第21話

「あんな大規模のミュージカル観たの初めて!面白かった~!!」

珍しく興奮を抑えずに話しているのはエーディンだ。このあたりの地域の創世神話をモチーフにしたミュージカルだったのだが、演者の数もさることながら、大きな舞台装置を使った演出にも非常に凝っていて、神話事体を知らない観光客でも観ていて全く飽きの来ないものだったのだ。

「ねぇ~!あっという間に終わっちゃった。」

セレーヌも何度か観たことのある演目ではあるのだが、年によって演出を変えたり、細かなストーリーに変化をつけているので新鮮味があった。

一行はミュージカル終了後予定通り、劇場に隣接するカジノの3階に食事に来ていた。港町でもあるコルガは魚介類のメニューが豊富で、世界中の旅人用にアルコールの種類もかなりある。観光客は旅先での酒を楽しむ一方で、各地を転々とする旅人には故郷の味の方が好まれるのだ。ミュージカルの興奮は冷めないながらも、喰い盛りのホリンは早くも料理に興味が移っていた。

「おぉ、どれも美味そう。酒いっぱいあるなぁ…。」

「そうなのよ。ルーヴァはなんでも飲むんだけど、私は甘いリモン・チェッロとかが好きかなぁ。あ、リモン・チェッロってレモンのお酒なんだけど、あとは果実酒は全般的に好き!ねぇ、エーディンさんはお酒好き?」

「うん、アスタルテはビールの種類がいっぱいあるから、私もビールが好きよ。ホリンも基本的にはビールよね。」

「え~っ、エーディンさんがビールって意外!!」

「そう?」

「それよりセレーヌ、飯美味いのどれ?腹減った~…。とりあえず何か食わせてくれよ。」

夕方に広場で菓子をつまんで以降、ほとんど何も口にしていない。酒もいいが、こんな状態で飲んだら酔いが早そうだ。ホリンとしてはまず胃に何か入れたい。もちろん、できれば美味しいものを。

「あぁ、ごめ~ん。美味しいのはパスタかな、やっぱり魚介たっぷりのやつ。それかリゾット。肉料理より魚料理の方が個人的にはお勧めよ。あ、でもひとつの料理が結構ボリュームあるから、みんなで食べないと辛いかも。」

と、いうことでパスタ、リゾット、サラダをそれぞれオーダーし、シェアしながら乾杯する。

とそこへ、ホリンが見知った人物を発見した。

「あ、ユフィール先生だ。」

3人の座る席からは遠く、向こうはセレーヌ達に気付いていない様子だった。

「本当だ。女の子の恰好のルーヴァ久しぶりに見たなぁ。」

「えぇ?!ルーヴァ??」

セレーヌはのほほんと言っているが、まさか隣にいるのがルーヴァだとは思っていなかったホリンは思わず声を上げる。対して、エーディンは知っていたのか冷静だ。

「へぇ、女の子の恰好していてもやっぱり可愛いのね。ずっとあれでいればいいのに。」

「そうはいかないみたい。アーヴィンみたいな危険な奴がいるからね。でも陸で過ごす時は女の子の恰好してることも多いよ。」

「ふうん。ねぇねぇ、こんなところに二人で来てるってことは、付き合ってるのかな?」

姉が弾んだ口調で言った一言にホリンの心臓が高鳴る。

「どうかなぁ…そんな報告はルーヴァからは聞いてないんだけど…。年の差婚か、20歳以上年上の義弟って微妙かも…。」

「でもユフィール先生40歳には見えないわよね。結構ありなんじゃない?」

「いやいや!!」

冗談めかしてガールズトークをするセレーヌとエーディンに、たまらずホリンも口を出してしまった。

「ホリン、どうしたの?」

「いや、その……。そうだ、姉さんだって義妹が20歳以上年上だったら微妙だろ?いくら若く見えるっていっても…。」

「まぁねぇ…。でもホリンは同い年か年下が好きなんでしょ?そんな心配いらないわね。」

「そうなんだぁ。ホリン君て彼女いるの?置いてきちゃったら心配よねぇ!」

「それがね、ホリンてば趣味が悪くて…。すっごく生意気な女の子と付き合ってるのよ。」

「もう別れた!」

「あれ、そうだっけ?よかった。」

「それってホリン君が振ったの?それとも振られちゃったの??」

アルコールの手助けもあってか、女性二人は恋バナで盛り上がる。話が盛り上がれば酒もすすむといった具合の循環に陥っていた。

「そういうセレーヌはどうなんだよ?彼氏とかいねぇの?」

いじられるだけでは割に合わないとばかりに、ホリンがセレーヌの方に話を逸らす。さきほどの不自然な反応は上手く流せたのか定かではないが、なかなか酒も入っているので多分大丈夫だろうと自分に言い聞かせた。

