ふつかめそのにー。

 



「これでよしっと」


 空中に浮かび上がった半透明のキーボードでタカタカターンとメールを送る。

 その様子を見ながら、ワタナベさんがどこか不安そうに呟いた。


『お二人共、気付いてくれますかね……?』

「さぁ?」

『いや、さぁ? って……そこは嘘でもいいからきっと気付くよ、とか言って下さってもいいじゃないですか……』

「やだめんどい」


 メニュー画面をぺいっと消しながら、真顔で断言する。

 むしろ気付かない方に今日の昼飯賭けたいくらいだよ。やらんけど。昼飯はわしが食う。


『どうしてあなたという人はそんな酷いことを平気で言うんですかだがそこがいい』

「それはそれでどうなんすか?」


 まじでお前なんなの?


 なお、本日の昼飯は昨日の夕飯と同じ、狩った鹿肉のなんかです。

 調味料一切無いから焼いただけです。これは料理ではない。調理だ。


「それより、肉、今どんな感じすか」

『表面こんがり、中、半ナマって感じですね』


 鹿の足肉、骨付きモモ肉の、骨の部分を地面に刺して直火に当てての調理である。すげぇワイルドだけど、調理器具もないからこんなんしか出来ない。


「昨日と同じように、表面が炭になるくらいまで焼いた方が良いんすかね」

『うーん、ちゃんと焼きたいならそうですね』


 皆に連絡してる間、ワタナベさんに様子を見てもらっていたけどやっぱりこの方法は時間がかかるようだ。


「でも食えそうなんだよなぁ」


 なんかいい匂いしてるし、イケそうに見えるんだよなぁ。


『ユーリャさんは猫獣人なので、生肉いけますよ?』

「……まじ?」

『まじ』


 いや昨日言ってよ。無駄にめっちゃ焼いちゃったよ。


「じゃあもう食えるじゃん」

『ですねぇ』

「食うわ」

『どうぞ』

「いただきまーす」


 刺してた骨を掴んでこんがり焼けたアツアツの肉にかぶりつく。


「あっづ!!」

『ちょ、昨日と同じことやってますよユーリャさん!』

「この体、猫舌だった……」


 元々猫舌じゃないから余計に忘れるんですけど。なんすかコレ、罠すか。

 めっちゃ痛いんすけど。昨日焼いたのと同じとこ焼けたんすけど。


『ほら、待ってて下さい、今冷ましますから』

「いてぇ~……」


 ちなみに、猫舌な人は舌を動かすのが下手なので、熱いものを食べた時に避けそこねて火傷をする。

 つまりこの体は、舌の扱いが下手なのだ。


『つまりキスは下手ってことですね』

「何言ってんのお前」


 それとこれとは別だわ。

 あと心読むな。


「あ~……、いっでぇ……」

『涙目のイケオジ……イイ……』

「いやうるせぇわ」


 なんもよくねぇわ。いてぇだけだわ。


『あ、冷めましたよ~』

「……あんがと」

『まるで夫婦みたいですね!』


 完全に無視して、改めて肉にかぶりつく。

 皮がパリッとして肉汁がジュワッとして、生の部分が柔らかい。

 前の自分よりも顎の力が強いからか、骨まで軽く食べられてしまった。スナック感覚である。ポリポリ。

 味は……うん、肉の味。骨も、なんか肉の味。


 ちなみに、舌の火傷はもう治った。肉に何らかの回復効果が付いているぽいけど、自分の体がなんかアレなのかもしれんからなんとも言えん。可能性は色々なんだが、そのへんはめんどいから考えないことにした。


