13.走馬灯ガチャ
走り出したはいいものも近くまで来ると、その異質な見た目と巨大さに恐怖が込み上げてきて、イツキは途中で立ち止まってしまっていた。
(こんなのに踏み潰されたら死ぬって! ………でも、レンと約束したんだ。負担を分け合うって!)
勇気を振り絞るため、そして注意を引くために声を上げながら。
「うおおおおぉぉぉぉ! こっちだ化け物!」
二足蝶は顔をこちらに向け、嘲るように首を傾げる。そして足をイツキの方に向けた。
「逃げろおおぉぉぉ!」
イツキは全速力で走り出す。何度も躓きそうになりながらも、イツキは後ろを振り返らずにがむしゃらに走り続ける。実際、後ろを振り返っていれば、巨体がピッタリと後ろに付いている姿を見て、硬直してしまったっていただろう。
──しかし、イツキの全力疾走は止まってしまう。決してイツキが転んだという訳ではなく、バサリと背後から羽音がしたからだ。
イツキは恐る恐る背後を振り返る。……そこには空中に羽根をはためかせて空を飛ぶ……化け物の姿があった。
「羽根を使うなんて反則でしょ!」
驚きにより足が止まってしまったイツキ。二足蝶はその隙を見逃すまいと、空からライダーキックのように突っ込んでくる。このままでは潰されると、我に返るイツキ。……だが、巨体はもう眼前近くまで迫っていた。
「──間に合えッ!」
イツキは咄嗟に自身の身体をホームランバットで叩く。叩かれた方向にイツキはかっとび、地面を抉る威力のキックをギリギリで回避する。
……しかし、その代償としてイツキは地面をバウンドしながら転がり……そして地面を擦るようにして止まった。
何度も地面に打ち付けられた身体は、骨は砕け内蔵は傷つき、生きているのが不思議な程だった。……幸いと言えるのかも怪しいが、感覚が麻痺して痛みを感じないがせめてもの救いだろう。
(……ダメだ。身体が動かない。ここで、俺は死ぬのかな?)
痛みすら感じず、徐々に失われていく感覚の中で、辛うじてイツキの元に声が届く。
「イツキ!! 死なないでくれ!! ……お願いだからッ」
その声を皮切りに走馬灯なのか、自分も忘れていた昔の記憶が駆け巡り、まだ死なせないとばかりに古い約束を思い出させる。
(……そうだ俺、昔にもレンと約束したんだったっけ。もしも、レンが覚えてたらこの状況はマズいかも。なんとかしないと……)
意識が途切れそうなぼんやりとした頭で、いつの間にか耳が聞こえなくなっていることにイツキは気づきながら、残された感覚を頼りに生きる術を探す。
──そしてイツキに一筋の光明が差す。何かが自分の頬を濡らしていることに気づいた。それは決して涙ではなく、まだ動く眼球で下を見ると、ボヤけた視界の中で赤い液体が溜まっているのが見えた。
(……これはポーション?)
ぼんやりとした頭でイツキはこれがポーションだと理解する。そしてまだポーションは『真名解放』していなかったことに気づいた。
イツキはポーションがこれ程の傷を癒せるか、そもそも手で持ってなくても発動するのかという不安を覚えながらも、どうせ失敗すれば死んでしまうと開き直り、掠れた声で、そして、未来を諦めない声で囁いた。
「『しん、めい、かいほう!』」
長いような短いような時間を、いつもの声が聞こえることを祈り待つ。
【我が名は〝 〟】
……少し時間は遡り、イツキが飛び出した時に戻る。
「お前たちは街に戻って救援を呼んできてくれないか?」
レンは岩を二足蝶に当てるための準備をするため、巨岩に向かう前に二人の安全確保をしようとしていた。
「……そんなこと出来るわけないじゃない! イツキくんだけを化け物の元に向かわせておいて逃げるなんて!」
「ハッキリ言わないと分からないのか? お前がいても邪魔なだけだ」
苛立ちを隠さずレンはストレートに告げる。
「何よその言い方!」
「……でも、レンさんの言う通りだよジュリアちゃん。わたしたちがいた所で何も出来ないよ……」
「ちくしょう!」
何も出来ない無力さに地面を蹴りつけるジュリア。自分にアイドルという道をせっかく教えてくれたのに、こんなにすぐに分かれることになるなんてと。
「イツキは決して死なない」
「こんな状況でどうして断言できるのよ……?」
「……昔約束したからな。俺は絶対に死なないってな」
そう言ったレンはいつものトゲトゲしさはなく、自然と優しい笑みを浮かべていた。その姿を見て自分もイツキを信じると決めたジュリアは決意表明する。
「次はあたしの方が強くなって、あんたに救援を呼ばしてあげるわ!」
「是非ともそうしてくれ」
「だから、絶対に死ぬんじゃないわよ!」
こうしてジュリアは捨て台詞を吐き捨て、ニジホと共に助けを呼ぶために、始まりの街へと走っていく。
「さて、私も覚悟を決めないとな……」
レンは真っ直ぐに巨岩の元へと急いで向かう。巨岩の傍に辿り着いたレンはこの岩が動かせるのか試すため、下から上に突き上げるように軽くホームランバットで叩く。しかし巨岩はビクともしない。
