第16話

ユフィールが部屋に戻ると、ガントとホリンが晩酌を始めたところだった。これはもう見慣れた光景で、夕食と風呂を済ませたホリンはここへやって来ることが多い。口数の少ないギガントだが、ホリン相手だと話が合うようで、よくしゃべっていた。セレーヌほどではないにしろ、ホリンもなかなかのしゃべり好きらしい。

「お邪魔してます、ユフィール先生。」

「おお。毎日よく話すことあるな。」

「だって、知りあってまだ10日?くらいでしょう。趣味とか、家族のこととか、聞いてたら時間足んないですよ。」

「それもそうか。今日は何話してたんだ?」

ユフィールがグラスを出し、ホリンがその中にブランデーを注ぐ。わずかな氷も入れて喉を潤した。

「ガント副船長の奥さんて、ユフィール先生のお姉さんなんですよね?ていう話です。優しくてきれいな人だって。」

「優しい?あの女が??」

優しくてきれい、とガントがのろけたのだろうか。実の姉ながらそんな印象などもったことないユフィールには信じられない。

「美人といえば美人かもしれねえが、優しいとは対極のようなドS女だぞ?ガントの嗜好が人と違うんだよ。」

「お姉さんと仲悪いんですか?」

「いや、仲が悪いわけじゃねえけど。…うまく言えねえな。」

優しいとは思ったことないし、実際優しくされた記憶があるわけではないが、ユフィールは姉を尊敬している。

ユフィールの家系は男女に関わらず、第一子が後継者とされる、貴族の中でも異質な忍部隊だ。姉・リーディスは幼い頃から女頭領となるべく厳しく教育されているのに対し、ユフィール自身はかなり自由に育てられた。姉から優しさが欠如しているのはその崇高な任務のためであること、自分を殺して任務を遂行せざるを得ないことを、ユフィールはきちんと理解している。

だから姉を尊敬しているのだ。ただそれを人に言うのは気恥ずかしい。

「リーディスは優しくないわけじゃない。人にそうと気付かれないようにしているだけだ。ユフィールはあんな風に言っているが、本当は分かってるんだよ。」

「う…っ」

さすがに付き合いが長いだけあってガントには見破られている。

「へえ~。なんか、良い奥さんなんですね。」

ホリンは素直に感嘆した。優しくないだのドSだのと言われても、結局弟や夫が理解を示してくれるのはやはりリーディスという女性の人徳なのだろうと思ったのだ。

「そういうホリンはどうなんだ?結婚はまだにしても、アスタルテに彼女置いてきたんじゃないのか?」

いきなりのユフィールの質問にホリンは戸惑った。少し、痛いところを突かれたのだ。

「いや、実は別れたばかりだったので………」

ルーヴァに惹かれ始めていることは伏せておいたが、別れ話と聞いたらユフィールに興味を持たれてしまった。

「ふ~ん、何で?振られたのか振ったのか、どっち??」

「おい、面白がるな。不謹慎な。」

「いいじゃねぇか。話した方がすっきりするもんだろ?」

たしなめるガントに悪びれる様子もなく、ユフィールはホリンのグラスにブランデーをなみなみと注いだ。さっさと白状しろと言わんばかりの行動にホリンは心の中でため息をつく。

ホリンとしては特に未練のない話なのだが、人に話したいような内容でもない。なのに、話さないと今夜は解放されないような気がした。

「一か月ほど前に振られたんですよ。でも今は何とも思ってませんよ、本当に。今考えたらそんなにいい女でもなかったし……」

「なんとも思ってないことあるかっ。そもそも、そこからじゃ分からないから、最初っから話せ。出会いから。あと名前も。」

「えぇーっ!」

(完全に面白がってる…)

