8.ドアガチャ

 



 二ベルたちとの戦闘の翌日、イツキは初めての本当の戦いの疲れ、昼間まで泥のように眠った。目が覚めたイツキは服を着替え、レンの部屋へと向かう。

 ふとイツキはここでレンの子供の振りをするという話を思い出した。


「おーい、レン。あそぼー」


 イツキは疲れでおかしくなっていたのか、子供らしくノックをせずに扉に手を掛ける。レンのことだから鍵でも掛かってるかと思ったが、扉はすんなりと開いた。


 ……部屋の中には袖に手を通している、下着姿のレンの姿があった。普段は服で隠れている、女性らしいスラリとした肢体が目に入る。……なお、男に間違えられるだけあって胸はない模様。


 レンは扉の開くことに気づき、顔だけをイツキの方に向ける。……そして二人の目が合った。


「え、えっと。……子供だからセーフだよね?」

「私とお前の中ではそのルールは無用だろ? ……というかいつまで見てるんだ!」



 イツキは赤く腫れた右頬を撫でながら、レンと共に一階のギルドの酒場で食事をしていた。


「イタタッ、わざとじゃないのにぶつことないじゃん。というか、なんで部屋にカギをかけてないのさ。……レンにしては不用心だよ」

「……今朝、お前が寝てる間に買い物に行ってたんだ。それで部屋で荷物の整理をしていてな。私は整理が終わり次第、お前を迎えにいくつもりだったから、鍵をかけてなかったわけだ」

「だから、昨日と違う服を着てるんだ」


 レンの姿は昨日と違い、動きやすそうな装いになっていた。


「ということは、あの下着も今日買った奴なんだ」

「ごホッ、と、突然なにいいだすんだ! 確かにそうだが……三日も同じ下着なんて付けられないだろ」


 普通なら掘り返さない下着の話をしてきたイツキに、レンは驚いてパンを喉に詰まらせる。そして、レンは再び見られたことを思い出し、羞恥と怒りを思い出す。


「えぇ、そうかな? 俺は別に気にならないよ。会社で一週間泊まった時とかはずっと風呂に入ってなかったし」


 だがその怒りと羞恥は長続きしない。……イツキのトンデモ発言により。


「お前が気にならなくても、他の奴が気になるだろ……!?」

「……皆そんな状態だから、誰も気にしなかったんだよ」

「……なんか、悪い」


 仕事の話をしてせいで、暗い空気になりながら黙々と味の薄い食事を口に放り込む。


「ギルド初、職業抽選紙で死にかけたお二人さん? お話があるのですが、少しお時間いいですか?」


 すると、この暗い空気を打ち消すように、眼鏡をかけたギルド職員に声を掛けられる。その職員は職業抽選紙の使い方を教えてくれた人だった。首にアルペラと書かれた名札を掛けている。


「……大丈夫だが、一体なんだ?」


 レンは警戒しながらアルペラに返事をする。


「いや、レン。そこは職員抽選紙で死にかけた、っていうところに疑問を持とうよ!」

「……うふふ。別に気にしなくて大丈夫ですよ。自分の限界も考えずに何度も血を流したり、魔法を使ったあなたたちのせいで、私はギルドマスターに監督責任に問われたりしましたけど」


 アルペラは口調では笑っていたが、目は決して一切笑っていなかった。


「……そ、そのごめんなさい。ほら、レンも謝って!」


 なんで私までと言いながら、レンも「悪かった」と謝る。レンはイツキに巻き込まれた形で自分は悪くないと思っていたが、イツキの暴走を止めるどころか、バフで援護したので共犯と言っても過言ではない。


