第2話 100年後の目覚め
一〇〇年後――。
見知らぬ天井で目覚める。
そこまではおなじみの展開だが、意識が芽生えた瞬間、聞こえてきたのは男の不快な声であった。
「本当にここに伝説の七勇者の筆頭レナスが眠っているのか?」
「わからない。さる筋から聞いた情報だとここかもしれないとだけしか」
「おいおい、信用できるのかよ」
「しょうがないだろう。レナスの氷漬けは聖教会の極秘事項になってるんだ」
「たしか氷漬けのレナスの所有権を巡って大貴族たちが諍いを起こしたんだよな?」
「そうだ。かの世界を救ったレナスの氷漬けは一時期、権力の源泉となったからな」
「それに憤りを感じた聖教会が氷漬けを隠したってわけか」
「ああ、世界各地にレナスの氷漬けが保管されていると、冒険者どもが血眼になって探したが、結局見つからなかった」
「それを俺たちが見つけられるのか?」
「手当たり次第に探すしかないさ。見つければ――様は喜ばれる」
そのように続けるが、肝心の固有名詞は聞き取れなかった。
どこかで聞いた名前のように聞こえたが、と上半身を動かそうとするが、俺の身体は動かない。俺の身体は解凍されていたが、〝毒〟はまだ体内に残されているようだ。
(……マードックのやつ、予定通り一〇〇年後に解凍されたはいいが、解毒薬を用意してなかったのかよ)
飛んだ片手オチだ、と老賢者に愚痴るが、唇もまともに動かなかった。
その間にも男たちの声は近づいてきて、やがて祭壇で寝ている俺を発見する。
祭壇で寝そべる俺を見てやつらは、
「おお! まさかこれは!」
「あ、当たりなのか!?」
「壁画で見たことがある。このものこそかつてこの世界を救った七勇者の筆頭、レナス・フォン・リヒタットだ!!」
と、ざわめく。着ているものから見るに傭兵のように見える。百年後も傭兵は健在のようだ。
(……まあ、魔王が現れる前から魔物は暴れていたし、魔王が現れる前は人間同士が争っていた)
傭兵と娼婦はどのような社会体制でも存在し続けるのだろう。
そのような感想を抱いていると、やつらは俺を剣の鞘でつつく。
「こ、こいつがかつて世界を救った七勇者筆頭か」
「ああ、解毒薬を飲まれる前に〝殺せ〟という命令だったが」
「七勇者を殺していいのか? かつて世界を救ってくれた恩人だぜ?」
「迷信深いばあちゃんに叱られる」
「命令だ。それにこいつを殺せばそのばあちゃんに豪邸を建ててやれる」
「もうあの世だよ」
「ならば立派な墓でも建ててやれ。――俺はやるぞ」
と剣を抜き放つ傭兵。
「や、やるっきゃないよな」
臆していた男も剣を抜く。
そうなるともうひとりも渋々剣を抜き放つが、誰が俺を刺すかで争いが始まる。
先ほどまで恐れ入っていたくせに、この段になると〝俺を殺した名誉〟と〝俺を殺した報酬〟に目がくらみ始めたようだ。
やれやれ――であるが、長い合議の末、三人同時に刺すことで報酬を分かち合うことにしたようだ。意外と仲間思いである。
しかし、その長い時間が命取りになった。やつらが話し合っている間に俺は悠然と起きあがり、準備運動まで済ませていたのだ。
その姿を見てやつらは、
「げげ!」
と驚愕するが、その間抜けな顔に向かって、
「おはようさん」
と声を掛ける。
「い、いつの間に起きやがった」
「おまえたちが話に夢中になっている間だ。もしも来世があったら、抜け駆けという言葉を覚えておけ」
「く、こうなったら仕方ない。実力でぶった切ってやる」
「実力でこの俺を? 魔王メイザースを殺したこの俺を殺すというのか?」
殺意を込めてそう言い放つと、傭兵たちは「ひい」と上半身を反らすが、すぐにそれが虚勢であるとばれる。
俺の足下はふらふら、右手の位置も定まらず剣すらまともに抜けない。
「こ、こいつ、もしかして毒で弱っているのか……」
「…………」
正解だ、と言ってやる義理もないだろう。
「や、やれる! 今ならぶった斬れるぜ!」
傭兵のひとりがそのように言い放つとやつらの士気は大いに上がる。
そのままやつらは斬り掛かってくるが、俺はそれを悠然と受ける。
「……たしかに毒によって俺の実力は健康だったときの一〇分の一もないだろうな」
魔王との死闘のあとに冷凍されたこと、冷凍によって筋力が弱っていること、それらを加味すれば三〇分の一の実力になっていてもおかしくはない。
いや、事実、それほど今の俺は弱いだろう。
しかし、それは、
「全盛期から比べて」
の話であった。
たとえかつての実力の一〇〇分の一になっていようが、有象無象の傭兵に負ける道理などない。
俺は剣を抜くのをやめ、徒手空拳で反撃する。
シュッ!!