「あたしは全然ダメ~っ!こんな船旅してたら絶対無理だもん!クルーはおじさんばっかりだし、あたしって遠距離恋愛出来るタイプでもないから旅先でつくるっていうのも無理。」

「そうかぁ、確かにつくりづらいわね…。じゃ、好きなタイプは??」

「それは絶対に戦いとかに縁がなくて、戦とかには行かない職業の人!これはゆずれないわ!!」

「そうなんだ?なんで??」

軍神マルスにキャーキャー騒いでいたセレーヌなのに、とホリンとエーディンは不思議に思う。

「マルスはアイドルみたいなものなの、あたしにとって。だけど、実際に戦いとかになったらあたしは戦えないわけだし、そういう時には恋人にそばにいてほしいもの。だから、戦わないで一緒に逃げてくれる人がいい。」

「なるほどね。ホリン、残念。」

「はいはい。」

ホリンを茶化しながら、セレーヌの言葉を聞いてエーディンはアスタルテで起こった事件を思い出す。確かにセレーヌの言うとおり、バルドルも一緒に避難していればあんなことにはならなかっただろう。離れていた時の不安と、死を目の当たりにした恐怖が蘇り、ふと涙が出そうになってグラスのビールを飲み干した。

セレーヌとは色々な話をしたが、そういえば恋愛の話になったことはなかった。エーディンを気遣い、あえて避けてくれていたのだろう。もう大丈夫だと思って話を切り出したが、さすがにまだ無理があるようだった。

しかし涙を流すわけにはいかない。気を遣わせるだけのお荷物になるようなことはしたくないのだ。

剣士であるホリンには、そういう女性側の気持ちがあるのだということを知り、ひとつ賢くなった気がした。そこに、

「でも、ホリン君はルーヴァが気になってるんだもんね?」

セレーヌが思いがけないことを言いだし、ホリンは動揺を隠せずにせき込む。危うくビールを吹き出しそうになるのを必死で堪えた。

「な……っ。」

何か言おうとしても言葉が上手く出てこない。酒のせいではなく、顔が火照るのが自分でもわかってしまう。

そんなホリンを見て、セレーヌはさらに、

「……ごめん、もしかして図星だった?」

などというもんだからたまらない。

「は…?」

「まさか本当だとは思わなかったの!さっき、彼女いるの?って聞いたばっかりじゃない。でもそうかぁ、ホリン君はルーヴァかぁ…。ユフィール先生よりはいいかな。応援するからね!」

「趣味よくなったのね、よかったわ。」

酔っ払った女子二人を見て、これ以上何も言うまい、とホリンは思った。

一瞬、瞳の奥に陰りを見せたエーディンだったが、再び明るい色を取り戻したのを見てセレーヌは安心したのだった。



一方でそのころ、ユフィールとルーヴァも楽団鑑賞を終え、食事に来ていた。ホリン達に気付かれはしたようだが、距離も遠かったし、特に声を掛け合うこともせずにユフィールは席に着くことにした。

「そういや俺、楽団は初めてみたなぁ。こんなレベルが高いんじゃもっと早くに来ておけばよかった。」

「そうですか?セレーヌは眠くなるって言ってあまり好きじゃないみたいですけど。」

「なるほど、セレーヌらしいな。」

他愛のない話をして、二人は少し遅めの夕食を始める。酒は好きなルーヴァだが、ユフィールの眼があるのでアルコール度数の低い酒を選んだ。いつも飲みすぎだと説教を喰らってしまったからだ。ユフィールも酒が好きなので、食事というよりは酒の肴を中心にオーダーしてつまんでいる。

一息つくと、残してきた船員達の話になった。今回のコルガ滞在はあくまでホリンとエーディンの為のもの、と船長フェリスが強調したおかげか、ほとんどの船員は船に残ると言ってきたのだった。

