9.遭遇ガチャ
課金者ギルドから出た二人はギルドの駐車場に居た。何故こんなところに居るかといえば、外に出た瞬間にレンに大事な話があると連れてこられたからだ。
「イツキ、済まなかった。……どうやら私のせいで奴らに目を付けられたみたいだ」
「……どういうこと?」
レンは手を指の痕が付く程握りしめ、悔しそうに語り出す。
「……覚えているか? 私が昨日情報収集していたことを?」
「うん」
「……その時に色々な奴に自分が祈祷師だと言ったんだ。その時、あの三人のいずれかが話を聞いていたんだろう」
そんなレンを見てイツキは心が痛くなる。そもそも自分がしっかりしていないせいで、レンが祈祷師になったり一人で情報収集をさせていたのだから。
「俺もごめん! レンにばっかりにいつも負担をかけて」
「別に私が好きでしてることだ。……お前が謝る必要はない」
「だったら俺も好きでするからさ。レンの負担を分けてよ」
まるで告白のような言葉にレンは恥ずかしさで耳まで赤く染まる。決してレンはその顔を見せないように手で隠す。
「……どうしたの?」
イツキはレンのおかしな動きに、嫌がっているのかと心配そうに見つめる。レンはそれに気づいて取り繕うように慌てて言った。
「だったらガチャのことになったら目の前が見えなくなるのを止めろ」
「……んんっ、それは無理!」
「知ってた」
その後、イツキたちは何故か再び下着の話に戻り、やはりイツキをこのままにしておけないと、ギルドで受け取った報奨金でイツキの服を買いに行くこととなった。
「そういえば服を買うで思ったんだけど、装備って売ってないのかな? ……流石に防具も付けずに外に出るのは怖くない?」
「言われてみればそうだな……。武器や防具も見ていくか」
イツキたちは先に服を購入して着替えさせられてから武器屋を探し始める。しかしながら、武器屋は一向に見当たらず、あるのは服屋とは違う、防具屋とあまり聞いたことがない店だけだった。
仕方がないのでイツキとレンは防具屋に入る。職人気質を感じさせる店主は、こちらを一瞥して小さく「いらっしゃい」と出迎えてくれた。
防具屋の中は服屋とは違って、防具立てにセットで装備が飾られていた。その横には紙が貼っており、防具の材料や値段が書かれている。
イツキは声が小さかったり紙に注意書きをしたりと、ここの店主は恥ずかしがり屋なのかなと思いながら、防具の物色を初める。
防具には防御力が高そうな黄金の鉄装備から、身軽に動けそうな皮装備まで様々な物が揃えてあった。
イツキは鉄のフルアーマーの頭を着用しようと、試しに持ち上げようとするが重すぎて持ち上がらない。
「こんなの装備できるわけないだろ……。もっと軽いのにしとけ」
そう言ってレンは軽そうな皮の装備を手に取るが、値段を見てそっと戻す。
「……ムーンウルフの皮だって。効果に闇夜を見通せるって書いてあるけど、素材で能力が変わるのかぁ」
イツキとレンは結局、安い防御力が少し上がる皮装備を購入することにした。全く同じという訳ではなく値段はイツキの方が高い。何故ならば効果にプラスでサイズ調節機能が備わっているからだ。……防具屋には大人向けの防具しか無かったために仕方なしである。
レンは会計の最中にカウンターで店主に尋ねる。
「すまないが、武器屋はこの辺りにないのか」
突然話しかけられたことに、店主はビクッとしながらボソボソと顔を赤らめながら答えてくれる。
「……な、ない。ぶ、武器はガチャで出るからなァ」
言われてみれば、武器はガチャから排出されるので、武器屋などやっても儲からないだろう。なので、防具だけを扱う防具屋が存在するのかと納得した。
声が裏返りながらも親切に答えてくれた店主に、イツキとレンは頭を下げて防具屋を後にしたのだった。
防具を買い揃え終わったイツキたちは次に、今まで来ていた服を洗うため、レンが今朝見つけたというランドリーに向かっていた。
