29.開戦。

 †


 三人での連携を高め、そこにシエルも交えた訓練を重ねるうちに、決戦の日はすぐに訪れた。


〈待機中の全隊へ通達。第八界エイティスよりヒト族界エル・ヒューマへ転移された機械獣ビスキウス、およそ五百体の反応を捕捉。予定通り都市区域へ誘導されました。五分後に各探求者シーカー支部のゲートより全隊を一斉に投入します。なお強大な反応の機械獣ビスキウスを二体確認。この二体を鬼族界エル・オウガ・朱桐隊と、ヒト族界エル・ヒューマ・シエル隊で対処します。繰り返します——〉


 ヒト族界エル・ヒューマ探求者シーカー支部で待機していた久遠たちのもとに、耳飾りピアスの通信機を通して本部からの知らせがあった。


「強い反応の二体……。これがシエルさんの言っていた、烽戈ふか術を扱う機械獣ビスキウスかしら?」


 緊張の面持ちで通信を聞いていたセツナが言った。


 翼族フィングの気質から耳に穴を空けることを嫌って、以前までは無線機インカムを使っていた。

 しかし、先日三人で出かけて装飾品が話題になった後からずっと考えていたようで、自分もみんなと揃えたいと言い出したため、今は耳飾りピアスを着けていた。


 セツナの耳に穴を空けたのは久遠だ。

 セツナ本人から頼まれたからなのだが、いざ針を近づけると、ぎゅっと目をつぶって泣きそうな顔になるものだから、理不尽な罪悪感に見舞われたものだった。


「現時点では機械獣ビスキウスの駆動に使われている烽戈ふか量を検出しているにすぎない。単純に身体能力が強化されているだけかもしれんが、まあ烽戈ふか術を使ってくると想定しておいた方がいいだろうな」


 セツナの問いにシエルが応える。


 久遠も同意見だったが、そんな強敵相手に姉たちと並んで、新参の隊である自分たちが抜擢されたことに驚いていた。


「戦地がヒト族界エル・ヒューマということもあるだろうが、まさか姉さんたちと同列に扱われるとはな。お前への期待は相当大きいということだろう、シエル」

第八界エイティスから来たオレを、ヒト族界エル・ヒューマがリスクを負ってでも置いたのは今日のためでもあるからな。相応の働きはするさ。だがな、オレはお前らに期待してるぜ?」


 軽口のように言ってはいるが、その目は本気だった。


「おれもセツナさんとクオンさんには恩があります。必ず役に立って見せますよ」


 父親に同調するようにウィズが言う。いつもの沈着さだが、その裏でひどく意気込んでいるのが窺えた。


 四人全員が気合い十分といった様相だった。


 戦いの時は刻一刻と近づいている。


 ゲートを抜けると、今となっては見慣れたヒト族界エル・ヒューマの都市に出た。


 だが異次元に飛ばされている今は空がなく、真っ暗な空間に切り取られた都市がぽつんと浮いている状態だ。住人もすべて避難していて、つい先日まで機能していた街がもぬけの殻となる光景には、何度見ても言いようのない空々しさを感じさせられた。


 すでに機械獣ビスキウスが暴れ回っているようで、あちこちで建物が倒壊し、火の手が上がっている地区も見える。

 できれば建物への被害を最小限に抑えた上で制圧して土地を返還したいところだが、五百という機械獣ビスキウスの数を考えると難しいだろう。


 遠くの中空に、翼族フィングの集団が見えた。それが一気にばらけて、機械獣ビスキウスの反応が手薄な地区へ的確に向かっていく。

 機動力を活かし、さっそく機械獣ビスキウスの数を減らしにかかっているようだ。


 他の種族たちもそれぞれ攻撃を始めたようで、あちこちから強い烽戈ふかが放たれるのを肌で感じた。


〈俺たちも始めるぞ。各隊、与えられた役割をまっとうするように。シエル隊、今回はお前たちが要だ。助力が必要ならいつでも要請を〉


 ヒト族界エル・ヒューマの隊長の一人が通信を通して言った。


 今回、ヒト族界エル・ヒューマの半数は戦況を把握して本部に知らせる任を受けている。

 戦力的に他の種族より劣るということもあるが、こういった裏方の仕事にも文句一つ零さず責任をまっとうするのがヒト族の気質であり、そういう意味では本部からの信頼も厚かった。


《了解だ。まあ、オレたちで事足りると思うがな。いざとなったら頼む》


 シエルが応答したのを皮切りに、各隊が行動を開始した。


「さて。オレたちも行くか。目標地点までは近いな。嬢ちゃんに運んでもらうまでもない。走るぞ」


 シエルの指示に従って全員が駆け出す。

対象はすぐに見つかった。


「でかいですね」


 ウィズが思わずそう零すほど、それはおおきかった。


 人型の機械獣ビスキウスだ。周りの建物から頭が出るほど背丈があり、そのくせ全体の形状は異様にすらりとしている。針金の人形に、金属縄で強靱な筋肉を編み込んだような感じだった。


