第23話

闘技場に劇場を満喫したホリンとエーディンは翌日、セレーヌ、ルーヴァとともにデパートにショッピングに来ていた。

デパートは宿から近いところに位置し、コルガ内でも一層高さのある建物である。著名な建築家がデザインしたという外装は直線がほとんどなく、大きな窓枠はドラゴンを模っていた。建築物としても名高いデパートは、連日地元市民や観光客が押し寄せている。

今日も例外ではなく、ホリンとルーヴァは人の多さに少しうんざりしていたがセレーヌとエーディンの女性コンビはうきうきのようだった。

「ねぇねぇ、エーディンさん。服見に行こうよ!その次は雑貨ね。可愛いのいっぱいあるの。」

「そうね、セレーヌに服借りてばかりだったから…少し自分のも欲しいな。ホリンも見て来るでしょ?」

「うん、まぁ…服もだけど、剣欲しいな。もう少しシンプルな装飾のやつ……。」

ホリンがピークス船に乗り込む際、姉の結婚式の最中だったこともあり装飾が派手目な式典用の剣しか持って来なかったのだ。実用としては問題ないのだが、ごたごたした装飾は少々邪魔なのである。船の武器庫にも剣は積んであるが、船での戦闘に備えたカトラスが多く、ホリンが普段使っているバスタードソードはなかった。カトラスは軽くて全体的に小さいタイプの片手剣なので、ホリンは扱い慣れておらず船内の剣稽古でも苦戦していたのだ。

「じゃ、ルーヴァ一緒に見てあげなよ。」

「は?!」

「だってあたしと買い物に行くと長いって、いつもブーブー言ってるじゃない。ちょうどいいからホリン君と買い物してきなさい。あ、お昼はみんなで合流して食べようね。」

1時に1階のレストランに集合で、と言い置きをしてセレーヌとエーディンはさっさと女性用の服売り場のある5階まで上がって行ってしまった。あからさまなセレーヌの気遣いに却ってバツの悪さを感じたホリンだが、生憎今日ルーヴァは男装だ。一緒に男物の服や武器を見るのには違和感がないかもしれない。

「と、いうわけで案内宜しく、ルーヴァ。」

「…分かったよ。」

ルーヴァは盛大にため息をついたが、ホリンは聞かなかったことにして買い物を楽しむことにする。

デパートが開店したばかりの8時半、客層の多くは女性のようで男服売り場は混んではいたものの、ストレスを感じるほどではなかった。ルーヴァの話によると、武器売り場は一日を通して客が少なく、対して服売り場は昼に近づくにつれてますます混んでくるから先に見てしまった方がいいらしい。そんなわけで二人は6階の男性用服売り場に来た。

「おお、広い。一周するだけでも結構な時間かかるな。」

「全部の店入る必要ないだろ。見たいところだけにしてくれ。」

エレベーターを降りて近くにあるショップに入ろうとしてホリンは足を止める。おそらく上流の身分でかつ高年齢層が入るであろう値段とデザインの商品が丁寧に陳列していた。

「安くて若い奴が着るのは奥の方だ。エレベーター付近は体力のないおっさん向けだよ。」

「…確かに…。」

そう言ってルーヴァは足早に奥へ向かっていく。ホリンとしては、アスタルテにはない店内の様子をもう少し堪能したいのだが仕方なく付いて行く。

「ルーヴァは何か買うのか?」

「ん~…。コルガの後は北の方の国に行くって言ってたからコートかな。」

「え?そうなの??」

言われてみて気付くが、コルガの後の行き先を全く気にしていなかった。コルガに居座るわけがないのは当然だ。

「スニークって言ってた。今の時期だとそう寒くはないだろうけど、コートはないときついかな。」

「へ~。俺は行ったことないな。で、どういうコートがいいんだ?色とか。」

「…いや、どういうのってのは考えてないけど。」

「ふ~ん。じゃ冒険して明るいこんな色はどう?」

話しているうちに、値段もデザインも手頃なショップに着き、ホリンは明るいオレンジ色のフェイクレザーコートを手に取ってルーヴァに合わせた。端正な顔によく映えているが、暗めの色を好むルーヴァには落ちつかない。