「異世界にランドリーって……車まで普通に走ってる世界観だけど、不思議な感じだなぁ」
「私もよく異世界物は知らないが、これが異常だということはわかる」
建物の中に入ると、洗濯機らしきものがいくつも並び。そして店員がいないので、まるでコインランドリーのような場所であった。
「こ、こんにちは」
「あっ、久しぶりだね……」
ランドリーの中には知り合いが少ないイツキたちでも知っている、同じ転移者の少女たちがいた。
イツキは「こんにちは」と返事を返し、レンは軽く会釈をする。
レンはどうやら着ていた服を手に持っていたイツキと違い、次元収納していたらしく、少女たちに見えないように取り出して、洗濯機に放り込む。イツキもそれを見て急いで別の洗濯機に放り込んだ。
「……これってどうやって動かすの? お金入れるところが見当たらないけど?」
「……分からん」
「えっ、レンが連れてきたんでしょ!」
イツキは驚いてレンを見ると、レンは視線を逸らす。グダグダな二人が見ていられなかったのか、おどおどとしている薄色のボブの少女が、勇気を持って話しかけてきてくれる。
「そ、その、そこの魔石触れると動きますよ……」
「ああっ、そうなの。ありがとう」
イツキとレンは早速少女に言われた通りに魔石に触れてみる。魔石は水を吸うようにイツキたちの魔力を吸い上げ、一定量が溜まったのか赤くなると、魔石の吸い上げも止まった。そして、洗濯機の中に水が溜まり初めて、グルグルと回り出した。
服が盗まれても嫌なので、洗濯が終わるまでその場で待とうということになり、イツキとレンは少女たちの横に座る。
「……………………」
誰も一言を話さず、洗濯機の音だけが部屋で鳴る。初めて会った時の勝ち気そうな少女は初対面だというのに、グイグイと来たものだったが、一緒にいたという友達のことがあり茫然自失といった様子だった。
だからと言って、この空気の中で洗濯が終わるのを待つのは苦痛であるイツキは話のタネを探す。
「……そういえば同じ転移者なのに自己紹介してなかったよね。ここでしとかない?」
「そ、そうですね……」
「君がそう言うんだったら……」
参加してくれるか心配だった勝ち気そうな少女は、あまり乗り気ではなさそうだったが、イツキが言うのだったらと参加してくれることになった。
「俺はイツキ……です……」
ここには転移者しかいないので、最初は元の世界での職業でも言おうかと思ったが、子供だと偽ることになったので言えなかった。……ならばとこの世界での職業を言おうかと思ったが、先程ギルドの職員のアルペラに言うなと言われたばかりだったのでこれも言えず、結局名前だけで終わってしまう。
「わ、わたしは、ニジホ! です……」
ニジホは抑揚の無茶苦茶な自己紹介をカマシ、自分でもそれに気づいていたのか顔を真っ赤に染めた。
イツキはこの空気を払拭するためにレンに視線を送る。レンは仕方ないかと首を振り「レンだ」と期待に添えない自己紹介をしてくれた。
「ジュリアよ。先に言っておくと、あたしは外国人じゃないわ。……そんなことより君、イツキっていう名前なんだ。いい名前だね」
自己紹介はサバサバとした感じだったが、イツキの話になると人を変えたように饒舌になり表情を弛めるジュリア。
よく聞かれるのか外国人では無いと言っていたが、自己紹介の雰囲気からあまり触れない方がいいと察したイツキは口を噤む。だがここで察しはいいが、空気の読めない男装の麗人が思ったことをそのまま口に出す。
「ということはキラキラネームってことか」
それは彼女にとって禁句だったのか、ジュリアは不機嫌さを隠そうともせずに貧乏揺すりを始める。
「(ね、ねぇレン。謝っといた方がいいんじゃ?)」
「(……どうして謝る必要がある? 実際にそうなんだろう?)」
「(そうなんだろうけど……)」
最初よりも険悪な空気が漂うランドリー。他の客もこの空気を察してか、入ることなく立ち去っていく。
