25.接敵ガチャ

 



 ようやく辿り着いた地下は明るい石造りの広い部屋があった。その部屋からは方々に坑道の様な道が幾つも伸びている。部屋の奥にはいくつかの木箱が積まれており、これが職業抽選紙だろうとレンは判断した。


 ……しかし、職業抽選紙と二人を遮るように、赤い鼻を付けた白髪青年が立ち塞がっていた。青年はレンよりは少し背が低いぐらいで、ブカブカの服を着ており、まるで赤い鼻とブカブカの服でピエロのような格好であった。


「あれあれあれぇ、あなたたち見ない顔だね。……僕はラスティよろしくね」


 まるで子供を楽しませるように、無邪気な態度で自己紹介するラスティ。怒鳴る訳でもなく困惑する訳でもないその不自然な態度と、奇抜な服装に道化恐怖症ではないが、イツキは何故か恐怖を感じてしまう。……しかし、レンはイツキよりも恐怖を感じていた。


「(イツキ、こいつはヤバいぞ……。今まで見た中で一番オーラが眩しい)」

「(……眩しいって何さ? ……よく分からないけど、とにかく運がめちゃくちゃいいってことでいいの?)」

「(……そうだ)」


 レンからするとラスティの姿は金色のオーラを身にまとい、まるで全身を金箔で塗り固めたかのように見えた。ここで戦うのは得策ではないと考え、レンは穏便にこの場を収める方法を模索する。


「……退いてくれないか? 私たちはそこの木箱の中身を返して欲しいだけなんだ」

「それはできないないんだよ、ごめんね。僕にも仕事っていうのがあるのさ」

「……仕事かどうかは知らないが、それは盗まれたものなんだ」

「しつこいなぁ! 僕には関係ないでしょ!」


 ラスティは態度を豹変させると頭を掻きむしり始める。


「レン……ここは一旦逃げない?」


 あまりにものラスティの不気味さに怖気付くイツキ。しかし、レンは首を振って否定する。


「ここで逃がせば職業抽選紙はこの坑道から何処かに運ばれるだろう。……そうなってしまったら、私たちだけで回収は不可能だ」


 結局戦うしかないのかとイツキはホームランバットを構える。


 ラスティは頭を掻きむしるのを止めると、スッキリした表情を浮かべ、こちらに微笑みかけた。


「さあ、始めようか! この世界は確率世界、運がいい者が最強の世界。僕の運とあなたたちの運、どちらがより優れているか命を賭けよう」


 唐突な開始宣言に動揺することなく、レンは躊躇なくラスティに手に持っていた業火の炎を投げつける。……しかし、業火の炎はラスティに届く前に運悪く火が消えてしまった。


「ダメダメダメ、ダメだよ! そんな運じゃ僕は倒せないよ」


 その光景を見ていたレンは驚きに硬直する。


(……なんだあのオーラの動きは! まるで生き物みたいに炎をかき消したぞ……)


 レンが見た光景はラスティが纏うオーラが、自由自在に動いてラスティを業火の炎から守った光景であった。


「さぁ、次は僕から行こうかな。『ダイスロール』!」


 ラスティはいつの間にか指に挟んでいた三つの六面ダイスを宙に投げる。そして、それを横から掴み取った。


「出目は六四五。まぁまぁか、な!」


 ラスティは言葉を言い切ると同時に地面を蹴り、驚きで硬直したいたレンへ突進していつ間にか取り出したナイフで斬りつけたくる。──咄嗟にイツキが間に割り込みホームランバットをナイフにぶつける。ラスティはホームランバットに弾かれるが──地面につま先を突き刺して、地面に跡を残しながら勢いを殺す。


 一方、イツキは手元のホームランバットが半ばから先が無くなっており、斬られていることに気づく。今までにホームランバットが壊れたことがなかったので、このラスティが今までとは規格外の相手だと思い知らされる。