そんな中、駄々をこねて周囲を困らせたのは…。

「メルはもう少し可愛げ出ないもんか?お前の他にも自由に扱える奴がいないと不便だよなぁ。」

「本来ならほとんど人間には懐かないそうだから、仕方ないでしょう。…船で大人しくしていればいいんですけど。」

ルーヴァがしばらく船から降りるのだと察知したらしきメルクリウスは、手に負えないほどに暴れたのだ。かといって、人の多い都市に連れて来るわけにもいかず、力ずくで檻の中に押し込めた。中に入ってからは暴れることはなくなったが、素直になったとはいえない。世話をする船員達も手を焼いているころだろう。ルーヴァが早めに船に戻ろうとしていたのはメルクリウスの為でもあった。

「あとでご機嫌取りしなきゃ。何日かかることやら…。」

「とか言って、メルと一緒に居る時はお前優しい顔してるけどな。気付いてないだろうけど。」

「……は?」

「なんだかんだ、メルが可愛いんだろ?便利だしな。」

「そりゃ、メルが赤ちゃんの時から見てますから可愛いに違いないです。だからメルを道具みたいには言わないでくださいよ。」

「はいはい。…竜相手とはいえ、妬けるね。」

「またそんなことを言って……。」

妬けるなんて言葉、ユフィールが本気で言っているとはルーヴァには到底思えない。

「…ねぇ、先生。」

ルーヴァにはユフィールにどうしても聞いておきたいことがあった。

「先生はこの間愛してるなんて言ったけど、本気じゃないでしょう?」

回りくどいのは好きじゃない。ルーヴァは思い切ってストレートに切り出した。

「…何言いだすかと思えば……。」

「先生のそういう言葉ってなんか、子供をあやす感じに似てるんですよね。私がメルの機嫌を取ってるときとかにも似てますし。」

「…別に、いつまでもお前を子供だと思ってるつもりはないし、ご機嫌とりとも思ってないけどな。」

「じゃ無自覚なんでしょうね。ただ、私を傷つけないようにしてくれたんでしょう?」

こう言われるとは想定していなかったユフィールは正直驚いた。ルーヴァへの愛が、彼女の求める形とは異なるものだと察知されていたということだ。いつまでも子供と思っているつもりはない、というのは本心だが、自分の子供に近い感覚であるのは確かである。どんなに表面を繕っても隠せるものではなかったのか、それともルーヴァはそういう人の気持ちに特別敏感なのか。

どちらにせよ、傷つけまいとした行動が逆に彼女を傷つけてしまったとユフィールは後悔する。

「すみません、私の不用意な一言で悩ませちゃったみたいで。…でも無理に付き合ってもらう方が辛いですね。だから今まで通りでいいですよ。」

なんでもないことのように言うルーヴァだが、笑顔が悲しげだ。酒のペースもいつの間にか上がっている。

「…ルーヴァがそう言うなら…。」

こういう結論でいいのか、ユフィールは迷ったが他に選択の余地はない。

心から愛してる、と言ったところで信用されなければまた傷を深くするだけだ。

「傷つけたくなかったのは本当だけど、結局傷つけちまったか。悪かったな。」

「いいえ?恋人気分も楽しかったですよ。」

そう笑顔で言うルーヴァだが、それは無理のあることだと思った。それを笑顔の裏に仕舞い込む。

ユフィールが思っていた以上に、大人になっていたらしい。

お互いを思いやることしかできないのに、思いやることで傷つけてしまう。もっと違う出会い方をして、違う関係だったら、本当に愛し合えただろうか。

「そうか。…また何か悩みがあったら言えよ。」

「はい、もちろん。……もうおなかいっぱいですね。出ますか?」

会計をすませ、外に出る二人。長い語らいに感じたが、まだ日付も変わっていない時刻である。

気温が下がり、肌寒く感じる空気のなかユフィールはルーヴァの手を握った。アルコールのせいか手は温かい。振り払われるかとも思ったが、ルーヴァは意外そうな顔をしているだけだった。

「ご機嫌とりでも、子供扱いでもねえぞ。繋ぎたいと思ったから繋いでるんだ。」

月明かりの下でも、ルーヴァの顔が赤く染まるのが分かる。

「先生……。」

「ん?」

「今日はありがとうございました。」

船の上では滅多に見せない柔らかな笑顔にユフィールは心奪われる。

「…どういたしまして。」

小さく呟くと、抱き締めたい衝動を抑え宿に向かった。

すでに特別な感情が生まれていることにユフィールは気付かないままなのだ。

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