 全身が漆黒の中で、頭部の紅い目だけが不気味に光っている。

 ふいに、その目がこちらを見た。久遠たちの姿を認め、笑った。そう見えた。


 口と思われる部分をわずかに開き、いびつに歪めるその様は、感情のない無生物が浮かべるにはあまりに凄惨な表情と言えた。


 戦闘経験に乏しいセツナが息を呑んだのが分かった。一言かけてやるべきかと久遠は考えたが、そんな暇は与えられなかった。


 機械獣ビスキウスの片足がわずかに背後へ下がり、同じ側の腕が挙動したのを見た。次の瞬間には黒い拳が最短距離でこちへ迫っていた。


 久遠は身体に流す烽戈ふかを瞬時に高めた。視界を一枚の絵のように見て、一目ですべての状況へ対応する必要がある。


 ウィズは退避の姿勢を見せているが、セツナが反応し切れていない。セツナを連れて躱す判断を下そうとしたところへ、シエルが烽戈ふか術を編んでいるのが見えた。さらにシエルが、横目に久遠を見た。それで次の動きが決まった。


 セツナの方へ向いていたつま先を機械獣ビスキウスへ向け直し、そのまま踏み切った。腰元の刀へ手を伸ばしながら、姿勢を低くしてシエルの隣を抜けた。


「初手が肝心だぞ」


 そんな声が聞こえた。癪ではあるが、余裕に満ちたシエルの態度に背中を押された。


 久遠の行く先に巨大な円環が現れ、機械獣ビスキウスの拳を見事防いだ。すさまじい圧が周りの建物を吹き飛ばしたが、円環の後ろにいる久遠たちには微風一つ通していない。


 久遠が突き出されたままの漆黒の腕に飛び乗る。鉄のように固く、金属縄で編み込まれているゆえにでこぼことしたその上を、姿勢を崩すことなく走った。


(——まずは片腕だ)


 いきなり決定打を当てる必要はない。少しずつ削り殺していけばいい。


 とはいえ肘から下を落とすより、肩口から落とした方が相手の戦力を削げる。

 肘のあたりまで来たところで、機械獣ビスキウスが動いた。勢いよく腕を引っ込められたことで、足場が大きく揺れた。


 久遠は冷静に踏み切りって飛んだ。肩から出た腕が細くなっているあたり。一番切りやすそうな箇所に斬線を想い描き、刀身に烽戈ふかを流しながら斬った。掌に凄まじい反動があった。


「——堅いな」


 切断しきれなかったのが感触で分かった。


 再度、機械獣ビスキウスの身体を足場にして飛び、シエルたち元へ帰陣する。すぐさま戦果を確認すると、斬った部分は確かに傷ついていたが、刃は僅かしか入っておらず、まだ動かすには十分な損傷に見えた。


「おいおい、頼むぜ。腕の一本くらい土産にしてくれよ」

「悪かった。しかし一般的な機械獣ビスキウスより固いぞ。俺では一撃で仕留めるのは難しい」

「なら、何回でも斬ってみるこったな」


 戦場慣れした久遠とシエルが悠々と会話しているが、ウィズとセツナにはそこまでの余裕がない。特にセツナはあまりに一瞬の出来事に完全に硬直してしまっていた。

「さて。じゃあ、嬢ちゃんは安全圏から烽戈ふか術でクオンとウィズの援護。ウィズは少し距離を置いてクオンの補佐。んで、オレとクオンであのデカブツを叩く感じでいくぞ」


 ようやく真面目になったシエルが隊長らしく隊員に指示を与えた。

 これに全員が了解の意を示す。


「さっさと終わらせようか、クオン」

「わかってるとは思うが、二人に意識を向けさせないことが最優先だからな?」

「はいよ。ほんとにお前は過保護だなァ」


 互いの呼吸を確かめるように言葉を交わしたシエルと久遠が飛び出した。


 先行するシエルの背を、久遠はわずかに遅れて追う。その周囲をセツナの羽根が舞っていた。外套を纏ったシエルに着いていくのに、セツナの助けを借りてやっとだった。


 同時に仕掛けるより、時間をずらした方が効果的だ。


 先ほどと同じように機械獣ビスキウスが殴りかかってくる。巨大な鉄球が迫るような圧だったが、シエルは余裕を崩さない。人差し指を立て、その先に小さな緑色の球体を編んだ。風を生む烽戈ふか印が渦巻く球だ。


 刃のごとき風が機械獣ビスキウスの足をさらい、大きく体勢を崩した。


 そこへ久遠が肉迫した。足から腰、胴体と器用に素早く伝って登り詰めていく。狙いは先ほど付けた腕の傷だ。シエルが言うように、何度でも斬撃を与えてやれば、いつかは剥ぎ取ってやれるはずだ。


 一撃目とは違い、今度は居合いの構えをとった。

 空中ゆえに踏ん張りが効かず、普段のような威力は出ないがそこは烽戈ふか術で補うしかない。


 鞘の中で烽戈ふかを爆発させる。さらにそこへウィズが風の烽戈ふか術を加えたことで刀身は勢いを増して奔る。


 先ほどより心地良い手応えがあった。

 しかし、切断には至っていないようだ。


「あと二撃は必要か?」


 落胆せず冷静に見極めようとする久遠だったが、

「じゃ、オレがもらっとくぞ?」

 いつのまにか機械獣ビスキウスの腕を駆け上がっていたシエルが、久遠が付けた傷のすぐ下を無造作に掴んで、あろうことかそのまま引きちぎってしまった。

 シエルの腕には烽戈ふか印の帯が巻き付いている。呆れるほどの身体強化能力だった。


 次いで、手近にあるからとでも言うように首を取りに向かうシエルに、久遠も倣った。

 片腕を失って戦力半減の相手を仕留めるべく、二人して肉迫する。


 ——が、ここで予想外の事態が起きた。

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