第19話

湧きあがる大きな歓声、鋼同士のぶつかり合う音が会場を包み込んでいる。

世界最大を誇るコルガの闘技場には常に人が溢れていた。

今日も例外ではない。

コロシアムの中には円形のステージが5つある。参加人数が多いコルガでは同時にいくつかの仕合を消化しないと終わらないのだ。闘技場でのルールは世界共通のため、ステージの規格も世界どこの闘技場でも同じ。ただ、5つものステージを置いていることがコルガが世界最大と言われる所以なのだ。

ホリンは今エーディン、セレーヌ、ルーヴァ、ユフィールとともに観戦に来ている。軍神マルスが出場するとあってセレーヌは朝から張り切っており、観客席の最前列を陣取った。だが軍神の称号を持っている彼は前半の仕合には出ない。セレーヌお気に入りの彼を早く見たかったが、仕合を見ているのも面白く、観戦に集中できた。

ルールは単純で、勝敗を分けるポイントは①ステージ場外に身体の一部でも出たら負け②気を失う、降参するなど、戦意を失うと負け③武器を失ったら負けの三つだ。ただし、15分間で決着がつかない場合は双方負けとなり、次の仕合には進めなくなる。そのほか、対戦相手を殺してしまった場合は失格となる上、闘技場への出入りが生涯禁止となってしまう。使う武器も、身につける防具も基本的には自由だが、飛び道具となる武器は観客を傷つける危険があるため禁止だ。世界各国から剣闘士が集まるだけあって、見たことない形状の武器もあり、ホリンは大いに楽しんだ。

仕合も半分が終わろうとした頃、観客席の背後の方で人々が騒ぎ始める。

「軍神だ!!」

口々にそう言い合う声がした。仕合が近づいて来たので対戦相手の戦い方でも偵察に来たのだろう、軍神マルスが姿を現したらしい。それまで仕合に熱狂していた観客はもうステージは見ていない。ホリンも例外ではなかった。

「えっ、どこ!?」

ただでさえ人が多い最前列からは、ホリンはなかなかそれらしい姿を見つけることができない。

「あれよ、赤いコートが少し見えるでしょ?黒髪の背の高い人!」

セレーヌが少し興奮気味に教えてくれる。

観客の間からわずかに見える軍神を捉えた。黒髪に黒いシャツとズボン、ブーツを着ているが、羽織ったロングコートは鮮やかなまでに赤い。ジッとステージを見据える双眸も赤だ。軍神という呼び名から逞しい体つきの壮年の大男を想像していたホリンだが、実際のマルスは背は高いものの、ひょろりとした体型の若者だった。

「…相変わらず悪趣味のコート…。」

「いいじゃないの!トレードマークなの!!あれがカッコイイの!!!」

セレーヌとは反対にルーヴァの反応は至ってクールだ。

「ルーヴァはファンじゃないの?」

不思議そうに聞いたのはエーディンだ。仕合を観に来るくらいだからてっきりルーヴァもセレーヌと同じだと思ったのだ。

「…あの強さは尊敬するけど。セレーヌみたいに騒ぐほどじゃない。」

そう聞いたエーディンとホリンは眼を丸くした。ルーヴァの口から尊敬するという言葉が出てくるとは思っていない。

「要するに、少しファンってことらしい。」

横からユフィールが口を挟む。ルーヴァが特に否定しないところを見ると図星なのだろう。

「…ユフィール先生、マルスは誰と最初に対戦すると思います?」

今ステージで行われている5試合の中で、中央のステージで戦っている槍使いと大きな鎚を持ったドワーフの勝った方が最初の対戦相手になりそうだ。ホリンの見た限りではドワーフが優勢だろうか。背丈は小さい種族だが腕力は相当ある。かなり重量のありそうな鎚を持ちながらも槍使いの攻撃はほとんどかわしている。槍使いの方は攻撃が当たらなければ焦り始め、攻撃に隙が生じる。ドワーフに攻撃のクセを見破られては手数の多さが不利となり、一撃で決着はついてしまうだろう。