「おい。自分で探せるから、ホリンも自分の見て来いよ。」

「嫌だ。せっかく一緒に来てんだから選ばせろよな。オレンジ良かったなぁ、グリーンも似合いそう。」

ウキウキとした声で次々とコートを手に取るホリンに文句を言いたくなったが、楽しそうな笑顔を見ているとその気も削がれた。

「分かったから…もう少し派手じゃない色とデザインにしてくれないか…?」

「いや~でもお前発色の良い色似合うよ。とは言っても気に入ったやつじゃないと意味ないしな。このくらいだったら大丈夫?」

そう言ってホリンが取ったのはシャンパンゴールド。裏地はミントグリーンとブラウンのストライプ。燻銀の釦も派手じゃなく凝っている。ルーヴァの返事を待たず、ホリンはそのコートを羽織らせた。

「おっ、いいじゃん。これにしたら?」

「…確かにこれくらいだったら…。でも袖が長い…。」

「そんなのこうやればいいだろ。」

ホリンはルーヴァの手を取るとコートの袖をまくりストライプ柄を見せるようにした。

男同士の買い物のように、意識などせず自然に行った動作だったが、ルーヴァの手が華奢でホリンは動揺する。

指は白く細いのに、剣を握っているマメの跡やタコが痛々しくもある。

(なんか、デートみたいだな、これ…)

「ホリン?」

ルーヴァの方も、不意に触られた手にドキリとした。もちろん顔には噯にも出さない。ように努力している。

(なんでドキドキしてんだ…。)

「コートの他は?何かないか?」

「いや、いいよ。服ならある程度数持ってるから、ホリンの方が服欲しいだろ?」

「本当?じゃ、選んでくれよ。」

ルーヴァはコートの会計を済ませ、ホリンと別のショップへ向かう。心の乱れを隠すように、二人は早足で歩いた。




時刻は11時。

ホリン、ルーヴァは一通りの買い物を済ませてしまった。

手に馴染む剣を見つけるのに時間がかかるとホリンは思っていたのだが、武器・防具の品ぞろえが良く意外にすぐに気に入ったものが買えたのだ。剣闘士が集まるコルガならではといった見慣れない形の武器もあり、ホリンは見ていても楽しかった(ルーヴァが奇形武器の扱いに意外にも詳しかったことも楽しめた一因だろう)。