 しっかし肉だなぁ。美味いか美味くないかで言ったら美味いんだけど、現代の肥えた舌を持つアタシとしちゃ、なんか物足りない訳で。


「せめて塩欲しいっすわ」

『猫ちゃんにも塩分は必要ですしねぇ』


 いや、塩分は骨の中の血液成分から摂れてんのよ。つかネコチャン扱い地味に腹立つんすけど。シバくぞ。


「さてと」


 骨まで綺麗に食べ尽くして、一息つく。


『何するつもりなんですか?』

「改めて現実と向き合おうかなって」


 さすがにそろそろちゃんとしないとダメだよね。


『……分かりました、じゃあちょっと黙ってますね』

「うす」


 はい、では改めて。


 焚き火の前に座り込んで、左右、上下、ぐるりと周囲を見渡して、それからじっと手を見る。服も見る。ゲームで使ってた自分のキャラの着てた服。

 白い革ジャンに黒いシャツ、黒の革パン、少し底のあるブーツに黒い指出しグローブ。なんかそのままバイクに乗れそうな装備。

 全然実感なかったから服装さえもちゃんと見てなかったけど、地味に気に入ってたから普段着としてよく着せてた服だ。


 アタシ、まじで異世界来ちゃってんだな。


 今更なんだけど、一晩経ってようやく完全に実感してしまった。


 え、どうしよう。異世界って何したらいいの。

 いや、生きてかなきゃいけないんだろうけど、これ、まじで現実?


 ぱちぱちと燃える枝をそのへんに落ちてた別の枝でちょいちょいとつつく。

 混乱はしてるけど、やることは明白だ。


 ドラゴさん、ハーツさん、自分の三人が合流すること。

 衣食住とか、そういうのはまず三人が揃って、今後どうしたいかを各自希望を聞いて、それからだ。

 場合によっては二人、または一人で生きていくことも覚悟しなきゃならん。


 特にハーツさんは、社畜だったからもしかしたら、色々と、もしかしてしまうかもしれない。

 ドラゴさんは、……ちょっと天然が過ぎるからきっと保護者が勝手に沸いて出て来るだろうし。


 とりあえず、今考えられるのはこのくらいか。


 しかしなぁ……、なんでオッサン……?

 いや、うん、嫌いじゃないよ? イケオジは。

 声もね、すげぇこだわったからさ、いいんだけどね?


 アタシ出来れば横でそれを見てェんすよ!

 なんで自分なんすか!? なんなんすか!?


『おおー、めっちゃ葛藤してますね』

「いやてめェのせいだろ」

『あ、はい』


 つーか、あの二人と合流出来る気がしない。

 どう考えても無理ゲーである。

 方向音痴二人がバラバラに行動してるとか恐怖しかない。


 むしろこっちから探しに行くべきかもしれん。

 あの二人のことだから、今頃メニュー画面の存在を忘れてるだろう。

 逐一メールなりチャットなり送っておくのが懸命かもしれん。


 念の為、簡易地図は出しっぱなしにしておくか。一応親切な青い点がどの方向に二人が居るかを教えてくれてるし。


 スマホの要領でメニュー画面を出して、簡易地図をぺいっと出すと、衝撃の事実が判明した。


『うわっ』

「……まじかぁー……」


 二人を示す青い点がそれぞれ左右、真反対の方向にあったのである。


 めっちゃ移動しとるー……。


 いや、なんで一晩でこんなに移動してんのこれ、酷くない?

 なんかもう、どっちがドラゴさんでどっちがハーツさんか分からんとかどうでもよくなった。

 どうすんのこれ、どうしたらいいの。


 どっちが近いのこれ。つかこの地図、半径何メートルくらいなん?


『ええと、50キロメートルくらいです』

「だから心読むなて」

『あ、すみません、つい』


 つい、で読むなや。

 しかしなー、50キロかー……、てことはそれぞれアタシらから30キロは離れとんのか。昨日見た時そこまで離れてなかったのになぁ、と思ったら、ひとつの点が現在進行形で移動しているのが分かった。

 誰だよーもー。これ以上動くんじゃねーよ、困るんですけどー。迎えに行くこっちの身にもなれよー。まじでさぁー。

 迷ったら動かないのは迷子の鉄則じゃなかったんかーい。どっちがどっちか分からんけどさぁー。もー。


 こうなったら、動いてる方を追い掛けようかな。その間に多分動いてない方が動きそうだけど、その時はその時だ。

 本来なら動いてない方を確保しておくべきなんだろうけど、あの二人に常識は通用しない。どうせどっちも好き勝手に動き回る。ならどっちかに狙いを定めて確保しに行くべきだ。


「今から予言しとくっす。めっちゃニアミスしてなかなか合流出来ない」

『やめてそんな不吉な予言しないで』


 いや、むしろしとかんと実際そうならん方の確率上がらんやろ。知らんけど。

 あともしそうなった時に“ですよねー”が言えるよ。心の保険は大事ね。まじで。精神的負担は減らしとくに限る。


 うん、では出発前の休憩の最後にひとこと。


 めんどくせえええええええええええ!!!



 

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