「まぁ、あれならドワーフが勝つだろうな。残り5分、ぎりぎりまで相手を焦らす作戦か…。なぁ、ホリン。決勝はマルスと誰になると思う?」

ざっとほとんどの仕合を見ているが、やはり決勝に進むのはマルスに間違いなさそうだ。

「決勝ですか。……候補は何人かいるんですけど、まずはあのダークエルフ。それと手前の変わった武器のと…。」

「あぁ、圏を見るのは初めてか。東の方の武器で、あっちのほうの出身の剣闘士なら持っていても珍しくはないんだけどな。」

圏とは円形の武器で、金属の輪に握りをつけた打撃用武器である。輪の内側に刃がついているものもあり、相手の武器を破壊することもできる代物だ。この武器の攻撃パターンが読めないとホリンは感じたのだが、ユフィール曰く使い手としては大したことないらしかった。

「そうなんですか?あとは向こうの青い肩当ての…。と思いますが…。」

隙がなく腕が立つな、と感じたのはその位だった。隙が少ないことは強さに通じる、というのがホリンの信条でもあるし、剣を握ってからそう教えられてきた。

「さすが。良い眼を持ってるな。青い肩当ての方は2回優勝経験があるが、十中八九、ダークエルフが決勝に上がって来るだろう。」

ダークエルフは浅黒い肌に長い耳を持った好戦的な種族だ。気性が荒い者が多いが、出場している剣闘士は冷静さも併せ持っているらしい。相手の出方を観察し、隙を突くことに長けている。青い肩当てを身につけている戦士はバトルアックスを用いている。逞しい大男だがみかけによらず動きも素早い。一撃の攻撃力もなかなかだ。隙は見せず短時間での勝負を得意としている。他のステージではまだ戦いの最中だというのに、青い肩当ての戦士はもう決着をつけてしまった。

「ねぇねぇ、先生。さっきの青い人もう終わっちゃったよ?」

セレーヌは決勝に残るのは青い肩当ての戦士だと予想しているらしい。ホリンもどちらかと言えばそちらの予想だ。

「あの戦士は短時間での仕合に慣れ過ぎてるんだよ。いつもの時間内に終わらせることができないと、心的に動揺する。しかし相手の剣技だって簡単に切り崩せるようなレベルじゃあない。ダークエルフの方はそういう心の動きに敏感だからな。そこを突かれたらダークエルフの方が有利になるだろう。」

15分間という限られた時間内ではそういう心的要因も大きく左右するのだという。早く終わらせようとする心理は逆に相手を有利にする武器にもなりうる。

「へぇ……」

なるほど、とホリンは納得する。時間制限のある戦いなど経験がないので分からなかったが、勝つためには確かに制限に惑わされない戦い方が必要なのだろうと思う。

さらにユフィールは意外なことを言った。

「それに、あのダークエルフの戦い方は剣を使う時のマルスに似ているな。意図的に似せているとしたら、マルスだって苦戦するかもしれない。」

「え~~~~!!」

マルスの負ける姿は見たくない。そうセレーヌは力説する。だがホリンは別のことが引っかかった。

「あの、剣を使うときの、ってどういうことですか?」

「言ったまんまだろ。マルスの得物は剣だけじゃない。あいつはプロの剣闘士だから、勝敗よりも如何に観客を楽しませるかが重要なんだよ。同じ武器ばかり使ってたら観客は飽きるからな、適当なタイミングで武器を変えるんだ。勝ち続けられるのは観客を味方につけるっていう要因もあるんだろう。今日使う武器が何かはわからんけど、同じ武器で同じように戦われたらやりづらいもんだ。」

「すごいのよ~!何使って戦っても勝てちゃうんだから!!」

話を聞いていたのかいないのか、セレーヌは今までのマルスを思い出し、妙なアピールをしている。

ダークエルフが今日使っているのはレイピアという細身の剣だ。軽くて片手で扱えるため、もう片方の手には盾をもつことができる。攻守のバランス良く戦うことが可能なのだ。

そんな話をしているうちに、件のダークエルフが勝利して仕合は終了した。

いつの間にか観客席から姿を消していたマルスがステージに現れると、一層大きな歓声が上がる。

「あれは…戟?」

「月牙が二つあるだろう。方天戟だな。マニアックな。」

戟は長さ2メートルほどの長柄の武器で、先端のまっすぐな刃の横に三日月型の月牙があるものをいう。方天戟は戟一種で、左右に月牙がある。突く、斬るはもちろんのこと、月牙で相手の攻撃を受けたり巻き込んだりもできる。

マルスにとってなによりの武器は観客の歓声だろう。相手はこの歓声だけで、ただならぬ力を感じずにはいられない。

不敵な笑みを浮かべたマルスは、この力に後押しされ軍神となるのだった。



「…早っ…」

会場の誰もが息を飲んだまま、闘技場は静まり返った。

「…珍しい。いつもは時間いっぱい使うのに。」

決勝戦はユフィールの予想通り、レイピアを使うダークエルフが勝ち上がってきた。マルスは観客を盛り上げるため、制限時間いっぱいまで使うことが多い。ただ相手を倒すのではなく、観客に魅せる戦い方をするのだ。

それが、今回の決勝では相手のダークエルフをわずか5分足らずで倒してしまった。しかもこれまた珍しく相手のレイピアを真二つに折った。ステージ場外に押し出すやり方を好む彼にしてはらしくない。

だが、マルスの勝利が変わるわけはなく、しばしの間静まり返った会場は再び大きな歓声で満たされた。

「マルスの奴、焦ったな。」

仕合を見ていたユフィールが呟く。セレーヌは周りの歓声に合わせてキャーキャー騒いでいるが、ユフィールとルーヴァは冷静だ。

「焦り、ですか?これだけ短時間で勝負をつけたことが?力の差は歴然としているようにも見えましたけど、やっぱりらしくない勝ち方でしたね。」

ルーヴァもマルスの仕合を幾度となく見て来ただけに、釈然としないものがあるようだ。

「あぁ。相手が格下なら、いつでも場外に放り出せるだろう。それだけの実力がマルスにはあるんだ。それをやらずに最初から全力で行ったってことは…そんな余裕がなかったんだろうな。長引いていたら、間違いなくダークエルフが有利になる。」

ユフィールの解説にホリンも耳を傾ける。ユフィールはそのまま続けた。

「あのダークエルフはよくマルスを研究してるよ。マルスが短時間での決戦はしないことも計算に入れて戦ってたようだな。結局、裏をかかれたのはダークエルフだったわけだが。」

「へぇ~…。駆け引きも重要な勝利要素ってことですか。」

「そういうことだ。今回は勝てたが、次はわからねぇな。」

完全に実力勝負の軍で行っていた手合わせとは全く違う、娯楽性の強い闘技場にホリンは心躍った。

「軍神か…。一戦交えてみたいなぁ。」

(これはハマるかも…)

ステージ上を見ると、優勝を決めたマルスのインタビューだろうか、審判がマイクを持ってマルスに駆け寄っている。

湧きだった会場が再びしんとなる。

「みなさん、早く終わらせちゃってごめんなさい。退屈だったでしょう?」

マルスは意外なことに、軍神と言われるには穏やかな声だとホリンは感じた。

会場中がマルスの言葉に注目する。

「だから残りの十分程度を使って、俺と戦ってくれる人、いませんか?」

少しの間の後、これ以上ないくらいの歓声が上がった。客席で観戦していた剣闘士達が名を上げるチャンスとばかりに、ステージ立ち入ろうとする。

「ユフィール先生。」

期待の眼差しでホリンはユフィールを見た。剣士の魂というべき愛用の剣は常に持ち歩いている。

もしかしたら仕合に参加出来るかもしれない状況になったが、

「駄目。」

ぴしゃりと言われてしまった。

「…ですよね。」

と、諦めたホリンだったが、ステージ上のマルスと眼が合った。

瞬間、マルスがニヤリと口端を吊り上げ、ホリンを指差す。

「あいつに決めた。」

「え?」

最前列を陣取ったのが功を奏したのか(?)、ホリンは延長仕合に巻き込まれることとなった。ユフィールはなぜかマルスを睨みつけている。ルーヴァ、エーディンは声が出ない様子だが、セレーヌは相変わらずキャーキャー言っていて騒がしい。

