7.人選ガチャ
イツキたちは門番にギルドガードを見せ、街の外へと出る。すると、整備され均された道の上で二ベルと杖を持ったピンク髪、腕に包帯を巻いた男がいた。イツキたちに気づいた二ベルはこちらに手を振ってくる。
「おーい、こっちだこっち!」
呼ばれているであろうイツキとレンは、早足に二ベルたちの元へ向かう。
「よし、無事に合流できたみたいだな」
合流したイツキたちは自己紹介を始める。
「イツキです、よろしくお願いします」
「……レンだ」
「こっちがお世話になるんだから、そんな態度じゃダメだよレン」
イツキの指摘にレンは顔を顰める。
「しっかりしてて偉いわねボク。別にワタシたちは気にしないわ。きっと二ベルが新人をほっとけなくて、無理を言ったんでしょうから」
「そうだ。気にするな」
「ヒーラ、タマタ、俺は別に無理には言ってないからな」
三人はレンの失礼な態度を気にした様子もなく自己紹介を始める。
「俺はさっきも言ったと思うが二ベルだ。魔法戦士でこのパーティのリーダーをしてる」
「ワタシはヒーラ、魔法使いよ」
「俺はタマタ、戦士である」
ヒーラなのに治癒士じゃないんだ、としょうもないことを考えてしまうイツキ。
一方、自己紹介に興味が無いレンは、下級職二人に中位職一人のパーティにレンは不安を抱いていた。
「あぁ、そうだ。連携のこともあるから職業を聞いといていいかな?」
「俺はガチャラーです」
「……祈祷師だ」
イツキのガチャラーという聞きなれない職業に、ヒーラが声を上げる。
「そんな職業聞いたことないわ……」
「……ヒーラ、とりあえず
「やあー!」
と気の抜けた掛け声と共にイツキは、横から初めて出会った魔物である二足歩行芋虫、アシッド・ワームに飛びかかり、木の棒を柔らかそうな胴体に突き刺した。
突然自身の身体が刺されたことに驚き、アシッド・ワームは自分を突き刺してきた子供の方を向く。その隙を突いて、正面の草むらから飛び出したレンが、体重を乗せて思いっきり木の剣を頭に叩き込んだ。
グチャと音を立ててアシッド・ワームの頭が尻のように凹む。レンの攻撃によりアシッド・ワームは既に虫の息であったが、最後の抵抗とばかりにレンに向かって酸を吐き出す。レンは急いで後ろに飛んで距離を取るが間に合わないと悟り、空いた左手で顔を守る。
──しかし、いつまで経っても酸がレンにかかることはなかった。何故なら横からのヒールの風魔法より酸は弾き飛ばされていたからだ。
「身体に傷はない?」
「……助かった」
アシッド・ワームは自分の最後の攻撃が届かなかったことを見届けると、パタリと倒れ身体が粒子に変換され、液体と魔石になった。
この現象は何度も見ても慣れないが、イツキとレンは途中で手助けがあったものの、その光景を見て二人で倒しきった実感を感じる。
「やった! 倒したよレン!」
「やったな」
イツキたちは一回目は観戦で二回目は二ベルたちと共に戦い。戦闘方法を教えてもらっていた。
三人のチームワークはイツキの素人目線ながら良く見え、前衛のタマタが攻撃を受け止め、風を飛ばすことが得意なヒーラは牽制をし、魔法戦士の二ベルが剣に火を付与して攻撃をする。こうしてアシッド・ワームを圧倒していた。
レンはその戦いぶりを見て、パーティへの認識を改めた。
(コイツらが襲いかかってきたら、二人で逃げるのは難しいかもしれないな……)
……悪い方向にだったが。
そして三回目は自分たちだけで狩ることとなったのだった。
イツキたちは二ベルたちに教えてもらった、自分たちより格上は正面からではなく不意打ちで倒す。という初心者の定石をを使い、初めて出会った時とは逆に、イツキたちがアシッド・ワームに奇襲を仕掛け、そして勝利を収めて現在に至る。
「おめでとう! 初めて自分たちだけで戦ったにしては上出来だ!」
「……でも、ヒーラさんに助けて貰ったし、二人だけだったら負けてたかもしれませんでした」
「別にそんなことはないさ。あのアシッド・ワームの酸は食らっても、肌が少し溶けるぐらいで死ぬことはないから」
「そうよ、ワタシがその端正な顔に傷ついて欲しくなかったから、勝手に魔法を使っただけだし、気にしなくていいわよ」
