第4話 第二戦「カラオケバトル」
やって来たのは学校からほど近い、駅前にあるカラオケボックス。
軽快な音楽が鳴る中、相変わらず無表情な隅田は、エコーのかかったマイクを片手に説明をする。
「曲は優里の『ドライフラワー』です。各同好会の代表者1名が歌い、精密採点で出た点数の高い方が勝利です。では、現在一敗のeスポーツ同好会が先攻後攻の選択をしてください」
隅田が使っていたマイクを、渡辺に向けると、少し考えてから「先攻」と言ってテーブルに置かれてある、もう一本のマイクを持って、隅田の隣に並んだ。
「代表は俺」
「それでは、eスポーツ同好会、渡辺君の『ドライフラワー』です。どうぞ」
隅田は隣に立つ渡辺に前を譲り、一つ席のあいたeスポーツ同好会側に腰を掛けた。
静かにイントロが流れだすと、渡辺は真面目な顔をしてマイクを握り直した。
渡辺は、低温部分から高音まで伸びやかに歌い、音程を守るだけでは無く、ビブラートもしゃくりも入れてポイントを加算する歌声は、睨むように見ていたスケボー同好会の表情を変えた。
元ヤン感が隠しきれない渡辺の意外過ぎるほどの柔らかい歌声は、間違いなくみんなの心に染み渡った。
渡辺が歌い終わると、誰ともなく拍手が沸き起こり、点数が表示されると大きな歓喜となった。
「eスポーツ同好会、渡辺君の得点は、96.23」
全員が既にモニターで点数を見ていたが、隅田が改めて発表するとeスポーツ同好会は渡辺を囲んで喜んだ。
「さすが渡辺。よくやった!」といつもクールな阿部が肩を叩く。「顔は怖いのに声は優しいとか、ズルいよ」爽やかな笑顔でハイタッチをする前田。「僕は信じてたから」みんなの声にかき消されそうな程小さな声で呟きながらも、笑顔を漏らす杉本。
渡辺は大役を終えた安堵感と高得点が取れた喜びを隠すことなく笑顔で表し、みんなの賞賛を受ける。
隅田はその様子を見て小さくうなずくと、直ぐにマイクを握り前に出て仕切った。
「次はスケボー同好会」
隅田の言葉で立ち上がったのは、肉付きのいい森田。「黒ひげ危機一髪!」では出番が無かったが、肉付きのイイ体を緊張で小さく縮めながら、マイクを両手で握りしめ前に出る。
「それでは、スケボー同好会、森田君の『ドライフラワー』です。どうぞ」
森田は向けられている視線から逃れるように固く目を瞑り、ギターのイントロに耳を澄ました。
少しハスキーな森田の歌声は、切ない曲の世界観にマッチしていて、渡辺の余韻が残っていた空気を一気に換変えた。森田の高音部分で擦れる歌声は、聴いている人の心の奥にある痛みを呼び起こすようにざらりと撫でると、心を小刻みに揺さぶった。
渡辺は音程や加点を得るよう意識して歌ったいたが、森田の気持ちを込めて歌う声に全員が引き込まれて、歌が終わっても得点が出るまで、誰も言葉を発さず余韻を噛みしめた。
「スケボー同好会、森田君の得点は、93.65」
隅田の発表で一同は驚きの声を上げた。
「嘘だろ?」「スゲー良かったのに…」「俺、泣いたぞ」とそれぞれから声が聞こえる中、森田は肩を落としてスケボー同好会の仲間に頭を下げた。
「ごめん」
「何言ってるんだよ、最高だったぞ」元気づけるためでは無く心から感動を伝える伊藤が、森田の厚い背中をバシバシと叩く。
「俺、3回泣いたわ」少し垂れている目を潤ませながら微笑み、森田の頭を優しく撫でる長沢。
「俺たちの感動は得点に入らないから仕方ねぇ」長い腕で3人みんなを抱きしめる佐々木。
負けたのに、悔しさよりも清々しさを感じるスケボー同好会に、eスポーツ同好会のみんなも拍手を送っていた。
「96.23点と93.65点で、eスポーツ同好会の勝利」
隅田が改めて勝敗を発表すると、eスポーツ同好会の一同は控えめにガッツポーズと拍手をして喜んだが、スケボー同好会は潔く負けを認め大きな拍手を送った。
「ありがとう。正直、森田に勝った気はしてねぇ。今度、一緒にカラオケいこうな」
渡辺が森田に歩み寄り、ごつごつとした右手を差し出して握手を求めた。
「得点通り、渡辺君の方が上手かったよ。カラオケ、一緒に行けるの楽しみにしてる」
森田は意外と小さな手を差し出して握手に応えた。
二人が握手する姿に周りは、大きな拍手を送った。それはまるで、甲子園の試合後に両者の戦いを称える拍手のようで、カラオケボックスの中は温かく、爽やかな音で満ちていた。
「明日は最後の勝負です。17時までに、皆さん揃って文化祭実行委員会の事務室(空き教室)にお集まりください」
隅田は、そんな感動の余韻をかき消すようにマイクのエコーを利かせながら、業務連絡をした。
「よし!最後は俺たちが貰うぞ!」と伊藤が大きな声で士気を上げると、「このままの勢いで、最後まで行くぞ!」と渡辺がドスを利かせた声を出して気を引き締めた。
二組は睨み合うことなく、笑顔でカラオケボックスを後にした。
隅田はまだ熱気の残るカラオケボックスに一人残り、静かに目を閉じた。
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