第31話

壁に重量感のある鈍い音を聞いて、エーディンは目を覚ます。

(…ルーヴァの部屋からかな…)

注意深く耳をそばだてるが、同じ音が聞こえて来ることはなかった。

時計を確認すると夜中の3時を過ぎた頃。気のせいかとも思ったが、ルーヴァに何かあったのかもしれないと思うと落ち着かなくもある。

2段ベッドの上段で寝ているセレーヌを覗くと、音には気付かないようでスースー寝息を立てて眠っていた。

時間が時間だけに、ルーヴァを訪ねるのは気が引けたが、音の正体は確認しておかなくてはならない気がしてセレーヌを起こさないようにそっと部屋を出た。

すぐ隣の部屋のドアの前に立ち、ノックをして声をかける。

「…ルーヴァ?今大きな音がしたけど、何かあった??」

夜中なのであまり大きな声は出せないが、中にいる人間には聞こえるくらいに声を張る。

ルーヴァの部屋からは反応がない。その後も数回ノックしたが、声は返ってこなかった。

(寝てるのかしら…。でも……)

なにか釈然としないものをエーディンは感じた。あれだけの音がしてルーヴァが気付かないとは思えない。かといってルーヴァ本人が音を立てたのだとしたら、やはり返事がないのはおかしい。

(合鍵、持ってるのはユフィール先生よね…)

エーディンは迷ったが、ユフィールと副船長の部屋へ向かった。二人とも寝てると思ったが、部屋からは薄く灯りが漏れていることにエーディンはほっとする。

「夜分すみません。ユフィール先生、起きてらっしゃいますか?」

ノックをした後、声をかけるとすぐにドアは開き、ユフィールが姿を現してくれた。

「エーディン?どうした、何かあったのか。」

「良かった…。…いつもこんな時間まで起きてるんですか?」

「いや、たまたまだよ。考え事。それより、女性が一人で男部屋に来るのは感心しないが…?」

ユフィールはそう茶化したが、朝から深刻な顔をしていたのをエーディンは知っている。

「あの、ルーヴァの部屋から大きな音がして気になって…。ノックしても返事ないし。寝てるだけだったらいいですけど……。」

「大きな音?」

「一回だけですけど…壁を叩いたような音でした。セレーヌは気付かないみたいで寝てるんですが…気のせいとも思えなくて。」

「あぁ。セレーヌには睡眠促進薬を渡してあるからな。朝までよっぽどの事がなければ起きないだろう。…分かった、合鍵で入ってみよう。」

そう言うと部屋の奥からマスターキーを持ってきた。

「知らせてくれてありがとな。」

と、ユフィールは感謝の言葉を言いつつ、エーディンとともにすぐ近くのルーヴァの部屋の前へ立つ。

ユフィールはノックもなしにカギを開け、部屋の灯りをつけた。

そこで見た光景にユフィールは言葉を失う。

「っ!!ユフィール…っさん!!」

とっさにアーヴィンはルーヴァから身体を離した。予想外の人物にガフとセイゴも呆気に取られる。現れたルーヴァの裸体には紅い斑点が付き、ユフィールは3人の企てを知った。

ただならぬ様子にユフィールの後ろからエーディンも部屋の中を見る。

「ルーヴァっ?!」

身体を解放されたルーヴァにエーディンは自分が羽織っていたカーディガンを掛け、3人から引き離す。

「ルーヴァ、大丈夫?!」

「エ、エーディ…ンさんっ…。」

ルーヴァの顔は涙に濡れ、身体は尋常じゃないほど震えていた。歯の根が合わず、声も発するのが困難なようだった。ルーヴァの恐怖を拭うかのように、エーディンはルーヴァを抱き締めた。

「いやっ、これは…っ……ルーヴァから誘いがあってっ…。」

あるはずのない言い訳にユフィールは顔を怒りに歪ませると、アーヴィンに近付いて腰に下げた銃を眉間に突きつける。

「死ね。」

冷たく言い放つと、銃声と同時にアーヴィンの身体は血を噴き出して倒れた。

「きゃーーっ!!」

鮮血を目の当たりにしたエーディンは思わず悲鳴を上げる。

これに恐怖を覚えたのはガフとセイゴだった。

「お、俺達はっ!ただアーヴィンに手伝えって言われてっ…!」

「そうなんですっ!計画立てたのも、アーヴィン一人でっ!」

涙ながらに訴える二人だったが、ユフィールは聞く耳持たず、

「聞いてねえよ。」

とだけ言って、ガフとセイゴにも銃弾を浴びせた。

「エーディン、ルーヴァに服着せて暖かい物飲ませてやってくれ。フェリスとガントに知らせてくる。」

「は、はいっ…」

ユフィールは部屋を後にして、エーディンはルーヴァの服を出すべく、箪笥を開けた。

「!」

箪笥の中は不自然に服が偏っており、おそらく3人の誰かが、ルーヴァが眠りにつくまでここに潜んでいたらしいことが窺えた。

(後でユフィール先生に言っておかなくちゃ…)

死体のある部屋から早く出たくて、エーディンはルーヴァに手早く服を着せる。その間にルーヴァの震えは少し良くなっていた。

「エーディンさん…、来てくれて、ありがとう…。」

目は真っ赤に腫れていたが、もう涙は流れていなかった。

「ううん。何か飲みにキッチン行こうか。歩ける?」

「うん、平気…。」

ルーヴァはエーディンに手を引かれて部屋を出る。

部屋の外にはすでにガントとフェリスが来ていた。早い、とエーディンは思ったが、銃声か自分の悲鳴で起こしてしまったのだろう。なにやら険悪な雰囲気で話し合っていた。

「有無を言わせずに発砲とは…どういうつもりだ?!」

船員は誰でも公平に扱うガントは、ユフィールの行動は早まったと言い立てていた。

「……死んで当然、それだけの事をあいつらはやったんだ。」

ユフィールは少しも悪びれた様子はない。それがガントを苛立たせているのだった。

「それを決める権利を、お前は持っているとでもいうのか。」

「お前だったら許せるのか?ガント?!」

「まずはフェリスに引き立てるのが筋だろう、違うかっ!」

「じゃ、フェリスはどうなんだ。」

フェリスはさきほどから二人の言い分を黙って聞きながら、額に手を当ててなにか考え込んでいた。

「ガント、もし俺がユフィールだったら…。やっぱり同じ事をしていたと思う。」

「フェリス…。」

「悪いのは、俺だ。ユフィールが再三言っていたように、早くあの3人を船から降ろすべきだった。だからガント、ユフィールの事は責めないでくれ。」

フェリスは後悔していた。3人の問題行動はユフィールから何度も忠告を受けていたにも関わらず、なかなか船を降ろす決心をつけられなかったのだ。こんなことが起きた原因の一端は自分にあるような気がしてならない。

それはガントにも伝わった。

「…フェリスがそう言うなら…分かった。」

3人の話を聞いたルーヴァは顔を伏せる。言い争いは珍しいことではないが、自分が不甲斐ないせいでフェリスまで傷つくことになってしまった。それが悲しかった。

「ルーヴァ、行こ?」

また泣きだしそうなルーヴァを、エーディンは優しく促す。フェリスがルーヴァの様子に気付き、近寄って来て頭を撫でた。

「…暖かいもん飲んで、早く寝て忘れちまえ。エーディン達の部屋、ベッドまだあるから、今日からそこで寝ると良い。エーディン、構わないな?」

「はい。もちろん。」

おそらくもう一人部屋では落ち着かなくなってしまうだろう。ルーヴァが安心して眠れるなら、断る理由などない。

「じゃ、ルーヴァのこと頼むよ。…セレーヌに続いてルーヴァまでエーディンに助けられたな。ありがとう。」

「いえ……。勘を信じて良かったです。」

そのせいで3人命を落とすことになってしまったことに心は痛む。痛むが、同じ女としてレイプは見過ごすことはできなかった。

そこへ、

「姉さん!!」

ホリンが部屋から出て来た。

と言っても出て来たのはホリンだけでなく、廊下でのギガントとユフィールの声で睡眠を妨げられた者達が何事かと部屋から出て来たのだ。そのほか、夜間舵取りや操船を行う船員も、この騒ぎを聞いたようで持ち場を離れられる者は船長の所にやってきた。

この件は明日話をすると言って、フェリス自ら船員に謝罪しに向かう。

「ホリンも、起こして悪かった。もう何もないから休んでくれ。」

「…はい。あ、姉さん、悲鳴が聞こえたと思ったんだけど…怪我はしてない?ルーヴァも。」

「うん大丈夫よ。私達少し飲み物飲んでから寝るから。」

そそくさと歩くエーディンが明らかに何かを知っているとホリンは思ったが、とりあえず怪我はしていないようなので安心した。

(姉さんより、ルーヴァが普通じゃなかったよな…)

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