④僕と彼女の互恵的な冒険の記録(最終更新日:2005年12月1日)

――エピソード〇――


 月並みな切り出し方なのかもしれないけど、これから語る僕の話が信じられないというのなら、それはそれで全然構わない。元々、こんな荒唐無稽な話を信じろという方が無茶だし、僕だって、我が身に降りかかったことでなかったら、絶対信じようとは思わないだろう。

 けれども、それとこれとは話が別なんだ。真実、虚構の別なく面白い物語なら何でも聞きたいという人は五万といるだろうし、何より、この不思議な冒険について誰かにどうしても聞いてもらいたいと願う人間がここにいる。そう、つまり、僕だ。語る理由なんて、それで十分じゃないか。

 聞きたくない人には耳を塞がせておけば結構。僕が口を噤む気がない以上、自衛するしか手はないでしょう? 表現の自由に則っている以上、誰も僕を止められやしない。

 さてさて、前置きはこんなところにして、早速話を始めよう。喋りたくてうずうずしているんだ。意思に反して口が勝手に動いてしまいそうだよ。

 今でこそこうやってごく普通に暮らしているけれど、僕はそもそも尋常じゃない経歴の持ち主だ。メディアでも一時期騒がれたから君も名前くらい知っていると思うけど、僕は不連続時間旅行症候群という原因不明の病に罹患していたんだ。あの恐ろしい病気にね。

 え、何? そんな奇妙な名前の病気は全く聞き覚えがないって? それどころか、医学事典にも載ってない?

 ……ああ、そうか、まだ発見されてないんだな。マスコミがこぞって取り上げるようになるのも全く先の話か。これは失敬。

 ……うん? だとすると、この僕の話がその契機になるのかもしれないな。おい、喜べ! 無事に本が出れば、ベストセラー間違いなしだ! 僕の申し出に飛びついた唯一無二の出版社様だからね。無事に恩返しが出来そうで何 より。カイオー君と言ったっけ、君も一気に出世頭だ。編集長も夢じゃないね。

 おいおい、そんな気味悪そうな目付きで僕を見ないでくれ。誇大妄想狂のたわ言でも面白ければ良いんだろう? 端から信じなくて良いって言ってるんだから、せめて好意的に聞いてくれたまえよ。

 まあ、お互いの歴史の認識に少しずれがあるのはいただけない。というより、一方的に僕の認識に混乱があるだけだが。お互いの理解のためには、一つずつじっくりと解説していくべきだね。

さて。不連続時間旅行症候群、通称DTTSは、呼んで字の如く、連続的でない時間を旅行してしまう病気だ。それでもまだわからない? それなら、タイムトラベラーなんて言い方をすれば君達にもわかり易いかもしれない。テレビ(は、もうあるんだよね? そう、あるのか、安心した)のドラマなんかでもお馴染みのSF設定だよね。誰しも、過去や未来に自由に行けたら良いな、なんて甘っちょろいことを、一度や二度は夢想するもんだ。

 そんな夢が叶うんだから実に羨ましい病気じゃないか、だって? とんでもない! それは全くの誤解だよ。DTTSはタイムマシンじゃないし、超能力でもない。いつでも好きな時に好きな時間に行けるのなら幸せだろうけど、これは全くもって逆。不便も良いところだ。こちらの意思など斟酌せず、問答無用で時間旅行が起こる。振り回される方は堪ったもんじゃない。

 しかも、一言に時間旅行と言っても、ことはそう単純じゃない。タイムスリップには大きく分けて二種類があることを知っているかい? 勿論、本当にあるかどうか僕は知らないけれど。要するに、偉大なるSF作家の諸先輩方が考えた、空想のアイデアという意味で。

 一つは、タイムマシンか何かを使って、主人公が実際に過去や未来の世界に足を踏み入れるパターン。旅先で主人公は、幼い自分だとか、若かりし日の綺麗なお母さんだとか、今はまだ生まれてもいない愛娘の姿だとかを目の当たりにすることになる。この時、永遠のテーマとして、タイムパラドクスに絡んだ問題があって、例えば『昔の自分を殺してしまった時、今の自分はどうなるのか?』なんて、考えてみると不思議だよね。解決案として、宇宙には強力な『歴史を修正して正しい道筋にしようとする力』が働いているから、過去を変えようとしても邪魔が入り実現は絶対に不可能、という説と、宇宙はあらゆる場面で分岐し、『無限の並行宇宙』が創生されているため、過去を幾ら変えてみても、新たな並行世界が生まれるだけで主人公のいる現在は決して変わらない、という二つの説がある。量子論の後押しもあって、どちらかと言えば後者に分があるみたいだけど、真相は藪の中。だって、誰も実際にやってみたこと無いんだもの。

 え? お前は時間旅行をしたんだから答えられるだろうって? 慌てない慌てない。とにかく、もう一つのパターンを聞いてよ。

 二つ目は、主人公の精神だけが過去や未来に移動して、その世界にいる本人の体の中に入り込む、というケースだ。こちらの方が、大仰なタイムマシンの話より身近に『ありそう』な感じがするだろう? 生身の人間より、実体のない人間の心の方が、遥かに時間を飛び易そうな気がする。『同一人物が同じ時間軸に複数存在する』というタイムスリップにおける一番奇妙な問題をスマートに解決するし、『今の記憶を持ったまま過去をやり直したい』というきわめて実用的な見地からも人気が高い発想だ。このパターンだと、傍目に見る限り物理的なタイムパラドクスは起こらない。極めて主観的で、閉じた時間移動だからね。『現在の記憶を持ったまま過去をやり直す主人公』は、戻った過去時点から客観的に評せば、『予知能力に従って、悪い結果を事前に回避しながら生きる人』と変わりない。未来に行ってしまった場合なんて、『記憶喪失の人』にしか見えないしね。

 ともかく、時間旅行のパターンとして、肉体の時間移動と精神の時間移動という二つがあることがわかってもらえたと思う。実に基礎的な相互理解は成り立ったようだね。

 で、だ。肝心のDTTSはどちらかと言うと、実はそのどちらでもない。

 いやいや、怒らないでちゃんと最後まで聞いてくれよ。現象面から言うとどちらでもないんだけど、考えようによっては両者の複合型であるとも言えるんだ。とにかくしっちゃかめっちゃかな病気なもんで、単純な分類には当て嵌まらないってだけだ。だったら長々とロクでもないことを話すなって? とんでもない、基礎を疎かにしては応用なんてあり得ないよ。

 DTTSは、肉体と精神と外環境の時間軸が全てバラバラに切り刻まれる病気だ。……ほら、簡単なタイムトラベラーの理屈は理解出来ても、こっちはこれだけじゃあ全然意味がわからないだろう? わかり易く、具体的に補足していくから、ついてきてくれ。

 まずは主観的な話。DTTS患者の僕が今日の夜、自室のベッドで眠ったとする。時間の跳躍は突発的に起こるから、次に目覚めるのが翌日である保証はない。前日だったり、一ヶ月前だったり、酷い時には二年後だったりする。これだけだったら精神の時間旅行パターンだけど、DTTSの何が酷いって、肉体の方も好き勝手にタイムスリップしているんだぜ。信じられるか? どういうことかわからないって? 要するに、僕が目覚めた時、カレンダーは一ヶ月前なのに、肉体の方はよぼよぼのお爺さんになっていたりするって寸法さ!

 まったく、とんでもない話だよ。

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