16.契約ガチャ
二階の応接間へと案内される二人。応接間はこじんまりとしていたが、高そうな壺やら武器が飾ってあり、殊更場違い感をイツキに感じさせる。部屋の奥にアルシールが立っており、中央には恰幅のいい男がソファーに沈み込むように座っていた。
イツキたちが席に付くと、職員が異世界で初めて見る紅茶らしきものを運んでくる。イツキは飲んでいいのか分からなかったが、恰幅のいい男が口をつけたので、イツキもワクワクしながら口をつける。……しかし、舌が子供になっているせいか、とても苦く感じてすぐにテーブルに戻した。
「一体何の用だ?」
レンも一口紅茶を飲むとマナーなど気にせずに、異世界に来て敬語をかなぐり捨てたレンは単刀直入に話を切り出す。それを見て相手に合わせてなのか恰幅のいい男も言葉を崩しながら話し始めた。
「まずは自己紹介ぐらいしようじゃないか。わたしはこのギルドを任されている、ジルフォードだ」
つまりはこの商業ギルドのギルドマスターと理解したイツキは、レンに今からでも敬意を表した方がいいんじゃないと視線を送る。
しかし、レンはそれを無視して話を進める。
「私はレンでこっちがイツキだ」
どうやら変える気は一切ないようで、イツキはしょうがなくレンの横で頷く。
「それでキミたちへの話ってのはね。商業ギルドの専属にならないかっていう話なんだ」
突然の専属という言葉にイツキは驚いていたが、レンはアルシールの反応やわざわざ重役が現れたことから、そんなところだろうと考えていた。なので動揺することなく、いつものように疑問をジルフォードにぶつける。
「専属ってのはどういう扱いなんだ?」
「まずは素材の売却はうちだけにしてもらう。その代わりに値段にはもちろん色をつけるよ。加えて専属になれば商業ギルドの専属として他国への入国が楽になる」
ジルフォードの話にレンは不敵な笑みを浮かべ、
「──それだけならダメだな」
と一顧だにせずに提案した案を切り捨てた。
まさか断られると思っていなかったジルフォードとアルシールは驚きを隠せない。
普通の課金者なら信用のある商業ギルドの専属で、更には普通よりも高く買取るという話だけで垂涎ものなので、普通の課金者なら詳細など聞かずに即答していてもおかしくない。
しかしその手強さに、しばらく自らが交渉などしていなかったジルフォードは楽しさも感じた。
まるでレンはこの契約を無下にしようとしているように見えるが、そうではなく、自分たちが少しでも有利に契約を結べるように、契約を持っていこうとしているだけだった。
何故ならレンの頭には昨日のヤマモトの話が残っており、課金者ギルドに頼り切りではもしもの時に危険と感じていた。なのでこの話は渡りに船であったのだ。
「私たちは既に課金者ギルドでの高待遇を約束されてる。国に入国なんて別に課金者ギルドだってできることだろ?」
レンは課金者ギルドで入国できるかなんて、全く知らなかったがハッタリをかます。どうやらそれは正解だったようでジルフォードは頷いた。
「なるほど、課金者ギルドでの優遇が約束されているか……具体的にはどのような待遇なのかな?」
レンは自分たちが転移者であることを隠しつつ、課金者ギルドでの待遇を話す。
(住まいの確保に職員として毎月の給与。それにガチャの優先。……課金者ギルドの精一杯を感じるね。これは真剣に唾をつけて置いた方がいいかもしれないな)
無課金者には高待遇すぎる内容だったが、嘘だと断じて商機を逃す方が愚かと判断して、ジルフォードはこの場では全てを信じて、裏付けは後から取る事にした。
「ならばレンくんはどのような待遇がお望みなのかな?」
交渉を有利に進めるためにジルフォードはレンを試すように、自分が望む待遇を尋ねる。
「──私たちが作製したアイテムを買い取ってくれないか?」
ジルフォードはレンが要求するであろう考えとして、契約金の要求や冒険への投資などを予想していたが、思いもしなかった答えに唖然とする。
「……作製した物を売るだって!? キミたちは課金者だろう? なのに物作りなんて出来るのかい!?」
「私たちの一族は元々は薬師だったんだ。……今は廃業したがな。それでその時に作っていたポーションを売ろうと思っているんだが……」
レンは今適当に考えた設定を話す。
「現物は今ここにあるのかい?」
「……急なことだったからな、残念ながら今手元にはない。明日だったら持ってこれるがな」
ジルフォードはレンに突然の呼び出しを遠回しに責められていると感じながら、ポーションを売るとして必要なことを確認する。
「それでそのポーションは下級や中級のどれに近いのかな?」
レンは商業ギルドから帰った後でポーションの試作をしようと考えていたので、効果など言われても分からない。……だが、ここで素直に分からないというわけにもいかずに言い訳を考える。
「……さっき、手元にないと言ったが、ないのは販売する用のポーションで原液ならある」
「……原液だって?」
「普段私たちは原液を数滴垂らすことで使っているからな。持ち合わせが原液しかないんだ。商業ギルドに怪我をしている人間がいるなら試してみるといい。例え欠損をしていても治ると思うぞ」
「欠損だって!?」
「そんな馬鹿な!」
ジルフォードだけでなく、ずっと無言で後ろに待機していたアルシールも衝撃の言葉に思わず声を上げる。
ジルフォードはアルシールに急いで商業ギルドで怪我をしている人間を探しに行かせる。少しするとアルシールは三人の人間を連れてきた。
一人目は片目を失明、二人目はは片足が義足、三人目は見た感じでは何か分からなかった。
「では早速ポーションの効果を見せてくれ」
「ああ、分かった。そこの義足の奴、外しておかないと大変なことになるぞ」
そう言ってレンは全員の舌の上にポーションを一滴垂らしていく。
すると、失明していた者の目には光が戻り、義足だった者には足が生え、最後の者は股間を抑えながら興奮で飛び上がる。
「……これは、凄い」
「えぇ、そうですね……」
「本来売るはずの商品はこれ程の効果を出すつもりはない。こんな万能薬が知られたら命が幾つあっても足りないからな。だから、お前たちも絶対に他言するんじゃないぞ」
レンが治療した三人に視線を向けると、三人は勿論だと何度も頷いた。
……ジルフォードはこれ程の効果を持つポーションが作れる二人が、何故課金者になったのだろうかと考える。──そして、思い至ったのだった。この親子でもなかろう二人は、すぐに金に飛びつかない金への無頓着さや先程の口止めから察するに、効きすぎる薬を開発したことで何者かに狙われ、他国から逃げ延びたの薬師だと。
そう考えれば他国に多くの拠点を持つ課金者ギルドが保護するのは当然であり、自然と辻褄があってしまう。そうとなれば受けない理由はないと、レンの嘘を好意的に解釈したジルフォードはこの話を受けることにした。
「……これに近い効果があるポーションなら大歓迎だ。契約はキミたちの商品の買い取りで行こう。……しかし、買い取るのならしっかりと数は用意してくれるのだろうね?」
「……その前に聞きたいことがあるんだか?」
契約が纏まりかけたところで、突然レンは表情を改めるとジルフォードを見つめる。
「……どうして私たちを専属にしようと思ったんだ?」
その質問に後ろのアルシールが顔を真っ青になる。イツキには何が起こっているのか分からなかったが、レンが悪いことをしようとしているのは分かった。
悲しいことに後ろのアルシールの姿が見えないジルフォードは、信用が売りの商人らしく素直に答えた。
「無課金者でRの魔物の素材を持ち込む、祈祷師がいて更には次元収納まで持っている課金者を雇わない理由はないだろう」
レンは針にかかった魚をゆっくりと引き上げる。
「何故あなたが私が祈祷師で次元収納を使えることを知ってるんだ? 私はそこの職員には他言しないように言ったんだが……。まさか、信用を大事にする商業ギルドの職員が、人の秘密をペラペラと喋るとは思わなかったな」
わざとらしい口調でレンが商業ギルドを非難する。自分が嵌められたことに気づいたジルフォードは振り返りアルシールを見る。
「すみません! 絶対に彼らを商業ギルドで雇わないといけないと思うばかりに!」
「謝るのは私ではなく彼らであろうが!」
「すみませんでした!」
今まで温厚だったジルフォードが声を上げてアルシールを叱る。ジルフォードとしてはギルドの利益を優先したアルシールを怒る気は毛頭なかったが、商業ギルドは決して部外者に秘密をバラすことを許さない、と二人にアピールするのが目的であった。
……しかし、ジルフォードのアピールは届かない。
「人の秘密をすぐにバラしてしまう商業ギルドと契約しても、本当にいいのか分からなくなったな? ……さてどうしようか?」
何かを期待するような口調で言うレンに、命が掛かっているために秘密を守れるかどうかを大事にする二人がまだ、許して商業ギルドと契約を結ぼうとしてくれていると考え、ジルフォードはこれを逃してはならないと新たな契約条件を述べる。
「……ではキミたちが持ち込んだ分の買い取りでどうかな?」
「あぁ、それで構わない」
相手にとても有利な条件で契約が纏まり、ジルフォードは疲れきった顔で頷いたのだった。
一方、レンは祈祷師であるとバレたのとを逆手に取り、上手いこと相手を嵌めれたことに満足した。
契約の話を詰めた後、レンは既に祈祷師だとバレていることを利用して、普段は聞けない祈祷師の話を尋ねる。レンは未だにこのまま祈祷師でいるのか迷っていたからだ。
「祈祷師というのは不思議な職業で、運という見えないものを操る職業でね。この職業になれるのは元々運がいい人間だけで、更に使用者の元々の運が良ければスキルで上がる運も高くなる。キミの持ち込んだドロップ品の話を聞くに、ここまで運のいい祈祷師は珍しいんだよ」
レンは祈祷師で運の良さに差があることに驚くと同時に、運がいいという言葉に引っかかる。
「私自身は自分が運がいいなんて思ったことは無いがな。──いや、いいのかもしれない」
「一体どっちなの!?」
……だが、引っかかっただけですぐに解決してしまった。
レンはジルフォードの話を聞いて、まだ祈祷師でいようと決めたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます