第20話

「ホリン君惜しかったね。でも盛り上がってたし、カッコよかったよ。」

闘技場を後にし、広場を周りながらセレーヌが言う。街のシンボルは闘技場だけでなく、広場の大きな噴水もそうなのだ。全体はシンプルながら、ディティールは凝ったデザインをしている。噴水の外周には色とりどりの花が植えられ、観光客のみならず地元の人々の癒しになっている。広い芝生のスペースは大道芸や吟遊詩人がおり、立ち停まって見物している人も多いのでうっかりするとはぐれてしまいそうだった。

ルーヴァ、ユフィールと別れ、再びセレーヌとエーディンとの行動になっていた。昼過ぎの現在、遅い昼食を買い食いしながら歩いている。

「盛り上がってた?」

「うん。歓声がすごかったよ。聞こえなかった??」

「全然…」

ステージに上がった時の声は聞こえたが、仕合が始まったら聞こえる余裕はなかったのだろう。すごかったと言われてもいまいちピンとこない。

「マルスが負けなくて、あたしは良かったけどね。エーディンさんはやっぱり心配した?」

「まぁね、少しは。でも大きな怪我がなくてよかったわ。もっと怪我人がいっぱい出るものかと思ってた。」

「剣闘士と言っても、アスリートに近いのかしら。小さな傷は絶えないけど、相手を本当に痛めつけるような真似をする人はほとんどいないのよ。出入り禁止になったら元も子もないから。剣闘士同士で友達になることも多いみたいだし。」

「あくまで、健全な見世物ってことか。…いやーでも楽しかったなぁ。久々に熱くなったし、軍神が予想以上に紳士でびっくりしたけど、人気ナンバーワン剣闘士ってのも分かる。」

「でしょでしょ??ホリン君も立派な軍神ファンだね。」

「…そうかもしれねぇな…」

強さだけでない何か、人を惹きつける魅力が彼にはあるのかもしれない。最後に見せた、優しい眼差しがホリンにそう思わせた。

「ねぇ、セレーヌ、闘技場って休みの日ってないの?明日も明後日もやるみたいだったけど…。」

「う~ん…闘技場も毎日やってるわけじゃないんだけど、規則性は全くないのよ。10日以上連続で仕合がある日もあるし、一日おきに休む時もあるし…。でも5日やって3日休みってパターンが多いかな。いきなりマルスが見れて、今回は運がよかったわぁ。」

セレーヌの話はまだマルスから離れそうになかった。

ようやくセレーヌのマルス熱が冷めたころ、一行は広場で大道芸を見ながら、今後の予定を話しあう。昼は過ぎているとはいえ、まだ3時を回ったところだ。朝早くから行動している割に3人はまだホテルに帰る気などない。若さ所以なのか。

「やっぱり今から行くなら劇場かな。劇場の隣にね、大きなカジノあるの。あたしもルーヴァも賭けごとは好きじゃないんだけど、3階のラウンジはレストランバーがあって、お洒落だし美味しいのよ。晩御飯は落ち着いてここにしましょうか。」

お酒の種類も豊富でルーヴァもお気に入りなの、とセレーヌが付け足す。

「…ルーヴァって闘技場出てどこ行ったんだ?」

付け足された言葉のホリンは反応し、セレーヌに聞いてみる。

「ユフィール先生は一回ホテルに戻るって言ってたから、一緒じゃない?」

「そういえば、ユフィール先生すっごい機嫌悪かったみたいけど…。やっぱりホリンのせい?」

「うっ……」

参加するのは絶対禁止と言われていたのを破ったのだから、叱られるのは覚悟していたのだが、意外にもユフィールは何も言わずに闘技場から出ていた。そのことが余計ホリンを不安にさせる。

「俺、船から降ろされるのかな…。」

「大丈夫だよ。行ってもいいってその時許可は下りたんだから。」

確かに行ってもいいとは言ってたし、名乗るなとの指示は守った。とはいえ、鬼のような形相のユフィールの顔は忘れられない。

「ユフィール先生なんて機嫌良い時の方が珍しいんだから、気にしなくていいのよ。上機嫌だったりしたら気持ち悪い!」

と、セレーヌは言い張る。それは言い過ぎなんじゃ…と二人は思ったが、確かに不機嫌のユフィールの方が慣れているかもしれない。

「ユフィール先生は仕合には出ないの?船上の稽古では強いみたいだけど。」

「目立つのが嫌いだからね。出たことないのよ。裏でこそこそしてる方が性に合ってるって言ってた。」

「あ…そうえば、キャプテンは?街に出てないみたいだけど、船?」

「キャプテンの動向はわからないの。知ってるのはユフィール先生だけなのよ。船にいるのかどうかすら、船員には知らされない決まりなの。キャプテンは勿論、私達の動向は大体知ってるんだけど。」

