14.ドロップガチャ
【我が名は〝エリクサー〟】
そうイツキの頭の中でいつもの声が聞こえた。エリクサーといえばゲームなら完全回復、現実だと不老不死などの効果があるとされる万能薬だ。イツキは必死に頬の下に溜まっているエリクサーに舌を伸ばす。──すると、イツキの怪我は嘘みたいに治すというより……修復されていく。この現象に驚きながらも、イツキは身体が動くことを確認して急いで立ち上がった。
そして二足蝶の方を見ると、後ろからレンが猛スピードでこちらに突っ込んでくるのが見えた。
「……何やってんの!!」
イツキがホームランバットで重症を負ったことを考えれば、普通は助けるためにホームランバットを自分に使うなんてしないはずだ。しかしレンは自分にホームランバットを使い、現にイツキを助けに向かっている。
「もしかして、レン。……約束を覚えていたの?」
……なんだか嬉しいような。そのせいでレンが傷つこうとしていて悲しい不思議な気持ちになる。しかし、イツキは死を乗り越えたことで冷静さを手に入れていた。
「……バットで飛んできたってことは、俺がレンをバットで打ったら相殺されるはずだよね」
イツキはレンが飛び込んでくるであろう場所で、ホームランバットを構える。…………そしてすぐに「──死ね!!」と言う声と共に、二足蝶を突き破りボロボロになったレンが頭から飛び出してきた。そんな、ボロボロの姿のレンを見てイツキは怒りが湧いてくる。
「──何やってんだ! バカヤロー!!」
レンの速さは目に捉えられるものではなかったが、勘と運でバットを振る。そしてホームランバットはいつもの軽快な音を出した。どうやら勢いは無事に相殺されたらしく、不自然な程にピタリとレンは地面に落ちる。
「レン、大丈夫!」
イツキがレンの元に駆け寄ると、皮膚は焼けただれ、手首がおかしな方向に曲がったレンの姿があった。それを見てイツキの目から涙が溢れる。
「……な、泣くな。私が助けに、来たはずなのに……逆になって、るだろ」
「……そんな状態で喋ったらダメだよ! 急いで治すからレン、ポーションを借りるね! 『真名解放』!」
イツキはレンのポーチから下級ポーションを取りだし『真名解放』を行う。……そしてどんな怪我でも治してしまう、伝説のエリクサーをレンに振りかけた。
レンは到底下級ポーションなど使ったところで気休めにもならないと思ったが、みるみるうちに怪我が修復されていく光景を見て、その異様な現象にレンは驚きを隠せない。
「なんだこれ、怪我がおかしい早さで治っていく……」
「……ぐすっ、これまさに、チートだよね。俺もこれで助かったんだよ。レンの用意周到さがなかったら危なかったよ」
あまりにも非常識な光景にレンは思考を放棄する。そして二人で生き延びた実感を感じて笑みがこぼれる。
「……ふっ、私に感謝するんだな」
二人共服は血で汚れていたり、溶けて所々が破れていたりとボロボロだったが、エリクサーを使用した後には肌には傷一つなかった。
イツキはレンの怪我が治って安心したと同時に、無茶をして怪我をしたレンに怒りが湧く。イツキは自分の方が重症だったことも忘れてレンを叱る。
「……というかレン、あんな無茶して! 俺が機転を利かせてバットで打たなかったら、死んでたかもしれないんだよ!」
「そもそもお前が死にかけなかったら、私もあんな無茶をする必要はなかったんだ」
「……それはそうかもしれないけど、事実死んでないわけだし、それに俺がレンを守れずに死ぬわけないじゃん」
昔の約束を彷彿とさせる言葉にレンは体が熱くなる。それを誤魔化すように、そしていつも通りに見せるためにからかいの言葉を掛ける。
「…………何恥ずかしいこと言ってんだ、バカ」
「俺の渾身の言葉をバカって酷い!」
それはいつもと比べてぎこちないものだったが、イツキは病的な程に気づくことなくそれに乗った。
少し休息してから二人は二足蝶のドロップ品の確認を始める。二足蝶の死体は既に消滅しており、現場には魔石や羽、そして念願の体液が水溜まりを作っていた。だがそれらを霞ませる二足蝶の巨大な足が転がっていた。
「……うわぁ、デカいし気持ち悪いな」
「あまり直視もしたくないから、次元収納に閉まっておくか……」
「こんな大きいのどうやって入れるの?」
レンは二足蝶の足と羽根に近づいて手を触れる。すると、吸い込まれるように次元収納に吸い込まれていく。
イツキは普段手に持って直接次元収納に入れていたので、そんなやり方があったことに驚く。
「そんなやり方があったんだったら教えてよ!」
「こんなの普段使ってたら分かるだろ。だから知ってるかと思った」
イツキはレンにバカにされたような気がしてムスッとする。言い訳をするなら、イツキは子供の姿なので大きな物を持つことがないのだ。しかしそんなイツキのことを気にせず、レンはマイペースに気になったことを述べる。
「やはり体液を落とすってことは、あいつはアシッド・ワームの成虫みたいだな……」
「……やっぱり子供を殺したから襲いかかってきたのかな?」
「分からないが、その可能性が高そうだな……。今まで狩っても何も起きなかったから油断したな。次からはしっかりと調べないとな……」
イツキは魔石などの素材を拾っていき、レンは体液をギルドから貸し出された専用の道具で回収していく。そんなことをしていると、車のエンジン音が聞こえてきた。
