27.不器用な姉弟の絆。
‡
セツナは久遠と共に
姉の千瀬に会うという久遠に同伴する形だ。
最初は姉弟の再会に水を差すつもりはなかったのだが、何だか久遠がひどく緊張している様子で心配になってしまったのだ。
自分も挨拶して良いかと尋ねると、久遠はやけに素直に承諾してくれた。むしろほっとしているようでもあって、セツナはますます不穏な空気を感じたものだ。
「姉さん」
会議室から出てきた姉の姿を認めて、久遠が声をかけた。
「あら、久遠。久しぶりね。わざわざ会いに来てくれたの?」
やはり緊張した面持ちの久遠に対して、千瀬は表情一つ変えない落ち着きぶりだった。久遠より深い緋色の瞳が、すべてを見透かすように久遠と、そして自分に向けられたのをセツナは敏感に感じている。
「あれ? 久遠兄……!? セツナさんも!」
千瀬の背からひょこりと顔を出した少女が、嬉しげな声を上げる。
千瀬と久遠の妹である那由だ。どうやら
隻腕で帯刀しているにも関わらず確かな足取りで小走りにやってくるや、久遠とセツナを一緒くたにして抱きついた。
相変わらずの人懐っこさで、一気に場が華やぐようだ。
「那由ちゃんも来ていたのね。久しぶり。元気にしていた?」
ついつい声音が柔らかになるのを自覚しながらセツナが言った。
「うん! セツナさんのおかげで、身体は絶好調。今度の襲撃にも参戦するよ!」
「そうなの? でも無理しちゃだめよ。
「わかってる! セツナさんに助けてもらった命、大事にするよ」
どこまでも真っ直ぐな性格は健在のようで、セツナも安心している。
「聞いたわよ。貴方たちも今度の戦いに加わるそうね」
「……あぁ」
千瀬に返答する久遠はやはりどこかよそよそしく、ともすると寂しそうに見えてしまう。
おそらく千瀬もそんな弟の機微には気付いているはずだが、こちらは微塵も態度を変えようとしない。
「大きな戦いになりそうよ。二人とも、よく準備しておきなさいね。さあ、那由。もう行くわよ」
「えー!? せっかく会えたんだよ? 久遠兄たちと
「何言ってるの。帰って私たちも隊で作戦会議よ」
にべもない姉の言葉に、那由はしぶしぶといった様子ながら従っている。名残惜しそうにセツナと久遠を解放した。
苦笑を浮かべて別れの挨拶を交わすセツナだったが、やはりずっと様子のおかしい久遠が気がかりでならなかった。
そして決定的なことが起きた。
立ち去る前のついでといった感じで、千瀬がある話題を口にしたのだ。
「久遠。最近、那由の
「へぇ……。それは良いことだ」
「えぇ。この子、貴方に憧れていることもあって、ずっと刀術を主体にしたいたけれど、片腕を失ってからは
「……安心?」
久遠が戸惑いが伝わってきた。
姉の褒め言葉に嬉しげにしていた那由の顔にも困惑が浮かんだ。
それほど、千瀬の言葉は不穏に尽きた。
「——私の隊は貴方がいなくても何一つ問題はないわ。だから貴方は安心して
冷然とした態度で言うや、久遠の隣を過ぎ去っていってしまう。
「千瀬姉……?」
呆然と立ち尽くす久遠と、そんな弟を気にした様子もなく立ち去っていく千瀬の姿を戸惑いながら交互に見る那由だが、
「那由」
千瀬に呼ばれてびくりとなった。
「う、うん! じゃあ、セツナさん、久遠兄も……またね」
千瀬心配げに久遠を見やりながら姉の元へ行ってしまった。
「久遠くん……」
セツナは残された久遠に何と声をかけて良いのか分からなかった。
先ほどの千瀬の言葉は激励と取れなくてもないが、どちらかと言えば戦力外通告のように聞こえた。
朱桐隊に帰ることを何より望んでいる久遠にとって、それは死刑宣告にも等しいのではないだろうか。久遠の出生と、その想いを聞き知ってしまっているセツナには、その胸中を察して余りある。
「すまん。ちょっと用事を思い出した。俺は行くところがあるから、あんたは先に戻っていてくれ」
どう考えても強がりに過ぎない久遠の発言だが、セツナにはどうしたらいいのか判らなかった。
一人立ち去ってしまう久遠を追うこともできず、いてもたってもいられなくなったセツナは千瀬の後を追った。
その真意を聞く必要があった。それがいずれ、久遠の役に立つと信じた。
「千瀬さん!」
呼び止めると、セツナが来ることを予測していたように、千瀬がふり返る。隣にいた那由も、追いかけてきたセツナを不思議そうに眺めた。
「なんで、あんなことを? 久遠くんが、どんな想いで千瀬さんの隊に……」
「どうやら久遠はすべて貴女に話したようね」
先ほどまでとはうって変わって優しげな千瀬に、セツナは思わず言葉を詰まらせる。千瀬の表情には久遠と同様の寂しさが見て取れて、だからこそなぜあんなことを言ったのか分からなかった。
「あの子、結局最後まで私には弱音を吐かなかった。力尽きるときまで、戦場に立ち続けることを望んだわ。まあそれは、私のせいでもあるのだけど」
これは久遠を育てた親代わりとしての発言だ。
千瀬は混血の久遠を強く育てることに傾注し、それゆえに久遠の朱桐家での居場所を戦場に定めてしまった。
「千瀬さんは、久遠くんの……その、噂のことを……」
久遠が心臓の病を手術したくなくて、呪授者として振る舞っていることをはたしてセツナが知っているのか、判断ができなかった。
久遠はばれていないと信じているようだが、今日の様子を見るに、実は千瀬がそれを知っていたのだと気付いてしまったのではないか。そんな不安がしてならなかった。
言い淀むセツナを前にした千瀬は、ふっと微笑んだ。そして、すべてを見通しているように言った。
「貴女の予想通りよ。あの子が呪授者を名乗るのを、私は黙認してきた。あの子もそれに気付いたようね」
「……やっぱり。じゃあ、千瀬さんは」
戦場で死にたがっている久遠を肯定するのか、とは口にできなかった。状況を把握できていない那由の手前もあるし、何より千瀬の苦渋が痛いほどに共感できたからだ。
「私と久遠が朱桐家に生まれていなかったら……もっと普通の姉弟であったなら、もしかしたら別の場所を示してあげられたのかもしれないわね」
「千瀬さん……」
千瀬の表情に寂しさが滲むのを見た。
「セツナさん。久遠は変わりつつあるわ。きっと貴女のおかげね。私にはしたくてもできなかったことよ。——だからお願い。あの子のそばにいてあげて」
祈るように言う千瀬を前にして、セツナは涙が込み上げた。
「あらあら、意外に泣もろいのね」
困ったように頭を撫でてくれる千瀬のしぐさはなんだか久遠と似ていて、やはりこの人は久遠の姉なのだと当たり前のことを再確認していた。
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