「あと2時間あるな。どう時間潰すか?」

「エーディンさんがいてくれるからちゃんと時間通りに来るだろうけど…。先に一階のカフェに行ってるか?歩くのにも疲れたし、喉乾いた。」

「…女性ってなんで疲れ知らずに買い物できるんだろうな…」

「さぁ…。セールの時のここは戦場になるからな…。」

そう言いあいながら1階のレストラン街を目指す。

昼食には早い時間だけあって飲食店が並ぶ1階にはまだ人はまばらだった。

「昼からアルコール出す店も多いんだけど、どうする?」

「酒か。ルーヴァが飲むなら付き合うよ。食前酒ってことで。」

じゃあ…とルーヴァが選んだのは多国籍料理の店だ。酒の種類が多い店が好みのルーヴァらしいチョイスだとホリンは思う。

「酒は何でもいけるのか?昨日セレーヌが言ってたけど。」

「酔っちゃえば味は関係ないってだけ。好きなので言えばワインとかシャンパン。あとは老酒かな。」

「ふ~ん。ビールは苦手?」

「苦い。」

ルーヴァが即答した答えが子供っぽいというか、女の子っぽくてついホリンは笑ってしまった。

「なんだよ?!」

「いや、なんでもない。さっさと選べよ。俺は苦いビールな。」

「……っ…。」

メニューには様々なアルコールが記載されている。ビールも豊富な種類が揃っていた。

「ビールってもこんなにあるのか。じゃぁ、アルト。」

「…私はロゼの甘口。」

つまみも適当に選び、注文しようとした時だった。

上階で大きな爆発音がして建物が揺れた。

店の中の客が騒然と始める。

「なんだ?今の?!」

「上の階って…セレーヌとエーディンさんがまだいるんじゃっ…。」

他の客が建物の外へ避難を始める。

客の従業員に避難を指示する放送が流れ、爆発が6階の男性用服売り場で起きたことを知らせた。

「6階って…やっぱりセレーヌ達の近く!」

「でも雑貨も見るっていってただろ?下の階にもう移動した後かも…っ。ルーヴァ、一度外出るぞ。避難警報がこれだけ鳴ってるんだ。姉さん達もきっと外に出てる。」

「…だと、いいけど……っ」

ホリンは半ば強引に外に連れ出した。放っておいたら爆発があった上階まで行ってしまいそうだったからだ。

ルーヴァにはああ言ったが、ホリンも内心嫌な予感がしていた。きっと外に出てる、それは自分に言い聞かせた言葉でもあったのだ。

(とりあえず、こいつは安全な所に連れて行かないと…)

その後で姉達が避難してこないようであれば自分で行くしかない。ルーヴァは納得しないだろうが、彼女を危険な目には合わせたくなかった。大人しく待っていてくれるとは思えないのだが…。

(ちゃんと姉さん達も外に出てくれればいいんだけど…)

外に出て、爆発のあった6階を見上げて、ホリンとルーヴァは茫然とした。窓から黒い煙と紅い炎が上がっているのが見えたからだ。

建物の外は逃げ出した客と従業員の他、野次馬でかなり混みあっている。ホリンとルーヴァより上階にいたであろうセレーヌとエーディンを見つけるのは難しそうだ。

建物に外付けにされた非常階段からまだたくさんの人が降りて来るが、その中にも一向に二人の姿が見えなくて不安になる。

と、そこへ二人に声をかけた人物がいた。

「ルーヴァ、ホリン!!」

聞き慣れた声の主はユフィールだった。人混みを掻きわけ、長身の若者と一緒にルーヴァ達の元へやってくる。カジノへ行くと言っていたが、爆発音を聞いて駆けつけてきたらしい。

「先生!兄さん!セレーヌとエーディンさんがまだっ…。」

「出てきてないのか?!何階にいた?」

「…多分、5階…でももしかしたら3階かも…っ…」

「3階にいてまだ出られないってことはやはり5階か…何かあったか…」

ルーヴァとホリンしかいないことにユフィールも焦りを感じているようだ。ルーヴァも話す声に明らかな不安の色が混じり、眼には涙が浮かんでいる。

不安をさらに煽るように、6階が崩れ落ち、5階を押しつぶした。石材の崩れる音に、人々の悲鳴が入り混じる。6階の炎が5階に移るのが建物の外にいても見えた。建物自体は石造りで燃えることはないが、内部の扉や装飾は木製が多く、5、6階は衣類売り場の為火の回りが早い。

「嘘っ…。」

血の気が引いた。

街の火消し隊がようやく到着したようだが、人が多いせいで作業が進められないでいる。

こうしている間にも炎が広がり、セレーヌとエーディンが恐怖と苦しみを感じているかもしれないと思うとホリンは居ても立ってもいられなくなった。

「…先生、俺中行ってきますっ!」

「ホリン!気持ちは分かるが、闇雲に行ったらお前まで危ないんだよ!!行くならちゃんと、正確な位置を把握して…」

「そんなのどうやったら分かるっていうんですかっ!」

「私も行く!」

「ルーヴァは行くなっ!俺とホリンで行くからユフィールと待ってろっ!」

「なんで!?」

「無闇に動くなって言ってんだろ!!」

各々の主張が混じりあい、言い争いをしていた時、5階の窓が割れ、何かが投げ捨てられたのが見えた。

遠目にしか見えないが、投げられたそれがエーディンの履いていた靴だと見てとれる。靴が投げられたことに周囲がざわめいた。中に取り残された人がいる、と。

「…あそこだっ!先生、行ってきますよ!!」

言うより早く、ホリンは駆けだす。

「ユフィール、あそこから飛び降りられるように準備しておいてくれ。」

「…ああ、わかったよっ!全員でちゃんと戻ってこいよクソガキ共がっ!……おい、ルーヴァ!お前は行くなっ!!」

ユフィールの制止も聞かず、ルーヴァもユーテルに付いて行ってしまった。

ユフィールは舌打ちをして消火隊を仕切り始めたのだった。

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