①'グレイシャル・イクリプス補足(2022年執筆)

 「グレイシャル・イクリプス」は、今迫直弥が書いた小説モドキの中で、現存する内、2番目に古い作品である。

 タイトルは、「氷のように冷たい月蝕」を意味する英語から。格好の良い響きの単語を使いたがる、若者特有の痛々しさがいっそ微笑ましい。ロックバンドSIAM SHADEの7枚目のシングル曲「グレイシャルLOVE」からその単語を知ったはず。なお、この曲は、大ヒットした「1/3の純情な感情」の次に出されたシングルで、それなりに売れたので、その世代の人であれば、もしかしたら聴いたことがあるかもしれない。

 この作品のことは、正直、作者本人も完全に忘れていたのだが、ファイルを開いた時に、章タイトルと思しき「Kiss The Destiny~運命にくちづけを~」という文字が目に入った時、笑わずにいられなかった。ビジュアル系バンドの楽曲みたいに、あまりにも耽美でイケてる題名を狙い過ぎて、逆に面白くなってしまっている。冒頭の鳴海が消えてしまう過程を描いたパラグラフに、『僕は永遠を願った』という、L'Arc〜en〜Cielの楽曲「winter fall」の一説をオマージュした文章があることからも察せられるのだが、当時の作者はビジュアル系ロックバンドに傾倒していた(L'Arc〜en〜Ciel自体がビジュアル系にカテゴライズされるか否か、という論争はここでは置いておく)。そういった部分については少し懐かしいと感じたが、肝心の文章内容についてはほとんど忘れており、その先の展開に関してどんな構想があったものかも、上手く思い出せない。

 空也と鳴海のパラグラフを読んでいて思ったのは、「こいつ、また幼馴染を出してる……」ということだ。今迫作品における幼馴染の男女の登場率の高さは異常であり、これは、作者自身が転勤族の父の影響で何度も転校し、故郷と呼べるような土地もなく、「幼馴染は都市伝説」を座右の銘として生きていることに由来する。その反動として、作者の中では「異性の幼馴染がいる世界」こそがユートピアであるという確信が存在するのであろう。仲の良い幼馴染の異性がいるということ自体が、そのキャラクターが幸福であることを暗喩する記号として機能している。

 物語の骨格としては、「ミステリーコレクター」椎名姫巫女とその仲間たちが、様々な怪奇現象に立ち向かっている中で、今回はその中の一つとして「人間が突然、世界から掻き消える」という不思議な事件に対処する、という代物だ。空也は、本作品最初の視点人物であり、この事件に巻き込まれた被害者側の主人公であるが、「ミステリーコレクター」がシリーズ展開された場合、おそらく、出番は今回の事件に限る、「ゲスト」的なキャラクターであるものと予想される。今回の事件をきっかけに椎名姫巫女の仲間に加わり、読者と同じ一般人のような視点で怪奇現象に立ち向かう役割を担うという展開もこういう作品にはありがちであるが、椎名姫巫女の一行には、稲垣玲人という「椎名姫巫女に救われて仲間に加わった一般人の少年」が既におり、完全にキャラクターが被ってしまう。消えてしまった鳴海を取り戻して空也の物語はハッピーエンド、椎名姫巫女一行の怪奇現象退治の仕事はまだまだ続く、という落としどころが良いと感じる。

 椎名姫巫女のキャラクター設定については、「見た目は子供、頭脳は大人」という「合法ロリ」の女性に、お色気担当までやらせてみたら面白いのではないか、という着想でつくられており、一言でいえば、属性過多である。深夜アニメの黎明期にやっていた「ストーリーの本筋と関係のないところで無駄なお色気要素(過剰なパンチラ、服が破ける、など)がある」作品群の影響が感じられる。当時の作者が思春期なので仕方ない。少しだけ面白いのは、作中でも触れられている通り、例えば「キスによって相手を何らかの形で支配する」という超能力を有していることにしてしまえば、展開的に無理なくキスシーンを登場させられるというのに、どうやらキスには超能力的な要素はなく、執拗なキスシーンは、ただただ椎名姫巫女の淫乱性の表現とサービスシーンを提供するためだけに使われているらしいことだ。当時の作者が思春期なので仕方ない。お色気担当枠のキャラクターの心理が描写されることは珍しいので、椎名姫巫女の視点から「ですます調」で書かれたパートは、なかなか興味深い。

 ミステリーコレクターの設定については、怪異と戦うという意味では「ゴーストバスターズ」や「ゴーストスイーパー美神」的なありがちなものであり、その名称についても、NHK教育テレビで放映されていたアニメ「コレクター・ユイ」のオマージュ(パクリ)に過ぎない。コレクターが収集者(Collector)でなく訂正者(Corrector)であるという点に、いたく感銘を受けたに違いない。

 また、相手の顔を見ただけで名前、年齢、性格がわかるという特殊能力を有するJ・セトラは、「物語を加速させる」ために都合の良い役割を担わされている。この能力があれば、作中人物が敵等の正体に迫る際、神の視点から既に情報を得ている読者に追いつくために必要な面倒なやり取り・描写・展開がほとんどいらなくなる。また、本編中においても、喜多沖百合香と駒沢良素の二人と偶然すれ違っただけで、おそら五階層に住む住人と名称が一致しなかったなどの理由から不審を感じ、事件のカギを握る人物への急速接近に一役買っている。物語を動かすためだけに存在する能力と言って良い。

 なお、私立探偵の駒沢良素については、そのキャラクターと職業の性質上、もしかすると、この事件が解決した後も、セミレギュラーとして使えるような位置づけを考えていたのかもしれない。また、同名の探偵を主人公としたスピンオフなどに展開しそうな雰囲気もあるが、作者自身、完全にその存在を忘却しており、探偵が必要となるような作品を執筆しなかったこともあり、全く実現していない。20年以上の時を経て、こうして名前がまた出てきただけで、浮かばれることであろう。

 未完のまま途絶した場面までにおいて、「何故、人間が突然消えるのか」という本事件の怪奇現象の真相を解明するヒントはほとんどなく、作者本人も当時の構想を思い出すことが出来ないので、真相は藪の中だ。タイトルや、鳴海のセリフから勘案するに、おそらく「月」が関係していたはずだが、鳴海と地場恭介が別の時刻に消えている点から、「月蝕」のような自然現象に合わせて、一斉に生じた消失事案というわけではないようである。また、二人とも、自身が消失することについて自覚的であり、その法則・理由には何らかの個別事情も絡んでいた可能性が高く、そのエピソードが語られてない以上、真相は、想像するより創造していった方が早い。

 また、椎名姫巫女は、怪物と化した稲垣玲人と渡り合ったような描写があるが、具体的にどのような力を持っているのか明らかにされておらず、「怪奇現象を訂正する」ために、一体何が展開される作品なのか(つまり、プリキュアシリーズのように変身して巨大化した敵と肉弾戦を繰り広げるのか、「カードキャプターさくら」のように魔法を使って戦うのか、はたまた言葉による説得がメイン武器なのか)判然としない。何か意外性のあることを考えていたような気はするのだが、仮に革命的なワンアイデアがあったのだとすれば、作者が忘却することはないだろうし、お蔵入りの憂き目にもあっていないはずなので、さほど大した案ではなかったのだと思う。


 若書きであって、共感性羞恥のため目を背けたくなる部分もあったが、純粋に物語として続きが気になる作品である。

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