なので今度は強めに叩いてみると、少し浮かび上がり前に移動した。
「行けそうだな……」
こうして、レンはイツキが来るまで巨岩の影に隠れることにした。しばらくすると、イツキは二足蝶を引っ張って巨岩に向かって走ってくる。
「今のところ順調みたいだな……」
祈るような気持ちでレンはイツキを見守っていたが、突如二足蝶が宙へと舞い上がり、イツキに向かって落下していく。その速度はとても早く、今からイツキが到底避けれるとは思えなかった。
「イツキ!!」
もう間に合わないとレンは目を瞑りそうになるが、堪えて見続ける。するとイツキは自身をホームランバットで叩き、間一髪回避してのけた。その光景を見てレンは安堵したが、ホームランバットの勢いで何度も地面に叩きつけられるイツキを見て考えを改める。
ようやく止まったイツキは身体中から赤い血を流し、腕や足が曲がってはいけない方向に曲がっているのが見えた。
「お、おい……嘘、だよな? ……イツキ、イツキ! イツキ!!」
しかし、遠く離れたイツキはその声に反応することはない。レンの中にどうしてイツキを行かせたのかと、自分を責める声が溢れる。
「イツキ!! 死なないでくれ!! ……お願いだからッ」
その声が届いたのだろうか……。イツキの頭が少し動いたようにレンには見えた。それを見てレンはまだイツキが諦めていないと悟る。
後悔は一度棚上げにしてレンはここからどうすればあの化け物を倒せるか考える。だが、その間にも二足蝶はもう獲物は死んだとばかりに地上へと降り立ち、ゆったりとした足取りでイツキの元へと向かっていく。
「……もう待ってられるか! 私の方から行ってやるッ!」
レンはホームランバットで巨岩を思いっきり叩く。巨岩は前へと進んだ。
「ダメだ! こんなペースだと間に合わない!」
レンは急いで次元収納を開き、事前に用意していた予備のホームランバットを、自分の髪をまとめていたゴムで束ねて握りしめた。
「これでどうだ!!」
束になったホームランバットで殴られた巨岩は一気に前へと進む。
「これなら間に合う! 生きててくれよイツキ!」
レンはグッと駆けつけたい気持ちを我慢して、巨岩をイツキの方へと運んでいく。巨岩は前にしか飛ばないので、時には場所を変えて打ち、時には微調整のためにホームランバットを数本抜いて打つを繰り返す。
──こうしてようやくイツキを狙う二足蝶と巨岩が一直線に並んだ。
「イツキ、このままじっとしていろ!!」
レンは思いっきり束ねたホームランバットを全力で二足蝶に向けてフルスイングする。巨岩は愛しの地面を離れ、放物線を描いて二足蝶の胴体をぶち抜き、その勢いのまま丘へとめり込みクレーターを作り出す。
「やったか……」
もしも、この場にイツキがいたら、絶対に止めたであろう言葉をレンは呟く。運命の神が待っていましたと言わんばかりに、死んだと思った二足蝶が足を器用に使って、お前だかは殺すと這いずりながらイツキへと向かう。
イツキとレンの間には距離が空いており、このままレンが走ったところで二足蝶に追いつける距離ではなかった。
「クソッ!! 何かないか……何か!!」
その時、レンの頭にイツキが自分をホームランバットで叩いて移動していた光景が思い浮かんだ。しかしそれをしてしまうと、レンもイツキのようになる可能性が高かった。
……それでも、自分が死んでしまうことよりも、イツキを失うことの方が怖かったレンは、左手で束ねられたホームランバットを握りしめた。そして、右手に次元収納から出した火が付いていない業火の炎を握りしめる。
「約束だもんな……〝だったら私もイツキが死なないように頑張るって〟ってな」
レンは、頑張るってなんだと昔の自分にツッコミながら、イツキの元へ間に合うようにと、背中をホームランバットで思いっきり叩いた。急激な加速による重力に耐えながら、地面スレスレながら真っ直ぐに二足蝶の元へと飛んでいく。
「──死ね!!」
レンは二足蝶に衝突する寸前に業火の炎を振り火をつける。どうやら二足蝶の身体は柔らかったらしく、二足蝶の身体を突き破って勢いのままに、レンは二足蝶の身体に業火の炎を突き刺しながら進む。業火の炎は二足蝶の身体を燃やし尽くさんと身体の中で広がると、役目を負えたと言わんばかりに木の部分が砕け散り消滅した。
レンは勢いのまま二足蝶の頭を突き抜けて飛び出すが、レンの身体は二足蝶の体液で爛れ、勢いよく二足蝶に突っ込んだことで、前に出していた手首は折れ曲がっており、このまま地面に激突すればレンが自分は死ぬだろう……と諦めようとした時──
──レンの眼前に血塗れた少年が、ホームランバットを構えてこちらを見据えていた。
「──何やってんだ! バカヤロー!!」
ホームランバットは軽快な音を立ててレンに当たり、レンの片道切符の跳躍は相殺されて止まったのだった。
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