「……そ、その、ジュリアちゃん、職業について悩んでるみたいで」
この空気に耐えられなかったのはイツキだけではなかったらしく、ニジホが話のキッカケをくれる。しかし、その言い方だと仕事についての悩みみたいだが、そうではなく職業抽選紙で選ばれた職業についてだろう。
「ちょっと、ニジホ……。はぁ……まあいいか。あたしの職業の〝神〟の使い方がよく分からないのよ」
ジュリアの話によると〝神〟という職業には『神格化』という、自身を信仰する人間の数によって強さが変わるスキルがあるらしい。……確かに、ただの少女に信仰を集めるというのは無理のある話かもしれない。
「だからと言って、折角のレアを手放す気にもなれないし……ギルドで職業抽選紙の値段を聞いたら、今のあたしの持ち金全てでも買えないぐらい高かったし……」
話を聞くに選択肢などなく、ジュリアはなんとか神を使いこなさないといけないらしい。……神を使いこなすなど物凄く不遜な感じがするパワーワードであるが。
(えっ、職業抽選紙ってそんなに高いの……)
いくら高いといってもそこまでじゃないと楽観的解釈をしていたイツキは、ジュリアの話を聞いて顔を青くする。
「信仰って具体的にはどんなものなんだ? お前を神と認識していないといけないのか?」
レンは顔を青くしたイツキに気づかずに、ジュリアを見ながら質問する。
「別にそんなことはないと思う……昔いた神の人は英雄的なことをすることで信仰を集めたって聞いたわ」
「つまり、人気を集めればいいということか?」
「……そこまであたしも分かったんだけど、でも人気を集めるって、具体的に何をすればいいのか分からないの……」
自分には英雄的なことはできないと考えているジュリアのため、イツキも金のことは忘れて全員で頭を悩ませる。
「……そうだ! 人気を集めるならアイドルとかどう?」
「えっ! ア、アイドル!」
アイドルという言葉に敏感に反応するジュリア。
「……アイドルか。日本語にすると偶像だから、神と丁度いいんじゃないか?」
レンがイツキの案に肯定的な意見を言う。一方、ジュリアは首を何度も横に振って拒絶する。
「あ、あたしにアイドルなんて、出来るわけないじゃん! そもそも可愛くないし」
「そんなことないよ、ジュリアちゃんはわたしなんかより可愛いよ!」
「これで可愛くないとか、他の女の人に失礼だよ」
「えっ! 可愛いなんて! でゅふふ、ふふっ……」
イツキの言葉に先程までの沈鬱な表情が嘘みたいに破顔し、ジュリアは不気味な笑い声を上げる。……しかし、ジュリアは乗せられるとこだった、と首を振って我に返った。
「イツキくんが言うんだったら信じたいけど、やっぱりあたし自分が可愛いなんて思えないわ……」
せっかくの提案を断ろうとしていることで、申し訳なさそうに言うジュリア。
レンはやけに自分を卑下するジュリアの態度から何やら察して、次元収納からレンがこの世界に持ち込んだであろうコンパクトミラーを取り出し、ジュリアに渡せとイツキに押し付けてくる。
「えっと、これどうぞ……」
イツキは理解出来ないままジュリアにコンパクトミラーを手渡した。ジュリアは嫌味なのかとレンを睨みつけた後、鏡で自分の顔を見て固まる。……それを見て何となくイツキも事情を察した。きっとジュリアもこの世界に来て外見が変わった人なんだうと。
しばらく、誰も何も言わず時間だけが過ぎていく。そして、その沈黙はジュリアの吹っ切れた声で断ち切られた。
「──分かった。わたしアイドルやる」
ジュリアは立ち上がる。その表情には先程までの暗い表情はなく、決意に満ちた顔だけがあった。そして自分の意思を確認するように呟く「……そしたらあの子も喜ぶだろし」という声は、洗濯機の音にかき消されて、誰にも聞こえることはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます