第2話

 卒業して3年。


 榊の口から沙希の名が出たことはなかった。


 美奈子の勤める画廊は叔父が営んでいて、土日も営業するので頻繁にとはいかないが、休日が重なるとよく会う。


 映画を観たり、浜辺をどこまでも歩いたり、レストランでディナーを共にしたりする。


 急に呼び出され、彼のアパートの近くの公園でブランコに揺られながら、日の沈むまで話を聞いていたこともある。


 就職してからも、夏が近づくと胸が弾んだ。


 美奈子はそれを学生気分が抜けないせいだと思っていたが、ある時榊からの電話で気づいた。


 美術教師の彼には夏休みがあるのだと。


 夏になれば、自然と二人で会う機会も増える。


 もちろん、25にもなれば見合いの話は度々だし、それも次第に断りづらくなってくる。


 両親、親戚、知人……。


 先日も画廊の取引先の息子との縁談が持ち上がったが、助け舟は意外なところからやってきた。


 叔父が美奈子の縁談話を家族の話題にした際、従弟の宗弘が、


「美奈ちゃんはまだ早いよ」


 強く言ったという。


 叔父たちがそんなことはないと言っても、頑強に譲らない。


 しまいには二人とも、その強情さに思い当たる節があって黙り込んだ。


 美奈子はそんな宗弘の胸の内を叔父の口から告げられた。


 宗弘は一つ年下で、一浪して大学を卒業し、今年から大手の証券会社で働き始めた。


 幼い頃はよく一緒に遊んだ仲だし、画廊に勤め出してからは家族ぐるみの付き合いをしている。


 就職祝いにはネクタイを贈った。


 すると週の最初はいつも必ずそれを締めているというので、


「お誕生日には、またネクタイをあげなくちゃね」と、母とも笑ったばかりだった。


 叔父は一度だけ話したきりで、それ以上無理強いするような態度はとらず、美奈子にはそれがとてもありがたかった。


 しかし、さすがに母も聞かされたらしい。


 ある時、お茶を入れながら美奈子は訊かれた。


「美奈子、榊さんとはどんなお付き合いをしてるの?」


「どうって……学生時代とおんなじよ」


「でも、卒業してからもお付き合いが続いてるのは榊さんだけでしょ」


「就職したらみんな忙しいのよ。都合のつく人とつかない人があって、会える人も限られてくるわ」


「会いたい人とは、都合をやりくりしてでも会うものでしょう」


「美大には25過ぎて学生って人も沢山いたわ。榊クンだってまだ結婚なんて考えてないと思うし……ママの訊きたいのはそういうことなんでしょ。わたしたち、ただのお友達よ。何で急にそんなこと言い出すの?おかしいわよ」


「急ってわけじゃないわ。ママはいつだって考えてるの。具体的にどうということはなくても、あんただって気持ちの整理はつけといた方がいい年頃よ」


 そして、こう言ってダメを押した。


「近頃じゃ、絵も描かないようね」

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