23.茶番ガチャ

 



 ギルドを出た二人は周りの目を気にせずに「盗まれた職業抽選紙」と思いながら導きの杖を倒す。傍から見れば完全に変人だが、そんなことに構っている暇はない。導きの杖は課金者ギルド支部の正面の建物を指し示す。


「素直にあの建物に職業抽選紙があればいいんだが、実際はもっと先なんだろうな……」


 導きの杖は使用者が探したいものの場所を真っ直ぐ指すため、探す人と探し物の間に障害物などがあると、正確な場所を割り出すのが面倒になるデメリットがあった。


「地道にやるしかなさそうだね……」


 イツキたちは何度も導きの杖を立てては倒しを繰り返し、場所を絞り込んでいく。そうして二人は薄暗い裏路地に辿り着いていた。


「杖が指す方向から考えるに、この辺りのはずだが……」

「まさに悪いことをしてそうなところだよね……」


 生ゴミの臭いが漂う汚れた細い路地を、二人は慎重に進んでは導きの杖で確かめる。……その内に路地を出たイツキたちは、明らかに空気が変わった場所へと出る。


「なんだかここら辺、明らかに建物がボロボロだね」

「貧民街って奴だろ……」


 イツキたちが裏路地から抜け出して辿り着いたのは、地面は舗装されておらず土がむき出しで、ボロ屋が立ち並ぶ場所であった。

 こんな場所にいればゴロツキなどに絡まれそうで、イツキはビクビクしながらレンの後を追う。しばらく導きの杖を倒していると、


「どの方向から倒してもここを指し示すな。どうやらここで確定みたいだな」


 この辺の建物の中では一際大きい木造の平屋を、導きの杖はどの方向からでも指し示す。


「まだ、王都にあってよかったぁ……」


 まだ職業抽選紙は王都から持ち出されておらず、なんとか首の皮一枚繋がったと二人は安堵する。


「どうして俺が見張りなんてしなきゃなんねぇんだ! どうせこの場所なんて分かりっこねぇっての!」


 ──突然、建物の扉の前から男の野太い怒鳴り声がする。


「(これは、今から逃げも間に合わないな。イツキ、これで俺を叩け)」

「(えっ、いきなり何?)」


 レンはイツキにドッキリ木刀を渡して、地面に寝転がり蹲る。それと同時に扉が開く音がした。


(ええい、流れに身を任せて同化するしかない!)


 イツキはレンがやろうとしていることを長年連れ添った勘で理解し、高めの声でレンを叩き始めたのだった。



「おい、オッサン。大人の癖にこれっぽっちしか持ってないのかよ! 大人なのに情けないなぁ!」

「すみません、これだけで勘弁してください……」


 扉を出た男は目の前で行われている、子供が大人を木の剣で叩きのめしている光景に唖然とする。


「俺みたいな子供にボコられて、課金者とか笑えるんですけど。だからいつまで経っても無課金、というか無金なんだよ!」

「……ごめんなさい、許してください」


 クソガキの憎ったらしい声と、殴られる男の情けない声に、男は自分は何を見せられいるんだという気分になり、元々短気である男は怒りが湧いてきた。


「おい、お前ら! ここはオッサンを殴る場所じゃねぇ! 邪魔だ、どきやがれ!!」


 男がそう怒鳴り声を上げると、クソガキと情けない男は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。


「……なんだったんだアレは?」


 男はおかしな二人に疑問を持ち始めていたが、忘れることが得意な男は見張りをさせられたことを思い出して怒りが再熱し、おかしな二人の記憶はすぐに忘却してしまった。



 貧民街を抜け出して裏路地に戻った二人は無事に乗り切ったことで、互いの顔を見合わせて健闘を褒め合う。


「ふぅ……無事に逃げ切ったね」

「……そうだが。オッサンってなんだ?」

「演技だよ、演技! その方がオヤジ狩りみたいで雰囲気出るでしょ!」

「そもそも私は声を出すつもりはなかったんだが、お前のせいで面倒になっただろうが……」


 滅多に見ないレンのヘタレた姿を思い出して、イツキは笑いが堪えられず漏れる。


「ぷぷっ、あのレンの許してくださいは笑えるなぁ」

「……黙れ」

「グハッ……」


 そんなイツキには容赦ないクリティカルのボディがお見舞いされた。


「ここだとまだ近い、場所を移すぞ」

「……ま、まって」


 その後、大通りに出た二人はまだ昼食を取っていなかったので、観光も合わせてこの辺りで人気の食事処へとやって来ていた。普段は屋台かギルドに併設された酒場で食事を済ますことが多いので少し新鮮な気持ちになる。