「食べ終わったら、私のカウンターに来てくださいね」


 そう言い残してアルペラは仕事に戻る。


 イツキたちは少ししてから食事を終え、イツキは何を言われるのかと戦々恐々としながらカウンターへと向かう。


「お話とは昨日のあなたたちが門番に引き渡した人たちのことです」


 レンは面倒くさそうな表情を浮かべ、イツキはまたネチネチと文句を言われるかと思っていたので、本題から始まり安心する。


「実は昨日あなたたちが捕まえたのは、この街で何度も人攫いをしている〝スプーキーバレー〟の一員だということが判明したのです」

「そのスプーキーバレーと分かって何があるんだ?」


 アルペラはカウンターの下から袋を取り出して、カウンターの上に置いた。


「これは?」

「彼らにはギルドから指名手配が出ていたんです。……彼らは狡猾に初心者を外へ連れ出し、帝国や魔族領に売っていたことで。なのでこれはギルドからの報奨金です」


 意図していなかった収入にイツキは嬉しくなる。レンも買い物に使ったために減っていたので、表情には出さないが内心で喜んでいた。


「どうして私たちが捕まえた奴らがその、スプーキーバレーとやらと分かったんだ?」

「それは彼らの身体の何処かに恐怖の象徴である、イモータル・デーモンの刺青があったからです」


 イモータル・デーモンとはこの世界の神話に登場する、人族の国を滅ぼした悪魔の名前らしい。刺繍の形はその悪魔の持つ角らしい。


「それでここからが本題なんですけど、」

「えっ、今までのが本題じゃなかったの!?」

「別に私はスプーキーバレーのことで呼んだなんて……一言も言ってませんよ?」


 アルペラは蠱惑的な笑みを浮かべる。


「実はあなた方が職業抽選紙をバカみたいに使ったことで、課金者ギルドは現在通常業務に支障をきたしているのです」

「だって、ギルドマスターが好きなだけ引いていいって……」

「いくらそう言ったとしても、普通は遠慮するものでしょう」

「ボクハコドモダカラ、エンリョ、シラナイ」

「ヤマモトさんから聞きましたよ。あなたは身体が小さいだけで成人してるって」


 ……クソっ、ヤマモトめ! とイツキがヤマモトに子供として言い逃れ出来なかったことを恨み節に心の中で呟く。レンはヤマモトに自分たちの年齢や性別を、口止めをするのをわすれていたことに気づいた。


「すまないが、ヤマモトさんに私たちが安全のために、年齢や性別を偽っていると伝えてもらっていいか?」

「分かりました、ヤマモトさんにも言っておきますね。……それで話を戻します」

「……ああっ、戻さなくていいよ。もう嫌な予感しかしない」


 イツキの悲痛な叫びはスルーされ、アルペラは話し始める。


「具体的な支障というのは、職業を変えれるのは課金者ギルドだけですので、職業を変えられずに依頼を受けられない課金者や、そもそも職業がなければ課金者にはなれないので、ずっと課金者になれず一銭も収入がない人が発生しています。そしてわたしたち職員もそのクレーム対応に追われ、その他の業務にも影響を受けてます」


 イツキは自分の快楽のためにガチャを引いたことが、こんな自体を引き起こすとは考えていなかった、と全身から冷や汗が流れ出る。


「……お二人はギルドの職員でもありましたよね?」


 ギルドからの援助を受ける時の話にあったことなので、レンとイツキは素直に頷く。


「流石に何も教習を受けていないお二人方に、クレーム対応を任せるわけにもいかないので、お二人方には課金者ギルドの職員として仕事をしてもらいます」


 アルペラから話された具体的な仕事の内容は、五日後に職業抽選紙がこの始まりの街がある国の王都ニアルータで受け取り、始まりの街まで運んでくれという話だった。


「……他の人じゃダメなの?」

「本来はギルドの職員が受け取らなければならないのですが、職業抽選紙が無くなったのが突然のことのせいで、そこに人員を割けないのです。なので職員でありながら、課金者であるお二人に白羽の矢が立った訳です」

「……だが、そんな大事な仕事を私たちがしていいのか?」


 ギルドマスターの話では職業抽選紙とは高価なものだったはずだ。なのに、そんな貴重品を運ぶのが課金者ギルドに入りたての無課金二人とは、いくら人材不足とはいえおかしな話である。


「いくら故意ではないとしても、職業抽選紙を使い切ったお二人の評判はギルド内ではよくありません」


 アルペラはここで一旦区切り、神妙な顔をする。


「……責任は取らないといけませんよね」


 つまるところ、イツキのせいで面倒なことを押し付けられたと理解したレンは溜息をつく。


「はぁ……理由は分かった。それで、その王都とやらはどうやって行けばいいんだ?」


 仕事の内容を詰めたイツキとレンは課金者ギルドから出ることにした。別に職員から嫌われていると聞いて、意心地が悪くなったわけではない。……その二人の暗い背中に受付嬢の声が掛かる。



「……あぁ、それとこれは受付嬢としてのアドバイスですが、あまり他人に自分の職業を吹聴して回るのはよくありませんよ」


 イツキにはよく意味が分からなかったが、レンにはそれだけでアルペラの意図を理解したらしい。……レンは表情を曇らせる。


「……アドバイス、助かった」


 苦々しい声で感謝を告げてイツキとレンはギルドを出た。


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