「……イツキ、助かった」

「いつも助けてもらってるし、お互い様だよ。……それよりも、俺たちだけであいつに勝てるかな?」

「分からないが、やるしかないだろ……」


 レンとしても逃げたい気持ちで一杯だったが、背中を向けた瞬間にあの瞬発力で斬り付けられるのは目に見えていた。


「……何今の攻撃は!? それ反則じゃない!? ずるいずるいずるいッ!!」


 ラスティは突然怒りながら地面を蹴り、今度は狙いをイツキに変えて斬り付けてくる。ラスティのナイフの軌道はイツキとラスティの身長の関係で振り下ろしのみなので、斬撃が飛んでくる場所の予測は比較的に簡単であった。イツキは次元収納にストックしてあったホームランバットを頭上に振って弾く。


「また、その反則をしたなッ! 僕がしたいのは運での勝負なんだ! 運が関係ないものを使うのは禁止だと言ってるだろ!」


 訳の分からないことを叫びながら、ラスティは愚直に斬り続ける。イツキはホームランバットの残数を数えながら、時には避けて無理そうだと判断したら弾いていく。


 レンはイツキの援護のために今度はラスティに石を放つが、オーラによって逸らされて当たる気配は一切ない。それはラスティも理解しているようで、レンに一瞥も向けることなくイツキだけを執拗に狙い続ける。


 レンはイツキにも当たる可能性のある石の攻撃は止めて、攻撃されていない時間を使いラスティの観察をすることにすることにした。……そうしていくつか分かったことがあった。


 運が良い奴が最強と豪語したラスティは言葉通りに運で守られていた。これは運のオーラが自動的に動いて、攻撃を迎撃するシステムであった。……ならば何故ホームランバットで弾けるのかだが、ホームランバットには運も弾く力もあるのが、レンの『幸運視』で見て取れた。

 なのでラスティはイツキが攻撃を弾いた時に、反則などと言ったのだろう。


 次にオーラは人間に干渉できないことだ。もしも、オーラが人間に干渉することができていれば、イツキはとっくに転ばされるなりして、攻撃を受けているはずだからだ。


 ……レンはそこに光明を見出す。即ち、人間に干渉ができないということは、直接攻撃ならば当たるということだ!


「……レン! もうっ、ダメそう!」


 ラスティの相手を続けていたイツキは、そろそろ体力の限界とホームランバットの本数の限界を迎えていた。 


「あと一度だけ弾いてくれ!」


 レンはそう言ってラスティがこちらを見てないのを利用して、ラスティの背後へと回る。


「さっきからごちゃごちゃうるさいなぁ! いい加減倒れろよ!」


 ラスティは苛立ちながら学ばない斬撃を放つ。イツキはそれを慣れた手つきで打ち返した。

 レンはこの瞬間を待ってましたと言わんばかりに、既にラスティが下がって来るであろう場所で待機していた。レンは後ろに下がってくるラスティの背中を拳で打ち抜く。


「いい加減にしろッ!」

「ぐっ……」


 残念ながらラスティのオーラをレンの運では抜けることができず、クリティカルにはならない。しかしながら、殴りのダメージはラスティに入ったようで呻き声を上げる。ラスティは地面に爪先を突き刺していたこともあり、突然背中から殴られてバランスを崩して前へと倒れる。