そう言うとセレーヌは、劇場で何を観るかとはしゃぎ出す。

眼の前は確かに劇場の建物が見えるのだが、ホリンはセレーヌが話を逸らしたかのように感じた。




苛々はとりあえずおいておこう。

闘技場を出てルーヴァとともに宿に一度戻ってきたユフィールは、顔が怖いと指摘されてしまった。怒りをぶつけるべき相手はふらりと姿を消してしまったのだから仕方ないので、苛々はとりあえずおいておこう、と決めたのだった。

「機嫌直りました?」

「直ったというか、直したというか。…ちゃんと可愛い服あるじゃねえか。船でその格好はさせられねえけど、たまにはいいな。」

「…別に…自分ではそう思いませんけど。」

普段言われないことを言われるのは気恥ずかしいルーヴァなのであった。17歳という若さに加え、スレンダーながら女らしい身体つきのルーヴァはミニスカートがよく似合う。今日も身につけているアースカラーのような、派手ではない色を好んで着る彼女だが、色の白い肌と碧の瞳には綺麗に合っていた。

二人は劇場に向かって歩きだす。

「ルーヴァは明日の予定はなかったみたいだけど、セレーヌ達とは合流しないのか?」

「デパートに行くって言ってたけど、私は用ありませんから。」

品揃えは確かに豊富なデパートだが、人が多すぎて正直ルーヴァは苦手なのだ。男の振りをしていても、女の恰好をしていても、どこか周りから浮いているような気がして落ち着かない。世界中から人が集まる地なだけに、実際はどんな格好でも目立ったりはしないのだが。

「デパートみたいなところは苦手なんだろうけど、明日はセレーヌ達と一緒にいてくれないか?エーディンとホリンにずっとセレーヌの相手させたら疲れさせちまうだろう。それに、こういう大きい都市こそ一人の行動は避けてほしいしな。」

「そうですよね…。わかりました。」

つくづく、この人には隠しごとがうまくできないとルーヴァは思う。デパートが苦手、などと言ったことは一度もないのに、なぜばれるのだろう。

ともかく、単独行動はするなというユフィールの意見には逆らわず、素直に従うこととする。

「ユフィール先生は明日はカジノですか?」

「まあな。俺が稼げるところって言ったらカジノしかない。」

短時間で、少ない労力で稼ぐ主義のユフィールは専らギャンブラーとして資金稼ぎをしている。というほど勝負運が強いのかというとそうでもなく、実はイカサマだ。手先が器用で口も達者なユフィールには天職というべきなのだろうか。あくまでも定職には就けないということを前提にすれば、の話だが。

「フェリスも一緒だから心配するなよ。」

「そうですか。あまり勝手なことさせないでくださいね。あと、きっちり叱っておいてください。」

「はは、昼間のか。3時間は説教だな。」

「それで機嫌悪かったんでしょう?」

「まぁ結果オーライかな。大した騒ぎにもならなかったからそれで良しとしてやる。」

「甘やかしたらだめですよ。」

「…妹だか姉だかわからねえな。」

優しいが飄々として奔放な兄は、説教というものにはあまり堪えない性質らしい。妹が何を言っても受け流されるだけなのだ。

「とはいえ、あいつだって何も考えてないわけじゃないし、何を言っても聞かないわけでもないさ。あいつなりに、心に留めてることはあるだろうよ。」

だから信じていればいい、とユフィールは言いかけたが、そんなことを話すのも野暮だろうか。そんな風に考えていたら、

「わかってますよ。兄さんの事を疑ったことはありませんから。」

はっきりとルーヴァは言った。飄々とした中にも、一本の強い芯が兄に存在していることを感じ取っていたのだ。

「だから剣を握っていられるし、強さを求めることができるんです。」

「そうか…。」

思っていたより、はるかに大人になっていたらしい。ルーヴァもフェリスも、おそらくセレーヌも。

「子供が大人になるのは早いんだなぁ…。」

「親戚のおじさんみたいですよ。」

ユフィールの言い方があまりにもしみじみしていたので、ルーヴァは思わずふき出す。クスクス笑いながら歩いていると、劇場はもう眼の前だった。

「ルーヴァ、お前やっぱり笑ってるほうが百倍いいな。」

「……っ」

「ほら、入るぞ。」

ルーヴァの顔は固まったまま、二人は劇場2階にある楽団の観客席に向かった。

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