第4話

会議室とは言っても、船上の中の一室なので広さはそれほどではない。一人でも多く入れるように机は出してしまったが、10畳程度の部屋に十人以上はさすがに狭いが誰も文句を言うものはいなかった。

一同揃い、フェリスはどこから話したものかと思案したがとりあえず口を開いた。

「親切な盗賊が教えてくれたんだが、そもそも、今回の盗賊襲撃の目的は金品の強奪でも、町人の虐殺でもなかった。」

教えてくれたと言っているが、おそらくは聞き出したのだろう。一番奥に位置する椅子に浅く腰かけ、フェリスは続ける。

「盗賊達の真の目的は、ある結婚式を挙げるカップルの、新郎を殺し、花嫁を連れ去ることだったんだ。」

結婚式、という言葉に、一気にざわざわと騒ぎ出した。

エーディンの顔が青ざめていく。

「まさか…なんで??」

呟いたホリンも信じられない思いだった。

「腐敗した国家にありがちな、国と盗賊のつながりだよ。国が盗賊に依頼したことなんだ。城下町を襲うことを軽い罪にしてやる代わりに、ある新郎を殺して花嫁を連れてこい、っていうね。」

アスタルテ王家は確かに黒い噂は前からあったが、まだわからない。国が一人の花嫁に執着するのが。そこにいる全員がそう思った。

「ライクアード家といえば、アスタルテの侯爵家。国王や王子、王女とかのトップと顔を合わせることもあったんじゃないか?王子の中の一人がどうやらエーディンのことを見初めていたらしい。」

「え?」

エーディンには全く心当たりがなかった。たしかに、国のパーティーや、侯爵のパーティーでは王族と会うが、挨拶程度しか会話した覚えがない。が、ホリンには思い当たる節があるようだった。

「そういえば、王族からの遣いが家に来ていたことがあったよ。養父さんに聞いたら、姉さんのところに来た王子との縁談の話だったって。でももうバルドルさんとの結婚が決まった後だったから受けなかったけど…バルドルさんの家も宰相家で立場があったし。…なにより、養父(とう)さん達は王子に嫁がせたくはないみたいだった。」

「フェリスの言っていたように、国と盗賊が癒着していたとしたら、お父上の賢明な判断だったな。確かに、アスタルテ国王は盗賊を真剣に取り締まったりしていない。癒着というのもかなり昔から噂されているほどだ。本来なら、民のために国と国王はあるべきだが、アスタルテ国王は自分のために民がいると思ってる。そんなところに嫁に行ったら、いくら玉の輿とはいえ幸せになれるとは思えんよ。」

ユフィールは世界各国の世情にも詳しい。どこから仕入れる情報かは知らないが、ユフィールの言っていたことに間違いがあったことはそうそうない。

「そんなわけで…あのまま帰しても国王と王子がエーディンを狙っているのは変わらないからな。結婚相手だった男がいなくなった今、今度求婚が来たら断る理由もなくなってしまう。とりあえずは攫われた呈でいれば国王と王子も、侯爵家に無理な要求もしないだろうし。と思ってエーディンを連れ去る形になってしまった。」

フェリスが一息つくと、場がしんとなった。

(本当に…助けてくれたんだ)

ここまでの話を聞いて、あれほど帰りたいと思っていたエーディンに迷いが出てきた。フェリスの話が本当なら、バルドルを殺した黒幕と結婚する羽目になるかもしれない。そんな人生があろうか…

「さぁて、エーディンにホリン、どうする?帰るのを希望するなら最短ルートでアスタルテに向かうし…」

と、行ったところでセレーヌが口を挟む。

「待って待って、それってすぐに決めなきゃいけないこと?こんな話聞いて、少し整理する時間はあげられないの?最短で行ったって1カ月はかかるんだし、考えさせてあげようよ。」

「…と、うちの姫が申してるが、そうした方がいいかな?」

確かに、さきほどの話が本当なら今どうしたいかと聞かれても、決められない。せめてアスタルテがあの後どうなったか、国王がどう出るかの情報があればいいが、今の状況ではなんともいえなそうだ。

「はい、…少し、時間ください…」

エーディンは小さな声で答えた。複雑な気持ちが胸を支配する。

「ホリンは?」

「姉さんがそういうなら…」

「決まりだな。7日後位には決めてくれてくれるか?アスタルテに向かうかどうかの分岐点がそのころになりそうなんでな。」

ここで、これまでの経緯の説明は終わり、船で生活する上での説明が始まった。


自己紹介を行い、二人を加えて部屋割を新たにした。

セレーヌの部屋にエーディン、ホリンはアーヴィンの部屋に当てられた。

異議を唱えたのは、アーヴィンだった。

「…なんで俺の部屋なんですか…」

鋭い視線でホリンを睨む。エーディンに剣を向けたことといい、どうやら彼はトラブルメーカーのようだ。

(なんでそんなに嫌われてんだ、俺…)