音速を超える速度で傭兵のひとりに拳をめり込ませる。
「ぐひゃ……」
と歯を飛ばし、顔を変形させる傭兵。
それを見て顔を青ざめさせる残りの傭兵。
「……い、今の拳、おまえ見えたか?」
「……い、いや」
「剣は抜けないが、おまえたち程度、右手だけで十分だよ。左手は封印してやる」
「…………」
「どうした? 掛かってこいよ」
そのように挑発するともうひとりの傭兵が斬り掛かってくるが、そいつも一撃で倒すと、最後の傭兵は腰を抜かす。
「つ、つええ、おまえ、本当に毒に侵されてるのか?」
「そいつは間違いないよ。さて、今からおまえの顔面を思いっきりぶん殴るが、命だけは助けてやる」
「…………」
「おまえたちが意識を取り戻した頃には俺はいなくなってるが、おまえたちの雇い主に伝えてくれ。なぜ、俺を殺そうと思ったかは知らないが、レナス・フォン・リヒタットは、政治にも富にも一切興味はない。だからもう刺客を差し向けるな、そう言え」
「おまえは世界を救った英雄だというのになにも望まないのか?」
「ああ、そうだ」
「信じられない。おまえが望めば世界だって手に入れられるのに。世界中の富を得られるのに」
「俺はそんな俗物じゃない」
「じゃあ、なにが望みなんだ?」
「…………」
その問いに即答出来なかったのは自分でもなにを望んでいるか、分からなかったのだ。
ふうむ、と顎に手を添え、考え始めること数秒、真っ先に浮かんだものからヒントを得る。
俺の脳裏に浮かんだのは金色の髪を持つ尖り耳のエルフだった。
「……そうだな。俺が望むのは妻だ。――うん、そうだ。妻と新婚旅行がしたい」
「し、新婚旅行だって!?」
「そうだ。愛する妻と一緒に世界を巡りたい。かつて共に冒険した地を見て回りたい。それが俺の望みだ」
「そんなことでいいのか!」
「世界を手に入れるより価値があるよ」
そう言い放つと、俺は傭兵の襟首を掴み上げる。
そのまま拳を引くが、傭兵は見苦しく言う。
「おまえは死ぬ。だから新婚旅行などできん」
「ほう、根拠は?」
「毒だ! おまえの顔は紫色になっているぞ」
「なるほど、たしかにそろそろやばいという自覚がある。しかし、大丈夫だ。風の動きが変わった」
「な、なにを言っているんだ?」
「俺のフィーナは世界一の精霊使いでな。特に風の精霊と仲がいいんだ」
それでも分からん、という顔をしている傭兵に補足してやる。
「妻が風の精霊に導かれながらこちらに向かっているということさ。俺の妻フィーナは有能でな。もうじきここにやってくる。〝魔王の蠱毒〟の解毒薬を携えてな」
俺は確信を込めてそう言い放つと、傭兵の顔に拳をめり込ませた。
そしてその数秒後、世界で一番美しい森の妖精が俺のもとにやってくる。
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