29.開戦。
†
三人での連携を高め、そこにシエルも交えた訓練を重ねるうちに、決戦の日はすぐに訪れた。
〈待機中の全隊へ通達。
「強い反応の二体……。これがシエルさんの言っていた、
緊張の面持ちで通信を聞いていたセツナが言った。
しかし、先日三人で出かけて装飾品が話題になった後からずっと考えていたようで、自分もみんなと揃えたいと言い出したため、今は
セツナの耳に穴を空けたのは久遠だ。
セツナ本人から頼まれたからなのだが、いざ針を近づけると、ぎゅっと目をつぶって泣きそうな顔になるものだから、理不尽な罪悪感に見舞われたものだった。
「現時点では
セツナの問いにシエルが応える。
久遠も同意見だったが、そんな強敵相手に姉たちと並んで、新参の隊である自分たちが抜擢されたことに驚いていた。
「戦地が
「
軽口のように言ってはいるが、その目は本気だった。
「おれもセツナさんとクオンさんには恩があります。必ず役に立って見せますよ」
父親に同調するようにウィズが言う。いつもの沈着さだが、その裏でひどく意気込んでいるのが窺えた。
四人全員が気合い十分といった様相だった。
戦いの時は刻一刻と近づいている。
だが異次元に飛ばされている今は空がなく、真っ暗な空間に切り取られた都市がぽつんと浮いている状態だ。住人もすべて避難していて、つい先日まで機能していた街がもぬけの殻となる光景には、何度見ても言いようのない空々しさを感じさせられた。
すでに
できれば建物への被害を最小限に抑えた上で制圧して土地を返還したいところだが、五百という
遠くの中空に、
機動力を活かし、さっそく
他の種族たちもそれぞれ攻撃を始めたようで、あちこちから強い
〈俺たちも始めるぞ。各隊、与えられた役割をまっとうするように。シエル隊、今回はお前たちが要だ。助力が必要ならいつでも要請を〉
今回、
戦力的に他の種族より劣るということもあるが、こういった裏方の仕事にも文句一つ零さず責任をまっとうするのがヒト族の気質であり、そういう意味では本部からの信頼も厚かった。
《了解だ。まあ、オレたちで事足りると思うがな。いざとなったら頼む》
シエルが応答したのを皮切りに、各隊が行動を開始した。
「さて。オレたちも行くか。目標地点までは近いな。嬢ちゃんに運んでもらうまでもない。走るぞ」
シエルの指示に従って全員が駆け出す。
対象はすぐに見つかった。
「でかいですね」
ウィズが思わずそう零すほど、それは
人型の
全身が漆黒の中で、頭部の紅い目だけが不気味に光っている。
ふいに、その目がこちらを見た。久遠たちの姿を認め、笑った。そう見えた。
口と思われる部分をわずかに開き、いびつに歪めるその様は、感情のない無生物が浮かべるにはあまりに凄惨な表情と言えた。
戦闘経験に乏しいセツナが息を呑んだのが分かった。一言かけてやるべきかと久遠は考えたが、そんな暇は与えられなかった。
久遠は身体に流す
ウィズは退避の姿勢を見せているが、セツナが反応し切れていない。セツナを連れて躱す判断を下そうとしたところへ、シエルが
セツナの方へ向いていたつま先を
「初手が肝心だぞ」
そんな声が聞こえた。癪ではあるが、余裕に満ちたシエルの態度に背中を押された。
久遠の行く先に巨大な円環が現れ、
久遠が突き出されたままの漆黒の腕に飛び乗る。鉄のように固く、金属縄で編み込まれているゆえにでこぼことしたその上を、姿勢を崩すことなく走った。
(——まずは片腕だ)
いきなり決定打を当てる必要はない。少しずつ削り殺していけばいい。
とはいえ肘から下を落とすより、肩口から落とした方が相手の戦力を削げる。
肘のあたりまで来たところで、
久遠は冷静に踏み切りって飛んだ。肩から出た腕が細くなっているあたり。一番切りやすそうな箇所に斬線を想い描き、刀身に
「——堅いな」
切断しきれなかったのが感触で分かった。
再度、
「おいおい、頼むぜ。腕の一本くらい土産にしてくれよ」
「悪かった。しかし一般的な
「なら、何回でも斬ってみるこったな」
戦場慣れした久遠とシエルが悠々と会話しているが、ウィズとセツナにはそこまでの余裕がない。特にセツナはあまりに一瞬の出来事に完全に硬直してしまっていた。
「さて。じゃあ、嬢ちゃんは安全圏から
ようやく真面目になったシエルが隊長らしく隊員に指示を与えた。
これに全員が了解の意を示す。
「さっさと終わらせようか、クオン」
「わかってるとは思うが、二人に意識を向けさせないことが最優先だからな?」
「はいよ。ほんとにお前は過保護だなァ」
互いの呼吸を確かめるように言葉を交わしたシエルと久遠が飛び出した。
先行するシエルの背を、久遠はわずかに遅れて追う。その周囲をセツナの羽根が舞っていた。外套を纏ったシエルに着いていくのに、セツナの助けを借りてやっとだった。
同時に仕掛けるより、時間をずらした方が効果的だ。
先ほどと同じように
刃のごとき風が
そこへ久遠が肉迫した。足から腰、胴体と器用に素早く伝って登り詰めていく。狙いは先ほど付けた腕の傷だ。シエルが言うように、何度でも斬撃を与えてやれば、いつかは剥ぎ取ってやれるはずだ。
一撃目とは違い、今度は居合いの構えをとった。
空中ゆえに踏ん張りが効かず、普段のような威力は出ないがそこは
鞘の中で
先ほどより心地良い手応えがあった。
しかし、切断には至っていないようだ。
「あと二撃は必要か?」
落胆せず冷静に見極めようとする久遠だったが、
「じゃ、オレがもらっとくぞ?」
いつのまにか
シエルの腕には
次いで、手近にあるからとでも言うように首を取りに向かうシエルに、久遠も倣った。
片腕を失って戦力半減の相手を仕留めるべく、二人して肉迫する。
——が、ここで予想外の事態が起きた。
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