そんなこと言われるくらいなら、こっちだって別の部屋にしてほしい…、そういう願いは叶わなかった。

「年が近いだろう?」

船長に替って部屋割をおこなっているガントは平然と言う。10代の船員はセレーヌ、ルーヴァとアーヴィンだけだ。

「ルーヴァは今一人部屋だろ?ルーヴァが俺の部屋に来て、こいつは一人部屋にすればいいじゃないですか!」

ホリンも内心、それに賛成していたのだが、

「絶対に嫌だ。」

ルーヴァの素っ気ない返事であえなく撃沈した。

「わかったら解散。セレーヌ、食事の準備頼むな。」

「はぁい。」

それが合図になったかのように、船員達はそれぞれの持ち場や部屋に戻っていった。

ホリンとアーヴィンの間に気まずい沈黙だけが残る。

「あの、…よろしく…」

耐えられずホリンは声をかけたが、やはり睨まれた。

拳を強く握って睨みつけるアーヴィンだったが、

「…来いよ!」

諦めたように、ホリンを部屋に案内した。


船員達の部屋は二階にある。

船長は一番船尾側の一人部屋、その手前にセレーヌが使っている女性部屋、その向かいに副船長とユフィールで一部屋、セレーヌの隣はルーヴァが使用している。要は、船の古参のメンバーでセレーヌの部屋の周りをガードしているのだ。船上の一部屋は4畳程度の広さしかない。2段ベッドが2つあるにはあるが、男性が寝るには少々狭すぎる大きさだ。

アーヴィンは船長と反対に一番船頭側であった。

「ルーヴァに傷をつけたこと、許さねえからな。」

部屋に入るや、またしても敵意の眼差しを向けられる。ホリンが仲間を傷つけたことに憤っているらしかった。

「あ、…あぁ、ごめん…戦いになると夢中になって…」

と言ってはみたが、冷静に思い出すといきなり船に乗り込んで戦いを吹っ掛けたのは自分の方だ。何を言われても仕方がない。

「ベッドは余ってる方使え。共同の風呂と便所の掃除は当番制だから、おまえもやれよな。洗濯してほしかったらセレーヌに頼んでおけよ。自分でやってもいいけど。」

目を合わせずにアーヴィンはつっけんどんに話す。

洗濯といわれても、着てきた陸軍の制服しかない。しかも結婚式に参列していたので式典用のほうである。

(貸してくれって言えないし…肩身が狭い…)

そこに扉をノックする音がした。

アーヴィンが返事をしながら扉を開けると、訪ねてきたのはルーヴァだった。

「ルーヴァ、どうしたんだよ?」

アーヴィンが声を弾ませる。

「…ホリンは?」

「……いるよ。」

そう聞くとルーヴァは部屋に入ってきた。アーヴィンとルーヴァ、仲が悪いというよりは、一方的にアーヴィンが嫌われているような感じがした。ルーヴァに相手にされないアーヴィンにまたしてもホリンは睨まれる。ルーヴァが手に持っていたのは着替えだった。

「これ、男物の着替えなら買い置きが結構あるから。ユフィール先生と背格好似てるから近いサイズ持って来たけど、合わなかったら言ってくれればまだあるよ。」

ぶっきらぼうな言い方ではあったが、着替えはありがたい。それに額の包帯が痛々しい。戦いの上でのこととはいえ、胸が痛んだ。

「ありがとう。…額の傷はごめん。…大丈夫だった?」

「…別に。先にこっちから仕掛けたんだし。出血の割に傷はたいしたことなかったよ。痕もほとんど残らない。…あぁ、船長が、食事までに船内をアーヴィンに案内してもらえって。」

そう言った瞬間、

「なんで俺が?!」

アーヴィンにまたしても拒絶されてホリンは途方に暮れる。短い期間かもしれないが、仲良くしてくれる気は全くないらしい。

(前途多難…)

「アーヴィンがイヤなら私が案内するから、アーヴィンは部屋に残ってろ。」

アーヴィンの子供じみた言動にルーヴァはため息をつく。どうやらルーヴァには嫌われてるわけではなさそうでホリンは少し安心した。冷たい印象を受ける話し方だが優しい少年のようだ。

「いいよ、やるよ!!行くぞっ」

そう言って、渋々ホリンを連れていった。


「なんでそんなにルーヴァに執着するんだ?」

一通り案内され、部屋に戻る途中でホリンは思い切って聞いてみた。アーヴィンの言動から察するに、鍵はルーヴァのようだと思ったのだ。船内を大まかに案内してくれたはいいが、それ以外の会話がまったくなく、居心地が非常に悪い。

「………」

案の定というか、返事はなかった。それどころか、冷たい視線が返ってきた。

(ぅう…っ針の筵…)

「…惚れてんだよ…」

これ以上詮索はするまいと決めた時、ぼそっとアーヴィンは答えた。

「へっ?」

気のせいだろうか。ホリンは困惑する。

「…ルーヴァに惚れてんだよっ!悪いかっ!!」

それだけ言うと、ホリンを見もせずズカズカと部屋に戻ってしまった。

(…ナルホド…)

立ち尽くしたまま一人納得していた。

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