
黒々とした髭を携えた威風堂々とした姿。しかし目には濃いクマが見て取れる。
彼は一行に一礼すると、よく通る低い声を発した。
「ゴラに立ち寄っていただけたこと、心より感謝いたします。もっときちんとしたもてなしをしたいところだが、時間がない。」
国王の言葉を聞きながら、ソロアが机に地図を広げていた。
ユフィールが見るとそれはクラーニの城下の地図だった。
ただの地図ではない。
手書きの朱字で書かれているのは、ボアーノ軍の見張りが立つ場所。交代時間まで書いてある。さらに城の裏手にはクラーニ時代にはなかった地下牢。城の真下にあたる地下にもなにやら部屋が設けられていた。
他にも地下通路の増設、地下通路の出入り口など。
ありがたい情報だ。
「これはボアーノ軍から聞き出した情報を書き込んでおいたものだ。どうか役立ててほしい」
役立つどことか、宝を得た心境だ。ユフィールは丁重に国王に礼を述べる。
「ありがとうございます。しかし、ボアーノ軍の懐柔とは、具体的に何を?」
これだけの情報を得るに、何を行ったのか。ユフィールは純粋に気になった。
「ボアーノはどうやら労働環境が相当悪いようだ。良質な食事に酒、まとまった睡眠。これらの保証をしてやる。あとは信頼だな。ほとんどこれだけだ」
「そうですか」
なかなか、敵であったものを味方にするのは勇気が要る。裏切りを恐れるからだ。これだけと言うが、信頼に関しては誰にでもできることでもないとユフィールは思う。
「ボアーノからは援軍の要請を受けています。その中に紛れて行けば、城下まで行けるでしょう。ゴラは貴方たちを助けるよう動く。どうかボアーノを倒してください」
深々と礼をするゴラ国王。
「もちろんです。ご協力、感謝します」
強い意志を持って、ユーテルは礼を返した。
「確か、国王のご子息が人質として囚われていたはず…」
ならば一緒に助けだそう、とユフィールが言い添える前に、ゴラ国王は首を横に振った。
「その必要はない」
暗く沈んだ声。
「何故?」
ユーテルの疑問に、ゴラ国王は声を絞り出した。
「もういないからだ。すでに死んでいる」
ユフィールもユーテルも絶句した。
まだ幼かった王子。事故か、病死か、それとも…
「ボアーノ軍が知っていたのは、餓死であったということだ。殺されたも当然。しかも、ボアーノは息子の死をずっと隠している。息子の無事を信じている私をあざ笑っているのだろうな」
口惜しそうに国王は拳を強く握る。
そして続けた。
「ボアーノが憎い。必ず倒してください。…必ず……そのためなら、どんな協力も惜しみません」
国王の背が震えている。
零れた涙に、ユーテルはもう一度打倒ボアーノを誓ったのだった。
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