第2話

「遅いな、フェリスのやつは何してるんだ。ったく…」

ピークス船団立上げ以来の古参、船医も兼ねるユフィールがため息をつく。フェリスとは同年で40歳になるというが、そうは思えない若々しさだ。

船長であるフェリスがなかなか戻らず、気が立っているらしい。もうすぐ出航の時間だというのに、キャプテン自ら遅刻というのは滅多にあることではなかった。

「街で盗賊の襲撃があったらしいから、巻き込まれているんでしょうか。リュートの報告では、複数の盗賊団が結束して街に襲いかかったらしいです。…今度こそ単独行動をやめさせなければ…」

「盗賊団が複数?なんだそりゃ。」

ルーヴァの説明にユフィールは考え込んだ。通常、盗賊や山賊といった手合いの連中は縄張り意識も強く、お互いに干渉しないことが多いからだ。一致団結して襲撃などほぼありえないし、偶然にしては不自然すぎる。

「まぁなんにせよ、戻ってきたら説教だな。騒ぎまで持って帰ってきたらなおさらだ。」

「…お願いします、ユフィール先生。」

ユフィールは船長に堂々と意見も言うし、皆の前でも平気で説教もする。それでフェリスは平気なのかと言うと、平気なのだ。二人の信頼もあるし、船長としての威厳もフェリス自身はそれほど気にしていない。フェリスは船長という役職にユフィールを推したこともあったが、頑なにユフィールが拒んでいる。副船長すら、やりたくないと言ってきかない。副船長はからだが大きく寡黙なガントという男でフェリス、ユフィールと並んでピークス船団の立上げメンバーだ。この3人の友情は他の船員達には計り知れない。

「ルーヴァ、キャプテンまだ戻らないって本当?」

ユフィールと話していたルーヴァに声をかけたのはセレーヌという少女だ。ルーヴァと同年の17歳、短めのボブカットがよく似合う可愛らしい顔立ちの古参の船員だ。彼女は非戦闘員で食事の支度を主に行っているが、さまざまな本を読むのが好きで特に薬草学に精通している。船医であるユフィールのアシスタント的存在でもある。

「キャプテンはいつも一人で行動するんでしょ?大丈夫かなぁ…」

いつもは明るいセレーヌだが、戻らない船長が気がかりのようだ。

「大丈夫だよ。逃げ方もちゃんと学んでる奴だからな。」

戦闘の多い海では戦って勝つことが最善ではないことも多い。そのため常に周囲には逃げ道を確保するように船員達は鍛えられていた。

 と、そこへ船へ向かってくる人影が見えた。物見が叫ぶ。

「キャプテンだ!ガント副船長、ユフィール先生!船長が帰還しました!!」

「やっとか…。んん?なんか担いでるな。」

駿足のフェリスはあっという間に船に飛び乗り、唖然とする船員達に詫びた。

「遅くなって悪かったな。ちょっと野暮用が…まだ終わってないんで、もう一度出て来るから少し待機していてくれ。」

担いでいたウェディングドレス姿の女性を降ろし、平然とフェリスは言う。

あまりの平然ぶりにユフィールは全員の気持ちを代弁して怒鳴る。

「どんな野暮用でどこぞの花嫁を攫ってくるんだよっ!!」

「それは後で説明するから。あ、誰が来ても渡さないように警護しといてくれよ。」

言うや否や、これ以上の非難は聞かんとばかりにすでに走り去ってしまっている。

肩から降ろされたのはいいが、エーディンは新たな不安が込み上げてきた。

「ここ…どこ…?」

エーディンの発した一言で、船のクルー達は我に返った。一番初めにエーディンに声を掛けたのはセレーヌだった。取り残された女性が心配なようだ。

「あのっ…うちの船長が大変失礼しました。怪我はしてないですかっ?」

「は…ぃ…あの、ここは…」

エーディンはまだ事態を呑みこめていないらしく、上手く言葉を出せない。

いつの間にかルーヴァがブランケットを手にやってきていた。

「フェリス・ピークス船団ですよ。ここらあたりじゃ聞いたことないかもしれませんが。」

船の名前を聞いてようやく思い出した。どこかの国へ家族と旅行に行ったとき、高額な懸賞金が記載された船長・フェリスの手配書を見かけたのだ。ブランケットを受け取り肩に羽織りながら恐る恐る確認してみる。

「フェリス・ピークスって…海賊…?」

盗賊に襲われた次は海賊に攫われる、そんな信じられない事態に気が遠くなりそうだった。

「海賊ってわけじゃないの!私達はむやみに人を襲ったりしないし、船長だってすごく優しい人だから怖がらないで?攫われて不安なのはわかるんだけど…キャプテンが戻ってきたらちゃんと帰すように話すから!」

年下の少女に必死に力説されてほんの少し気持ちが和らいだ。目の前にいる少女が海賊の一味なのが信じられない。

「あたしはセレーヌっていうの。ブランケットを持ってきたのはルーヴァ。怖い顔してるのはお医者さんのユフィール先生。」

「怖い顔で悪かったな。」

悪かったなといいつつ、セリーヌにこう言われるのは慣れている。

「フェリスはそう遅くならないうちに戻るだろうから、少しお茶でも飲んで………と思ったけど、また客だな。」

船内に一瞬にして緊張感が走る。

船の外で見張りをしていた船員が倒れた音が聞こえた。

大きな跳躍で船に現れたのはまだ若い騎士。

「…ホリンっ!!」

息を切らせ、険しい表情で船内を睨みつけているのはエーディンの弟のホリンに間違いなかった。

「…姉さん、無事…??」

ここまで必死に走ってきたであろう様子に胸が熱くなる。フェリスが走っているところを見かけて追ってきてくれたのだろう。

「海賊ども…姉さんを返してもらうぞ。」

剣を抜き、一人一人を威圧しながらエーディンまで近づこうとする。

ただならぬ雰囲気の弟に、なんとか落ち着いてもらいたくて声を掛けようとした瞬間、ルーヴァがエーディンの前に立ちはだかった。

「…悪いけど、この女性ひとを誰にも渡すなっていうのは船長命令なんだ。今渡すわけにはいかない。」

フェリスに忠実なルーヴァは、命令も忠実に守る。

姉の前の小柄な海賊に、ホリンは剣を向けて威嚇した。

「ガキ、そこをどけ…死にてえのか!」

姉を連れて帰りたい一心で、ホリンは必死の形相だ。

「セレーヌ、危ないから奥に入ってて。」

不安そうなセレーヌはルーヴァに言われる通り、奥の船室に入っていった。

避けられそうにない事態に、船員達は息をのむ。


ホリンとルーヴァ、戦闘態勢にはいった。

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