第6話

「エーディンとホリン、ちょっといいか?」

コーヒーを飲み終えてもまだダラダラとおしゃべりしているセレーヌを遮って話かけてきたのはフェリスだった。

「あまり眠れなかったと思うけど、身体の調子はどうだ?セレーヌ、二人が疲れてるようだったらおしゃべりもほどほどにな。」

慣れない船の上での夜に、船長は気に掛けてくれていたようだ。確かに二人は揺れが落ち着かなくてようやく眠れたのは明け方になってからだった。

「はぁい。でも、何かに集中してないと船の揺れに酔っちゃうかもしれないじゃない。キャプテンもお茶飲む?」

口を尖らせながらセレーヌは返事も待たずにキッチンへ向かった。

「船酔い…二人とも大丈夫か?もし気分が悪ければ酔い止めの薬を処方してもらうといいけど。」

「あ、はい私は大丈夫です…」

「俺も…ちょっと寝不足だけど。」

フェリスは空いている椅子に腰かけながら、二人の顔色をうかがう。いきなり連れてこられた船でよく眠れるはずもないことは承知しているようだ。

「セレーヌはおしゃべりが好きだからな。無理して付き合わなくていいぞ。

 …でだ。かなり急にここまで来たから、家の人も心配してるんじゃないか?船の伝令係が帰ってくれば手紙も出せるから、それまでにご家族宛に何か書いておくといい。」

便箋とペンを二人に渡してフェリスは言った。まさか手紙を書けるとは思ってなかった二人は困惑する。

「で、伝令係って…?」

帰ってきたらってことは今船にはいないのだろうか。フェリスはただ笑っている。

「帰ってきたら改めて紹介するよ。と、いうよりは紹介してもらえ。そろそろ帰ってきてもいい頃だからな。もっとも、今帰って来られたら少し困るんだが。」

「??」

歯切れの悪い言い方だ。何が困るのかは分からないが、とにかく手紙を書けるのはありがたい。

「ありがとうございます…助かります。」

何を書こうか、迷う。伝えたいことがあるし、聞きたいこともある。エーディンは少し考えた後、気になったことを聞いてみた。

「これって、返事をもらうことってできるんですか?」

一方的な文と、返事をもらえるものとでは多少内容が異なる。

「ああ、そう言って出せばちゃんと返事をもらってくるよ。」

これを聞いて、安心した。

「ホリン、何か書く?」

「…姉さんが代わりに書いて。俺、そういうの得意じゃないから。」

「そう…」

なんて書きだそうか。まずは、心配かけてごめんなさいかしら。それから私とホリンは無事ですって書いて…

エーディンはペンを取り、書きだした。

そのとき、セレーヌが人数分の紅茶を運んできた。小腹が空いたのか、ちゃっかりお菓子もトレイに乗っている。

「あ、お手紙?いいわねぇ。うちの伝令は優秀だし。…ちょっと問題あるけど。」

(問題?)

手紙を書けるのはうれしいが、さっきから伝令に関しては不安を煽られているようだ。

「ねぇ、ホリン君達のご両親てどんな人?」

セレーヌのおしゃべりが始まった。手紙を書いてるエーディンはそっとしている。さっきまでは船に乗っている船員達の話題で散々しゃべったというのに。

「おい、セレーヌ。しゃべってないと落ち着かないのか?後でもいいだろ。」

「つめたぁい!ひどい!あたしはエーディンさんとホリン君が早くみんなと馴染めるように頑張ってるの!!」

「自分が楽しんでるだけだろ。お茶はありがとう。」

フェリスとセレーヌはいつもこんななのだろうか?親子ほど年が離れていると言っていたが、もっと近しい存在に見える。

「騒がしくして悪いね。セレーヌも悪気があるわけじゃないんだよ。年の近いお客さんが来てはしゃいでるだけだから。」

「そ、そんな子供じゃないもん!!」

ムキになって反論するところをみると、ほぼ図星のようだ。

二人のやり取りが可笑しくて、エーディンはクスクスと笑いだす。エーディンが笑顔になったことで一同は安心する。つられてホリンも笑いだした。

「姉さん、笑ってないで、早く手紙書いちゃえよ。」

昨日あんなにつらい思いをして、今笑えるのは奇跡だと思った。もちろん、悲しい気持ちはまだ無くならないだろうし、笑えるといっても、ほんの一時的なものだろうが。それでも、船の人たちが自分たちを気遣ってくれるのが分かってうれしい。海賊船と思っていたが、悪い人たちに到底思えなかった。

「…なんか、甲板がうるさくない?」

セレーヌの言葉に耳を澄ますと、確かに船員達の怒号と動物の鳴き声のような音が聞こえてきた。

「あぁ、メルが帰ってきたのか。…タイミング悪いなぁ、ルーヴァが体調悪い時に。ちょっと甲板に行ってみるか。エーディン、危ないからホリンの後ろにいたほうがいい。ちょっと好き嫌いが激しくてね。」

笑いながら言うが、甲板の騒ぎはただ事には思えなかった。

近づくにつれ、怪我を負った船員達が屋内に非難してくる。

「船長っ!!ルーヴァの姿が見えなくて、メルクリウスのやつ暴れてんですよーーっ!なんとかなりませんか?!」

屋内の扉の隙間から甲板を覗くと、一匹のドラゴンが奇声を発しながら船員達相手に立ち回っていた。船員達はドラゴンを捕らえようとするが、飛竜が相手では分が悪い。

「もしかして、伝令って…」

ホリンが呟くと、フェリスが紹介してくれた。

「そう、あのドラゴンがうちの伝令係のメルクリウスだ。アンピプテラっていう種族らしく、1メートルほどの子供のドラゴンだよ。…見ての通り気性が荒くて危ないやつなんだけど。」

この騒ぎをどうしたものかと思いながらホリンとエーディンに紹介する。

「船長、それどころじゃないでしょ!ルーヴァ起きれないですか?!」

「そうだな…セレーヌ。悪いけど、ルーヴァが起きれるか聞いてみてくれ。」

「わ、わかったっ。エーディンさん、外でたら駄目だよっ!!」

セレーヌは急いでルーヴァの部屋へと向かった。

「なんでルーヴァなんですか?」

「あいつは赤ん坊のころルーヴァが拾ってきたんだ。ずっとルーヴァが世話してきたからルーヴァには懐いてるんだけど…他の奴にはさっぱり。しかもルーヴァがいないとあの暴れっぷりだし。ルーヴァがいれば少しは大人しくなるはずなんだ。」

船員達が次々と屋内に退避してきた。

メルクリウスは甲板の縁に停まって不機嫌そうな声をあげた。

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