第3話 解毒薬
傭兵たちを倒すと同時に、世界で一番愛しいエルフがやってくる。
彼女は真っ先に俺の懐に飛び込むと、抱きしめてくる。
か細い女性であったが、もう二度と俺を離すか、そのような決意を込めた抱擁だった、
俺もそのまま彼女を力強く抱きしめるが、ラブシーンは控えないといけない。
「このまま血行がよくなりすぎれば毒が回って死んでしまうかも」
「……馬鹿」
と頬を赤くする妻だが、今が火急のときだとも分かっているようで、懐から小瓶を取り出すとそれを俺に渡す。
言われるまでもなく、それは賢者マードックが一〇〇年掛けて作り上げた解毒薬だろう。
妻フィーナと賢者マードックを全面的に信頼していた俺は、疑うことなく小瓶の中の液体を飲み干す。
控えめに言って糞不味かったが、良薬は口に苦しということわざもある。それにどんなに不味くても飲まないという選択肢は有り得ない。
せっかく繋いだ命だ、大切にしたかったし、妻を悲しませるようなことだけはしたくなかった。
嘔吐感を催す劇薬を飲み干すと、俺の身体に変化が訪れる。
先ほどまであった肺を握りつぶすかのような苦しみが緩和され始めたのだ。
呼吸が楽になり、思考もはっきりとしてくる。ぼやけた視界も正常になっていく。
「レナス、顔色が良くなりました」
「そうか。男前になったか?」
「それは最初から」
そのようにやりとりしていると、完全に元気を取り戻す。自分の身体から〝ほとんど〟の毒素が抜けて行くことを自覚する。
「……ふむ、さすがは賢者マードック」
薬の制作者に感謝を述べると、その場で軽く跳ねる。準備運動をする。
「おいっちに、さんし」
フォルトゥナ体操第二まで始めるほど体調は良好になる。
「よし、完全復活だな」
「おめでとうございます」
「うむ。ありがとうな、フィーナ」
「いえいえ」
「もっと功を誇れよ。君はこの百年間、俺のことを心配し、駆け回ってくれたんだろう」
「…………」
「そこで倒れている傭兵たちの会話からおおよそ察したよ。俺が氷漬けになっている間、大変だったみたいだな」
「……はい。でも、わたしとマードックは世界中を駆け回ってあなたを救う解毒薬を開発しました」
「ありがたい。それでマードックは?」
「二〇年ほど前に亡くなりました」
「……そうか。残念だ。会って礼が言いたかった」
「レナスならばそう言うと言っていました。だから伝言が」
「聞こうか」
「俺のことなど気にせず、可愛い嫁さんとやりまくれ。子供をたくさん作れ。そして一番頭がいい子にマードックと名付けろ、――だそうです」
頬を赤らめるが、一言一句、違えることなく、マードックの伝言を口にする。それが自分の責務だと思ったのだろう。
美しい妻に賢者の面影を見る。
俺はかつての友に向けて言う。
「その約束、必ず果たす」
「わたしもそうしたいです」
「そうか、気が合うな。じゃあ、さっそく、新婚旅行に出かけるか」
「新婚旅行?」
「そうだ。メイザースの城に入る前に結婚しただろう」
「はい。もう二度と戻れぬかもしれないから、と指輪を交換しました」
「つまりおまえは俺の妻だ」
「はい」
「君としては一〇〇年前のことかも知れないが、俺としてはついこの前のことなんだよね。つまり、俺の中では君は新妻」
「はい」
「新妻とは一緒に旅をするものだ。新婚旅行ってやつだな」
「まあ」
軽く口を押さえ、驚くフィーナ。
「旅をしよう。かつて俺たちが救った世界を順に見て回るんだ」
「それは素晴らしいですね」
「ああ、人間とエルフの間にはなかなか子供が出来ないが、旅が終わりを迎える頃には子供も出来ていることだろう」
「はい」
「というわけで新婚旅行だ。思い出深い俺たちの聖地を巡ろう。〝聖地巡礼〟の旅だ」
「素敵な旅になりそうですね」
フィーナはにこりと表情を緩める。
彼女の笑顔はひまわりのようにまばゆかった。
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