「お前たちが勝ち取った勝利だ。誇るといい」
レンの整った顔は同性にも効果があるのか、とイツキは感想を抱いた。
始まりの街は夜になると入れなくなるので、今日はあともう一体アシッド・ワームを倒して帰ろうということになった。先程からアシッド・ワームを狩っていた場所は狩りすぎたようで、探しても見当たらない。なので二ベルの案内でアシッド・ワームが多く生息しているという森の近くへと向かう。
そうして森の近くまでやって来ると、前を歩いていたヒーラが前を指さす。
「……あそこにアシッド・ワームがいるわね」
その声に釣られてイツキはヒーラが見ている方を見る。するとイツキの背後で鈍い音と共にドサッと何かが倒れる音がした。振り返るとそこには倒れるタマタと……剣を構えるレンがいた。
イツキの後ろで何が起こっていたかといえば、突然襲いかかってきたタマタの攻撃を、常に警戒していたレンが反射的に回避して、これまた常に手を掛けていた木の剣の側面でぶん殴ったのだった。
普通ならスキル差があるため、タマタが気絶するようなことにはならないのだが、祈祷師のパッシブスキルの『強運』と、レンは保険として常に『幸運上昇』を自身に付与していたので、必然的にクリティカルヒットが発動したのだった。
しかしそんな事情を知らないイツキは驚きの声を上げる。
「えっ! 何してるのレン!」
「──逃げろイツキ!」
……突然の出来事に理解が追いつかないイツキ。レンの強ばった顔を見て、ただ事ではないことは分かったが、いきなり逃げろと言われても、現代人のイツキには荷が重かった。
「『バインド』!」
「クソッ……」
レンの視点からではイツキがこちらを向いた瞬間から、ヒーラが魔法を使おうとしているのが見えていた。なので魔法が使われる前に走り出していたレンはイツキを突き飛ばす。そのおかげでイツキが『バインド』を受けることはなかったが、レンが『バインド』を食らってしまった。
『バインド』によってレンは光の縄にぐるぐる巻きにされ、口も塞がれてしまう。
「──んんッ」
レンは必死に縄に抗いながら二ベルとヒーラを睨みつける。しかし二ベルに蹴りを入れられ大人しくさせられてしまう。
「レン!!」
「まさかタマタが一撃でやられるとはな……」
「……だから祈祷師って嫌なのよ。実力を運で覆してくるから」
レンが蹴られたことで、ようやくイツキは二ベルたちが裏切ったことを理解する。
「いきなり襲いかかってきて何するんだよ!」
「いきなりも何も、最初から俺たちにとってはこういう予定だったのさ」
ヘラヘラと笑いながら二ベルは答える。そこには新人に優しい先輩の姿はなく、醜悪な笑みを浮かべる悪人がいた。
「ならどうしてわざわざ戦い方を教えたりしたのさ!」
「今の自分の状況を考えたら分かるだろ? 慣れない戦闘を自分たちだけでさせられ、人気のない森の近くまで連れてこられたこの状況を考えれば」
イツキは言われて気づく。今の自分たちは初めての戦いで疲労を覚え、誰にも助けが呼べない状況であることに。
イツキは自分たちを襲うためだけに、ここまでする二ベルたちに恐怖を覚えた。
「あぁ、そうよ二ベル! ガチャラーよガチャラー。もしも本当にガチャラーなんて職業があるなら、物凄く高く売れると思わない」
「……確かに気になるな。おい、本当にガチャラーなんて存在するのか?」
イツキは二ベルの質問を無視して剣ですらない、ただの木の棒と鍋の蓋を震える手で構える。
(……俺がレンの忠告を聞かなかったせいでこんなことになったんだ。だから俺がレンを助けないと……)
「おいおいおい、マジかよ。ハハハッ、その木の棒と鍋の蓋で戦うっていうのか!」
「あははは、もうダメッ、笑い死ぬ。あなた課金者じゃなくて、道化にでもなった方が良かったんじゃない。早く二ベル、ワタシが笑い死ぬ前に捕まえちゃって」
「……そういえば、コイツはターゲットじゃなかったよな。だったら傷つけても問題ないな!」
二ベルは唇を笑みに歪め、腰の剣を抜き放つ。イツキ緩慢な動きで近づいてくる二ベルから逃げるように、ジリジリと後ろへと下がり距離を取る。
(……どうするどうする!? ……どうやったらここを切り抜けられる!? ……そうだ、『真名解放』!)
