第3話
じりじりと二人は距離を詰める。
「まずいかもなぁ…」
眉間に皺をよせながら、ユフィールは呟いた。ルーヴァは若く体格も華奢で、顔立ちも整っていて美しい麗人だ。しかし双剣の扱いは抜群で腕力なないが素早い動きで相手を翻弄し、ガタイのいい戦士にもそうそう負けることはない。年が近い相手にはなおさらだ。
しかし、ホリンの殺気だった気配にはただならぬものがある。ホリンの剣にはアスタルテ軍の紋章が刻まれていて、この少年がアスタルテの軍人だとわかる。一体どのような訓練を行っているのかは分からないが、アスタルテ軍人は世界でも抜きんでて強い。1対1となるとその強さをより発揮する。
さまざまな相手と戦闘になったが、ルーヴァはまだアスタルテ軍と剣を交えたことはなかった。自惚れるタイプではないが、ユフィールから見ればまだアスタルテ軍と戦うには無理があるような気がする。
先に仕掛けたのはルーヴァだった。
素早くホリンの左側に回り込む。ルーヴァの得物の双剣はリーチの短さというハンデを、身のこなしと両手で攻撃できるメリットでカバーしなければならないが、ルーヴァは上手く使いこなしていた。
一方のホリンは軍人が最もよく使う、サーベルよりやや重量感のあるバスタードソードだ。手数よりも一撃の重さが特徴的な武器だが、ある程度の腕力がないとその利点を生かすことができず、重さがデメリットとなってしまう。
左からの最初の突きを完全にホリンは見切っていた。しかしそれはルーヴァも計算の内で、ホリンが剣で受けると同時に背後に回る。普通ならここまでのルーヴァのスピードの速さに相手は動揺してしまうものだが、ホリンは冷静に動きについてきていた。ルーヴァにバックを取らせないよう、態勢を変える。ルーヴァは2撃目を繰り出したが、正面で受け流されてしまう。動きを読まれているかのようだった。
(……っ!!)
一旦ルーヴァは再び距離をおく。ホリンの動きの速さは逆にルーヴァを焦らせた。スタミナがないことは自分の弱点だと、ルーヴァはよく知っている。一気に決着をつけなくては圧倒的に不利だ。
だが、次はホリンからの一撃だった。ルーヴァに態勢を整えさせる前に仕掛けたのだ。正面から剣を薙ぎ払い、ルーヴァはやっとのことで防いだ。素早く重い一撃は、ルーヴァの次の動きを鈍らせる。サイドからのホリンの攻撃に片手で防ぐしかなかった。反応は遅れたが、もう一方の手で攻撃をしようとした時、ユフィールが叫ぶ。
「ルーヴァ、後ろに跳べっ!!」
「!!」
ホリンの剣が下から振り上げられてくるのが見えた。
上体を捻りながら、ユフィールの指示通り、後方に跳ぶ。
そのままホリンから距離を取った。
「痛っっ……」
鋭い痛みとともに、生ぬるい血が顔と服を汚しているのを感じる。頭部に巻いていたバンダナが切れてはらりと地に落ちた。
「ルーヴァっ!!」
口々に叫ぶ声がする。ルーヴァの雰囲気が一気に殺気立った。
見守っていた船員が全員戦闘準備を始める。中でもひときわオーラを変えたのはユフィールとガントだった。次にホリンが攻撃を仕掛けたら二人とも飛び出す算段だ。ホリンのスピードを目の当たりにした二人は、ホリンに気取られないよう、距離を詰める。
ホリンとルーヴァの戦いに気を取られていたが、思わぬところで空気が変わった。
「きゃぁーーっ!!!」
悲鳴はエーディンのものだった。
声の方を向けば、エーディンの喉元に短剣が当てられ、目には涙が滲んでいる。腕を後ろに固めて短剣を持っているのはすさまじい形相でホリンを睨んでいるアーヴィンだ。
「おい、剣を捨てろ!でなきゃ女を殺すっ!!」
言った途端、その場が凍りつく。
「早くしろっ!!」
なおも喚くアーヴィンに舌打ちし、ホリンは睨みながら、一瞬躊躇はしたが剣を遠くに放る。
「…剣は捨てたぞ。姉さんを離せ。」
これでアーヴィンが女性を離せば船長が攫ってきた女性の一件は片付くかと思われた。ルーヴァは納得するか分からないが、船上の誰もがそう思った。確かにフェリスは誰にも渡すなと言っていたが、ここに単身乗り込んできた彼女の弟であればフェリス本人が納得してくれるだろう。アーヴィンの強引な手は解せないところはあるが、頭に血が上ったルーヴァを鎮めるには有効だった。女性を離せば。