 レンはその無防備なラスティの背中に蹴りを落とそうとしたが、ラスティは横に転がり、その勢いで立ち上がると地面を蹴って距離を取った。


「……また運が関係ない攻撃をしたな、もう許さないッ!」

「 そんなに運の勝負がしたいんだったらカジノとかに行ってよ!」

「それだと運が最強だと証明できないだろッ!」


 イツキは殴られたことよりも、運に拘るラスティの執念に恐ろしくなってくる。


「僕は運と運の勝負がしたいってさっきから言ってるよね……」

「なんでお前のルールに勝手に付き合わされないとダメなんだよ!」

「あなたたちがその気なら、無理やりさせるまでだよ──『一発逆転』!!」


 ……ラスティがスキルを叫ぶが何か変わったことが起きる様子はない。だからといって仕掛けようにも、ラスティには瞬発力による斬り付けがあるためので迂闊には近づけない。


 膠着状態となり少しの静寂が流れ、それを破るようにラスティが楽しげに声を上げる。


「──賭けを始めよう! 僕はこれから六面ダイスを振る。これから出る目が六かそれ以外。……どっちに賭ける?」


 ラスティはルールの説明を終えると、イツキに視線を向けた。イツキは開きたくもないのに、口が勝手に動くのを感じる。


「そ、そんなの、それ以外に決まってるじゃん……」

「おい、イツキ何やってるんだ!?」

「……違うんだって! 口が勝手に動いたんだよ!」


 ラスティはニヤリと笑みを浮かべて、自身の腹部にいつの間にか手に持っていたナイフを突き刺した。


「ナイフが刺さっちゃったよ、どうこの姿面白い?」


 ラスティは腹部にナイフが刺さっているにも関わらず、笑みを浮かべてお道化る。


「何やってるんだよ!」


 突然の奇行にイツキは声を上げる。


「その様子だと、面白くないみたいだね。まぁ、そんなことはどうでもいいのさ。さぁ、賭けのじかんだよ!」


 ラスティは腹部にナイフを突き刺したまま、サイコロを上に投げて掴み取った。


「さてさてさて、結果はジャカジャカジャカジャン!」


 口から血を流しながら陽気にドラムロールを口ずさみ、六面ダイスを掴み取った手を開く。


「六でした、残念ッ!」


 ──その瞬間にラスティの腹部の傷、そして頭から流れる血と全ての怪我が消し去られ、出会った時の同じ姿になる。レンがその光景を驚く横でイツキのか細い声がした。


「──なにこれ……?」


 イツキは突然生じた腹部の暖かみに身体を見下ろすと、何故か自分の腹部にナイフが生えているのが見えた。……ナイフを認識した瞬間に、イツキは腹の異物感とそこから伴う鋭い痛みに支配され、腹部に手を当てて地面に転がる。


「あぐうっ……がはっ」

「イツキッ!」


 イツキの腹からは血が滲んで、口からは血が零れ出る。レンは急いでイツキに駆け寄ってナイフを抜き。二日前にすぐに使えるようにと瓶詰めした、一滴のエリクサーを口に含ませる。

 エリクサーの効果は抜群で傷はたちまち治るが、痛みでイツキは気を失ってしまった。


「何邪魔するのさ! 賭けに負けたんだからそいつは死ぬべき人間だったんだぞ!」

「……黙れ」

「何が黙れだよ! 卑怯者の癖に!」


 レンの心はぐちゃぐちゃであった。イツキの死にそうな姿と傷付けたラスティに対する怒りと憎悪で。しかし、感情がレンの許容値を超えてしまい逆に冷静にさせる。……レンは青年を決して許さないと、倒す手段を頭の中で計算を始める。


 イツキの身に起こった現象は見た限りは、ラスティの傷の肩代わりであった。あの賭けに負けると勝利者の傷が敗者に移るとレンは推測する。

 いくら相手に傷が移ると分かっていても、自分の身体に刃物を刺すなど正気の沙汰ではない。それを相手を攻撃するために躊躇なく行えるラスティは異常であるといえる。


「卑怯者というのだったら──運で真っ向勝負といこうか」


 ……しかしながら、レンはそんなラスティに正面から挑む。レンの纏う空気が変わったことに気付いたラスティは気付かぬ間に一歩後ろに下がる。


「どうしたんだ後ろに下がって? お前がずっとガキみたいにやりたいと叫んでた運の勝負だぞ」


 レンに指摘されてラスティは自分が後ろに下がっていたことに気づく。


「ああっ! もちろんだよ! 僕は運の勝負がしたいんだ。僕は何がなんでもこの世界で運が最強だと示すんだ!」


 自分の怖気を誤魔化すようにラスティは声を出して前へ出る。


「だったら、さっきの賭けで勝負しないか?」

「言われなくてもそうするつもりさ! 『一発逆転』!」


 ラスティは今まで『一発逆転』を使用して負けたことがなく、それに加えてコケにされた相手ともなれば、最強の技で屠るのが道理であり、躊躇なく『一発逆転』を使用する。


「これから僕はサイコロを振る。今回はフィフティー・フィフティーでの勝負だ。三以下か四以上、どちらに賭ける!」


 ……普段のラスティであれば、イツキの時と同様に圧倒的に不利な方がある二択を作り、その不利な方に賭けていた。……しかしながら今回はフィフティー・フィフティーと、自分でも理解していない恐れにより半々で勝負してしまう。


「僕は負けない僕は負けない僕は負けないッ!」


 ラスティは自分は怖気づいていないと言い聞かせるように、また何処かから取り出したナイフを勢いよく腹部へと突き刺す。

 ラスティはレンに視線を向けて賭けさせようとするが、レンは強制的に口が動かされる前に答える。


「四以上だ」


 ラスティはレンの答えを聞くと同時に六面ダイスを宙に投げるが──その瞬間にレンはラスティに向けて石を放った。案の定であるが石はオーラに逸らされ、あらぬ方向へと飛んでいく。

 ラスティはその間、石に視線を向けることなくサイコロを掴み取る。


「……それがあなたの起死回生の一手かな? サイコロを投げる瞬間でも意味はないよ。どんな時にも僕には攻撃は当たらないからね、ハハッ!」


 サイコロを投げる瞬間であれば攻撃が当たると考え、それが外れたレンにはもう打つ手がないだろう、とラスティはレンを嘲笑う。


「……一体何を言ってるんだ? 私はお前に攻撃したんじゃない。不正野郎が振ったサイコロを正常に戻しただけだ」

「……僕が、不正野郎だって?」


 レンの視界から見たサイコロは、ラスティのオーラで出目が操作されていた。……これではラスティが賭けに勝つのは決まったようなものであった。

 なのでレンが勝利するためには、六面ダイスを操作するオーラの邪魔をする必要があった。そのためにレンは観察で分かったオーラの性質を利用した。

 オーラは自動的に攻撃を迎撃するということは、六面ダイスを振られた時にラスティを攻撃すれば、六面ダイスを操作していたオーラは強制的にラスティの守りに使われるという訳だ。


「さっきから見えてるんだよ。お前がサイコロを操作してるのがな」

「僕は操作なんてしてない。……してないしてないしてないッ!」


 口から血を飛ばしながら叫ぶラスティは、笑みを消し去りレンを呪い殺さんとばかりに睨みつける。


「不正をしてないと思うのだったら。その握られた拳を開くことだ。いや、少し待て、今の賭けはお前の言うフィフティー・フィフティーではないな」


 レンはそう言うと意趣返しのようにニヤリと笑みを浮かべ、イツキに刺さっていたナイフを自身の腹部に突き刺す。


「……な、何を、してるんだい」


 レンは今まで自分にナイフを刺してた奴が何を言ってるのかと、おかしくなるが説明してやる。


「運が良いのはな、お前だけじゃないんだよ!」


 いくらラスティの運の干渉が無くなったからといって、出る目が本来のランダムに戻っただけである。……なので、ここからが本当の運の勝負であったのだ。


 痛みに慣れていないレンはラスティと違い、今にも膝から崩れ落ちてもおかしくなかったが根性で立ち続ける。


 レンが危険を顧みずに何故自分の腹部にナイフを刺したかといえば……これしかレンには勝ち目がなかったからである。たとえこのまま賭けでレンが勝ったとしても、ナイフが刺さった状態で平然と話すラスティ相手に、レンは自分だけで勝てる気がしなかった。

 しかし今なら、賭けに勝ちさえすれば確実にダメージが与えられる好機であったのだ。


 自分にナイフを突き刺す程のレンの自信を見て、ラスティは自分が負けるのではという、実感の籠った初めての不安が込み上げてくる。


「さあッ! お前が運で最強と豪語するなら、その手を開きやがれッ!」

「うわああああぁぁぁぁッ!!」


 ラスティは自分の不安を誤魔化すように叫びながら……自身の拳を開いた。


「──出目は六、私の勝ちだ」

「嘘だ嘘だ嘘だッ!」


 賭けの結果が決まり、レンの怪我が消え失せる。それと共に腹部に二本のナイフを刺したラスティが前に倒れた。その衝撃でナイフは深く突き刺さり、地面に血溜まりを作り上げる。


 レンは口に残った血の味を感じながら、ラスティに背中を向けたのだった。


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