第17話
ホリンとエーディンは呆気に取られていた。
ウロ―ドル公国領内にある世界最大とも名高い都市・コルガは港も大きく、貿易船が何船も停泊しているのだが、フェリス・ピークス船団が来航するという話が広まったのか、港は大勢の人で溢れていたのだ。女性達の黄色い歓声も聞こえる。フェリスとギガントは船を降りてすぐ、スーツを着た男性と何やら話しこんでいるらしいが、なんと市長がわざわざ赴いて来たとのことだ。
「なんか、歓迎ムード?なのかな???」
エーディンは思わず呟いていた。
地域によっては極悪海賊と称されるフェリス・ピークス船団だけに、もっとこそこそ入港するものと思っていたのに、どうどうと港に停めてしまった上この歓声だ。花束を船長に渡そうとしている者も少なくない。街の警邏隊(けいらたい)まで出動している。
「何年か前にね、この街は海竜の被害に悩まされていたのよ。海竜が地響きや津波を起こしたりして、観光客が激減していた時期があるんだけど、その海竜を船長達が退治したらここではすっかり英雄になっちゃって。」
「退治って…」
セレーヌがこの現状の由来を説明してくれた。あっさりと退治と言っているが、地響きや津波を起こすほどの海竜では相当の戦いだったのだろうとホリンは推測する。だからこそ、このような歓迎を受けるのだろうが、セレーヌの言い方は飄々とし過ぎていた。
(コルガでは英雄か…)
ホリンはますます、この船団が極悪海賊とされる所以が分からなくなった。
「ちょっと騒がしいからこっそり出て行こう。あまり顔売れるの、好きじゃないし。」
セレーヌに促されて人垣を割って街に入る。後ろを振り返ると、船長達も市長との話が終わったところだった。
「あ…セレーヌ。ルーヴァは一緒には行かないのか?」
「うん。他に色々予定があるみたいで、誘ったんだけど振られちゃった。…まずは商店街見ながら闘技場行こう。ぜひ軍神マルス観たい!」
セレーヌは大きな荷物を背負いながら歩き出す。
商店街は港のほど近くにあり、これを抜けると闘技場がすぐなのだそうだ。とはいうが、世界一の規模を誇るという闘技場は遥か彼方にそれらしい影を見せるだけで、商店街を抜けるまでに相当の時間をつかいそうな予感がした。
屋台や飲食店、青果店など、地元の人間や観光客向けの店も多いが、旅人向けの武器・防具類、雑貨店なども多い。
食べ歩きをしよう、と公言した通りいくらも歩かないうちにコーヒーとカンノーロを手に持っていた。
商店街は人でごった返しているのではないかとホリンは危惧していたのだが、思ったほどではなかった。人にぶつからずに歩けるぐらいにはスペースが空いているので食べ歩きしていても不自由さはない。女性二人が並んで歩き、ホリンが後ろをついて行くように歩く。欲しいもの、見たいものを二人で相談しながら歩いている割に、セレーヌとエーディンのカンノーロはさっさと姿を消していた。
次は塩味のものと、ガレットを買ってきたセレーヌにホリンは苦笑いをする。
道行く人々も、国も職業も様々なようで女の買い物に付き合いつつも退屈はしなかった。
天気も快晴。事件からわずかしか経っていないことを気にしながらも、ライクアード姉弟は前を向いて歩いていた。
「あ、明日だって!!軍神マルス!!」
興奮した様子のセレーヌが明日以降3日分の対戦表を持ってきた。よほどのファンなのだろう、ぴょんぴょん跳ねながらしきりに喜んでいる。
「良かったー。二人にも見せたかったんだよね!観戦チケット買ってきちゃうね。マルスは人気あるから入れなくなっちゃうかも。」
セレーヌは今度はチケットを買いに走り出してしまう。
エーディンとホリンは初めてくる闘技場に圧倒されていた。対戦表を求める者や剣闘士として出場登録をしている者、これからの試合を観に来る者、出場する者がひしめき合っている。観戦席は二・三階にあるようで、今一階にいる二人にはそれを見ることはできないが、ドーム状の建物の大きさと頭上から聞こえてくる歓声で世界一と言われる所以を知った。
「剣闘士か…。」
ホリンはセレーヌが置いて行った対戦表を見る。国を追われている今、剣闘士として資金調達に貢献するのも悪くないなどと思う。剣の腕には多少自信がある。自分の実力を図るにもちょうどいい。マルスほどの実力者だったら3回勝てば優勝できる位置に名前があるが、実績のない剣闘士は6,7回戦わなくては決勝まで進めなそうだ。どこに名前が記載されるかで、剣闘士の人気のパロメータといえるのだろう。
「あ、ルーヴァは3日目に出るのね。」
ホリンがあれこれ考えていると、エーディンがルーヴァの名前を見つける。ある程度の人気があるのだろう、マルスほどではないが5回勝てば優勝できる場所にあった。
「本当だ…。」
応援したい気持ちもあるが、少々複雑だ。あまり危険なことはしてほしくない。などと本人に言ったら怒られるだろうが。
「ホリンも出たいでしょ?試合とか手合わせとか好きだもんね。」
「まあ、ね。滞在してる間一回くらいは出させてもらおうか。」
参加料がかかるので、船のお金で勝手はできない。あとで船長かユフィールに相談してみようと思う。
「…バルドルもいたら、喜んだだろうな。」
なるべく考えないようにしていたのだろう、エーディンの口から久しぶりにバルドルの名前を聞いた。エーディンの顔を見ると少し寂しそうにほほ笑んでいる。
「バルドルのことはあまり考えないようにしてたんだけど。考えちゃったら、泣きたくなるから。…でもそれじゃ駄目だよね、やっぱり。バルドルのこと忘れたみたいで。」
必死に元気づけてくれるセレーヌ達の手前、涙を見せたくはなかったのだとエーディンは話す。
「姉さんがバルドルさんのこと忘れられるわけないだろ。そんな簡単にはさ。」
泣きたくないなら考えなくていいのだとホリンは思う。そのことで誰もエーディンを非情な女だと責めはしないのだから。
「でも、不思議よね。セレーヌ達と出会ってそんなに長い時間が経ったわけじゃないのに、こんなに勇気づけられてる。」
エーディンの言葉を聞いてホリンも気付く。見ず知らずの船に乗せられて、なぜこんなにもピークス船団を信頼しているのかと。本来船旅をしている連中は富豪の行商だったり、各地で芸を披露する芸人の集団だったりするのが主だ。個人が各々資金を集めて来る船団などは珍しい。
一体、フェリス・ピークスとその一味は何者なのか?