イツキたちが作業の手を止めて、その方向を見るとジュリアとヤマモトが乗る魔鉄車の姿が見えた。
「おーい! 大丈夫か!!」
ヤマモトはイツキたちの前に車を勢いよく止め、背中の大剣を抜き放ち飛び降りた。
「どこだ、アシッド・バタフライは! 俺が来たからにはもう安心だぞ!」
せっかく助けに来てくれて、張り切ってるヤマモトにイツキはなんて声を掛けようかと迷っていたが、先にレンが言葉をかけた。
「助けに来てもらって悪いがもう倒した」
「嘘だろ……あいつはお前たちよりも二つランクが高い、
信じ難いという表情を浮かべていたヤマモトに、レンがドロップ品を見せることになった。その間イツキはジュリアに絡まれることになった。
「よかった……イツキくん。無事だったんだね。心配したんだよ!」
涙目でイツキの両手を握りブンブンと振り回すジュリア。イツキはわざわざ危険を顧みずに来てくれたことに感謝して、苦笑を浮かべながらも感謝の言葉を告げる。
「あ、ありがとう。……そういえばニジホはどうしたの?」
「あの子、いざ街に帰りついたら恐怖で動けなくなっちゃって。だから、部屋で休んでるわ」
「……あれを見たら仕方ないよ」
イツキは先程自分が倒した化け物の姿を思い浮かべる。そうこうしてるうちに、ヤマモトはドロップ品の確認を終え、イツキたちだけでアシッド・バタフライを倒したことを信じたようだった。
「お前たちには本当に驚かされる……前の人攫いの件も職業抽選紙を全部使い果たした話もだが」
前の一つは二人の功績だが、最後の奴は忘れて欲しいとイツキは切に思う。
「この世界ではな、ギルドが決めた自身のランクより、二つ上のランクの魔物には基本的に勝てないのが常識だ」
この世界にはモンスターにもランクあり、魔物のランクはガチャのレアリティと同じように、
そしてその付け方は、強さを図る基準としても優れており、課金者ギルドでは創設当時から使用されていた。
「……どうして勝てないんですか?」
「それはな、このガチャシステムって奴が上手く出来ててな。……しっかりと今の自分のランクのガチャを引かなければ、二つ程の格上には勝てないように、どの職業でも出来てるからなんだよ」
その話にイツキはこの世界には、しっかりしたゲームプランナーが付いてるのかという感想を抱いたが、レンは考え込むように目線を下ろす。
「なのに格上を倒しちまったお前たちはホントすげぇよ」
褒められて鼻高々となるイツキに対してレンは、浮かび上がった疑問をヤマモトにぶつける。
「たしか、ギルドマスターがガチャは自分が召喚される一年前、つまり十七年前に現れたった話だったよな?」
「ああ、そうだぞ」
「なら、今日あの魔物と戦って思ったんだが……ガチャない頃の人間はどうやってあんな魔物と戦ってたんだ?」
「それはな……ギフト、俺たちが転移した際に貰ったのと同じような奴を、昔は誰でも持ってたからだ。今ではそのギフトを持つのは北のエリンヒ聖国ぐらいなもんだが」
これで疑問は解消されたとばかりにレンは頷く。
「ガチャが現れたのが先か、それともギフトが失われたのが先かは分からないが……何かしらの意図を感じてしまうな」
「そうだな……まぁ俺が考えたところで何か分かる訳でもないがな、ハハハッ」
ドロップ品の回収を終えたイツキたちは、助けに来たのに何もしないで帰るのも癪だと言うヤマモトの言葉に甘え、魔鉄車に乗せてもらい、まだ数日しか過ごしていないはずなのに、何故か帰ってきたという感じがする始まりの街へと到着した。
「ありがとうございました!」
「感謝する」
「いいってことよ。これが先輩の勤めってもんだ!」
そう言って颯爽と去っていくヤマモトを眺めながらレンは言う。
「唯一ギフトを持つエリンヒ聖国もそうだが、ガチャを管理しているギルドも中々に胡散臭いな……」
「俺には難しい話はわかんないけど、もしも危険があるなら強くなればいいじゃん! そのためにそう、ガチャを回そう!!」
「……お前は強くなるより、ガチャが引きたいだけだろ」
「バレたか……」
いつものようにじゃれ合っていた二人だったが、レンはジュリアの視線を感じてそちらを見る。
「なんだ不躾に凝視してきて?」
「……あんた女だったの……? てっきりあたし……あんたがショタホモだと思ってたわ……」
イツキはジュリアが見ている場所を見ると、腰の辺りの服が酸で溶け、レンの女性らしいクビレが見えてしまっていた。
「……色々と言いたいことがあるが、はぁ……。……これは私のミスだな」
レンは次元収納から全身を覆う外套を被ると、ジュリアに秘密にしていた理由を話して口止めをする。ジュリアは納得して決して言わないと約束してくれた。
「なるほどねぇ……。確かにそっちの方が安全そうよね。じゃあそろそろあたしはニジホが心配だし帰るわね。またねイツキくん!」
そう言い残してジュリアは向かう場所は同じ、課金者ギルドへと走っていく。
「今日はなんだか疲れたね……」
「同感だ……」
エリクサーには疲労回復効果まではないようで、怪我自体は治っていても、時間が経つにつれて疲れが押し寄せてきた。
「……ギルドへの報告は明日に回すか」
「うん、そうしよ」
酒場で適当に食事を取った二人はこうして眠りに就いた。
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