イツキは何度もガチャラーと連呼されたことで、まだ使用してなかった『真名解放』を思いだす。イツキはこれに賭けると決め、ゆっくりと歩いてくる二ベルの元へと全速で駆ける。油断していた二ベルは子供では有り得ないイツキの速度に驚き、慌てて剣を振る。
イツキは偶然にも突然の加速に身体の制御が間に合わず、前に転がり避ける。そして二ベルの足元へと辿り着いた。
「避けんじゃねぇ、クソガキが!!」
二ベルは攻撃が当たらなかった苛立ちのまま、足元へと転がってきたイツキを突き刺そうと剣先を下にして振り上げる。しかし、イツキは既に木の棒を構えていた。
「木の棒、お前の真の力を見してやれ! 『真名解放』!! いけええぇぇぇ!」
イツキは叫びながら、力いっぱい木の棒を二ベルの弁慶に勢いのままぶつけた。
──カキーンと爽快な音と共に二ベルは真っ直ぐに吹っ飛び、木を何本も薙ぎ倒しながら……ついに止まる。
その光景に意識のある三人は突然の出来事に固まる。それはかっ飛ばしたイツキ本人もであった。
【我が名は〝ホームランバット〟】
そんなイツキに威厳を含んだ声が頭に響く。
「おおおおぉぉぉ、ホームランバットすげえぇぇ!!」
聞こえた声を自然と自身が手に握っていた木の棒だと理解したイツキは声を上げる。
「う、嘘でしょ……。な、なによその木の棒は! まさか、ワタシたちその貧相な見た目で騙してたのね! ……絶対に許さない!!」
ヒーラは杖を構えると風魔法の『ウィンド』を唱える。風の不可視の動きに、イツキは避けることができずに吹き飛ばされてしまった。
「……くっ」
幸いにも『ウィンド』には殺傷能力はなく、地面を転ばされて膝を擦りむく程度で済んだが、圧倒的に不利な体制になってしまう。
自分が有利な立場に立ったことにヒーラは笑みを浮かべる。
何も出来ずに地面に転がされていたレンは、イツキが戦っている姿をずっと見ていた。追い詰められるイツキを見て、レンは何も出来ない悔しさに奥歯を噛み締めながらイツキの勝利を祈って、塞がれた口で『幸運上昇』を使用する。
「……所詮はこの程度よね。ワタシったら何を熱くなっちゃってるのかしら……これで終わりよ『バインド』!」
イツキはヒーラとの戦いが始まる時から、もう一度バインドが来る可能性は考えていた。……そして考えていた策を使う。
「『真名解放』!!」
イツキは地面に寝転びながら今度は鍋の蓋に真名解放を使用して、自身を守るようにヒーラへと向ける。そして語られた名は……。
【我が名は〝吹きこぼれ防止〟】
「……えっ、何それ。便利そうだけど戦闘向けじゃないじゃん!」
驚きのため咄嗟に鍋の蓋を手放したことにより、バインドは鍋の蓋だけを巻き付ける。間一髪でバインドから逃れたイツキであったが、戦況は変わらず不利であった。
無様なイツキの姿にヒーラは笑いながら、嘲るような声を出す。
「さて、次はその木の棒を犠牲にでもする?」
「……やれるもんならやってみろ!」
イツキは隙を見計らって立ち上がり、残されたホームランバットを握りしめてヒーラと対峙する。……まるで野球選手のように。
「──来い!」
「言われなくても、やるわよ!『バインド』!!」
イツキは自分に向かって真っ直ぐ飛んでくるバインドから目を離さない。……そしてホームランバットの間合いに入ったバインドを、決して綺麗とはいえないフォームで打ち返した。