「確かに、なんでこんなに疑わずにいられるんだろう…」
「眼、かな。」
「眼?」
「うん。ホリンは気付いてない?セレーヌもそうなんだけど、ルーヴァも船長もすごく柔らかい眼。優しそうな。」
「優しい…。」
言われてみれば船長、セレーヌにはそんな特徴があるような気もする。しかし。
「ルーヴァはどうかな?」
「ルーヴァも一緒よ。凛々しい顔立ちしてて、あまり笑わないから分かりにくいけど。」
「ふ、ふ~ん。」
あまり笑わないのも、優しい性格なのも確かだ。少々、気性も荒いが。
「今度ちゃんと見てみるのね。」
「うん、そうしてみる…」
と、ここまで話したところでセレーヌが戻ってきた。たまたま出会ったのだろう、ユフィールと一緒だ。
「お待たせ!明日は9時に開始だって。といっても、マルスが出るのは後半なんだけど、初めて見るなら最初からでもいいよね。それと、この後ってどうする?広場経由で宿行ってもいいんだけど、ちょっと遠回りになるのよ。でも広場にも屋台出てるし、もう夕方だから夜店も結構あって面白いとは思うのよね。」
現在の時刻は夕方5時を回っていた。それでなお遊びに行こうとするセレーヌがたくましいとエーディン、ホリンは感じていた。
「セレーヌ、初日からとばさなくてもいいだろ。まだ滞在時間はあるんだから、今日はもう二人を休ませてやれ。」
正直、もう休みたいと思っていた二人の気持ちを察したように、ユフィールが助け舟をだしてくれた。
「…そうよね、ごめんなさい。浮かれすぎかなぁ?」
「そんなことないわよ。また今度案内して?」
ユフィールに窘められてしゅんとするセレーヌにエーディンはそう言った。くるくる表情が変わるセレーヌは見ていて飽きないなとホリンは思う。
「エーディンさん優しい…。じゃ、今日はまっすぐ宿屋行きましょ。ユフィール先生も行くんでしょう?」
「あぁ。もう用は済んだからな。…二人とも荷物持ったまま歩かされて可哀そうに。」
しばらく宿屋生活とされていたので、着替え等身の回りの物を持ってセレーヌは出てきていた。エーディンとホリンはむしろ買い揃えるつもりだったので身軽だが、ユフィールの皮肉にセレーヌは頬を膨らませる。
「ユフィール先生意地悪!!もうっ、ルーヴァには優しいのに。…あ、ルーヴァは一緒じゃないんですか?」
「ギルド覗いてから宿行くってよ。そんなに長居はしねえだろう。」
セレーヌとユフィールの会話だが、二人の後をついて行きながらホリンは耳を傾けていた。
(ギルド?)
アスタルテにもギルドはある。ギルドとは世界中に点在しており、失せ物(者)探しや猛獣退治、指名手配者捕獲などの依頼を掲示している。賞金稼ぎはその依頼をこなして金を稼いでいるのだが、当然依頼内容で金額は大きく異なる。金額の提示は依頼者とギルドの経営者が決めていることが多い。
ギルドに立ち寄るのは浮浪の旅人が多く、出入りできる者の身分は問われないので市民の生活の場とは離れた立地にある。ホリンはギルドに赴く用事もないので行ったことはないが、あまり良いところではない印象を持っていた。
しかし闘技場で活躍する剣闘士がギルドで賞金稼ぎ業をやることも実際には多い。ルーヴァもその一人だ。
ユフィールがさらりとギルドと言ったので心配はないのだろうが、それでもルーヴァが危険な依頼を受けたりしないか気になってしまう。
というか、ユフィールと一緒にいたのかということも気にしてしまうホリンであった。
「ギルドには俺が頼んで行ってもらったんだよ。地方のギルドはどうか知らないが、ここはそんなに危険な奴らは出入りしてないしな。」
ホリンが訝しげにしているのに気付いたのか、ユフィールが補足する。心の中を全て見透かされているようでホリンは居心地の悪さを感じた。
「頼んで…ってなんでですか?」
ついでに聞いてみるが、ユフィールはにやりと笑って、
「秘密。」
と言っただけで教えてはくれなかった。
陽が完全に落ちるころ、一行は宿屋に到着した。
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