しかし、皆の思いとは裏腹にアーヴィンはまだエーディンを離そうとせず、驚くべき言葉を発した。
「ルーヴァ、早くそいつを殺せ!!」
ホリンは息を呑んだ。甘かった…。海賊を相手に簡単に武器を手放したことを後悔したが、姉を人質に取られている以上、いずれにしても抵抗には限度がありそうだった。必死で、姉と二人で生きて帰れる策を考える。
助けは思いもしないところから出された。
先ほどまで剣を交えていたルーヴァが血を滴らせながら、ズカズカとアーヴィンの方へ近づいて行く。そして、力の限りアーヴィンの顔面を殴り飛ばした。
「…ぐっ…っ!」
ルーヴァは美しい顔を歪ませ、
「…卑怯者…っ…」
と、吐き捨てた。
この間にガントがエーディンの手を引き、拾った剣とともにホリンに渡す。
「うちの船員が大変無礼な真似をして申し訳ない。怪我をしたのはこちらだけのようだし、それで良しとしてもらえないだろうか。」
大きな体躯を折り、ガントは深々と頭を下げた。
予想外の展開にホリンとエーディンがあっけにとられていると、アーヴィンが涙交じりに叫ぶ声が聞こえてきた。殴られた頬が腫れている。口の中を切ったらしい。
「ルーヴァが誰かに負けるなんて、認めねぇからなっ!俺がルーヴァに勝つまで、ルーヴァが負けるなんてありえねぇんだよっ!」
この言葉を聞いてさらにルーヴァは拳を振り上げる。
「負けるなんて言葉、連呼するなっ…」
もう一度殴ろうとした拳をユフィールが止める。
「こいつの制裁は後にして、おまえは先に額の治療だろうが。切り傷を甘く見るな。」
額にガーゼを当てられ、ユフィールの言葉にようやくルーヴァは落ち着きを取り戻した。
「…はい、…でも、その前に…」
ルーヴァはホリンとエーディンのもとへ行き、ガントの隣で同じように頭を下げた。
「船長が留守とは言え、船上で危険な目にあわせてしまい申し訳ありませんでした。」
自分が傷つけた相手に頭を下げられて、ホリンは居心地の悪さを感じた。さらにユフィールまでやってきて謝罪を述べる。
「すまなかったな。船長もこんな目に遭わせるために連れてきたわけじゃないはずなんだが…。こんなガキが額から血ぃ流してるのに免じて、許しちゃくれないだろうか。」
ルーヴァの頭を撫でながらユフィールまで頭を下げた。これを見ていた船員達は副船長始め古参のメンツが頭を下げているのに倣い、全員が頭(こうべ)を垂れた。張本人のアーヴィンも泣きながら項垂れている。
(これが…本当に海賊?)
想像とは掛け離れた海賊達に、ホリンとエーディンは驚愕した。
「…このまま俺達を帰してくれれば…」
何も言うことはない。
赤く染まったガーゼに胸が痛んだが、大した深さじゃないはずだ。
「わかっている。本来なら送ってやりたいが、こちらも出航の時間が近い。…すまないが。」
ユフィールが答えるが、その時船が傾いだ。陸から少しずつ離れて行く。遠くから騒がしい声が聞こえてきた。
「え?」
これから帰ろうと思っていた矢先、きれいに別れられると思っていただけに二の句が継げない。
ユフィールの怒声が飛ぶ
「何してんだっっ!!!」
怒鳴られたのは操船員のオルガ。しかしオルガは、
「船長帰還ですっ!出航の合図が出てますのでーっ!!」
いくらもしない内にフェリスが長い髪をなびかせて船に飛び乗ってきた。陸では追ってきたらしい盗賊が罵声をあげているが、その数はざっと20人はいそうだ。
「悪い、撒こうかと思ったんだけど、さすがに多すぎて無理だった。」
息も乱さず、呑気にフェリスは言う。瞬く間に遠くなる陸に、ホリンとエーディンは青ざめた。ユフィールの顔に青筋が見える。
「おい、フェリス…花嫁を攫ってきてそのまま連れて行っちまおうて魂胆だったのか?…ちゃんと説明をしろ。」
「いやいや…ひとまず、ここで安全を確保して、盗賊騒ぎが収まったら帰そうとは思ってたんだ。だけど、ちょっと剣呑な話が聞こえてきたんで…ちゃんと説明するからその前に、ルーヴァの手当と、お嬢さんはドレスのままじゃ冷えるだろうから着替えてもらおう。」
「ちっ…わかったよ…。セレーヌ、もう出てきてもいいぞ。」
とりあえず、始めから連れ去り目的ではなかったようでユフィールも安心する。ユフィールの声にセレーヌがすぐに出て来る。様子が気になって仕方がなかったようだ。ルーヴァの額の目をやると、心配そうに声をかける。
「血…いっぱい出てる!大丈夫なの?!」
「大丈夫だよ。そんなに傷が深いわけじゃないから。ユフィール先生、お願いします。」
そう言ってルーヴァとユフィールは医務室へ消えていった。
「キャプテン、おかえりなさい。」
フェリスには怪我がないようでほっとする。
「ただいま。セレーヌ、このお嬢さんに洋服貸してやってくれないか。サイズが合いそうなやつ。」
「はぁい。行きましょお!えぇと…名前、聞いてなかったね。」
セレーヌはエーディンの手を取って明るく言った。
「ぁ…と、エーディン・ライクアード…と、弟のホリン…」
帰れない、こんな状況なんて悪い夢をみているようだった。日が暮れて、風が冷たく肌を刺す。
「よろしくね。じゃ、こっちに来て。寒いでしょ。」
エーディンがセレーヌと消えると、フェリスはホリンに声をかけた。
「俺はこの船の船長、フェリス・ピークス。突然お姉さん攫ったりして、本当にすまなかった。状況を説明してから、帰るかどうか決めてもらうよ。海流の関係上、すぐにはもどってこれないけど。しかし追ってきてるのには気付かなかったな、ルーヴァの傷もホリンか?」
船長はどこか飄々としているような口調で話す。海賊、フェリス・ピークスに持っていた印象と掛け離れていてホリンは気持ちの整理がつかない。以前見かけたフェリスの手配書には極悪人の文字が書かれていたし、懸賞金も相当な額だった記憶がある。はっきり言って、混乱していた。
「彼を傷つけたことについては、すみませんでした。でも、どんな理由だったにせよ、家には姉とともに帰してもらいます。」
「そうか…まぁ、結論は急がなくてもいいか。ところで、ルーヴァと戦ってどうだった?」
フェリスは煙管を取りだし、火を落としながら世間話でもするかのように聞いてみた。率直に、ルーヴァに傷を負わせることができる者からルーヴァの弱点を聞いてみたかったのだ。強くなりたいと、ルーヴァが強く願っているのはフェリスも知っている。ホリンが船にいる間に、成長してくれればと思う。
「そうですね…動きは速かった…力はないけど、それをカバーできる手数の多さはあるんじゃないかと思います。冷静に状況判断もできるし、反射神経もいい。だけど、双剣は動きが読みやすいです。身体も小さいから攻撃できる範囲も限られるし…身体が成長するまでは、体術を組み合わせるか、カウンターを狙った戦い方をしたほうがいいんじゃないかと。もちろん、危険ですが。」
軍に所属し、さまざまな戦いかたを学んでいるホリンはほんのわずかの時間の中で感じたことを述べた。戦い方においてこれが一番というのは、戦士の力、体格、手癖など、いろいろな要素を見極めなければ決められないが。
「…そうか。よくそれだけ冷静に見れたな。…年は?」
「17になります。」
「17?なんだ、ルーヴァやセレーヌと同じだったか。同い年に傷つけられたなんて聞いたらルーヴァはさぞかし悔しがるだろうな。」
「お、同い年?!」
思わず素っ頓狂な声をホリンはあげてしまった。
ガキと言ってしまった…がとても17には見えなかった。身長はおそらく165cm程度だろうが、幼く見えているのは身長というよりは顔立ちと声ではないか。というより、自分と同じ年の少年と少女がなぜ、海賊船に乗っているのかが気になった。
「…あの、なんでそんな年で海賊に…?」
「…一応、海賊を名乗ったことはないんだが…まぁ、あいつらもいろいろあったんだよ。二人に限らず、ここに来るのは大体数奇な人生送ってて、日陰の道を歩いてきたやつばっかりだ。…あまり詮索はしてやらないでくれ。」
はぐらかされた。
「結構冷えてきたな。中に入るか。そろそろ二人も終わったろうから。」
そういうと、船の一番広い会議室に案内された。
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