──カキーン、と再び爽快な音が鳴り、バインドはヒーラの元へ飛んでいく。
「ちょ、ちょっと待っ──」
ヒーラはホームランバットに打ち返されたバインドによって、自縄自縛の文字通りとなった。
「──んんッ!」
「やった……勝ったよ……」
魔法が打ち返せるかは博打だったので、無事に打ち返せたことにホッと息をつく。
「さて、どうしてやろうか? レンにやったみたいに腹でも蹴ろうかな?」
「んんッ、んんッ!!」
普段は温厚なイツキであったが、騙された恨みとバカにされた羞恥、そして何よりもレンを痛めつけられた怒りにより、容赦がなくなっていた。
「とりあえずはレンの縄を解かないと……」
イツキはそう言うとホームランバットを握る。
「んんッんんッ!」
やめてやめて、とイツキには伝わらないというのに、必死に叫ぶヒーラ。
「何言ってるのか分からないや。──じゃあ行こうか!」
──カキーンとヒーラは吹っ飛び、木にぶつかり気絶する。するとレンとヒーラを縛っていた縄は光の粒となり消え去った。予想通りに魔法が解けたことを確認したイツキは、急いでレンの元へと駆け寄る。
「大丈夫、レン!」
「ゴボッ、ゴボッ! だ、大丈夫だ。こういう時の為のポーションだろ」
レンは次元収納から下級ポーションを取り出し、一気に飲み干す。するとレンを淡い緑色の光が包みこむ。
「……痛みが引いた。これは凄いな」
こういう時と言ってながら、実は効くのか半信半疑だったレンはポーションの効果に驚く。
「それでどうする? あそこに転がってる人たち?」
「……放置はしておけないだろう。このまま見逃してまた襲われても嫌だからな」
「じゃあ土に埋める?」
「サラッと怖いこと言うな!」
イツキとレンは話し合った結果、まずは三人を縛り上げてから、スキルにより足が速いイツキが門番を呼びに行き、レンが三人の見張りをすることとなった。
縛り上げるものがなかったので、三人を立ち上がらせて頭の上からホームランバットで軽く何度も殴り、イツキは本当に土に埋めてしまう。
地面から頭が三つ生えている光景は中々にシュールであった。
こんなことをしたら死にそうなものだが、スキルで頑丈になっているのか、三人は決して死ぬことはなかった。………無事とは言ってないが。
……門番への引き渡しも終わり、二人は始まりの街へと戻ってきていた。既に空は薄暗くなり、多くの課金者たちで街が賑わっている。
「あぁ、疲れた……。森と始まりの街の往復は身体にくる……」
「……私も今日は自分の無力さを痛感した」
レンは戦闘をイツキに全て任せてしまったことを悔やんでいた。
「──そんなことないよ。レンがタマタを倒してくれなかったら三対三だったし、そもそもレンが庇ってくれたから俺が戦えたんだよ」
当たり前のように断言するイツキにレンは顔を上げる。
「……そうか、でも私も強くならないとな。祈祷師は攻撃技が無さすぎる」
「そうだね。職業を変えるか、新しいスキルを手に入れないと!」
二人は立ち並ぶ屋台で晩飯を食べながら、課金者ギルドのへの帰路を歩いた。
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