 二人はオススメと書かれた謎の肉の料理を頼む。運ばれてきた料理はステーキの様な見た目の肉が皿に乗せられた、ワイルドな料理であった。


「……んんっ、そういえばなんで、あんな面倒なことしたの?」


 イツキは硬い肉を咀嚼しながら、普段なら嫌がるであろう情けない演技をレンがしたのか気になり質問する。


「それはな、相手に追っ手が来ていることを悟られたくなかったからだ。もしも私たちがあの場で普通に逃げていれば男はこの場所がバレたと思っただろう。……だが、あえて残って茶番をすることで相手の警戒心を解いた訳だ」

「そんなに上手く行くものなのかなぁ」

「後は私の運を信じるしかない……」

「ここに来て運だよりかぁ」


 二人は肉が硬かったが久しぶり食べたステーキは意外と美味しかったという感想を抱きながら、レンの運を信じて夜までの間に準備を進めることにした。



 明かりのない、先も見通せない程の暗闇が支配する王都。時間は既に深夜を回り、電灯などない王都の夜には人の姿はないと思われたが……、


 ……課金者ギルドの前に数人の人間が集まっていた。


「頑張って協力してくれる人を集めました!」


 受付嬢は自分の後ろに立っている二人をイツキたちに紹介する。


「おらはタイタツだ。ラリアちゃんの為なら何処にだって参上するだべ」

「何が参上するだべ、だ。田舎モンがよ。俺はサーベイ、ラリアちゃんを影から護るものだ」

「何が影からだべ。ただのストーカーじゃないか」


 癖の強い二人にあまり関わりたくないと、簡潔にイツキたちも挨拶を交わす。


「俺はイツキです」

「レンだ」


 ここで受付嬢──ラリアは自分がまだイツキたちに自己紹介していないことに気づく。


「ギルドで受付嬢をしているラリアです。皆さんよろしくお願いします」

「よろしくです」


 レンは本当にこんな面子で大丈夫かと不安に思いながら、見つけた盗人の潜伏場所の説明を終えると作戦会議を始めた。


「お前ら得意なことはないか? 私は敵をぶん殴ることだ」

「俺は身体の小ささを生かすこと……です」


 ……イツキは自分で小さいと言って勝手に落ち込む。ちなみに何故レンの得意なことが敵をぶん殴ることかといえば、運が自分より低ければクリティカルヒットが発生するからである。


「おらは普段パーティではタンクをしてるだ。だから攻撃を受けるんだったら任せてくんろ」


 タイタツと競うようにサーベイも声を上げる。


「俺は扉の解錠と気配を消すのが得意だぜ」


 そう言うとサーベイの姿が突如見えなくなった。


「……えっ、どこに行ったの?」

「ここだぜ」


 いつの間にかサーベイはイツキの後ろに回り込んでいた。


「凄っ!」

「サーベイ、お前は鍵開けと先にアジトに潜入して中の報告を頼む。タイタツは突入時に先頭を任せた」

「「おう!」」


 仲が悪いのか良いのか分からない息のあった返事と共に、二人は役割を請け負う。


「イツキは私と一緒に職業抽選紙の確保だ」

「わかった」


 イツキは初めて自ら赴く戦場に緊張の面持ちで頷く。


「すみません……わたしはどうしたらいいですか?」


 自分だけ何も言われなかったラリアが、おずおずと自分は何をすればいいかと尋ねてくる。


「お前は私たちが朝までギルドに戻らなかった時に、衛兵に伝えてくれたらいい」

「……頑張ります」

「ラリアちゃんをお前呼びだって……おらだってしたことねぇんだべ!」

「そうだ、そこの優男め! 貴様にラリアちゃんをお前と呼ぶ資格はない!」

「ソウカソレハスマナカッタ」


 棒読みでレンはうるさい二人に答えると、盗人の潜伏場所へと向かった。


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