助けてもらおうとギガントに目配せしたが、ガントは黙って首を振る。諦めろ、ということらしい。

「名前はメイヴっていう同い年の女の子で、仲良くしてくれてた士官学校の先輩の妹さんでした。その先輩と何回か一緒にご飯とか行ってたら、付き合ってくれって言われたんですけど…とにかく金のかかる女で……。高いジュエリーは欲しがるし、レストランは高級店しか嫌だって言いだすし、着ているものもよくよく見るとかなり高額の品でしたよ。毎回見たことのない服とかアクセサリー着けてるし、なんでそんなにお金があるんだろうと思ってたら、俺の他にも男がいたらしくて…問い詰めたら…」

「じゃあもう別れましょって?」

「…はい…」

最後まで言わずともユフィールには伝わったらしい。当時は辛かった一言を見事に再現してくれた。

「女を見る眼がないんだな。高くつく女なんて大体みればわからねえか?」

「付き合う前までは真面目そう、清楚そうに見えたんですよ…騙されたんですかね?」

「俺にはなんとも言えねえけどな。次の女を早く見つけろよ。こんな男だらけの船じゃ難しいか。」

「そうですね…」

とりあえず、当たり障りなく返事はしておいた。ユフィールは感が鋭そうなので、ルーヴァへの気持ちを感づかれかねない。もしも、ルーヴァの思い人がユフィールでなかったらこの気持ちを相談できたかもしれないが。

「そういえば、ユフィール先生って奥さんいないらしいですけど。なんで結婚しないんですか?」

ホリンは気になっていることを聞いた。ルーヴァと現状どういう関係かは分からないがユフィールの方はルーヴァをどう思っているか探ってみたかったのだ。

「なんでって言われてもなぁ…相手とタイミングがなければできないし。」

「彼女がいなかったわけじゃないでしょう?モテそうだし。」

長身でクールな顔立ちに頭もいい、街にいたら女性の方から声がかかってもおかしくないだろうとホリンは思った。

「ホリン、こいつは確かに女にモテるんだが、一人の女と長続きしないんだ。」

「…まさか、とっかえひっかえ、とかじゃないですよね…?」

ガントが横から教えてくれたのだが、予想外の言葉にホリンは驚く。

「おいおい、誤解を招く言い方しないでくれよ。…本気のつもりで付き合うんだけど、途中からやっぱり違うって気付いちまうんだよな。」

違うと思ったら別れるのは早い方がお互いのため、とユフィールは付け足す。ばつが悪いのか、煙管を取り出して吸い始めた。ガントが冷たい視線を向けている意味がホリンには分からなかったが。

「…そうやって何人かと別れるとさ、もう結婚とか考えられなくなるもんだ。向いてないんだな、きっと。」

煙を吐いてブランデーを飲む。空いている二人のグラスにも注ぎながらため息をついた。諦めにも似た言葉を紡ぐユフィールはいつになく頼りなく見える。

「この先は分からねえだろ。…まだ諦めることはない。お前が望めば、の話ではあるが。」

「はは、ありがとよ。」

なんでも器用にこなせるタイプのユフィールだが、恋愛に関してはなぜか他の事のようにうまく立ち回れないでいたのをガントは近くで見てきた。ガントもユフィールも貴族の家系なので、国に対する忠誠心はあるのだがユフィールはそれが強すぎるように感じている。愛か忠誠か。常に忠誠を取ってきた結果、ユフィールは愛を失っていた。もっとうまくバランスを取れるやつなんてたくさんいるし、はるかに自分の方が不器用だし、とガントは不思議に思う。次こそは上手くいく恋愛をしてほしいと願っていたのだが、よりによって娘同然のルーヴァとは、複雑な心境だ。もちろん、この場では言えないが。

ホリンから見たらユフィールはできる大人の男で、奔放に恋愛を楽しむタイプに見えた。だが実際恋を楽しむ余裕は持てなそうなことが意外に思える。

「今彼女はいないんですか?」

話の流れで核心に触れてみた。ユフィールはすぐには答えず、

「…想像に任せる。」

とだけ言った。

そのあとはまたホリンの元カノの話に戻ってしまい、居心地の悪いまま夜は更けた。

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