「おい、ホリン。行ってもいいが、絶対に名前は名乗るなよ。」

ユフィールは仕方ないとばかりにため息とともにそう言葉を吐いた。

マルスが指差した少年にレフェリーが近づき、ステージへと誘導する。観客の中には現れた若い少年にエールを送るものもいるが、マルスと戦い損ねた剣闘士達からはブーイングの嵐だ。

ステージに立たされたホリンは、レフェリーに名前を聞かれ言葉を詰まらせる。

チラリとユフィールを見ればさっきより一層ひどい憤怒の形相だ。偽名を使って流すかどうか迷っていたところに、助け舟をだしたのはマルス本人だった。

「名前なんていいよ。…俺に勝ったら教えてもらおう。」

なんとも横柄な物言いだが、ホリンにとってはとりあえず助かった。とはいえ、ステージに上がった以上はホリンだって簡単に負けるつもりはない。こちらは手の内を明かしていないのだから、勝機はあるかもしれないのだ。

「10分間ですよね?宜しくお願いします。」

恭しく挨拶をすると、ホリンは剣を鞘から抜く。マルスも方天戟を構えレフェリーの合図で10分間の短い仕合が始まった。

仕掛けたのはマルスだ。重量感のある方天戟を扱っているわりに、スピードは速い。まずは正面から一撃を繰り出したマルスだが、ホリンは剣で受け身体をわずか横に反らす。マルスが次の一撃を繰り出す前にホリンが戟を弾こうとするが、完全に読まれていた。反対に戟の柄で身体を飛ばされる。細身の体型のマルスだが、力もかなりあるようだと身を持って知った。場外に出ない所で踏ん張りながら態勢を整えるが、それを待ってくれるほど仕合は甘くない。リーチ差を計算してホリンは前に踏み込み、マルスの懐に入り込もうとするが、マルスの方が一瞬早く戟を繰り出す。後ろによければ場外になってしまうため、ホリンは戟の柄を掴んで跳び、マルスのバックを取った。しかしそれも戟の柄で身体を飛ばされてしまう。

「…っくそ…柄の方が厄介だな。」

刃でも柄でも攻撃できる戟は使いこなせれば有能な武器だが、長い柄と重量感から上手く扱える人間はほとんどいない。つまり、ホリンも戟と戦うには経験不足なのだ。

「何か…戦いのクセみたいなの見つけられなきゃ勝てねえな。」

観戦した仕合を思い出し、隙を探る。考えている最中でもマルスは攻撃の手を緩めない。防御に専念しては刻々と時間は過ぎ、ステージの脇に追いやられる。

が、ホリンはマルスの癖にちゃんと気付いていた。

突く、払うに加え、柄での打撃攻撃と多彩な攻撃を繰り出すマルスだが、一定の規則性がある。下から戟を薙ぎ払う攻撃は、攻撃後の隙がわずかにできるので、その攻撃を予測してこちらから仕掛けるしかない。

(それまでは何とか攻撃を凌がないと…)

またしてもステージの端に追い込まれるが、そろそろホリンの狙っている攻撃を出してくるころだ。

攻撃の規則性は観察した通りだとホリンは確信する。

マルスが戟の刃を下向きに構えた直後、素早く振り上げる戟にホリンは素早く反応し、上体を低くしてマルスの背中に回る。背中に剣の柄を掛け、場外に押し出す作戦だ。

だが、それより早く戟の柄がホリンの身体を襲う。

「…嘘……」

ホリンの姿は見えないはずの角度からマルスは戟の柄でホリンを場外へ押し出し、ホリンは場外で負けとなった。

「残念。上手くかかってくれたな。」

マルスがホリンをステージ上に上げてくれながら言った。

つまり、攻撃に隙を作ったのも、規則性をつくったのもマルスの計算の内だったようだ。

「…完敗です。ありがとうございました。」

ホリンがお礼を言って握手を求めると、マルスの眼は驚くほど優しい光を帯びた。

「こちらこそありがとう。楽しかったよ。」

手を握り返すマルスの笑顔は誰かに似ているようで、しかしホリンそれが誰かは思い出せなかった。

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