第4話 天然のおひいさま
「人類に待ったなし!」
王国歴六一二年、諸王同盟の盟主デュラムは大陸中に檄を飛ばし、魔王に対抗できる勇者を集めた。
突如勃興した魔王軍は次々に諸国を陥落させ、苛烈な支配と統治を行っており、それに不満を持つ勇者を召集したのだ。
各地から騎士、戦士、狩人、盗賊、司祭、魔術師、商人、鍛冶屋、農民など、あらゆる階層の腕自慢が集まる。
彼らに共通しているのは魔王を激しく恨んでいるということだった。
魔王軍に家族を殺されたもの、魔王軍に故郷を焼き払われたもの、魔王軍に財産を奪われたもの、あらゆるものが魔王に報復するため、イシュタル王国の王都に集まった。
国王デュラムは集まった勇者たちにひとりあたり銀貨一二〇枚の軍資金を与えるとこう言い放った。
「今からわしがいうことは非人道的であり、悪魔にも劣る」
と。
「もしもわしの言葉が気に入らなければこの場でわしの首をはねよ。しかし、同意してくれるのならば、わしのため、いや、この世界の為に死んでくれ」
そのように前置きすると、デュラムは己の戦略を話す。
いや、それは戦略などという上品なものではなかった。
明日、一〇八人がこの王都を出発し、魔王城を目指す。
魔王の城を強行突破し、魔王を暗殺する。
それだけであった。
幼児でも考えられそうな作戦であったが、追い詰められた人類にはその策しか残されていなかったともいえる。
集まった小勇者たちはそれを知っていたから、誰ひとり王を恨むものはいなかった。
こうして魔王城強襲作戦は実行される。
一〇八人の小勇者たちは一丸となって魔王城に突撃するが、魔王の支配地を突っ切り、敵の根拠地に到達するのは容易ならざることであった。
その過酷な旅の途中、多くの同士を失うことになる――。
さて、ここまでなら誰でも知っていることであるが、一〇八の小勇者に選ばれるまで、俺と妻のフィーナ、それに賢者マードック他数人とは小さなパーティーを組んでいた。
その都度、離合集散を繰り返していたパーティーであるが、気の合うもの同士、世界各地にあるダンジョンを巡ったり、悪さをする魔物を退治したりしていた。
そのときはいわば〝仕事〟であったから、ゆっくりすることはできなかった。
とあるダンジョンにお宝があるという噂が巡れば、海千山千の冒険者どもが集まり、我先にと最深部を目指す。そんな中、ダンジョンに湧いている温泉にのんびりつかることなど出来ない。
また悪さをする魔物を退治する仕事でも同じ。村人が死んでいるというのにのんびりと村の名産品を食べている暇などない。
遺跡、観光名所、絶景、様々なものを横目でチラリと見ながら、早足で駆け抜けなければいけなかったのだ。そのつど、仲間たちと、
「いつかじっくり見て回りたいね」
と言ったものであるが、それが実現する日はこなかった。結局、最後まで冒険と魔王討伐に明け暮れていたからだ。
魔王を討伐したあとならばそれもできる、と自分に言い聞かせていたが、結局、魔王の蠱毒のせいでその夢が叶うのも一〇〇年後というていたらく。
「ま、唯一の救いは一〇〇年程度ではなにも変わらないということだろうな」
無論、過去邂逅した人たちとは巡り会えないだろうが、自然や観光名所はそうそう変わるものではない。温泉は枯れるまで沸き続けるし、遺跡は朽ちるまで存在し続ける。
俺の目的は妻とゆっくり過去を振り返ること。
だから問題はなにもない。
そのように思いながら一〇〇年前とまったく変わっていない妻を見つめる。
レナス・フォン・リヒタットの妻フィーナは、たぐいまれな美貌の所有者だった。
金色の髪に均整の取れた肢体、整った顔立ち。
古代の名彫刻家が、生涯を掛けて彫り上げたかのような美しさを称えている。
さもありなん、彼女はこの世でもっとも美しいとされる暁の森のエルフの王女様なのだ。
エルフについては説明するまでもないだろう。
森に住まいし妖精。神が造りたもうし美の化身。
とんがり耳に金色の髪を纏った菜食主義者。
エルフ族に不美人なし、という格言もあるが、フィーナはその中でも別格の美人であった。
なにせ森の外に出るまでに二五五人のエルフに求婚され、二三匹の猿に惚れられ、梟や狼にも言い寄られていたという。
森を出たあとも複数の貴族の息子に求婚され、いくさが起きたこともあった。
いわゆる傾国の美女なのだ。
しかも本人は己の美しさに無関心というか、価値を見いだしていない。
この人たちはなんのために争っているのだろう?
と、きょとんとしている始末。
さらにいえば性格もいい。
道に倒れる老婆があれば介抱し、森で泣く子がいれば優しく抱きしめる。
いい娘過ぎて人買いにだまされそうになること三回、その都度、俺が助けに入っていた。
まあ、いわば天然というか、おひいさま性格なのである。
そこが魅力であり、困ったところでもあるのだが、それを含め、俺は彼女を愛していた。
そのことを素直に伝えると、彼女は「……馬鹿」と頬を赤らめる。
こういうところも超可愛らしかった。
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